第八十六話
いよいよ試合が始まる。
「んじゃ行ってくるぞ」
「ラグ、ちょっと待て」
元気に駆け出そうとしたラグを恒夫が止めた。
「ラグの1回戦の相手は人間の男だ。俺の言う通りに戦ってくれ」
恒夫がラグに何やら耳打ちする。
「わかったぞ、その方法でやってやんぞ」
ニヤッと笑うとラグが駆けていった。
クジで決まった1番から8番までが四つの試合場に立つ、
「あれマーサさんじゃない」
菜穗が指差す先に1番の番号を付けた女エルフ・マーサが居た。
「おお、本当だ。マーサさんだぜ」
「マーサ? あのお姉さんマーサさんって言うのか、何で知ってんだ教えろよ」
恒夫がマーサに見惚れながら訊いた。
キリッと締まった口元に少しキツメの目、気の強さが顔付きからわかる。
引き締まった体に巨乳、顔もプロポーションも年上の女王様タイプが好きな恒夫を直撃だ。
「見てわかると思うがエルフだぜ、ジャングルイベントで知り合ったんだ。男エルフのケリウスさんと狼男のロアスさんと熊男のギガルってのと四人でチームを組んでる」
「マーサさんとケリウスさんは強いわよ、元から魔力を持っている本物の魔法使いよ、上級魔法使いの私だって勝てるかどうかってくらいに強い相手よ」
秀樹に続けて菜穗が説明してくれた。
「マーサさんか……いいなぁ~~、あの綺麗な足で踏みつけて貰いたいぜ、殴り倒されて汚いハゲブタって罵ってくれないかなぁ~~、俺の女王様になってくれないかなぁ~~ 」
「なっ、何を言ってるの? 」
恍惚の表情を浮かべる恒夫を見て菜穗が秀樹に振り返る。
「気にするな、いつもの病気だ」
うんざり顔でこたえる秀樹の前で菜穗の顔が強張っていく、
「病気って……ヘンタイって本当だったの? 」
じっと恒夫を見つめる菜穂に秀樹が教える。
「只のヘンタイじゃないぜ、ドヘンタイだ。前のゲームでは不死身をいい事にダークエルフに斬り殺されそうになって喜んでたんだぜ、カジノで稼いだ金を使ってSMの店に行ってたぜ」
「SM……本物じゃない……恒夫くん本物のヘンタイじゃない………… 」
振り返った菜穗の前に薄い頭を掻いて照れる恒夫が映る。
「うへへへぇ~~、そんなに褒めるなよぉ~ 」
「褒めてない! ヘンタイって言われて何で嬉しそうなのよ! 」
引き攣った顔で言う菜穂の背を秀樹がポンッと叩く、
「昔からヘンタイって言われると喜ぶんだ。嫌そうな顔したら益々喜ぶぜ」
「それってマゾって事? 」
振り返って訊く菜穂に秀樹が無言で頷いた。
菜穗が強張った顔で前に向き直るとじとーっとした目で恒夫を見つめる。
「人を屈服させたい、苛めたいっていうサドは何となくわかるわよ、でも苛められて喜ぶマゾなんて絶対無理! 恒夫くん本物のヘンタイだわ」
恒夫の頬が嬉しそうに緩んでいく、
「ああぁ……いい……菜穗のその顔いいなぁ~~、蔑んだ目がゾクゾクするぜ、もっと俺を罵ってくれ、菜穗も気が強いから堪んないよなぁ~~ 」
「ひぃぃ~~、本物よ、恒夫は本物のヘンタイよ、こっちくんな恒夫! 」
菜穗がサッと秀樹の後ろに隠れた。
先程まで『くん』付けで呼んでいたが軽蔑したのか今は恒夫と呼び捨てだ。
「ひへへっ、そんな事言うなよ、俺と毎晩寝てくれるならチームに戻ってもいいぜ、毎晩SMプレイしてくれよ、俺の女王様になってくれぇ~~ 」
「なっ、そんな事するわけないでしょ! 変態プレイなんてお断りよ」
ニタリと不気味な笑みをする恒夫を見て秀樹の背に抱き付くようにして菜穗が怒鳴った。
ロロフィが飛んでくる。
「なにバカやってんです? 試合始まりますよぉ~ 」
観客席で見ていたのだがトラブルでも起きたのかと見に来てくれたのだ。
「すいません、恒夫がバカやってただけですから」
「なんだヘンタイしただけか、何かトラブったのかと思ったですよ、恒夫、もう始まるからヘンタイは止めてちゃんと応援しないとダメだからね」
ぺこりと頭を下げる秀樹を見てロロフィは恒夫を一睨みしてから飛んでいった。
「仕方ないな続きは今晩しようぜ、鞭と縄と蝋燭用意しておくからな」
「するか!! ヘンタイは一人でやってろ、それより始まるぜ」
恒夫を怒鳴りつけると秀樹が前に向き直る。
壇上に立ったヘカロがマイクを握った。
「第一試合始め!! 」
1回戦目の戦いが始まる。
「棄権します」
栄二が審判に向かって手を上げた。
「んん!? まだ何も戦っていないが? 」
審判役の天使が怪訝な表情だ。
「知り合いなんです。戦いなんてできません」
「そういう事じゃ、何でもありなんじゃろ? 駆け引きという事じゃ」
向かいに立つスギナを見て審判が頷いた。
「成る程、わかりました」
審判がサッと手を上げる。
「7番の野方栄二が棄権したため勝者スギナ」
栄二とスギナが試合場から降りていくのを隣でラグが見ていた。
「にゃん、あいつらズルしたから早いにゃぁ~~ 」
