第八十五話
イベントの説明が始まる。
「諸君注目してくれ、今から始めるイベントは危険なものだ。二度と言わないので説明をしっかりと聞いて欲しい」
壇上に立って話すヘカロの顔がマジになっている。
それもそのはずだ。
コロセウムを囲む観客席がいつの間にか満員になっていた。
「なっ!? いつの間にあんなに来たんだ? 」
驚く恒夫にロロフィが耳打ちする。
「神様と天使たちだよ、それに魔族も少し居るぞ」
「魔族って…… 」
近くで聞いていた菜穂が驚いてロロフィを見つめた。
「神様たちが俺たちを見に来てるって事か、何のためだよ? 」
秀樹が厭そうに顔を歪める。
「遊びだろ、俺たちの戦いなんて遊びとしか思ってないんだぜ」
吐き捨てるように言った恒夫をロロフィが睨み付ける。
「恒夫黙ってろ、滅多な事言うな! 」
ロロフィが眉間に皺を寄せた強張った顔を恒夫に近付ける。
「二度と滅多な事言うなよ、私やヘカロをからかうのと違うんだ。神様の一声でゲームから除外されるよ、はっきり言って恒夫が言った通りだ。参加者を戦わせて楽しんでる。神様全部がそうじゃないけどな、ゲームを続けるには乗り気でない神様たちを楽しませる必要もあるんだよ、その為に様々なイベントが用意されてるんだ。参加者を楽しませるんじゃなくて神々が楽しんでるって事に私は反対しないよ、でも仕方ないだろ、人間や他種族よりも神々が上の存在なんだからな、人間たちが他の生物を使って遊ぶのと同じだよ」
今まで見た事もないような真剣な表情をしてロロフィが恒夫や秀樹たちを見回した。
ふぅーっと大きく息をつくとロロフィが続ける。
「っていうような事をヘカロが言ってたよ、私も同じ意見だよ、だから変な事はもう言わないでね、私やヘカロは少なくとも恒夫たちの味方をしてやりたいって思ってるからね、それとね、本当はヘカロだって相当な力を持ってるんだよ、優しいから少々の事じゃ怒らないけどね、だから私はいいけどヘカロには気を使ってあげてよね」
言い終わるとロロフィが普段の愛らしい笑みを見せた。
恒夫がサッと頭を下げる。
「ごめん、今度から気を付けるよ、ロロフィちゃんやヘカロさんが親しくしてくれるからさ、つい天使だって事忘れちまう、今度から気を付ける約束する。それからありがとう、ロロフィちゃんとヘカロさんが味方ってだけで安心だよ」
秀樹が恒夫の背を軽く叩く、
「だな、ヘカロさんとロロフィちゃんが担当で本当に良かったぜ」
「お世辞を言っても何も出ないですよ、それより頑張れ、私たちを失望させないでよね」
優しい笑みを見せるロロフィの前で恒夫と秀樹がわかったと言うように頷いた。
壇上に立つヘカロが参加者だけでなく観客席にいる神々を見回す。
「今回のイベントは個人の実力を見るためのものだ。参加者同士ルール無用で戦って貰う、個人での戦いだ。一対一なら魔法でも妖術でも何でも使っても構わない、もちろん相手を殺してもペナルティーなど付かない、但し、見ればわかると思うが舞台は四つある。これだけの人数だ。一つずつ行うのは効率が悪いので四つの勝負を一度に行う、それで何でも使っていいと言ったが他の試合の邪魔になるようなものはルール違反とみなす。諸君の中にはこの建物を吹っ飛ばすほどの力を持っている者もいるだろう、だがそんな事をすれば即失格とする。つまり自身で力を抑えて戦うと言うことだ。だからこそ敵わないと判断した時は直ぐに負けを認めて勝負を止めてくれ、力だけでなく判断力も見るためのイベントだという事を肝に銘じて戦って欲しい」
ヘカロの説明が続いた。
試合は個人戦で始めにクジを引いて戦う相手を決めると後はトーナメントだ。
1回戦で負けても参加賞として50ポイントが全員に貰える。
一人勝ち抜くごとに50ポイントが加算されていき優勝者には300ポイントが付く、準優勝には200ポイント、トーナメントなので3番は二人出るがそれぞれに100ポイントが貰える。
参加者は全部で32名だ。
32名でトーナメントを行うので優勝までに5回戦う事になる。
ヘカロの説明が終わって直ぐにクジを引く、1番から32番まで番号が書いてあり隣り合ったものと1回戦を戦う事になる。
箱に入ったクジを秀樹が引いた。
「13番か、嫌な数字だぜ」
次に栄二が引く、
「7だ。勝ち続けたとしても秀樹と戦うのは準々決勝だから安心だよ」
「17だわ、私も秀樹くんや栄二くんと戦わなくて済みそうね」
トーナメント表で確認すると菜穗が笑顔で戻ってきた。
次に恒夫のチームがクジを引く、
「18だ。マジかよ…… 」
振り返った恒夫が菜穗を見つめた。
「恒夫くんと…… 」
菜穗がどうしようという様子で秀樹と栄二に振り向いた。
「クジだからな、こういう事もあるぜ」
どうしようもないと秀樹が首を振った。
次にラグがクジを引く、
「5だぞ、5って事は……ツネは18だから…… 」
トーナメント表をラグが追っていく、
「決勝戦までツネとは当たらないぞ、これで安心して戦えるぞ」
