第八十八話 「恒夫vs菜穂」
1回戦の第3グループである17番から24番の参加者が四つの試合場へと上がった。
17番の菜穗と18番の恒夫が向かい合う、
「んじゃ一丁やりますか」
恒夫が手足を伸ばしてストレッチを始めた。
「何言ってんの? 棄権するって約束でしょ」
驚きを浮かべる菜穂を見て恒夫がニヤッと悪い顔で笑う、
「ちょっ、早く棄権しなさいよ、栄二くんの棄権と交換する約束でしょ」
「さぁな、忘れた。お前を倒せば50ポイントだからな」
とぼけ顔で言うと恒夫が魔法銃をぶっ放す。
バチバチと雷光をあげる電気の弾が菜穂に向かって飛んでいく、
「ミストガード」
水の防御魔法で電気魔法を防いだ。
「本気でやるつもりなの? そっちがその気なら…… 」
菜穗が魔法の杖を振った。
「タバスコファイヤー 」
「うわぁっっ! 」
恒夫が走って逃げる。
「やべぇ、行き成り中級魔法かよ、流石上級魔法使いだ」
「今のはわざと外してあげたのよ」
怖い顔をした菜穗が魔法の杖を向けながら恒夫を睨み付けた。
脇で見ていた秀樹が叫ぶ、
「何やってんだお前ら!! 」
菜穗がバッと振り返る。
「恒夫くんに言ってよね、棄権しないって言うのよ」
「なん!? 」
驚く秀樹の隣で栄二が大声を出す。
「何考えてんだよ恒夫! 棄権するって約束だろ、無駄な消耗は避けるって約束しただろ」
「約束? 覚えてないな」
悪い顔でニヤつく恒夫を見て秀樹が身を乗り出す。
「てめぇ! いい加減にしろよ! 何処まで俺たちをバカにしてんだ。降りてこいコラぁ、曲がった根性ぶん殴って直してやる」
秀樹がマジで怒った。
隣りにいた栄二が引くくらいだ。
「試合中だぜ、降りれるわけないだろ、だいたい口約束なんて信じる方がバカだぜ」
恒夫のとぼけ顔を見て秀樹が試合場の端に手を掛ける。
「てめぇ、ゴラぁ! 降りねぇならこっちから行ってやる」
「あぁダメだよ」
慌てて止めようとした栄二の脇を植物の蔓が通っていき秀樹の体に巻き付いた。
「落ち着かんか、そんな事をすればお主だけでなくチーム全体が失格となるぞ」
「スギナちゃん…… 」
グルグル巻にされて落ち着いたのか秀樹が試合場にいる恒夫を見上げる。
「俺は友達だと思ってた……でもお前は違ったんだな、只のクラスメイトか? それとも利用できる便利なヤツか? どっちでもいい、俺がバカだったぜ、わかったもういい、もうチームに戻るとかの話しはいい、でも約束くらい守れ、これでお前とは絶交する」
怒りから一転して寂しそうに秀樹が言った。
「 ……酷すぎるよ、チームを離れたのも恒夫のことだから何か考えがあるんだって思ってた。それなのに……またみんなでゲームができるって喜んでたのに…………酷すぎるよ」
目に涙を溜めて栄二が恒夫を睨み付けた。
スギナがグルグル巻にしている蔓を解いた。
「儂も感心せんのぅ、駆け引きで騙される方がバカなのは事実じゃが他人では無く仲の良い友人なんじゃろ? 友人を騙すのは駆け引きでは無く裏切りじゃぞ」
険しい顔のスギナの横でラグが目を吊り上げて口を開く、
「そだぞ、直ぐに止めろツネ、あたいもこんなやり方は嫌いだぞ、リーダー命令だからな今すぐ止めろ」
四人を見回して恒夫がニヤッと悪い笑みをした。
「止められないなぁ、魔族の恨みを買わずに戦えるチャンスだからな」
「なん!! 魔族と戦うって…… 」
言葉を失う秀樹の隣でスギナがじろっと恒夫を睨む、
「お主何を考えておる? バカな事はよせ」
恒夫の顔がマジ顔に変わる。
「魔族の力を試すいい機会だ。あのイゴルっていう魔族は前に見たハオロさんと違って脳筋みたいだからな、煽れば直ぐに力が分かると思う、旨く行けば倒す方法がわかるかも知れない、ダメだったら直ぐにギブすればいいと思ってな」
