第九十二話 「秀樹vs狼男ロアス」
ラグを背負った恒夫とスギナが戻ると菜穗の悲鳴が聞こえてきた。
「秀樹か!! 」
恒夫がバッと試合場に向き直る。
「だから降参してくださいって言いましたのに…… 」
狼男ロアスが秀樹の右腕を床に放り投げた。
もぎ取られたのか? 歪な切れ口の肘から先の腕が床に転がるが秀樹の姿は見えない。
「影マントなど狼族には何の効果も無いと言うたのに…… 」
険しい顔のスギナに振り向きもせずに恒夫が頷いた。
「早めにギブさせたほうがいいな」
秀樹は栄二に影マントと空気玉を借りて戦っていた。
影マントで姿と気配を消して空気玉で呼吸も止める。
試合場の彼方此方で薬草が燃えていた。
獣人の鼻を利かなくする薬草である。
以前のチーム戦で栄二が狼男のゲンガリに勝った戦法だ。
だが目の前の狼男ロアスには通用しなかった。
姿も気配も匂いも消したはずなのに直ぐに見つけられて右腕を噛み千切られたのだ。
「くそっ、何でわかった? さっきまでは見えてなかっただろ」
秀樹が悔しげに愚痴る。
恒夫とスギナがラグの元へと行くまでは有利に戦いを進めていたのだ。
その証拠に狼男ロアスの服が所々焦げている。
スピードアップのアイテムである天使の翼を持っていて素早く動くロアスに魔法が当たったのだ。
流石に致命傷は与えることはできないが対等以上に戦っていたのだ。それが一転して不利になった。
ロアスが降参しなさいと3度目の通告が終わった後からだ。
ロアスがくるっと斜め右後ろに向き直る。
「降参してください、ケリウス様やマーサ様が気に入っている貴方方をこれ以上傷付けたくありません、4度目の忠告ですよ、降参してください」
「何でわかる? 俺が見えているのかよ、くそっ、役に立たないんじゃ暑いだけだぜ」
秀樹が影マントをバッと脱いで姿を現わした。
千切られた右腕が生えている。
不死身能力で再生したのだ。
「ほぅ、不死身というのは本当らしいですね、おっと、何でわかったのか……でしたね、簡単ですよ」
狼男ロアスが愉しそうに目を細めて続ける。
「風ですよ、秀樹くんが動くと風が起る。その流れを読めば何処にいるのか大体の見当はつきます。とは言っても普通の獣人にできることではないでしょうが私は別です。それなりに修業をしていますからね」
「動いた時の風……そんなものでわかるって言うのかよ」
驚きに顔を引き攣らせる秀樹の向かいでロアスが白い牙を見せて愉しそうに笑う、
「わかりますとも、全身の毛に気を送ってセンサーと成すのです。それによって微細な風の動きも見逃しません、それと匂いもです。薬草で鼻を塞いだつもりのようですが煙の流れに乗って匂いに強弱がつきます。それも秀樹くんが何処へ動いたのかという指標となりましたよ」
秀樹の顔に驚きが広がる。
「なん……敵わねぇなぁ、今の俺じゃあ無理か……万全の態勢ならもっといい勝負ができてたんだがな」
「ギガルを倒しただけでも充分賞賛に値しますよ、ですからこの場は引いてください」
熊男ギガルとの戦いで負傷した傷は不死身の能力で治った。
吸い込んだ煙の毒はスギナが吸い出してくれた。
だが傷は治ったが気力や体力は直ぐに戻るわけではない、不死身能力も気力や体力を使うのだ。
体を鍛えている秀樹なら重傷を負っても10回くらいなら平気で復活するだろうがその分気力や体力を消耗する。
先の戦いでは中級魔法も何度も使った。
