第九十一話
2回戦の次のグループの試合が始まった。
菜穗は試合場へと上がると直ぐに審判の元へと駆けていく、
「棄権します」
「棄権? 一応ルールだから理由を聞いておく」
審判が大男の魔族イゴルをちらっと見てから訊いた。
「言うまでもないでしょ? 魔族と戦って死にたくないから棄権します」
「わかった。賢明な判断だと思う」
審判がサッと手を上げた。
「17番の緒方菜穂が棄権したため20番の魔族イゴルの勝ちとする」
「何だ棄権か? さっきのエルフといいクズばかりだ。ぶっ殺すのを楽しみにしてたのによ」
じろっと睨むイゴルに構わず菜穗は直ぐに試合場を後にした。
菜穗の元へ男エルフのケリウスが駆け寄ってきた。
「いい判断だね、あれと戦うなんて無謀だ。私も1回戦で棄権したんだ」
イケメンエルフのケリウスに褒められて菜穗の頬が赤く染まっていく、
「そうだったんだ。始めに戦ったエルフってケリウスさんだったのね、人間の私が魔族相手に棄権するのは当然です。私勝ちたいですから、こんな所で死にたくないですから、絶対に勝ちたいんです」
「そう……菜穗さんは勝ちたいのか、それなら………… 」
何か言いかけたケリウスが言葉を止めた。
「俺も紹介してくれ、そいつがマーサさんのチームのリーダーなんだろ」
ニッと作り笑いをした恒夫が手を上げてやって来た。
ケリウスが爽やかな笑みを恒夫に向ける。
「菜穗さんの知り合いで? 」
「あっハイ、このイベントが終わったら同じチームになるんです」
何しに来たのと恒夫を睨み付けながら菜穗がこたえた。
「そうですか、よろしく、私はエルフのケリウスと申します。エルフは人間の皆さんを親しく思っていますので敵になることはないでしょうから協力できることは協力いたしますよ」
如何にもといった作り笑いをしながら恒夫が続ける。
「俺は城道恒夫、見た通り普通の人間だ。そうだな、敵になるかどうか先のことはわからんがよろしく頼むぜ」
「失礼なこと言わないでよ! 」
怒る菜穗の向かいでケリウスが声を出して楽しそうに笑う、
「はははっ、面白い人だね、じゃあ私はこれで」
愛想笑いでケリウスを見送ると菜穗がバッと振り向いた。
「あんたが変な事言うから行っちゃったじゃない、まったく」
「単純だな、初対面で仲良くしましょうなんて腹黒いヤツのパターンだろ」
怒り顔の菜穗に恒夫がとぼけ顔で返す。
「なんて捻くれてるのよ、あんたは……マジでヘンタイね」
「へへっ、ヘンタイで結構だぜ、けっこう、けっこう、コケコッコーだ」
へらへら笑う恒夫を睨み付けると菜穗は無視するかのように秀樹の元へと歩いて行く。
ふと立ち止まると恒夫の顔がマジに変わる。
「スギナちゃん、どう見る? 」
「気付いておったか」
恒夫の後ろからスギナが現われた。
先程までは居なかった。
床から生えるようにすっと現われたのだ。
恒夫がくるっと後ろに向き直る。
「秀樹の所に居なかったからさ、それにマーサさんに悪い気を感じるって言ってただろ」
「そういう事には目端が利くのぅ……彼奴らはやはり信用できん、あの男からも悪い気を感じる。熊男もそうじゃ、さしあたって敵になることは無さそうじゃがポイントを取り合うこともあるゲームじゃからな、先のことはわからん」
難しい表情のスギナを見て恒夫が頷く、
「俺もそう思う、あんまりやり合いたくない相手だから会わないことを願うぜ」
「じゃな、秀樹たちは信用しておるようじゃから余り話さん方がよいのぅ」
スギナも頷くと恒夫と一緒に秀樹たちの元へと戻っていった。
3回戦が始まる。
ここまで残ったのは秀樹とラグだけだ。
「やはり彼奴が残っておったか」
スギナと恒夫が見る先で女エルフのマーサが試合場へと上ってきた。
「マーサさんだ。やっぱり本物の魔法使いは強いわね」
嬉しそうな菜穗に恒夫が迷惑顔を向ける。
「どっちの応援するつもりだ? 場合によっちゃ戻るって話しは無かったことにするぜ」
