10.『何故』
読む自己。
7月になった。
月曜日を超えて水曜日になっても翆が京子に告白することはなかった。
良かった点は京子が近づいて来ることがなくなったこと。
「やっほっほー! おんや? 今日は一緒にいないのかーい?」
「そうですね、いませんね月曜日から」
「なにあったの?」
「考え直したんじゃないですかね」
荷物を持って教室を後にする。
「待ってっ」
「加藤さん、どうして告白しないんですか?」
「こ、声、大きい!」
自分の方がよっぽど大きいけどね。
「京子ちゃんがいてほしいって」
「あ、加藤さんにですか? それならいてあげてくださいよ」
「凪ちゃんにだよ!」
「私は用ないので、失礼します」
くっ……中々力が強い……。
京子は残酷なことをする人間だ。
好きな子が他の子を気にかけていたら誰だって気になるのに。
これ以上掴まれても嫌なので教室に戻り席に座る。
ひとり、またひとりと教室内の子が帰っていって、すぐに私達4人だけになった。
「……凪、うざいとまで言わなくてもいいだろ?」
「は? あなただって言ってくれたじゃないですか」
あくまで強気で対応していく。
京子だってしてくれたんだ、だったら私にもする権利があるだろう。
「そう……だけど」
「あ、どうせならここで加藤さんに告白してくださいよ」
「はぁ?」
「大丈夫ですよ、両想いですから。鬱陶しいんですよね、ただ『好き』だと言えばいいのに動かずにいるのを見ていると」
「え……翆、本当なの?」
「あ…………凪ちゃん最低っ!」
最低はどっちだよ。
わざわざ電話してきて「罪悪感とかないの?」とか聞いてきて。
そりゃ好きな人を悪く言われたり、泣かされたら気にもなるのかもしれないけど。
だったら相手からこんなこと言われないで済むよう、極端に大胆に行動してやればいいんだよ。
「あーあ、ああやって帰るくらいならさっさと告白すればいいのに」
「おい、翆を悪く言うなっ」
「だったら早く追ってあげてくださいよ、で、雰囲気良くして告白でもなんでもしたらどうですかね?」
「てめぇ!」
「だ、だめだぞー! 暴力はだめだぞー!」
佐々木さんが止めてくれたけど、彼女の手は止まらなかった。
思いきり私の頰を叩いて、何故だか彼女が涙を流しつつ教室を出ていった。
「いったぁ……叩かれたのは初めてだなぁ」
悪口は散々言われた。
物や席が失くなったことだってあった。
けれど暴力は初めてだった。
叩かれたのに笑みしか溢れなかった。
「いやぁ、すみませんでした、変なところを見せてしまって」
「木下ちゃん……どうして笑ってるの?」
「え? いや、面白くないですか? なんか青春物っぽくていいと思いますけどね」
これで仲が進むなら喜んで悪役を演じよう。
いや、どう頑張ったところでこうとしかならないんだけど。
「か、帰るね!」
「はい、お気をつけて帰ってくださいね」
「うん……」
私はもう少し時間を潰してから帰るとしよう。
窓の外に視線を向けたり、手を眺めたり、教室内を無意味に見回してみたり。
そんなことを繰り返していたらいつの間にか18時を超えていた。
「ふぅ、そろそろ帰るかな」
「木下さん」
「どぅわ!? か、金井先輩……」
もう校舎内に残ってる生徒は自分だけだと思っていたからかなり驚いた。
「お願いします、京子ちゃんを泣かせないでください」
そして何故か頭を下げられお願いされている、と。
「え、でもこれで上手くいくはずですから」
「なにがですか?」
「金井さんも加藤さんも両想いなんです。ですから、もう大丈夫ですよ」
「あの、誰かに『告白してください』と言われて告白すると思いますか?」
「え、しないんですか? 前の学校の子はしてましたけど」
それで実際にOK貰って仲良さそうに付き合ってたけど。
自分の妹は違うと言いたいのだろうか。
「それに叩いてくれたのは金井さんですよ?」
「それはあなたが悪いんじゃないですか?」
「話になりませんね」
どんな理由であれ暴力を振るった方が悪だ。
姉馬鹿も結構だけど、姉妹揃って問題児なのかなっておかしくなった。
「さようなら、無意味な会話ですから」
ま、こうなったらとことんやりきってやろう。
木曜日。
休み時間にトイレから戻ってくると大好きなシャーペンが消えていた。
その次の休み時間に戻ってくると筆箱自体が消えていた。
その次は鞄、そして極めつけはお母さんが作ってくれた大好きなお弁当も。
また始まったのかと内心で苦笑して、窓の外に視線を向ける。
7月の空は青く綺麗で透き通っていて。
私のこの複雑な気持ちを洗い流してくれるような気がした。
金曜日。
学校に行くと椅子がなかった。
空き教室から借りてきて座ってた。
バックもお弁当もまた消えた。
「はぁ……」
少なくともお弁当の中身だけはしっかり食べていてほしかった。
そうしないとお母さんに申し訳ない。お腹がすくとかは正直どうでもいいから。
「おい、反省したかよ」
私は前の学校と同じ状況になっていた。
放課後最後まで残って窓の外を見つめ時間を潰す。
夏の夕暮れとは何故こんなにも落ち着くのだろうか。
これであと“邪魔者”だけがいてくれなければ最高だった。
「おいっ」
「や、やめなよ……別にいいよそんな子……」
「翆は帰っててっ、あたしはこいつに用があるから!」
「……分かった、じゃあね」