続けての試合では充分に休みが取れない、今の秀樹は中級魔法が使えないほどに消耗していた。
ロアスがニッコリ笑いかけてから口を開く、
「万全でない秀樹くんと戦っても私は少しも楽しくありません、ですからギブアップしてください、今回の戦いで私の力がわかったのですから次の戦いに備えるべきです。人間は知恵が高い、私はもっと強くなった秀樹くんと戦いたい、ですからギブしてください、これで5度目ですよ、次は無いですからギブアップしてください」
秀樹が引き攣った顔でニヤッと笑う、
「まだ負けちゃいねぇ、恒夫が戻ってくるんだ。戦うのは俺の役目だからな、リーダーなんだからな、情けない格好見せられるかよ」
魔法の杖をサッと振る。
「タバスコファイヤー 」
中級魔法だ。会話している間に気力を溜めていたのだ。
迫ってくる炎をロアスがサッと避ける。
そこへ魔法の弾がぶち当たった。
「ぐく…… 」
ロアスが苦しげに歯を食い縛る。
バチバチと雷光をあげる電気の塊が腹に直撃だ。
「へへっ、まだ戦えるぜ」
左手に魔法の杖、右手に魔法銃を握り締めて秀樹が強がる。
ロアスが両手で体を叩いて纏わり付く電気を払った。
「ギブしないのですね……仕方ありません」
ギラリと目を光らせるとロアスの姿がフッと消えた。
「秀樹逃げるんじゃ!! 」
スギナが今まで聞いたことのない大声を出した。
「逃げる!? 」
秀樹がロアスを探すようにキョロキョロ辺りを見る。
ロアスがバッと秀樹の後ろに現われた。
「ぐぶぅっ! 」
呻いて倒れる秀樹は上半身と下半身が二つに別れていた。
上半身が後ろに落ちるように仰向けに倒れ、下半身は前につんのめるように崩れる。
「ぐぐっ! ぐわあぁぁ~~ 」
上半身だけの秀樹が悲鳴を上げた。
「ぐぅ……ひぃ……いた……痛ぇえぇ~~ 」
辺りを血で赤く染めながら痛さにのたうち回っている。
「ぐがっ、いっ……ひぐぅうぅ………… 」
痛さに耐えかねたのか出血で意識が飛んだのか、秀樹が気を失って動かなくなった。
一瞬の出来事だ。
「きゃあぁ~~ 」
菜穗が取り乱したように悲鳴を上げる。
「秀樹!! 」
「秀樹が…… 」
栄二が大声で名前を呼ぶ、隣で恒夫がラグを背負ったまま呆然と呟いた。
「ロアス……なんて恐ろしいヤツじゃ、見知った相手でも何のためらいもない、あの一瞬の禍々しさは何じゃ? 」
険しい顔で言うとスギナがポンッと試合場へ上がった。
「治療するぞ恒夫、前の戦いで気力が戻っておらん、いくら不死身でもあれではヤバいぞ」
「ああ、わかった」
恒夫も慌ててよじ登るとスギナと一緒に秀樹の元へと駆けていく、余りの出来事に固まっていた栄二と菜穗も二人を追うように試合場へと上がっていった。
上半身と下半身に別れて倒れている秀樹を確認すると審判がサッと手を上げた。
「13番の江藤秀樹、意識不明、試合続行不可とみなし11番の狼男ロアスの勝ちとする」
審判に軽く手を上げて挨拶するとロアスが秀樹たちの元へとやって来る。
「死なないように手加減はしたのですが……少々やり過ぎました。すみません」
スギナと恒夫が治療するのを見ながらロアスが頭を下げた。
「ロアスさん…… 」
「止めとけよ」
文句でも言おうとした菜穂を恒夫が手で制した。
治療をスギナに任せて恒夫が振り返る。
「早くギブさせるべきだった。俺たちのミスだ。あんたは5回も警告してくれたんだ。敵わないと分かって無茶をした秀樹が悪い」