「魔族を倒すじゃと、一人でか? お主正気か? 」
顰めっ面のスギナを押し退けてラグが前に出る。
「何言ってんだ! ギブする前に殺されるぞ、この前魔族の戦い見ただろ、あれでも魔族は本気出してないんだぞ、ツネが死ぬなんてあたいヤダからにゃ」
「心配無い、死んだりしないよ、無敵札があるからな」
「無敵札それがお主の策か? じゃがそんなもので魔族は倒せんぞ、儂やラグとの共闘ならいざ知らず只の人間のお主一人で勝てるわけなかろう」
険しい表情のスギナとマジ顔の恒夫が見つめ合う、
「勝てるなんて思っちゃいない、試すだけだ。ダメだとわかったら無敵札の効果がある内にギブアップするぜ」
「試す? 何をじゃ? 何を考えておる」
顔を顰めるスギナを押し退けてラグが正面に来る。
「にゃに言ってんにゃ! いいからギブしろ! 命令にゃ、あたいがリーダーにゃんだからにゃ、にゃんでもいいからリーダーの言うこと利くにゃにゃ 」
本気で怒ったのかラグがニャーニャー煩い。
「その命令は利けないな、心配するなって魔族の力ってのを見るだけだから、少し調べたら直ぐにギブするからな、その為には菜穗を倒さないとな」
キッと睨んでいたラグの目に涙が溜まっていく、
「ヤだぞ……ツネが死ぬのはヤだぞ、ツネぇ~~、魔族なんかダメだぞ、あたいはツネが死ぬなんて嫌だからにゃ」
泣き出しそうなラグの心配顔を見て恒夫の頬が緩んだ。
「ラグ…………そうだよな、俺一人じゃやっぱ無理か……魔族の力がどの程度か見たかったんだけどな…… 」
くるっと回って菜穗に向き直ると恒夫がサッと手を上げた。
それを見て菜穗が魔法の杖を構える。
「審判、ギブアップだ。俺の負けだ」
「なっ…… 」
絶句する菜穂を見て恒夫がニッと笑う、
「約束は守ったぜ、お前らはともかくラグとスギナちゃんを失いたくは無いからな」
「なっ、何よ、そんな事……だったら初めから棄権しなさいよね」
「お前がどうするかも見たかった。菜穗は絶対に勝ちたいんだろ? だったら問答無用で俺を倒すか、手心を加えるか、それが知りたかった」
「なっ、何言ってるのよ、私は約束があったから……絶対に勝つわよ、勝たないといけないのよ……私は………… 」
どう対処していいのかわからない菜穗に背を向けると恒夫が試合場を降りていった。
審判がやって来る。
「18番の城道恒夫が棄権したため17番の緒方菜穂の勝利とする」
釈然としない顔で菜穗が試合場を降りてくる。
「なっ何してんの? 」
試合場の脇で恒夫がスギナにグルグル巻にされていた。
「お仕置きじゃ」
「そだぞ、リーダーのあたいの命令を利かなかったんだからにゃ」
怖い顔をしたラグが爪を立てて倒れている恒夫の頬を突っついている。
「ふ~ん、罰って事か、あんな事をしたんだから当然ね」
冷たく言う菜穂を倒れている恒夫が見上げる。
引っ掻かれたのか額と頬に赤い筋が何本も浮んでいる恒夫がニヘッといやらしく笑った。
「おおぅ、水色のしましまパンツか、結構可愛いの穿くんだな」
「きゃぁーっ 」
菜穗がバッとスカートを押さえる。
「にゃに見てんだ! ヘンタイにゃ! 」
ラグがサッと恒夫の顔を引っ掻いた。
「ひぃぃ~、痛ぇ~~ 」
叫ぶ恒夫をスギナが締め付ける。
「反省しとらんようじゃの」
「あでで……、痛い、痛いから……反省してるから………… 」
植物の蔓でグルグル巻にされた恒夫が芋虫のようにクネクネと体を動かしながら謝った。
「まったく…… 」
険しい表情を崩さずに溜息をつくとスギナが少しだけ蔓を緩めた。
