第292話 絶対隔離のガラスゲートと、オカン流・ギャルメイクの指紋泥棒
排気ダクトの完全密閉と超高温の熱風という最悪のオーブン状態を、オカン流の「水蒸気爆発(特大圧力鍋)」で見事に吹き飛ばしたうちら一行。
ひしゃげた防爆シャッターの向こう側……メガコーポの本社タワーへと続く、人工の光に照らされた広大なエレベーターホールへと無事に脱出を果たした。
「……ふぅ。これで親玉の待つ最上階への道は開けたな!」
うちは、煤を被ってもなお深くギラギラと光を反射する『深海ネイビーブルーのスカジャン』の襟をバサッと立て、背中の『勝負』の金糸刺繍を仲間に見せつけるようにしてニカッと笑った。
「……しかし静江さん。喜ぶのはまだ早いです。……見てください、あれを」
ミナちゃんが、情報端末を胸に抱きしめながら、エレベーターホールの奥を指差した。
ホールの最奥。
そこには、上層(メガコーポ本社タワー)へと続く唯一の道である、天井まで届くほどの巨大な『ガラス張りの検問ゲート』が立ち塞がっとった。
だが、ただのガラスやない。
うちらが近づいても、警備ドローンも武装した特務兵も、誰一人として現れへんかった。
ただ、その極厚の透明な壁が、圧倒的な「静けさ」をもってこちらを拒絶しとるだけや。
『……ほう。あの熱暴走のオーブンから、水蒸気爆発という原始的な物理法則を用いて脱出するとは。……君たちの引き起こすエラーは、私の想定をわずかに上回るようだ』
ガラスゲートの横に設置されたモニターが突然点灯し、そこから、感情の欠片もない冷徹なCEOの声が響き渡った。
「おう、親玉さん! 残念やったな! 丸焼きにするつもりが、うちらの熱気でシャッターが飛んでしもたわ! 諦めて、さっさとこの扉を開けなはれ!」
うちは特大のゴミ拾いトングを構え、モニターを睨みつける。
だが、CEOの声には、焦りも怒りも一切混じっていなかった。
ただ、無機質なシステムが処理を続けるような、底知れない冷酷さだけが張り付いとる。
『……開ける必要などない。君たちは、そこで緩やかに絶望すればいい』
CEOがそう告げた瞬間、ガラスゲートの内部で青白い光が走り、何重ものロックが物理的、そして電子的に完全に遮断される音が響いた。
『そのゲートは、メガコーポの最先端技術で精製された魔鋼ガラスだ。君たちのいかなる物理的破壊も、化学薬品による融解も通用しない。……そして、その開閉は、上位エリートのみに登録された「生体認証(指紋および静脈データ)」に完全に依存している。君たち下層のネズミには、システムに介入する余地すら存在しないのだ』
モニター越しのCEOの視線が、うちのネイビーのスカジャンを冷ややかに見下ろす。
『兵器を差し向けるまでもない。君たちはその閉ざされたホールの中で、いずれ餓死するか、酸素が尽きるのを待つがいい。……どれほど非論理的なバグであろうと、絶対的な「隔離」という物理法則の前には、いずれ沈黙する』
プツン、と。
モニターの電源が切れ、ホールは再び不気味な静寂に包まれた。
「……チッ! 舐めやがって! こんなガラスの壁くらい、アタシとザックでぶち破ってやるぜ!」
リコが巨大レンチを振りかぶり、ザックが左腕のプロペラをフル回転させて、同時にガラスゲートへと思い切り叩きつけた!
ガガァァァァンッ!!!