「わかってるわよ、知り合いだから喜んだだけじゃない、もちろんラグの応援するわよ」
ムスッとする菜穗の向こう側で栄二が声を上げる。
「狼男のロアスさんだよ、秀樹の相手、ロアスさんだよ」
「なっ……本当だ。ロアスさんだ…… 」
栄二だけでなく菜穗の顔にも驚きが浮んでいるのを見て恒夫が口を開く、
「ロアスって誰だ? 」
「マーサさんと同じチームの獣人狼男だよ、素早くて初めて会った時に後ろに居るのに気が付かなかったんだ」
興奮してこたえる栄二の隣で菜穗が続ける。
「でも紳士よ、優しいし、熊男のギガルとは正反対の性格みたい」
「紳士ねぇ…… 」
疑うように呟いた恒夫を押し退けてスギナが顔を出す。
「エルフのケリウスがリーダーでマーサと熊男のギガルに狼男のロアス、四人チームというわけじゃな、他にもおるのか? 」
「うん、四人だよ、僕たちが会った時から増えてなければね」
笑顔で教える栄二の前でスギナが考えるように俯く、
「魔法使いが二人に獣人が二人か、厄介な相手じゃな」
「大丈夫だよ、マーサさんたちは友好的だから敵になったりしないよ」
「そうよ、さっきも恒夫が変な事言ったけどケリウスさん怒りもしなかったわよ」
笑顔の栄二の隣で菜穗が怖い目で恒夫を睨んだ。
「お前ら信用しすぎだ。他のチームは全部敵だと思え……まあ、利用できる内は利用するなら俺は反対しないぜ」
ニヤッと厭な笑みをした恒夫が一段高くなっている試合場の端に手を掛けた。
試合場ではラグとマーサが向き合って礼をしている。
「マーサさん頼みがある! 」
恒夫の大声にマーサが何事かと振り返る。
「マーサさんは秀樹の知り合いなんだろ? 俺たちはこのイベントが終わったら秀樹のチームに入るんだ。その猫女も一緒だ。だから殺さないでくれ、頼む、ギブアップしろっていってもラグは利かないんだ。だからマーサさんに頼むよ、お願いだ殺さないでくれ」
ラグの猫耳と尻尾がピンッと立った。
「にゃにゃ! 何言ってんだツネ! あたいが負けるはずないだろ」
牙を見せて怒鳴るラグの向こうでマーサがわかったと言うように笑顔で手を振った。
「ありがとうマーサさん、できるだけ怪我もしないように頼むよ」
ラグを無視するかのように恒夫が大声で礼を言った。
「にゅにゅにゅ……覚えてろよツネ! 終わったらお仕置きだぞ」
目を吊り上げて怒るラグを見ても恒夫は嬉しそうに満面の笑みだ。
栄二が嬉しそうに恒夫の背を叩く、
「何だかんだ言って恒夫もマーサさんを認めてるんじゃないか」
「あの様子じゃ了解してくれたみたいね、言ったでしょマーサさんたちは優しいって」
ドヤ顔で言う菜穂を見て恒夫が笑顔のまま口を開く、
「俺は別にマーサさんを嫌ってるわけじゃないぜ、どっちかって言うと好きなタイプだ。それと勝負は別って事だ。今回はラグが言うことを利いてくれないから助かったぜ」
「一々憎らしいのね、まあいいわ、見てればわかるわよ、マーサさんやロアスさんがいい人だって恒夫も直ぐに認めるわよ」
「へいへい、それじゃあ、じっくり見るとしますか」
戯ける恒夫の肩を栄二が叩く、
「向こうで見ようよ、あそこなら秀樹の試合も見れるよ」
「そうね、ラグはマーサさんに任せたから大丈夫よ、秀樹くんとロアスさんの試合を重点的に見ましょうよ」
二つの試合が同時に見れる位置まで移動する。
歩き出す恒夫の手をスギナが引っ張った。
「利用できる内は利用するか……旨く利用したようじゃな」
「まぁな、味方だって言うなら態々敵対することもないしな、あれでラグが無事で済むなら安いものだぜ、後の仕置きが怖いけどな」
「お主と組んだことは正解じゃ、仕置きは儂が手加減してやるから安心せい」
冗談交じりで笑う恒夫を見てスギナも笑顔で歩き出す。
ラグとマーサの戦いが始まった。
「さっさとお前倒してツネにお仕置きだぞ」
ダダッと突っ込んでくるラグを避けようとマーサがサッと横に跳んだ。
「招き猫パァ~ンチ! 」