「冗談だろ、冗談、上向いたら見えたから思わず言っただけだ。てっきり菜穗は黒とかスケスケとかそういうパンツ穿いてると思ってたからな」
「黙れヘンタイ! 」
菜穗が恒夫の頭を踏みつけた。
「ふぎゅ…… 」
奇妙な呻きを上げる恒夫の目がトロンっとなっている。
「ああぁ……いい……気持ちいい~~いい感触だ。久し振りだぜ、もっと、もっと俺を踏ん付けてくれ、ヘンタイって罵ってくれ、俺の……俺の女王様になってくれぇ~~ 」
足の下で恒夫が叫んだ。
「なっ……何なのよ、キモッ! 何なのよこいつ! 」
バッと足を離すと菜穗が振り返る。
「あははっ、恒夫はヘンタイだから…… 」
「言っただろ正真正銘のドヘンタイだって」
黙って様子を伺っていた栄二と秀樹が続けざまに言った。
「ヘンタイ……冗談じゃ無くて本当だったの……本物のヘンタイ………… 」
完全に引いている菜穂を恍惚の顔をした恒夫が見上げる。
「えへへっ、そんなに褒めるなよ、それよりもっと踏ん付けてくれ」
「黙れヘンタイ! あたいというものがありながら他の女に踏まれて喜ぶなんて許さないからにゃ、頭引っこ抜いてやんぞ」
目を吊り上げたラグが恒夫の薄い頭をガシッと掴む、
「痛てっ! 止めろ! 髪だけは許してくれ」
ふざけていた恒夫がマジ顔に変わる。
「ダメだにゃ、浮気した罰として全部引っこ抜いてやんぞ」
ラグが薄い髪を掴むと引っ張った。
「痛ててっ……止めてくれ、謝るから、誰か助けてくれ、秀樹、栄二、謝るから…… 」
恒夫が顔を横に向けて秀樹と栄二に目で必死に助けを求める。
「今回ばかりはダメだ。スギナちゃんとラグさんが止めなかったらマジで約束破る気だったからな」
「そうだね、いくら何でも酷すぎだよね、友達だと思ってたのにさ……恒夫が何考えてるのか分からなくなったよ」
踏まれた恒夫を見て笑っていた二人だが今はマジ顔で怒っている。
「悪かったから……スギナちゃん助けて………… 」
二人がダメだとスギナを見つめた。
泣き出しそうな情けない顔を見てスギナが溜息をつく、
「まったく、ラグその辺で許してやれ」
「ヤだぞ、今度という今度は許さないぞ、徹底的にお仕置きしてやんぞ」
恒夫の髪を引っ張ったままラグが怖い顔で拒否した。
大きく溜息をつくとスギナが全員を見回した。
「まったく……ではこういうのでどうじゃ、恒夫と儂らが秀樹のチームと合流する。これは秀樹と栄二と菜穗に迷惑を掛けたお詫びじゃ、そしてチームのリーダーをラグに任せる。これはラグに対するお詫びじゃ、これで今回は治めてみんか? 」
秀樹と栄二がバッと身を乗り出す。
「合流? 戻ってくるのか? 」
「いい、それでいい、恒夫が戻ってくるならさっきの事は全部忘れるよ」
「ああ、恒夫だけじゃねぇ、ラグさんとスギナちゃんがチームに入ってくれるなら今までの事は全部水に流すぜ」
余程嬉しいのか二人とも声が上擦っている。
恒夫の薄い頭からラグが手を離す。
「にゃん? 秀樹たちと組むのか? 今のままで充分だぞ、仲間が増えたらポイントの取り分が減るぞ」
怪訝な顔で見つめるラグにスギナが向き直る。
「次のサイコロで50マスを超える。50マス以降はイベントも厳しくなると天使も言うとったじゃろ、厳しくなるが貰えるポイントも大きくなる。じゃからクリアできれば取り分の心配は無い、寧ろイベント失敗せんように役に立つ仲間と組んだ方がよい、人間だけのチームでここまでやれる秀樹たちの実力は大したもんじゃ、じゃから組んだ方が得じゃと儂は判断した」
「あたいは今まで通り三人の方がいいにゃ、恒夫と二人でラブラブしてるほうがいいぞ」
