12.『微妙』
読む自己。
あーいやだいやだいやだ! 期末テストが近づいてきている!
放課後に彼女と一緒に教室のお掃除をして、帰る前に言ってみたんだけど、
「京子、一緒にお勉強しよー」
「……ごめん、今日はもう帰るよ」
振られて玉砕、と。
土曜日に急に帰っちゃってから付き合いが悪い。
単純に翆にだけ集中しているかと思いきやそうじゃない。
翆のところにだって自分から行こうとはしていなかった。
佐々木さんが来ても同じ感じで。
……そんなにはっきり答えなかったことや、いつもみたいに手を握っていたことが良くなかったのだろうか。
仕方ないからひとりで残って勉強をする。
数学とか化学とかを主にして――
「あーだめだー……」
全然集中できない。
せっかく仲直りしたのにどうしてこうなっちゃったんだろう。
「凪ちゃん」
「あ、翆もまだ残ってたんだね。あ、京子は帰っちゃったよ?」
「うん、知ってる、だって挨拶したしね」
彼女もよく分からない。
京子の様子がおかしいんだからこういう時こそ寄り添ってあげるべきなんだ。
それが私にはできない、力になれない。
できるのは京子のことをよく理解している彼女や佐々木さんだけだ。
「テスト勉強、一緒にしてもいいかな?」
「うん、それはいいけど」
あ、でも彼女がいると少しだけ集中することができた。
シャーペンの芯と紙が擦れる音、紙を捲る音、自分や彼女の呼吸音。
それだけが響く空間で18時くらいまで集中して勉強に取り組んだ。
「ん~……そろそろ帰ろうか」
「ありがとね、翆が来てくれたおかげで集中できたよ」
「ううん、私も凪ちゃんがいるおかげで集中できたから」
プリントとかを鞄にしまってなんとなく外を見つめる。
まだ全然明るくてやっぱり心地良さを感じられる光景で。
「翆、告白はいつする予定なの?」
「……分かんない」
「京子って綺麗だよね、だからさ、早くしないと取られちゃうよ?」
うざいのは分かってるけど言わずにはいられない。
見た目が全てじゃないとしても、自分の好きな女の子が可愛いとか綺麗だったら嬉しいだろう。
それに守れる格好良さも伴っているとなれば、密かに想いを秘めている子だっているはずなんだ。
「凪ちゃんは?」
「え?」
「京子ちゃんのこと、どう思ってるの?」
「私? どう思ってるって、京子は翆のことが好きなんだから、応援したいなくらいにしか」
気になってるとか好きというわけじゃないし、どうしてふたりがここまで聞いてくるのかが分からない。
そういうプレイというか「お前に可能性はないんだよー」と精神攻撃を仕掛けたいということなら、付き合ってあげたいと思うけど。
「それもさ、分からなくなっちゃったんだよね、私が京子ちゃんを好きかどうかってやつが」
「え? 困るよ」
「なんで? ね、本当は気になってるから、何回も『告白して』って言ってくるんじゃないの?」
「そんなことは別に……ただ、好きなら早く告白すればいいのになーって考えてるだけだよ?」
可愛いと綺麗でお似合いじゃないかって。
翆が責められたら咄嗟に守ろうと動けるわけなんだし、もう十分いい関係になれてると思うんだ。
でも、もやもやするから早く決めてほしいのは確かだった。
「分からない、自分のことも京子ちゃんのことも凪ちゃんのことも、だからとりあえずはいいんだ」
「そっか……まあ強制することじゃないって学んだし、とりあえず今は帰ろっ?」
「うん、そうだね!」
学校を後にして歩いている間、私はずっと考えていた。
もし告白しない理由が私にあったなら、ということを。
私を傷つけたとか泣かせたとか、そういう変な理由で足踏みしてしまっているなら申し訳ない。
分かった、土曜日に帰ってしまったのもそういうことだ。
あの時のが気まずくて付き合いが悪くなってどうしようもないといった感じか!