宙に浮いたマーサの体が飛び退いた方とは逆、つまりラグの元へと引き寄せられていく、
「ミストガード」
マーサが水の防御魔法を唱える。
爪を立てたラグのパンチが霧のような壁に当たって弾き返された。
「にゃん! 中々やるにゃ」
くるっと回って着地するとラグが楽しそうに牙を見せた。
「猫ちゃんこそ凄いわよ、避けたと思ったのに体が引っ張られたわよ、魔法なの? 」
大袈裟に驚くマーサの前でラグが鼻を鳴らす。
「にゃふふ、魔法じゃないぞ、招き猫はチャトラン族に伝わる秘術の一つだにゃ、お前は強そうだからにゃ、手加減無しでいくぞ」
「うふふ、判断力は流石ね、猫ちゃんも強いわよ、ギガルなら簡単に倒されてるわよ」
余裕に微笑むマーサを見てラグの顔から笑みが消える。
「笑ってるのも今のうちだぞ」
またラグが突っ込んでいく、速い、先程の倍以上のスピードだ。
跳んで避けようとしたマーサに対してラグが体をぐいっと捻る。
「ウォーターニードル」
「炎の結界、セラノブロック」
ラグの出した水の針をマーサの出した炎の壁が防いだ。
一旦着地したラグが足がつくと同時にまた飛び跳ねてマーサ目掛けて腕を振る。
「グリグリパァ~ンチ! 」
「あうぅっ 」
パンチが当たってマーサが床に転がった。
ラグのスピードに続けて防御魔法を出せなかったのだ。
「ぐっ……痛てて…… 」
マーサがヨロヨロと立ち上がる。
「なんで倒れた時に止めを刺さなかったの? 」
手で服をパンパン叩いて埃を払いながらマーサが訊いた。
「にゃふふん、そこらの獣人と一緒にするにゃ、あたいはチャトラン族のラグだぞ、これは試合だ。問答無用の殺し合いじゃないぞ、倒れた相手に止めを刺すなんてしないにゃ、次は二度と立ち上がれないように倒すだけだぞ」
ニヤッと牙を見せながら言うラグを見てマーサがフッと微笑んだ。
「気に入ったわ猫ちゃん、あの人間に頼まれたからだけじゃなくて私も貴女を傷付けたくなくなったわよ」
「にゃん、バカにするな! あたいに勝つつもりにゃ! 」
バッとラグが飛び跳ねる。
「プラズマボール、乱れ打ちにゃ! 」
上からの攻撃だ。
電気の塊が雨のように降ってきてマーサは避けられない。
「プラズマガード」
マーサが両手を上げて防御魔法を唱えた。
ラグの低級魔法の電気の塊がマーサの中級魔法の電気の壁に弾き返されていく、
「ヒュンヒュンキィ~ック! 」
マーサの直ぐ近くに着地すると同時にラグが体を捻って足を伸ばす。
「きゃあぁ~~ 」
ラグの蹴りをまともに受けてマーサが悲鳴を上げて吹っ飛んだ。
「勝負ついたぞ、あたいの蹴りをまともに食らってエルフが立てるわけないぞ」
「そうね、あれをまともに食らえば流石に気絶しちゃうわね」
直ぐ傍で声が聞こえてラグがバッと飛び跳ねた。
「流石に反射神経は抜群ね」
身を捩って着地したラグの目に笑顔のマーサが映る。
「にゃん? じゃああそこに倒れてるのは? 」
立っているマーサと床に転がっているマーサをラグがキョロキョロ見比べる。
「ああ、あれは影よ、旨くできてるでしょ? 質量のある分身ってところね」
微笑みながら話すマーサを見てラグが拳を構える。
「身代わりって事だにゃ、魔法なのか? 」
警戒するラグを見てマーサが笑いを堪えきれない様子で話し始める。
「そうよ、魔法よ、但し本物の魔法使いだけが使えるタイプの魔法よ、神様から力を借りただけの猫ちゃんたちには使えないわよ、シャドゥボーンって言うのよ、上級魔法だから低級魔法だけの猫ちゃんには初めから使えないけどね」
マーサがパチッと指を鳴らすと床に転がっていた分身がフッと消えた。
「本物の魔法使い……上級魔法使いを見るのは初めてだぞ」
ラグの顔に驚きと怯えが浮かんだ。
それを見てマーサがニコッと優しく笑う、
「猫ちゃんほどの使い手なら私の力がわかるようね、じゃあ降参してくれるかな? さっきの人間との約束もあるけど私も猫ちゃんが気に入ったからね」
