第290話 無慈悲な鎮圧部隊と、不器用な顔役の盾
中層のメインストリートで、うちらを強襲した特務殲滅部隊の容赦ない無差別攻撃。
その凶悪なレーザー砲から身を呈してミナちゃんを庇ったのは、スラムの顔役である大男、ザックやった。
彼の左腕のジャンクパーツは根元から完全に吹き飛び、右脇腹の肉は深く抉られ、どす黒く焦げて嫌な匂いを放っとる。
無機質で冷たい大理石の床に、生々しい血だまりが急速に広がっていく。彼がどれほどの致命傷を負ったのかは、素人目にも明らかやった。
「ザックさん! どうして……どうして私なんかのために!」
ミナちゃんが、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら絶叫する。
彼女の完璧だったはずの計算式では、スラムの無法者である顔役が、自分のようなメガコーポの元エリートの命を、身を挺して守る理由などどこにも見当たらなかったからだ。
損得勘定と効率だけで動く上層の世界では、他人のために自らの命を捨てるなどという行動は、理解不能な「完全なエラー」でしかなかった。
「……価値だの、ロジックだの……うるせえお嬢ちゃんだな……。……オカンが言ってたろ。俺たちはもう『オカン・ユニオン』っていう、一つの家族なんだよ」
ザックは、残された右手の震える指先で、ミナちゃんの頬に伝わる涙をそっと拭った。
彼がスラムの底で生き抜くために長年纏っていた冷酷なマフィアの鎧は、今はもう完全に剥がれ落ちとる。そこにはただの不器用で、家族思いの心優しい一人の男の素顔があった。
「……それに、スラムの顔役が……自分のシマで、大事な『身内』の女の子一人守れねえで……何が男だ……ってな」
ザックの太い腕がパタリと力なく落ち、彼は完全に意識を失ってミナちゃんの腕の中に倒れ込んだ。
「ザックさん! ザックさん!! 目を開けて!!」
ミナちゃんの悲痛な叫び声が、ネオンの瞬く冷酷なストリートに空しく響き渡る。
===========
『……障害物の損壊を確認。次弾チャージ。ターゲットA773の排除を続行する』
特務兵が、倒れたザックの尊い自己犠牲にも一切の感情を見せることなく、ただ機械的にレーザー砲の銃口を再びミナちゃんへと向けた。
カチャッ、という無機質な魔力充填の音が、死の宣告のようにストリートに響く。
彼らはメガコーポの防衛システムに組み込まれた純粋な殺戮機構や。命の尊さも、悲しみも、彼らの冷たい回路には一ミリもインプットされとらん。
「……ええ加減にせえよ、このガラクタどもがァァッ!!」
ガァァァァンッ!!
特務兵の顔面に、特大のゴミ拾いトングが凄まじい速度で叩き込まれ、その分厚い装甲ごと巨体を数メートル後方へと吹き飛ばした。
煤を被ってもなお深くギラギラと光を反射するネイビーブルーのスカジャンを翻し、怒りでピンクブロンドの髪を逆立てたうちが、ミナちゃんとザックの前にズンと立ち塞がった。
「うちの可愛い身内に、ようも手ぇ出してくれたな! おばちゃんの堪忍袋の緒が、完全にブチ切れたで!」
うちはギラギラのデコネイルを光らせ、アイテムボックスの奥深くに両腕を突っ込んだ。
「静江さん! 駄目です、あいつらの装甲は通常の武器では傷一つ……!」
ミナちゃんが悲鳴のような声を上げるが、うちは振り返らずに言い放った。
「ミナちゃん! ザックの傷口を強く圧迫して止血しなはれ! 後で絶対に特大の飴ちゃん食わせて治したるから、それまであんたのその細い腕で、あいつの命、絶対に繋ぎ止めときや!」
「……っ! はい!」
ミナちゃんが乱れた髪を振り払い、涙を拭ってザックの傷口を両手で必死に押さえ込む。
そこにはもう、計算と数字でしか動けなかった元エリートの姿はなかった。愛する家族を絶対に失いたくないという、生々しい人間の『情』が、彼女の顔に強く宿っとった。
===========
『……特異点の排除プロトコルへ移行。全機、レーザーによる一斉射撃を開始せよ』
残った十機の特務兵が、一斉に極太のレーザー砲をうちに向けて構える。
銃口の奥で、赤い破壊の光が極限まで収束し、空気がチリチリと焼け焦げるような異音を発し始めた。
「姐さん! いくらなんでも、あれだけの大出力レーザーをいっぺんに撃たれたら、防ぎきれねえぞ!」
バギーの陰から牽制射撃をしていたリコが、巨大レンチを構えたまま顔を青ざめさせる。
「防ぐんやない! 跳ね返すんや!」
うちはアイテムボックスの奥底から、前世の大阪の台所で長年愛用し、毎晩クレンザーとスポンジで死ぬほどピカピカに磨き上げ続けてきた『特大のステンレス製・鍋蓋』を引っ張り出した。
それはもはや、ただの調理器具やない。鏡のように周囲の景色を鮮明に反射し、光の乱反射すら許さない、究極の研磨芸術品や。
日々の泥臭い家事の積み重ねが、この絶体絶命のピンチで最強の盾となる。
「レーザーっちゅうのはな、所詮はただの『光』の束やろが! だったら、塵一つない鏡面仕上げ(ピカピカ)の鍋蓋なら、百パーセント綺麗に反射(跳ね返す)できるんやわ!」
「なっ……!? なんだその無茶苦茶なオカン理論は!」
リコが絶叫する中、特務兵たちの銃口から、十本の極太の高熱レーザーがうちらめがけて一斉に放たれた。
ストリートの空気が一瞬で蒸発し、周囲の大理石の床がドロドロに溶け出すほどの凄まじい熱量が襲いかかる。
「鏡面磨きの極意、とくと見さらせェェッ!!」
うちは不老不死の限界筋力を引き出し、特大のステンレス鍋蓋を盾のように真正面に構え、レーザーの束に真っ向からぶち当てた!
