11.『謝罪』
読む自己。
あたしは凪がお風呂に入っている時に彼女の母に謝ることにした。
今はリビングに眞子さんとふたりきり、丁度いい。
「あの、本当にすみませんでした」
「あ、お弁当の件? 食べてくれた?」
「あ、はい、流石に捨てるのはできませんから」
「それならいいよー容器もちゃんと綺麗になって返ってきたしね!」
要所で甘いところはよく似ている。
本当に自分勝手な話だけど、凪が「そんなことをする人じゃない」そう言ってくれた時、実は凄く嬉しかった。
ま、それでも協力したのは変わらない、犯人だったのは確かで。
「卵焼き、好きなんでしょ?」
「凪……さんは特に」
「そうじゃなくて、毎回『京子ちゃんや翆ちゃんから食べられるから増やして!』って頼まれてたんだよ?」
「あ……そうですね、意外と食べさせてもらったりしますね」
特別というわけではない。
多分、自分の母や姉が作っても似たような味になるはずだ。
それなのに毎回あたしが欲しがるのは……。
「ねえ京子ちゃん、唐突だけど凪のことどう思ってる?」
「凪……さんのことですか?」
「うん。……新しい学校になってからも悲しい顔で帰ってきたり、泣いて帰ってきたりしてるから……ちょっとね」
その理由の大半はあたしや翆のせいではないだろうか。
いつもにこにことしている眞子さんが悲しそうな表情を浮かべている。
当たり前だ、娘が心配に決まってるんだ。
「あなたさえ良ければ、凪のことを守ってあげてほしいの。学校では付いていてあげられないから」
「でも、その原因があたし達にあるんですよ? そんな人間に『守って』っていいんですか?」
「だってさっ、帰ってきたら京子ちゃんの話ばっかりするんだよ? あの子は。前の学校でも同じような子がいたんだけど、ちょっとあって……まあ……だからさ! お願いできないかな?」
凪を守る? ……一緒にいればいるほどあの子を苦しめるだけのような気がする。
この短い時間で近づいたり離れたり近づいたり離れたり、それを繰り返してきた。
そして今回はしてはいけない領域の行為までして、でも、彼女が優しいから許してくれたけど。
その内側では本当に許しているんだろうか。
どうせこいつらはまたやらかすから適当に対応しておこうとか、そういうことは考えていないだろうか。
「お母さんっ、余計なこと言わないで! 京子は翆のことが好きなんだから邪魔できないよ!」
「え~だって凪いつも悲しそうな顔で帰ってくるんだもん」
「それは……私だって悲しい時くらいあるよ……」
あたしは翆のことが好き、か。
初日にそういう絡みをしたのは確かだ。
どうすればいいかな、そう聞いたのも本当のこと。
そういう機会は沢山あって、凪が言ったように告白する機会も沢山あった。
「京子、部屋行こ?」
けれど毎回できなかった。
これまた彼女が言うように、ただ「好き」だと言えば良かったのにだ。
なにがしたいんだろうかあたしは。
「京子!!」
「……どうした?」
「部屋行こうよ! もうお風呂入ったんだからいいでしょ!」
「ああ……そーだね」
彼女はぶつぶつと呟きながらリビングを出て階段を上がっていった。
「眞子さん、先程の話、考えてみますね」
「うん、ありがと! おやすみー」
「おやすみなさい」
あたしも2階へと上がらせてもらう。
自分の部屋の前で不機嫌そうに凪が立っていた。
「遅いよ!」
「ごめん」
ま、やらかしたことを考えればイライラしたくなるのは分かる。
中に入らせてもらうと、実にシンプルの部屋だった。
壁は真っ白で床は茶色。あるのはベット、机、クッション、クローゼットくらいかな。
綺麗に片付けられていて自由に座ることができる。
匂いは彼女のと言うより芳香剤の香りが強いように感じた。
だけど臭いというわけじゃない。適度で落ち着ける空間だ。
「ジロジロ見すぎ……」
「いや、綺麗だなって」
「ふぇっ!?」
「部屋がだよ?」
「……ま、片付けてるしね」
この子を守る……自分より強い女の子を守るっておかしくないだろうか。
