第295話 無機質なサイバネ医療局と、オカン流・プチプチの応急処置
白亜の無菌エントランスに展開されていた強固な防衛システムを、オカン流の「水拭きモップがけ」という極めてアナログで物理的な浸水攻撃によって完全にショートさせ、第一の関門を突破したうちら一行。
水浸しになった大理石の床を踏み越え、メガコーポ本社タワーの中枢へと続く専用の巨大なエレベーターに乗り込んだ。
「……ふぅ、一階からいきなりえらいお出迎えやったな。でも、床がピカピカになったから気持ちええわ」
うちは、特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、ヒョウ柄のタオルで額の汗を拭いながらガハハと笑った。
「おうよ! アタシとザックのコンビネーションもバッチリだっただろ! 次の階も、この調子でガンガンぶっ壊して進んでやるぜ!」
巨大レンチを肩に担ぐリコが、油と水にまみれた顔でニカッと笑う。
「でも、油断は禁物だぜ。エントランスの防衛を破られたことで、上の階の連中も本気で殺しにかかってくるはずだ。……ミナ、次のフロアはどんな場所か分かるか?」
ザックが、新しいプロペラシールドの左腕をガシャリと鳴らして警戒を強め、ミナちゃんに尋ねる。
「はい。このエレベーターの停止階は……『サイバネ医療局』です。メガコーポの社員たちが、効率よく働くために、身体の悪い部分を強制的に機械部品へと切り替えられる、非人道的な手術フロアです……」
ミナちゃんが、情報端末のデータを読み上げながら、顔を青ざめさせた。
「……身体の悪い部分を機械に切り替える? なんやそれ、ブラック企業も極まれりやな。人間をただの部品としか思ってへん証拠やわ」
うちが眉をひそめたその時、チンッという無機質な電子音とともに、エレベーターの重厚な扉が左右に開いた。
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そこに広がっていたのは、強烈な消毒液の匂いが鼻を突く、氷のように冷え切った真っ白な巨大手術フロアやった。
部屋の奥までズラリと並んでいるのは、無数の手術台。そして、その上には、恐怖で意識を失わされたり、麻酔で眠らされたりしている大勢のメガコーポの社員たちが、拘束ベルトでガチガチに縛り付けられとった。
彼らの上空には、鋭利なメスやレーザーメス、そして回転ノコギリのような物騒な器具を多数アームに備えた『医療用ドローン』が、カシャカシャと不気味な機械音を立てて待機しとる。
「ようこそ、無知で野蛮な侵入者の皆様。私がこのサイバネ医療局の局長、ヴィクターです」
部屋の中央から、白衣を着こなした長身の男が、ゆっくりと振り返った。
彼の両目は冷たい金属質のサイボーグ義眼に置き換えられとって、人間の感情というものが一ミリも感じられへん、完全な無機質の瞳をしとる。
「……なんや、この地獄みたいな光景は。あんた、医者なんやったら患者の病気を治すんが仕事やろ。なんでこんな健康そうな人らまで縛り付けとんねん」
うちが特大トングを突きつけて怒鳴ると、ヴィクターは薄く冷ややかな笑みを浮かべた。
「治療ですよ。人間の肉体とは、病気になり、疲労し、やがて老いていくという、極めて非効率で脆弱な器に過ぎません。……ですから、私が彼らの弱く痛む部分を『切除』し、永遠に疲れを知らない完璧な機械の部品へと置き換えてあげているのです。これこそが、メガコーポが提供する究極の医療です」
「……ふざけるな! お前らのやってることは治療じゃねえ! ただの人間改造工場だ!」
ザックが、かつて自分も下層で粗悪なサイボーグ手術を受けざるを得なかった過去の痛みを思い出し、激しい怒りの咆哮を上げた。
「貴方方のような、非論理的な感情の塊……。この私の完璧な手術室で、すべて切り刻み、従順な機械の部品へと『治療』して差し上げましょう。全機、排除オペレーションを開始しなさい」
ヴィクターが冷酷に指を鳴らすと、天井で待機していた数十機の医療用ドローンが、一斉に赤いターゲットセンサーを光らせ、メスやレーザーを振りかざしてうちらめがけて急降下してきたんや。
「チッ! 野郎、狂ってやがる! ザック、行くぞ!」
「おうよ! オカンの身内(家族)に、勝手なメスを入れさせてたまるかよ!」
リコが巨大レンチを振りかぶり、ザックが左腕のプロペラシールドを猛回転させて、同時に前線へと飛び出した。
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ガキィィィンッ!!
