第288話 深海ネイビーの勝負服と、オカン流・タロット防衛戦
手作りのドラム缶銭湯で、何年分もこびりついていたスラムの垢と泥をさっぱり洗い流した翌日。
うちは、借りているバラック小屋の奥で、久しぶりに「自分自身のお手入れ」に時間をかけとった。
「……よし。やっぱり、お風呂上がりのお肌には、たっぷりの化粧水と乳液が基本やな。不老不死や言うても、保湿をサボったら気分が乗らへんからな」
うちは鏡の前で、パタパタと頬を叩いて気合を入れた。
そして、アイテムボックスの奥深くに両手を突っ込み、昨日からコソコソと仕込んどった『新しい相棒』を引っ張り出したんや。
「みんなー! お待たせ! おばちゃんの『お色直し』完了やでぇぇッ!」
うちがバラックの扉をバァン! と蹴り開けて広場に飛び出すと、朝飯のキノコ汁をすすっていたリコやミナちゃん、ザックたちが、一斉に「ぶふっ!」と汁を吹き出した。
「ゲホッ、ゴホッ! 姐さん、なんだよそりゃ!」
リコが目を丸くして、うちの全身を上下に舐め回すように見る。
今日のうちは、これまでのヒョウ柄のポンチョやない。
この光の届かない海底都市の暗闇に合わせた、深くギラギラと光を反射する『深海ネイビーブルーのサテン生地のスカジャン』や!
「どうや! 背中よう見ときや!」
うちはクルリと背中を向けた。
そこには、荒波を力強く昇っていく『鯉の滝登り』の極彩色刺繍と、そのド真ん中に金糸と銀糸でブチ抜きで縫い取られた『勝負』の二文字が、太陽のないスラムの広場でも圧倒的な威圧感を放って輝いとる。
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「……す、すごいです静江さん。なんだか、夜の歓楽街の元締めのような、恐ろしいほどの迫力が……」
ミナちゃんが、圧倒されて後ずさる。
「せやろ! 下層の地盤固めはもう終わった。これから上の階層の親玉どもとバチバチにやり合うんやからな! 『ここ一番の大勝負』に挑む、おばちゃんの気合の表れや!」
うちは得意げに、新調したばかりのデコネイルをキラリと光らせた。
爪の先も、スカジャンに合わせたネイビーをベースに、銀色のストーンをゴテゴテに盛り付けた『深海ギャル仕様』や。これが光を反射すると、タロットを繰る時にええ目眩ましになるんやわ。
「……フフッ。論理的な迷彩効果としては疑問ですが、その異常な派手さは、敵の視覚センサーをバグらせるには十分かもしれませんね」
広場の隅で、ポンコツのフリをしているナポが、くすんだレンズをチカチカさせながらボソリと呟く。
「誰がバグやねん! ……さてと! 気合も入ったところで、今日も『占いの館・オカン』、元気に開店やで!」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、広場のド真ん中にパイプ椅子をガシャン! と広げた。
その上にベルベットの布を敷き、使い込まれたタロットカードと水晶玉を並べる。
ここ数日、肉体労働や環境改善ばっかりやっとったけど、うちの本来の職業は『出張鑑定の占い師』やからな。そろそろ本業でビシッと決めとかな、ただの便利なおばちゃんになってまう。
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 恋の悩みから、明日の晩ご飯の献立、果てはパイプの水漏れまで! スラムの皆の運命を、おばちゃんがズバッと占ったるで!」
うちが声を張り上げると、すっかりオカン・ユニオンの組合員になったスラムの住人たちが、「オカン、俺の腰痛がいつ治るか占ってくれ!」「姉御、今日の商売の運勢を頼む!」と、我先にと行列を作り始めた。
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順調に占いをこなし、十人ほどの悩みをド正論と飴ちゃんで叩き斬った頃やった。
「……ん?」
うちは、タロットカードを繰るデコネイルの手を、ピタリと止めた。
「どうしたんだ、姐さん? また変なカードでも出たか?」
横で巨大レンチを担いで用心棒をしていたリコが、うちの表情の変化に気づいて声をかけてくる。
「……いや。お客さんのカードやない。……うちのカードが、勝手に『警告』を出しよった」
うちが指差した先。
ベルベットの布の上に、シャッフルした束の中から、二枚のカードがポロリと滑り落ちて、勝手に表向きになっとったんや。
出たのは、『月(The Moon)』の正位置と、『剣の7』の正位置。
「『月』の正位置は、見えない危険、隠された罠。そして『ソードの7』は、裏切り、あるいは……コソドロのような『奇襲』の暗示や」
うちは、ネイビーのデコネイルでその二枚のカードをコンコンと叩き、特大のサングラスの奥で目を細めた。
「……風が、止まっとる」
「え?」
リコが周囲を見渡す。
先日、うちらが作った『特大換気扇』によって、スラムには常に心地よい風が吹き抜けとった。やけど、今はその風の音が消え、広場全体が、まるで息を殺しているような不気味な静寂に包まれていたんや。
「静江さん、換気扇のモーターが止まっています! 誰かが電源を切ったんだ!」
ミナちゃんが、情報端末を確認して血相を変えた。
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「電源を切った? バカな、あの換気扇の周りには、俺の部下たちが見張りに立っているはずだぞ!」
スラムの顔役であるザックが、嫌な予感に顔を引きつらせる。
「……その見張りの兄ちゃんら、一人も声出してへんやろ。……リコ、ザック。みんなを壁際に下げなはれ。……『見えないお客さん』が、ぎょうさん来とるで」
うちが立ち上がった、まさにその瞬間やった。
シュガァァァッ!!