そんな子、か。
よしよし、随分素直に言ってくれるようになったじゃないかと内心で笑う。
「お弁当の中身だけはしっかり食べてくださいね」
「捨ててるって言ったら?」
「そうですね、あなたを殴って加藤さんも殴ります」
「はっ、できもしないのに言うんじゃね――」
これはあの時のお返しだ。
しっかり同じように顔を叩いておいた。
「……捨ててるなんて言ってないだろ」
「それなら良かったです」
彼女は意外と涙脆いようだ。
そして――
「なにやってるんですか、そんなところで」
「ひっ!?」
座って盗み聞きをしていた彼女を無理やり立ち上がらせる。
「や、やめてっ、翆には手を出さないで!」
「あははっ、少し前とまるで逆の立場ですね!」
それでも掴むことはやめずに教室内へと彼女を連れてきた。
「さあ、もう無駄なことはやめましょうよ、少なくともお母さんのお弁当をどこかにやることが許せない!」
「わ、分かったから……やめる! だから翆には……」
「興味ないですよこんな子、物を隠したりしなければなにもするつもりないですよこっちだって」
もうやられっぱなしは嫌なんだ。
あの惨めな気持ちを味わうくらいなら壊した方がマシだ。
「ところで、付き合い始めたんですか?」
「……いや、付き合ってなんかない」
「はぁ? はぁ」
壊すとか以前の話だったのかと溜め息をつく。
「それで鞄は、お弁当は、私の本当の椅子はどこなんですか?」
「今日の分は持ってる。昨日の鞄と弁当はあたしの家だ、椅子は空き教室」
「返してください!」
「わ、分かってるよ……」
そのまま彼女の家に行って物を返してもらった。
お弁当の容器は綺麗に洗ってあった。
「顔は綺麗なのに人間性が少し綺麗じゃないですね、あなたのお姉さんもそれは同じです」
「……否定はしない」
「あとあなた」
「はぃ……」
「大事なところで動けないのは残念な感じですね。いいのは見てくれだけですか? もっと頑張ってくださいよ」
「……なんであなたなんかにっ」
「どうぞご自由に、物さえ隠したりしなければいくらでも構いませんよ? というか、どうせあなたの指示なんですよね?」
「ち、ちがっ!?」
「いや、私、分かりますから、金井さんがそんなことをする人じゃないってそこだけは信用していますから。次したら絶対に許さないですからね」
今日は私が彼女に壁ドンってやつをする番だった。
下から睨みつけて、もししたらどうなるのか――その恐怖を少しでも味わわせるために。
「ご……ごめんなさいっ」
「ふぅ……いや、こちらこそすみませんでした。あの……これで終わりにできませんか? 自分にされたことを相手にするのってすごくキツいんですよ」
ふたりを泣かせているのは自分なのに泣き顔を見ると苦しくなる。
けれど少し泣きすぎではないだろうか。
私にするだけしておいて自分がされたら速攻で泣くってどういうことだろうか。
「凪……ごめん!」
「私もごめんなさい」
「でも告白しろとか言わないでよ、あたしはあたしで考えてるんだからさ」
「分かりました、それなら私に付きまとうのもやめてくださいね」
「それは無理だ」
そう言った時はもう泣いてなんかいなかった。
それどころかいつになく真っ直ぐ、格好良く、綺麗だった。
「え? なんで……」
「あと敬語やめろ、名前呼びに戻せ」
「ワガママですか……」
翆に言われたからやっていたとはいえ、荷物を隠したくらいなのに都合が良すぎないだろうか。
「頼む、もう2度と同じようにはしないから」
「それなら告白してくれたら、その条件を飲みましょうか」
「だめだ、それはできない。けど、あんたにはしてもらう」
「暴君ですかあなたは……」
自分はできないけど相手にはそうしろって……。
「凪ちゃん」
「なんですか?」
「私からも……お願いっ」
「えぇ? 荷物を隠したんですよあなた達は! 加藤さんは特にです!」
あんなことしてこなければまだ救いはあった。
私だってもうちょっと素直になれていたと思うんだ。
でも、彼女達はあの子達みたいにしてしまった。
だから簡単に自分の意見を変えることなんて、とてもじゃないけど……。
「お願いしますっ、これは私のためでもあるから!」
「あーはいはい、金井さんが笑っていてくれれば告白しやすいってことですよね!」
「違うよ……そんなことどうでもいいから早く!」
どうでもいいって……好きなんじゃないのかよ!
あーもう面倒くさい……もういいや、このまま叫ばれてる方が疲れるというものだろう。
「分かった分かった! はい、これで終わりね!」
「「名前は!!」」
「京子! 翆! 付き合っちゃえよもうっ!」
「ありがと凪ちゃん! でももう遅いし帰るね、ばいばい!」
「ばいばーい……」
なんだよ、スッキリしたような笑顔浮かべやがって。
これで結局また彼女達の思いどおりになってしまったということか。
「……凪、今日、泊まりに行ってもいい?」
「あ? あーまあいいけど、あ! お母さんに謝ってよねっ」
「うん、ちゃんと謝るよ。あと、凪にも」
「もーいーよ! 早く行こ……お腹へった……」
「うん、待ってて!」
あれ? ん? 京子ってこんな柔らかい感じだった?
「お待たせ!」
「う、うん……」
私は気持ち悪さを抱えつつも京子を連れて家に帰った。
ごちゃごちゃしてんな。