ザックのシールドがドローンの放つレーザーメスの光線を弾き、リコのレンチが襲い来る鋭利なメスを力任せに払い除ける。
だが、相手はメガコーポの最先端技術で精密作業を極めた医療用ドローンや。動きが異常に素早く、まるでハエのように空中を飛び回りながら、メスの軌道が関節の隙間や装甲の薄い部分を的確に狙ってきよる。
「くそっ……! チョロチョロとすばしっこいぜ! うかつにフルスイングで振り回すと、手術台で寝かされてる連中に当たりそうだ!」
リコが、拘束されている社員たちを庇うように立ち回りながら戦うため、自慢の破壊力を活かした大振りの攻撃ができず、焦燥の声を上げる。
「静江さん、マズいです! 敵のドローンは、患者を盾にして私たちの攻撃軌道を制限するよう、完璧にプログラミングされています! このままでは防御だけで手一杯になります!」
ミナちゃんが、情報端末でドローンの動きを解析しようとするが、あまりの処理速度と精密な連携に、赤いエラー画面が次々と表示されてしまう。
「……無駄です。私のドローンは、一ミリの狂いもなく対象の『切除ポイント』を割り出します。あなた方の野蛮で大味な武器では、傷一つ防ぐことはできませんよ。……まずはその邪魔な機械腕から、綺麗に切り落としてあげましょう」
ヴィクターが、安全なコンソールの後ろから、冷ややかに状況を分析しながら嘲笑う。
物理的な破壊が封じられた人質(患者)の存在と、圧倒的な精密攻撃。メガコーポの誇るサイバネ医療局の冷酷な戦術が、うちらの泥臭い力押しを完全に封殺しようとしとった。
「……切除が治療やて? ほんまに腹立つヤブ医者やな」
うちは、パイプ椅子をガシャンと広げてどっかと腰を下ろし、特大のサングラスを押し上げた。
そして、深海ネイビーブルーのベースに銀色のストーンが盛られた『深海ギャル仕様』のデコネイルをキラリと光らせながら、アイテムボックスから使い込まれたタロットカードを取り出した。
「はいはい、おばちゃんの『出張保健室』の時間やで! ヤブ医者のカルテ、ド正論で書き換えたるわ!」
うちは、真っ白な手術室の床の上に、バシッ、バシッと二枚のカードを展開した。
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出たのは、『剣の3(Three of Swords)』の正位置と、『星(The Star)』の正位置や。
「よう見ときや! 『剣の3』は、心臓に突き刺さるような深い悲しみと痛み。そして『星』の正位置は、癒やしと未来への希望の暗示やな!」
うちはカードの絵柄をなぞり、ヴィクターの無機質なサイボーグ眼を、特大のサングラス越しに鋭く睨みつけた。
「……人間が傷ついたり、病気で苦しんでる時にな、痛いとこを無理やり切り捨てて『無かったこと』にするんは、ただの現実逃避や! そんなん、根本的な治療にはならへん!」
「何を非論理的なことを。痛む肉体を捨て、機能的な機械に置き換えることこそ、最も合理的で効率的な未来への希望です」
「アホか! 傷ついたもんはな、優しく包み込んで、時間をかけて治すんが本物の『手当て』なんやわ! 切って捨てるのが治療やと言うなら、おばちゃんが極上の『手当て(応急処置)』で、あんたのその冷たい医療器具を全部無力化したる!」
ヴィクターが顔をしかめ、冷酷な命令を下す。
「……非論理的な感情論ですね。包んで治るなら、誰も苦労はしません。全機、あの騒がしい女から優先して切除しなさい」
その命令とともに、十機以上の医療用ドローンが、手術台の周囲から一斉に離れ、鋭利なメスと回転ノコギリを猛烈な勢いで唸らせながら、うちへ向かって急降下してきたんや。
「静江さん! 危ない!」
ミナちゃんが悲鳴を上げる。
だが、うちはパイプ椅子からゆっくりと立ち上がり、アイテムボックスの奥深くに両腕を突っ込んだ。
「リコ! ザック! その刃物を力で弾き返そうとしたらアカン! 痛いもんは、優しく包み込んで『安全対策』したるんがオカンの仕事や!」
ドサドサドサッ!!
うちがアイテムボックスから勢いよく引っ張り出したのは、巨大なロール状になった透明な『プチプチ(気泡緩衝材)』の山と、超極太の『布ガムテープ』やった!