何もない虚空から、突如として高出力のレーザーブレードが数本、うちの首と心臓めがけて同時に振り下ろされたんや!
「オカン!!」
ガキィィィンッ!!
うちは特大のゴミ拾いトングを瞬時に頭上に掲げ、間一髪のところで不可視のブレードを弾き飛ばした。
不老不死の限界筋力でなんとか凌いだが、攻撃を仕掛けてきた敵の『姿』は、どこにも見えへん。
「……チッ。光学迷彩かよ! 姿が見えねえんじゃ、叩きようがねえぜ!」
リコが巨大レンチを構え、見えない敵の気配に背中合わせになって警戒する。
「上層のCEO直属、『特務査察部隊』です! 彼らのステルス装備は、熱源や音すらも完全に遮断します! まともに戦っては勝ち目がありません!」
ミナちゃんが、悲鳴のような声を上げた。
昨日、うちらが銭湯でドンチャン騒ぎをしている間に、上層の親玉はうちらを『バグ』として完全に消去するため、最強の暗殺部隊を差し向けてきとったんや。
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「……姿が見えへん、熱も音も出さへん。なるほどな、ほんまに『月』と『ソードの7』のカード通りの、陰湿なコソドロ部隊やわ」
うちは、全く怯むことなく、ネイビーブルーのスカジャンの襟をバサッと立てた。
『……目標、特異点。排除を開始する』
虚空から、無機質な合成音声だけが響き、再び見えない刃がうちらを取り囲むように迫ってくるのが、殺気だけで伝わってくる。
「静江さん! どうしますか! 熱源も音もない相手には、センサーも役に立ちません!」
ミナちゃんが焦燥の声を上げるが、うちはニヤリと極悪な笑みを浮かべた。
「アホ! 相手が透明で見えへんのやったら、お化粧して『見えるよう』にしてやったらええだけのことやろが!」
「……は!?」
「ミナちゃん、ザック! 地下農園の奥に、収穫して余ってた『規格外の大豆』を挽いた『きな粉』と、乾燥させた『小麦粉』が山ほど置いてあったな! それ全部、あの止まってる特大換気扇の前に山積みにしなはれ!!」
うちの突拍子もない指示に、ザックが目を丸くする。
「き、きな粉と小麦粉!? そ、それはいいが、換気扇の電源は奴らに切られているぞ!」
「電源が切られとるんやったら、手動で回せばええんや! リコ! ザックの部下の兄ちゃんら!」
うちは、リコたちに向かって特大トングを突きつけた。
「リコは換気扇のプロペラの軸にレンチを噛まして、みんなで全力で『逆回転』させなはれ! 奴らがスラムに入り込んできたってことは、今はうちらの風下に立っとるはずや!!」
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「なるほど! 粉を吹き飛ばして、あいつらにぶっかけるって寸法か! アナログすぎるぜ姐さん!」
「野郎ども、リコに続け! 腕力なら誰にも負けねえぞ!」
リコとザックの部下たちが、即座に換気扇の巨大プロペラに取り付く。
ミナちゃんとザック自身が、死に物狂いで運んできた大量のきな粉と小麦粉の袋を、プロペラの前にドサドサッと広げた。
「行くで!! 3、2、1……今やァァッ!!」
うちの号令とともに、リコがレンチを渾身の力で回し、無法者たちがプロペラを力任せに押し回す!