不服そうに頬を膨らますラグを見て恒夫が口を開く、
「そうだ。三人でいい、騙されるなラグ、俺と……痛ててっ………… 」
「黙っておれ、お主は口を挟むな」
スギナが蔓を締め付けると恒夫が青い顔をしてぐったりと黙り込んだ。
「ラグ、お主がリーダーじゃぞ、儂らは全員家来みたいなものじゃ、恒夫だけでなく秀樹や栄二に菜穗もお主の家来になるのじゃぞ」
「うにゅ! 家来……ここに居るみんながあたいの家来にゃ? 」
ラグの耳と尻尾がピンッと立った。
旨くいったというように含み笑いをしながらスギナが続ける。
「そうじゃ、ラグがリーダーで儂らは部下じゃ、家来と同じじゃ」
「ちびっ子もか? Aクラスのスギナもあたいの家来になるのか? 」
「そうじゃ、儂が認めるリーダーはお主しかおらぬ」
ラグの顔がぱぁーっと嬉しそうに緩んでいく、
「にゃはははははっ、そうか、そんなにリーダーになって欲しいのか、仕方ないにゃ、そんなに言うならあたいがリーダーになってやんぞ、ちびっ子もツネも秀樹も栄二も菜穗もみんなあたいの家来だぞ」
ラグは楽しそうに大笑いしながら倒れている恒夫の背をバンバン叩いた。
背を叩かれた恒夫が目を覚ますと何事かと聞き耳を立てる。
「何で私が…… 」
「わあぁ~、菜穗いいから」
文句を言おうとした菜穂を秀樹が慌てて止めた。
「そうだよ菜穗さん」
栄二が菜穗の腕を引っ張ってラグたちから少し離れる。
秀樹も入れて菜穗を囲んで何やら話し合う、暫くして三人が振り向いた。
「俺たちはそれでいい、全員ラグさんの家来でいいぜ」
「勝つためなら何でもするわよ、獣人のラグにAクラスのスギナちゃんが仲間になってくれるなら家来でも何でもなるわよ」
快諾する秀樹の隣で不満を顔に表しながら菜穗も承諾した。
「ラグさんがリーダーなんて勝ったも同然だね」
栄二がニコニコ笑顔でお世辞を言った。
「恒夫はラグさんにあげるぜ、ラグさんの好きにしていい、ラブラブでもベタベタでも薄い頭の毛全部引っこ抜いても何でも好きにしてくれ」
ニヤッと悪い顔をした秀樹が仕返しとばかりに言った。
「ちょっ、勝手に決めるな……痛てっ、痛てて………… 」
何か言おうとした恒夫をスギナが蔓で締め付ける。
「黙っておれ、お主には何の権利も無い」
怖い顔をしたスギナがじろっと睨み付ける。
「スギナちゃん…… 」
今まで見たことのないようなスギナの怒り顔に恒夫は黙るしかない。
ラグが恒夫の薄い頭をガシッと掴む、
「そだぞ、黙ってろ、権利だけじゃ無くて毛も無くなることになんぞ」
「止めて……わかったから……命令に従うから………… 」
泣きそうな恒夫からラグが手を離す。
同時にスギナが締め付けていた蔓を外した。
「痛てて……お前ら好き勝手しやがって………… 」
彼方此方摩りながら恒夫が起き上がる。
満面笑顔の秀樹が恒夫の肩をガシッと掴んだ。
「このイベントが終わったらまたチームだ。よろしく頼むぜ」
「やっと戻ってきたね、これで前みたいに一緒にゲームできるね」
本心から嬉しそうな栄二の隣で菜穗がニコッと笑いながら手を差し出した。
「よろしくね、ヘンタイだけど役に立つみたいだから歓迎するわよ」
「ちっ! 好きで組むんじゃない、成り行きで組んだだけだ」
バシッと菜穂の手を叩くと恒夫が続ける。
「何かあれば直ぐにチームを離れるからな、俺は…… 」
後ろからラグが恒夫の薄い頭をガシッと掴む、
「ツネ仲良くしろ、リーダー命令だぞ」
「そうじゃな、これからは助け合う仲間じゃ」
偉そうに言うラグの隣でスギナが怖い目だ。
「 ……よろしくお願いします」
肩を落とすと恒夫が頭を下げた。
ラグはともかくスギナが怖かった。