「プ、プチプチ!? なんだそりゃ!」
ザックが、見たこともないフワフワの透明なビニールの山に目を丸くする。
「ええか! 荷物を送る時も、大事なもんを衝撃から守る時も、この空気の入ったプチプチのクッション性が最強なんや! リコ! ドローンの刃の根元に、ガムテープでこのプチプチを何重にもグルグル巻きにしてやりなはれ!」
「あははっ! なるほどな! 刃物をクッションで包んじまえば、怪我もさせられねえ、ただのモコモコした安全グッズ(おもちゃ)になるってわけか! おうよ、梱包作業ならアタシのジャンク屋の得意分野だぜ!」
リコが、重たい巨大レンチを床に放り出し、代わりにガムテープとプチプチのロールを両手にひったくった。
相手を壊すのではなく、物理的に『無害化』する。オカンの生活の知恵から生まれた、前代未聞の応急処置アクションの始まりや!
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「ザック! あんたはプロペラシールドでドローンを力任せに弾き飛ばすんやのうて、回転を止めて優しく『受け止めて』、リコに渡しなはれ!」
「任せな! スラムの子供たちとキャッチボールするのと同じ要領だぜ! そらよっと!」
ザックが、襲い来るドローンの鋭いメスを、プロペラシールドの回転をピタリと止めた平らな面でカシィッ! と器用に受け止め、衝撃を吸収しながらそのままの勢いでリコの方へヒョイッと放り投げる。
すかさずリコが、凄まじい手際の良さとジャンク屋特有の指先のスピードで、宙を舞うドローンの刃とレーザー発射口に、プチプチをグルグルグルッ! と何重にも巻きつけ、最後にガムテープでベタベタに固定していく。
「はい、一丁上がり! 次こいザック!」
「おう! ほれ、二個目だ!」
流れるようなキャッチボールと梱包作業。
鋭利なメスや回転ノコギリをプチプチで完全に包み込まれたドローンたちは、どんなにウィィィンとモーターを唸らせてメスを振り回しても、「モフッ……ポフッ……」と、間抜けな音を立てて相手の身体を優しく叩くだけの、完全に無害なマッサージ機へと成り下がってしもうたんや。
「なっ……!? 私の、私の完璧な手術器具が……! たかがビニールの泡と粘着テープで、完全に無力化されるだと……!?」
ヴィクターが、コンソールに手をつき、信じられないものを見る目で、モコモコになったドローンたちを見つめて絶句する。
「せや! 危険なもんは、切り捨てるんやのうて『安全に包む』! これがオカン流の究極の応急処置(手当て)や!」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、愕然としているヴィクターの真正面へとズンズン歩み寄った。
「人間の身体はな、ちょっとくらいガタがきても、休んで、美味しいもん食べて、大事に扱ってやれば、ちゃんと元通りに動くようになるんや! あんたのその冷たいメスは、もうこの部屋には必要あらへんで!」
「……くっ! 認めん! この完璧なサイバネティクス技術を、あのような家庭のゴミで否定されてたまるかァァッ!」
ヴィクターが、最後の悪あがきとばかりに、自身の腕に仕込まれた魔力メスを展開してうちに向かって飛びかかってきた。
だが、リコがすかさず背後から飛びかかり、ヴィクターの腕ごと、彼の上半身全体をプチプチとガムテープでグルグル巻きにして、見事な『特大の梱包物』に変えてしもうた。
「もごっ……!? むーっ! むーっ!」
口までガムテープで塞がれ、モコモコのミノムシ状態になった局長が、床をジタバタと転がり回る。
「よし! これでヤブ医者の治療(梱包)も完了やな!」
うちは、満足げに手を叩いてガハハと笑った。
ミナちゃんとザックが急いで手術台の拘束を解き、眠らされていた社員たちを解放していく。彼らが目を覚ました時、自分たちが機械にされずに済んだことを知り、どれほど安堵の涙を流すかは想像に難くないわ。
「やりましたね、静江さん! 誰一人傷つけることなく、医療局の恐ろしいドローン部隊を完全に無力化しました!」
ミナちゃんが、安心したような笑顔で駆け寄ってくる。
「へへっ、アタシの梱包スピードも、スラム時代から全く鈍ってなかっただろ!」
リコも、ガムテープの残りを腰にぶら下げてドヤ顔を決めとる。
物理的な破壊ではなく、優しく包み込むというオカン理論で、メガコーポの冷酷なサイバネ医療局を見事に制圧したうちら一行。
「さぁ、みんな! この調子で、どんどん上の階層にカチ込むで! 親玉のCEOが、どんな冷たいマニュアル用意して待っとるか知らんけど、うちらの泥臭い『生活の知恵』で、メガコーポ本社タワーの常識を全部ひっくり返したるでぇぇッ!」
「「「おおぉぉぉぉぉッ!!!」」」
メガコーポのすべてを牛耳る冷酷なCEOとの直接対決へ向けて、怒涛のタワー登頂は、いよいよ核心となる最上階へと、止まることなく突き進んでいくんや!
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