ズギャァァァァァァァッ!!!
光と光が衝突する、鼓膜を破るような轟音。
メガコーポの誇る最新鋭の光学兵器から放たれたレーザーは、オカンの愛情と執念で磨き上げられた鍋蓋の鏡面に触れた瞬間、その物理法則に従って完璧に『反射』されたんや。
『……なっ!? 攻撃ベクトルが、逆転……!? 予測不能の……』
特務兵たちが電子音声でエラーを吐き出す間もあらへん。
跳ね返された十本の極太レーザーは、そのまま特務兵たちの分厚い装甲を真正面から撃ち抜き、彼ら自身を火だるまにして完全にスクラップへと変えてしもうた。
ガガァァァンッ! ドズゥゥンッ!
激しい火花を散らし、黒焦げになった機械の残骸が、中層のメインストリートに次々と崩れ落ちる。
「……マジかよ。レーザーを鍋の蓋で弾き返しやがった……」
リコが、ぽかんと口を開けてその光景を見つめとる。
「よっしゃ、これで追手は一時的に足止めできたな! 今のうちにズラかるで! リコ、ザックを担ぎなはれ! ミナちゃんは退路のナビゲートや!」
うちは赤熱した鍋蓋をアイテムボックスに放り込み、スラム時代に調合していた特製の『重曹スモークボム』を足元に叩きつけた。
モクモクと真っ白な煙幕が広がり、うちらの姿を完全に隠す。
「おうよ! ザック、死ぬんじゃねえぞ! アタシらが絶対に助けてやるからな!」
リコが、自分よりはるかに大きなザックの巨体を無理やり肩に担ぎ上げ、歯を食いしばって走り出す。
「こっちです! この先の区画にある『排気ダクト』のメンテナンスハッチからなら、警備の目を掻き潜って移動できます!」
ミナちゃんが、情報端末のマップを頼りに先導する。
うちらは煙幕に紛れ、悪臭と工業排気が漂う巨大な排気ダクトの中へと、決死の逃避行を開始したんや。
===========
その頃。
メガコーポの最上階、冷え切った社長室の巨大なモニターで、その一部始終を見下ろしていた男がおった。
この世界のすべてを冷酷な計算式で支配する、アルビオン帝国の親玉……CEOや。
「……ほう。私の差し向けた特務部隊のレーザーを、調理器具で反射したか。……相変わらず、私のシステムを嘲笑うような非論理的なバグだ」
CEOは、モニターに映る真っ白な煙幕を見つめながら、指先でコンソールをトントンと一定のリズムで叩いた。
彼の表情には、自慢の部隊が全滅したことへの怒りも焦りも全くない。ただ、自らの構築した完璧なチェス盤の上に現れた異物が、予想外の動きをした程度の、不気味なほどの無関心さが漂っとる。
「だが、逃げたところで無駄だ。手負いのネズミを抱えて、どこまで走れるというのか。……全区画の排気ダクトを物理的に封鎖しろ。そして、中層エリアごと、あの忌まわしいバグを完全に『焼却処分』する」
CEOの瞳には、目障りなゴミを機械的に処理するだけの、底知れない冷酷さと威圧感が満ちていた。
彼にとって人間関係や情というものは、システムを狂わせる不純物でしかない。それを証明するかのように、彼がキーボードを叩くと、タワー全体の空調システムが不吉な赤い光を放ち、排気ダクトの奥深くで、致死的な超高温のバーナーが起動し始めた。
「……さぁ、どこまで私の退屈を紛らわせてくれるのかな、派手な占師よ」
最凶の独裁者による、冷徹で容赦のない包囲網。
ザックの血で染まったオカン・ユニオンの、メガコーポ本社に向けた決死の反逆は、いよいよ退路のない極限の戦いへと突き進んでいくんや!
読んでくれてありがとうございます!
「面白い!」「続きが気になる!」「応援したい!」と思っていただけたら、
作品ページ上部の【☆評価】【ブックマーク】、そして【リアクション】ボタンをポチッと押していただけるととても励みになります!
みなさんの応援が、次回更新の原動力になります。
引き続きよろしくお願いします!