「凪」
「うん?」
別に京子が来たわけじゃなくて、珍しく彼女が呼び捨てで呼んできただけ。
「ひとつ言いたいことがあったわ、あなたはもっと京子に一生懸命向き合ってあげなさい。……えへへ、なんてね! それじゃあね!」
「あ、うん、ばいばい!」
京子に向き合うもなにも、彼女の方から距離を作っているだけなんだけどな。
なんだろうこの気持ち悪さ、なんか息苦しい。
あの子の少し困ったような笑みも、先程京子が浮かべていた弱々しい笑みも。
どちらの意味も分からなくて、
「ああー!!」
私は叫んで家まで走った。
家に着いたら調理中だったお母さんに抱きついて少しでも心を落ち着かせる。
「どうしたの?」
「うん……ちょっと分からなすぎて困ってて」
翆、分からないのは私もだよ。
仲直りしたはずなのに距離がある。
一緒にいるはずなのにまるで遠い県に住んでる彼女と電話越しに話しているみたい。
「ふぅ、でもとりあえず危ないから離れてね」
「うん……ソファに寝転んでるね」
もうパンツ見えてるとか、みっともないとかどうでもいい。
お願いだからこの気持ち悪さをどっかにやって!
……って、願ったくらいで消えてくれればどんなに楽だったことか。
みんな、なにがしたいんだろう。
私はなにを望んでいるんだろうか。
いつもどおりお掃除を終わらせて「今日も」と帰ろうとした京子の腕を掴んで止める。
「一緒にお勉強しよ!」
「でもな……」
「いいから!」
意味はないけど自分の席に座らせて、私は逆に前の子の席に座らせてもらって。
机をくっつけてプリントとか教科書とにらめっこして勉強をしていく。
……固まったままの京子に苛つきながらも、それを言及するようなことはしなかった。
今日も18時くらいまでにしておいた。うんっと伸びをして正面を見つめる。
「京子……どうしちゃったの? 嫌だよ、そんな微妙な感じ……」
私が原因ならいくらでも謝ろう。
でも、今のなにも分かっていない状況で謝罪することはできない。
「あたしが微妙?」
「うん……だって佐々木さんとも全然楽しそうにしてなかったし」
翆の名前は出さない。
出したら多分、……また怒られてしまうから。
「……土曜日に考えたんだけどさ、あたしが凪といればいるほど傷つける結果にしかならないんじゃないかって思ったんだ。だから傷つけないためにあたしは避けてたんだよ」
「おかしいよ……だったら佐々木さんとか……す、翆とかといればいいじゃん」
「確かにな……なんか分からないんだよ最近……」
みんな分からないのか。
分かっているのは『分からない』がひどく辛いこと。
なのにいっつも自分勝手な質問をして相手を困らせてしまう自分に、少しだけ嫌気が差した。
「京子、あなたが笑ってくれてればそれでいいんだよ? 翆や佐々木さんと楽しそうにしてくれていればそれでいいの」
「でもあんたは?」
「いやだから、それで満足できるよ」
ギスギスした状態なんかよりよっぽどいい。
それに自分勝手が過ぎた。うざいとか言って彼女を傷つけた。
そんな私のことなんかどうでもいいんだ。
京子がしたいことをしてくれればそれで良かった。
それだけは言っておこう。
「京子、私はあなたがしたいように行動してくれればいいと思ってるよ? 私を傷つけるとかそういうのどうでもいいから、だってあなたを私も傷つけたし……」
鞄に突っ込みながら力なく笑って。
「か、帰るね! ごめんね、無理やり付き合わせてっ」
鞄を持って教室を後に――――できなかった。
「……これが今あたしのしたいことだ」
先にネタバラシをしてくれて安心……なわけない。
ギュッと手を握られてどうしようもない。
またもや「WHY?」だ。
「逃げるように帰ろうとしなくてもいいだろ、あたしも帰るからさ」
「あ、うん……」
下駄箱に行くまでも、靴を履いて外に出た後も何故だか離してはくれなくて。
「迷惑か?」
困惑している私を余所に意地悪な質問をぶつけてくる京子。
「なんでかなって……思っただけだよ?」
「そうか。ま、なんか凪の小さい手を握ってると落ち着くんだよ」
「そうなんだ?」
自分の自分の手を握る時はあるけど実感が湧かない。
私からすれば京子がぎゅっと握ってくれていることの方が落ち着く気がするけど。
「あ、でもさ、お勉強しっかりしないとだめだよ? もぅ……期末テストなんだよぉ?」
「そうだね、凪がいてくれれば集中できるかなー」
「私が? じゃあ毎日一緒にしようよ!」
「うん、約束だ!」
あ、やっぱり京子が笑っていると落ち着く。
もっとにこにこしていてほしいなあ。
好きにならせちゃうと書きづらいんだよなあ。