「 ……そう言って貰えると私も助かります。手加減しようにも相手が不死身では…… 」
済まなさそうに話すロアスを恒夫が見つめる。
「わかってる。不死身に頼りすぎだ。あんたは次の試合がある。こっちはいいからそれに備えろよ」
「では失礼します」
慇懃に頭を下げるとロアスは自分のチームの元へと戻っていった。
スギナが植物の蔓で秀樹をグルグル巻にする。
「ふぅ、これで大丈夫じゃ、体力も気力も落ちておる。三十分は目を覚まさんじゃろう」
「ありがとうスギナちゃん」
「スギナちゃんの治癒能力は凄く役に立つわね」
ほっと安堵する栄二の隣で菜穗がお世辞を言った。
「ふふん、儂の治癒能力はそこらの上級魔法より上じゃからのぅ」
ペッタンコの胸を張って自慢するスギナの横で恒夫が植物の蔓でグルグル巻になった秀樹をポンポン叩く、
「まったく、調子に乗りすぎだ。目を覚ましたらスギナちゃんに説教して貰わないとな」
「ほんとだぞ、調子に乗ったヤツにはお仕置きしないとにゃ」
声と同時に恒夫の薄い頭がガシッと掴まれた。
「ひぃっ! 」
掴まれたまま恒夫が後ろを向くと目を吊り上げた怖い顔のラグがいた。
「ら……ラグ……ちょっと待ってくれ、あれは違うんだ……だから…… 」
「違うも何もあたいが負けて面白がってんだろ? 」
恒夫に顔を近付けるとラグがニヤッと笑って牙を見せた。
「違う、喜んでなんかしてないから……あの女エルフはヤバいからラグが怪我したら危ないって思ったから……だから……違うから………… 」
焦りまくって恒夫は言葉になっていない。
「言いたいことはそれだけにゃ? そんじゃ、お仕置きだぞ」
「違う! 助けて……謝るから………… 」
泣きそうな恒夫の薄い頭をモシャモシャしながらラグが悪い顔で笑った。
「二度とあんな真似しないように毛を毟って体に覚えさせてやんぞ」
「止めろ! いや、止めてください……毛だけは勘弁してくれ」
「ダメだぞ、半分毟り取ってやんぞ」
恒夫の頭に爪を立てるラグの手を植物の蔓が絡めて外した。
「その辺で許してやれ、やり方は間違っておったかも知れんがお主のことを心配してやった事じゃ、女エルフの強さは戦ったお主が一番わかっておろう? 仮に勝ったとしても無傷では済むまい、次は秀樹を倒した狼男じゃぞ、その次は魔族じゃ、とてもお主に勝ち目は無い、準々決勝の100ポイント程度でラグが負傷などしたらチームにとって大きな痛手となる。それを避けるために恒夫が策を弄したのじゃ」
スギナの話しを黙って聞いていたラグが手に絡んだ植物の蔓を反対側の爪で切り外す。
「そんな事わかってんぞ、でも初めからあたいが負けるって思ってたのが腹立つんだぞ」
ラグがボゴッと恒夫を殴り倒した。
「うぐぅ…… 」
倒れて頬を押さえる恒夫をラグが睨み付ける。
「それで勘弁してやんぞ、今度やったら毛を毟るからにゃ」
「ああ、悪かった。謝る。でも同じようなことがあったらまたやるぜ、俺はラグが怪我するところなんて見たくないからな」
「毛を毟り取られてもか? 」
じろっと睨むラグに恒夫がマジ顔で見つめ返す。
「ああ、俺の頭よりラグが大事だからな」
「にゃんだと! 」
ラグがバッと恒夫に飛び掛かる。
「まったくツネは……あたいもツネが大事だぞ」
身構える恒夫に抱き付くとモシャモシャと薄い頭を触りながらラグが嬉しそうに笑った。
「一件落着って感じだね」
「まだ秀樹くんグルグル巻じゃない」
安堵する栄二の隣で菜穂が呆れ顔で言った。