だってあの状況でも心配したのはお弁当の中身だった。
あたしに叩かれた後も笑ってたって麗から聞いた。
叩いたのはこっちなのに無様に涙を流して逃げたあたしとは違う。
「ねえ京子、好きな翆の願いを叶えたいのは分かるけどさ、もうあんな自分の価値を落とすような行為しないでよね。そこだけは信用していたし、していたいんだよ」
凪は「あなたを叩いておいて言うことじゃないかもしれないけど」と言って苦笑した。
「私ね、裏切られるのが怖くて距離感を保ってたんだ。だから、京子が毎回来ちゃってどうしようもなくて……だって京子は翆が好きなんだからさ、甘えちゃいけないって考えも強かった……あ……なにが言いたいのか分からなくなっちゃった……ごめんね」
適切な距離感なんて明確には分からない。
踏み込まれることを恐れるかもしれないし、踏み込まれないことを恐れる可能性もある。
「京子っ、なんで返事してくれないの?」
「なにか言ったって凪は信用できないでしょ」
「そう……かもしれないけどさぁ……」
もし“する”としても行動で伝えていくしかない。
「京子、私はちゃんとあなたが言ったことを叶えたんだから、あなたも私のお願いを叶えてよね」
「ね、それって本当に心から願ってることなの?」
「え?」
「だからさ、あんたは本当に心から翆に告白してほしいって思ってるの?」
無理やり吐かせたのは確かだけど、彼女は「少ししていました!」と言っていた。
それなのに告白しろと言うのは純粋な優しさか? ……いや、少し聞いておく必要がある。
「だから……京子は翆のこと好きなんだし、翆だって京子のこと好きなんだよ?」
「今あたし達のことはどうでもいーの、あんたの正直なところを聞かせてよ」
「いやだから……必要ないじゃん別に」
「はぁ、またあれするしかないかなー」
「だ、だめだからっ、そんなことしたら翆と向き合う時に困るからやめた方がいいよ」
翆、翆、翆、もういっそのこと彼女が翆を好んでいると言われた方が納得できるくらいだ。
でも、それはないと分かる、……分かるのにどうしてここまで……。
「……いーから教えてよ」
「……別に……純粋に応援してるだけだよ」
情報全部流されて笑われた、とか言ってたっけ。
あたしも同じようにする、していると彼女は疑っているわけか。
……というか、守るどころか困らせてるよなこれ。
だけど気になるんだ、こればかりは聞いておかないとそれこそどうしようもない。
「凪……お願いだから教えてよ」
「なんでそんな意地悪なのっ」
「大事なことなんだよ」
「……変わらないよ、応援したいだけ」
今更ながら気づいた、手を強く握っていることに。
緊張、恐怖、……心地良さを感じていたのは自分だけだった。
そこにドカドカと土足で踏み込んで自分勝手に問い詰めて、……なにやってるんだよ。
「ごめん、もう言わなくていいよ」
「うん……ちゃんと叶えてね」
「ね、明日また……喫茶店行こーよ」
「いや……翆とお出かけしてきなよ、どうせ私が行ってもまた喧嘩して終わるだけだから」
だめだ……なにを言っても届かない。
しかもそういう結果にあたしがしてきてしまった。
明らかに線を引かれて、むかついて怒鳴って彼女を傷つけて。
眞子さんに謝れたのはいいけど、今日ここに来るべきではなかったのかもしれない。
唯一落ち着ける場所にまで出しゃばってしまったことを、あたしは後悔していた。
「……凪、やっぱり帰るよ」
「え……別にいいでしょ?」
「いや、だってあんた怖いんでしょ?」
「ちが……」
「……無理しないでよ、眞子さんに謝れて良かった、……じゃあね」
荷物を持って部屋を後にする。
1階のリビングでゆっくりしていた眞子さんに挨拶をして家を後にした。
夜道をひとり歩きながら何故か込み上げてきた涙をボロボロと流して。
単純にこれを見せたくなかったのもあって。
……一緒にいても心地良さすら与えてあげられないことに悲しくなって。
家に着いても涙が止まることはなかった。
眞子って何歳なんだろう。
凪と同じような喋り方にしているから、姉みたいだなー。