ブォォォォォォンッ!!!
止まっていた特大換気扇が、凄まじい勢いで『逆回転』を始め、広場に向かって猛烈な暴風を吹き荒らした。
そして、その風に乗って、何十キロという大量の『きな粉』と『小麦粉』が、真っ白な吹雪となってスラムの広場全体を飲み込んだんや!
「ゲホッ、ゴホォッ!?」
虚空から、むせ返るような咳き込みの声が上がった。
粉塵の吹雪が晴れた後。
そこには、全身に真っ白な小麦粉と、黄色いきな粉をべったりと被り、ステルス機能が完全に無効化されて『粉まみれの人型シルエット』としてクッキリと浮き上がった、十数人の暗殺者たちの姿があった。
「「「おおぉぉぉぉッ!!」」」
スラムの住人たちが、見えなくなった恐怖から解放され、大歓声を上げる。
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『……なっ!? エ、エラー! 光学迷彩の表面に、大量の有機粉末が付着……! 迷彩率ゼロパーセント……!』
暗殺者たちが、完全にパニックに陥って自分たちの粉まみれの身体を見下ろす。
「せやろ! どんな最新の透明マントかて、粉被ったら一発でバレるわ! 忍者ごっこは終わりやで!」
うちは、パイプ椅子の上に立ち上がり、背中の『勝負』の刺繍を見せつけるようにして、特大トングを振りかざした。
「リコ! ザック! お客さんたちの姿、バッチリ見えたな! これからがほんまの『勝負』や! 泥棒猫どもを、一人残らず大掃除したれぇぇッ!!」
「おうよ! 粉まみれのスクラップにしてやるぜ!」
姿さえ見えれば、うちらの用心棒とスラムの住人たちの連携に敵う相手やない。
リコの巨大レンチが彼らの装甲をベコベコに凹ませていき、ザックたちスラムの無法者たちも、怒り狂って鉄パイプを振り回し、粉まみれの暗殺者たちを文字通り袋叩きにしてしもうた。
「……ふぅ。ええ運動になったな」
数分後。
広場には、きな粉と小麦粉にまみれ、ボロボロになって縛り上げられた特務査察部隊の暗殺者たちが、数珠繋ぎにされとった。
「静江さん、お見事です。相手の最新兵器を、食料の余り物(小麦粉)で無効化するなんて……タロットの警告がなければ、完全に不意打ちされていました」
ミナちゃんが、情報端末を胸に抱きしめてホッと息をつく。
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「当たり前や。おばちゃんの占いは百発百中やからな。……それにしても」
うちは、縛り上げられた暗殺者の一人の胸ぐらを掴み、特大のサングラス越しにギロリと睨みつけた。
「上の階層の親玉さん、どうやら本気でうちらのこと『消さなあかんゴミ』として認識したみたいやな。こんな物騒なお使い、よこしてきよるんやから」
「……」
暗殺者は無言で睨み返してくるが、その目には明らかな恐怖が宿っとった。
「姐さん。これ、完全に宣戦布告だぜ。このままスラムに引きこもってたら、次は爆弾でも落としてきかねねえぞ」
リコが、巨大レンチを肩に担いで、スラムの天井……上層へと続く分厚い検問ゲートを見上げる。
「せやな」
うちは、立ち上がり、ネイビーブルーのスカジャンの襟をバサッと立てた。
「売られた喧嘩は、高く買うのが浪速のオカンや。……スラムの地盤固めも、環境整備も終わった。相手がこっちを『排除する』って言うんやったら……」
うちは、アイテムボックスからオレンジとリンゴの飴ちゃんを取り出し、自分の口に放り込んでガリッと噛み砕いた。
「こっちから挨拶(カチ込み)に行かなあかんな! さぁ、みんな! 準備はええか! いよいよ明日から、この海底都市のド真ん中、中層エリート居住区へ向けて……『オカン・ユニオンの特大営業(第二フェーズ)』、開幕やでぇぇッ!!」
「「「おおおおぉぉぉぉぉッ!!!」」」
粉塵舞うスラムの広場に、オカンと仲間たちの高らかな宣戦布告が響き渡る。
最新兵器をタロットと生活の知恵で粉砕したおばちゃん一行。
理不尽なカースト社会を内側から食い破るための、痛快で泥臭い大逆襲が、今、新しい勝負服と共に、力強く次の階層へと突き進んでいくんや!
読んでくれてありがとうございます!
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