凄まじい衝撃音が響き渡る。
だが、リコたちの攻撃は、ガラスの表面に青白い魔力の波紋を立たせただけで、ヒビ一つ、傷一つ付けることができへんかった。
「……くそっ! なんだこの硬さは! レンチを持ってるアタシの腕の方が痺れるぜ!」
「俺のシールドの回転が、完全に殺されちまった……! ただのガラスじゃねえ!」
ザックが、火花を散らした左腕を押さえて顔を歪める。
「静江さん、CEOの言う通りです。これは通常の装甲をはるかに凌駕する魔鋼ガラス……ドローンの砲撃すら無効化する防御壁です。そして、あの生体認証パネル……あれは偽造不可能な静電容量式のスキャナーです。パスワードやハッキングで開けられる代物じゃありません……!」
ミナちゃんが、絶望的な顔でパネルを解析しながら首を横に振った。
うちは大きくため息をつき、アイテムボックスからパイプ椅子を取り出した。
そして、硬すぎるガラスゲートのド真ん前にガシャンと広げ、どっかと腰を下ろしたんや。
「静江さん!? 座っている場合じゃありません! このままでは本当に、私たち……」
「ミナちゃん、焦りなはんな。扉が硬いんやったら、叩き割るんやなくて『正規の方法(鍵)』で開けたらええだけのことや」
「正規の鍵って……上位エリートの指紋データなんて、私たち持っていませんよ!」
「無いなら、貰ったらええんや」
うちは、深海ギャル仕様のデコネイル……ネイビーブルーのベースに銀色のストーンがゴテゴテに盛られた爪先をキラリと光らせながら、アイテムボックスから使い込まれたタロットカードを取り出した。
パイプ椅子の上で、シャッフルしたカードをバシッ、バシッと二枚展開する。
出たのは、『女教皇(The High Priestess)』の逆位置、そして『魔術師(The Magician)』の正位置や。
「……『女教皇』の逆位置は、隠された秘密の露見、そして表面的な理解の暗示や。そして『魔術師』の正位置は、手元にある道具を使った創造と工夫やな」
うちはカードの絵柄をなぞり、ガラスゲートの横にある、黒光りする『生体認証パネル』を特大のサングラス越しにジッと睨みつけた。
「完璧なセキュリティとか言うてるけどな、あのCEOの親玉も所詮は『表面』しか見とらんのや。システムが完璧でも、それを使ってるんは血の通った『脂ぎった人間』やっちゅうことを忘れとるわ」
「脂ぎった人間……?」
ザックが怪訝な顔をする中、うちはパイプ椅子から立ち上がり、アイテムボックスの奥深くに両腕を突っ込んだ。
取り出したのは、武器でも工具でもあらへん。
うちが転生した時からずっと持ち歩いている、ド派手な『ギャル用メイクポーチ』や!
「ええか! どんなに偉いエリートさんでもな、毎日あのパネルに指を押し付けとるんや。指の先にはな、必ず人間の『皮脂』っちゅうもんが分泌されとる! あの真っ黒なパネルの表面には、過去に通ったエリートたちの『指紋の汚れ』が、目に見えへんだけでベッタリとこびりついとるんやわ!」
うちは、メイクポーチを開け、中からギラギラに光る大粒のラメが入った『シルバーのアイシャドウ』と、柔らかいメイクブラシを取り出した。
「お化粧っちゅうのはな、自分の顔の凹凸を光と影で立体的に見せるためのもんや! それを応用すれば、見えへん汚れかてクッキリ浮かび上がらせることができるんやで!」
うちは、生体認証の真っ黒なパネルに向かって、シルバーのアイシャドウをたっぷり含ませたブラシを、ポンポンと優しく叩きつけた。
細かいラメの粉がパネルに付着し、やがて、エリートたちが残していった『指紋の跡』だけが、銀色にキラキラと立体的に浮かび上がってきたんや。
「す、すげえ! マジで指紋がくっきりと見えてきたぜ!」