余所見をしたラグに炎の塊が飛んできた。
振り返りもしないでラグがくるっと跳んで避ける。
「にゃひひっ、そんなものあたいに効かないぞ」
ラグの対戦相手は人間の男だ。
体育会系の大学生といった感じで格闘技でもしているのかがっしりとした体つきだ。
手に魔法の杖を持っている。魔法使いだ。
着地するとラグが男を指差した。
「お前降参しろ、今なら怪我しなくて済むぞ」
「言ってくれるじゃないか、猫女、お前こそギブしろ、俺はリザードマンを倒した事もあるんだぜ、お前なんか怪我じゃ済まないぞ」
男が筋肉をピクピクさせて自慢気に言い返した。
「にひひひひっ、トカゲ倒したくらいでいい気になるなよ人間」
「猫も倒してやるぜ、トカゲより弱そうだけどな」
牙を見せて笑うラグに男がニヤッと笑い返す。
ラグがバッと動いた。
「グリグリパァ~ンチ! 」
男がサッとパンチを避けた。
脇で見ていた恒夫が顔を顰める。
「人間の動きじゃない、神様に俊足の力を貰ったみたいだな」
「魔法のペンダントも見えたぜ、魔法の杖とペンダントで俺と同じ中級魔法使いだ。俊足の魔法使いって事だぜ」
秀樹も険しい顔だ。
そこへスギナと栄二が戻ってくる。
「あの程度の速さならラグの敵ではないぞ、本気を出せば神が与えた俊足などより数段上じゃぞ、まあ人間相手に本気など出さんじゃろうけどな」
「本気って猛獣モードってやつの事? 」
「そうじゃ、普通の獣人が出せる最大の力じゃ、修業したり元から才のあるものはそれより上の力が出せるらしいがの、ラグも才能がある方じゃからな」
栄二が訊くとスギナが頷いて教えてくれた。
「ラグはもっと速く動けるのか…… 」
呟いた恒夫が前に向き直る。
「ラグ! 作戦実行だ」
恒夫が大声を出すとラグの猫耳がピンッと立った。
「了解だぞ! 」
振り向きもせずにこたえるとラグがバッと男に突っ込んでいった。
スギナが恒夫の腕を引っ張った。
「作戦とはなんじゃ? 」
スギナだけでなく秀樹や菜穂に栄二も注目している。
「速攻作戦だ。人間の武器は知恵だ。だから考える時間を与えずに速攻で倒す。初めて戦う相手であるほど有効だ。ある程度強いやつにも効果がある。自然と相手の力量を測ろうと初手は様子見をするからな、相手が此方の能力や戦い方に気付く前に倒す。倒せなくとも打撃を与える。これが速攻作戦だ。尤も特殊な力を持っていない人間相手だから通用するんだけどな」
恒夫がニヤッと悪戯っぽい笑みでこたえた。
「グリグリパァ~ンチ! 」
突っ込んできたラグのパンチを男が横にかわす。
同時にラグが体を捻った。
雑巾を絞った時のようにラグの腰が回ってほぼ後ろ向きになっている。
人間では有り得ない柔軟性だ。
かわした男の腹にラグのパンチが突き刺さる。
「ぐぁっ 」
男が腹を押さえて蹲る。
ラグの背が低かったので腹に当たったが顔面に当たっていれば気を失ってそこで勝負は付いていただろう、
「ヒュンヒュンキィ~~ック! 」
体を捻った反動を利用してそのまま回転するようにキックする。
「がっ! 」
蹲った男の頭にラグの足が直撃した。
男がそのまま床に倒れ込む、ラグがバッと後ろに跳んで距離を置く、
「うにゃ? 勝ったぞ、そいつ気絶してるぞ、オシッコ漏らしてるぞ」
鼻をヒクヒクさせながらラグが構えた腕を降ろした。
審判が近付くとサッと手を上げた。
「6番の芦田修司、意識不明、試合続行不可とみなし勝者ラグ」
「にゃひひっ、ツネぇ~、勝ったぞぉ~~ 」
嬉しそうに手を振りながらラグが試合場から降りてきた。
「お主のアドバイスは流石じゃな、じゃがこれでラグと勝負じゃ」
悩むような顔をしてスギナが恒夫を見上げた。
「スギナちゃん…… 」
恒夫がしゃがんでスギナに耳打ちする。
「成る程のぅ、魔族は厄介じゃからな、承知した。儂も手の内は見せたくないからの」
頷いた後でスギナが試合場に向き直る。
「それに彼奴も気になる」
「マーサさんか? 」
スギナの指差す先で女エルフのマーサが蜘蛛の妖怪に勝利していた。
「うむ、断定できんがよからぬ気を感じる。彼奴らには気を付けるんじゃぞ」
「マーサさんが……わかった。気を付けるよ」
スギナが恒夫の顔をじっと見つめた。
「何故じゃ? 何故、儂の言う事をそれほど信用するのじゃ、儂がお主らを利用するために騙しておるかもしれんのじゃぞ」
「スギナちゃんは人間が嫌いといいながら力を貸してくれた。俺はバカでヘンタイだけど人を見る目には自信があるんだ。だからスギナちゃんを信じてる。もし外れてもスギナちゃんを恨んだりしないぜ、俺自身が悪いって諦めるよ」
マジ顔で見つめられてスギナの頬が赤く染まっていく、
「まったくおかしなヤツじゃ、じゃが儂は好きじゃぞ、お主とラグとならこのゲーム最後まで楽しめそうじゃ」
ニッと笑うスギナを見て恒夫も自然と微笑んでいた。