「にゃにゃ、誰が降参するか! あたいはチャトラン族の戦士だぞ」
ラグがダダッと正面から向かっていく、
「仕方ないわね」
マーサが構えるとラグがバッと飛び跳ねた。
「ウォーターニードル」
宙に浮いたラグから水の針が降り注ぐがマーサは避けもしないし防御魔法も使わない。
次々と水の針が刺さってマーサの服が血に染まる。
その直ぐ傍にラグが降りた。
「キツツキパァ~ンチ! 」
魔法は囮だ。
ラグの本命の攻撃はキツツキのように連続で殴るパンチだ。
「電気の檻、プラズマケージ! 」
マーサが魔法を唱えるとラグの周りに電気の壁ができる。
「捕まえたわよ」
頬や服を血に染めたマーサがニッコリと笑った。
攻撃魔法に対して防御魔法を使わなかったのはラグを捕まえるためだ。
「にゃにゃ! ヤバい、中級魔法だぞ」
ラグは電気の壁に手を伸ばすと直ぐに引っ込めた。
低級魔法しか使えないラグでは中級魔法の電気の壁に手が出ない、無理矢理突破する事はできるが受けるダメージを考えると得策ではない、相手を甘く見たのか恒夫に買って貰った魔法の鎧は身につけていなかった。
「にゃ……にゃんだ? 体がふらつく…… 」
ふらっと体を揺らすとラグがその場に片膝をついた。
「にゃ……にゃんだこの煙は………… 」
ラグの周りで薬草が燃えて煙を上げていた。
「心配無いわ、只の眠り薬だから…… 」
「にゃ……眠り…………くすり………… 」
マーサの言葉が遠くなる。
ラグがその場に転がった。
「ごめんなさいね、傷付けるなって言われたからね」
眠りに堕ちたラグに優しく声を掛けるとマーサが審判に振り返る。
「勝負ついたわよ」
審判がサッと手を上げた。
「5番の獣人ラグ、意識不明、試合続行不可とみなし1番のエルフ・マーサの勝ちとする」
マーサがパチッと指を鳴らすと電気の檻がすっと消えた。
「緑の治癒、アロエグリーン」
治癒魔法を唱えてラグの攻撃で受けた傷を直していると秀樹とロアスの勝負を見ていた恒夫とスギナが駆け付けてきた。
恒夫とスギナが試合場へとよじ登る。
「ラグ! 大丈夫なのか? 」
「薬草で眠っているだけよ、大柄の獣人でも二時間はぐっすり眠るヤツだから猫ちゃんなら五時間は目を覚まさないわよ、手持ちにこれしかなかったから御免ね」
心配そうに訊く恒夫の前でマーサが髪を手櫛で直しながら言った。
倒れているラグの額に手を当てながらスギナが口を開く、
「大丈夫じゃ、眠っておるだけじゃ、毒を抜いて気付け薬を飲ませたからじきに目を覚ますじゃろう」
スギナの手から伸びた細い植物の蔓がラグの鼻の中へと入っているのを見たマーサが声を掛ける。
「貴女不思議な術を使うのね? 眠り薬を解毒できるなんて凄いわ」
「儂は妖怪じゃ、植物を使うのには慣れておる。薬草の毒など簡単じゃ」
「そうなの……ねぇ貴女、私たちのチームに来ない」
物欲しそうな目で見つめるマーサの前に恒夫が出る。
「頼みを利いてくれたマーサさんには感謝してるけど俺の仲間を引き抜くのは止めてくれ」
「じゃあ貴男も一緒でいいわよ、そこの猫ちゃんも、みんな一緒に私のチームに入りましょうよ」
笑顔で言うマーサをスギナが見上げる。
「チームは六人までじゃ、儂ら三人を入れたら七人になるぞ」
「大丈夫よ、ギガルに抜けて貰うから、乱暴者で手を焼いていたので丁度いいわ」
笑顔を絶やさないマーサにスギナが顔を顰める。
「悪いがお断りじゃ、儂らは秀樹たちと手を組むと決めておる。信用問題じゃ、約束を違えるようなことはせん」
寝ているラグを恒夫が背負う、
「そういう事だからごめんな、ラグのことはありがとう」
ラグの重さに顔を歪めながら恒夫が頭を下げた。
「そう……仕方ないわね、今回は諦めるわよ」
笑顔のまま言うとマーサはくるっと背を向けた。
スギナとラグを背負った恒夫が試合場を降りていく、
「あの妖怪、スギナとか言ったわね、ちょっと厄介だわ」
呟くとマーサも反対側から試合場を降りていった。