リコが、目を輝かせてパネルを覗き込む。
うちは得意げにデコネイルを光らせた。
だが、ミナちゃんがすぐに冷静なツッコミを入れる。
「静江さん、指紋の跡を見つけるのはすごいです! でも、このパネルはただの静電容量式じゃありません。指の『立体的な凹凸』と『静脈の熱』を感知しなければ、エラーになって弾かれてしまいます! 浮き出た指紋を上からなぞるだけじゃ、扉は開きません!」
「分かっとるわ! 立体的な『型』が要るんやろ! ほな、これでコピー(型取り)したる!」
うちはアイテムボックスから、今度は『水飴』のようにドロドロに溶かした透明な『特製・ゼリー飴(スライム状の飴ちゃん)』を取り出した。
「ええか! おばちゃんの飴ちゃんは、傷を治すだけやない! このゼリー状の飴を、浮き出た指紋のラメの上にペタッと押し付ける! そうすれば、アイシャドウの粉ごと、指紋の凹凸が飴の表面に『転写』されるんや!」
うちは、ドロドロのゼリー飴をパネルの指紋の上にムギュゥゥッ! と押し当てた。
数秒待ってから、そっと飴を剥がし取る。
すると、ゼリー飴の柔らかい表面には、エリートの指紋の凹凸が、ラメの粉と一緒に完璧な『立体スタンプ』として写し取られとったんや。
「やりました! 完璧な指紋の型です! ……でも、静脈の『熱』はどうするんですか!?」
ミナちゃんが興奮しながらも次の問題を指摘するが、うちはニヤリと極悪な笑みを浮かべた。
「ミナちゃん、おばちゃんの飴ちゃんをただのお菓子やと思たらアカンで。……この飴にはな、食べた人間の体力を回復させるための『温かい魔力(微熱)』が常に帯びとるんや!」
「……っ! つまり、この飴自体が、人間の指と同じ『生体反応のような熱』を発している……!?」
「せや! これで、指紋の凹凸と、体温の条件は両方クリアや! いけぇぇッ!」
うちは、指紋の型が写し取られたゼリー飴を、そのまま生体認証パネルの読み取り部分に、デコネイルの指先でムギュッ! と押し付けた。
ピィィィン……!
パネルが青白い光を放ち、ゼリー飴の凹凸と、飴が放つ微かな魔力の熱を、懸命にスキャンし始める。
数秒間の、息が詰まるような沈黙。
そして。
『……認証完了。生体データ、中層管理官クラスと一致。……ゲートのロックを解除します』
プシュゥゥゥ……ガコンッ!!
メガコーポの誇る「絶対隔離の魔鋼ガラスゲート」が、重々しい音を立てて、いとも容易く左右に開け放たれたんや!
「「「うおおおおぉぉぉぉッ!!!」」」
リコとザックが、歓喜の雄叫びを上げてハイタッチを交わす。
ミナちゃんも、信じられないという顔で、開いたゲートとゼリー飴を交互に見つめとった。
「す、すごすぎる……。メガコーポの最新鋭セキュリティが……アイシャドウと、お菓子の水飴で突破されるなんて……!」
「……ふぅ。これで、親玉の待つ上層(本社タワー)への道は開けたな!」
うちは、特大トングを肩に担ぎ直し、開け放たれたゲートの奥……不気味なほど洗練された純白の回廊を、特大のサングラス越しに鋭く睨みつけた。
「さぁ、みんな! 準備はええか! CEOの親玉がどんな強烈な防衛システム用意して待っとるか分からんけど、おばちゃんの『出張鑑定(大掃除)』の前には、どんな壁もただの紙切れや!」
「おうよ! アタシらのジャンク魂で、どんな綺麗な壁も泥だらけにしてやるぜ!」
「俺たちの進撃は、もう誰にも止められねえ!」
リコとザックが、闘志を燃やして武器を構える。
CEOが絶対の自信を持っていた隔離ゲートを、オカン流のアナログ突破術で鮮やかにこじ開けたうちら一行。
展開を急がず、一歩一歩確実に敵の論理をへし折りながら、メガコーポ本社タワーの最下層フロアへと、いよいよその足を踏み入れていくんや!