決勝まで残れる自信があるのか笑顔で戻ってきた。
最後にスギナが引いた。
「8じゃ……栄二と1回戦じゃな」
「スギナちゃんと………… 」
栄二が呆然と立ち尽くす。
恒夫が秀樹の肩をギュッと掴んだ。
「なあ、取引しないか? 」
「取引? 」
眉を顰める秀樹に恒夫が顔を近付ける。
「俺が菜穗との戦いを棄権するから栄二はスギナちゃんとの戦いを棄権してくれ」
「なるほどな」
「その話し乗ったよ、スギナちゃんとは戦えないし、戦ったとしても僕が負けるし、それなら無駄な消耗は避けたほうがいいよ、恒夫は不死身だから勝ったとしても菜穗さんが怪我して2回戦に差し障るといけないからね」
考える秀樹の隣で栄二が即答した。
恒夫が菜穗に向き直る。
「そっちはいいか? 」
「私は恒夫くんに負ける気は無いけど……2回戦の事を考えるとね……栄二くんがいいなら私も承知するわよ」
恒夫に負けると思われたくないのか菜穗が渋々と言った様子で承諾した。
頬を膨らませたラグが恒夫の腕を引っ張った。
「何でそんなズルするんだ? 正々堂々戦うぞ、ツネならあんな女に負けないぞ」
恒夫がラグの膨れた頬を突っつく、
「ズルじゃない作戦だ。トーナメントで次々と試合を行っていく、つまり他の奴らが戦っている間しか休みは取れないって事だ。負傷してもその間にどうにかしないとダメだ。戦わないで済めば万全の態勢で2回戦に進めるだろ、スギナちゃんと菜穗が万全で2回戦に進めるなら互いにメリットのある取引だって事だ」
「うにゅにゅ……難しいからわかんないぞ」
ラグの膨れた頬が萎んでいく、スギナがラグの腰をポンポン叩いた。
「人の心配より自分の心配をしておけ、1回戦勝ち抜けると次は儂との勝負じゃぞ」
「にゃん? ちびっ子と戦うのか? 」
ラグがピンッと猫耳と尻尾を立てた。
「ラグが5番でスギナちゃんが8番だろ、1回戦勝つと2回戦で戦う事になる」
首を傾げるラグに恒夫がトーナメント表を指差して説明した。
「おおぅ、本当だぞ、2回戦でちびっ子と勝負だぞ、負けないからにゃ」
牙を見せてニヤッと笑うラグを不敵な顔をしたスギナが見上げる。
「ふふん、そういう事は1回戦を勝ってからにするんじゃな」
「にゃひひひひっ、あたいの1回戦の相手は人間の男だぞ、人間なんかに負けるわけないぞ」
「油断するなよ、魔法とか使えたら人間だって強敵だぞ」
ラグに注意した後で恒夫が振り返る。
「スギナちゃんもいいよね、棄権する話し」
「了解じゃ、儂は人間如きと戦っても疲れたりはせんが恒夫がよいなら従おう、儂の戦い方を他の奴らに見られんで済むというメリットもあるからの」
スギナが承諾して秀樹たちとの取引が成立した。
クジを引くために並んでいた参加者たちがざわついた。
「なんだ? 」
秀樹だけでなく恒夫たちも注目する。
「何の冗談だい? 紛らわしい真似は止めてくれないか」
ヘカロが男に向かって険しい顔を向けていた。
「ガハハハッ、周りの奴らがビビって逃げると困るんでな、だから化けてたんだがダメかよ、逃げられたら殺せなくなるからよぉ」
「ダメだ。休みや普通のイベントならともかく対決イベントでは身分を偽るような行為は禁止だ。そのままの姿なら棄権とみなすがどうする? 」
事務的な口調のヘカロの前で男が笑い出す。
「ガハハハハッ、わかったよ、これでいいんだろ」
男の姿が変わっていく、
「あいつは…… 」
恒夫が絶句した。
2本の角を生やした大男の魔族がそこにいた。
「マジかよ、魔族となんて戦えないぜ」
秀樹も強張った顔を向けている。
周りが注目する中で魔族がクジを引く、
「20番だ。俺に1番始めに殺されるのはどいつだ? 」
大男の魔族が見回すと参加者たちがサッと目を逸らした。
一対一で魔族と戦おうというものなどこの場にいないのだ。
恒夫が菜穗に向き直る。
「20か……運が無かったな2回戦で当たるぜ、棄権しろよ」
「何言ってんのよ、やってみなくちゃわからないでしょ」
強気に言い返すが菜穗の顔は真っ青だ。
ラグがひょいっと顔を出す。
「お前死ぬぞ、あいつら倒そうと思ったら一対一じゃ無理だぞ」
「ラグの言う通りだ。死にたくなかったら直ぐに棄権しろ」
マジ顔の恒夫とラグを見て秀樹が訊く、
「そんなに凄いのか? 」
恒夫が表情を崩さずにこたえる。
「戦力が揃ったら勝つ方法はあるだろうが単独じゃ無理だ。あの大男じゃないがもう一人のハオロさんって魔族にBクラスの獣人や昆虫人間が六人掛かりで向かって行って一瞬で片付けられたんだぜ」
「儂も同意見じゃ、同じAクラスじゃが一対一では魔族に勝てる気はせん、ましてや人間が勝てるはずなかろう、神に力を貰った程度で勝てる相手ではないぞ」
険しい顔で言うスギナに秀樹が大きく頷いた。
「わかった。魔族とは戦わない、いいな菜穗、棄権するんだぞ」
「 ……わかったわよ、棄権すればいいんでしょ」
不服そうにこたえたが菜穗はどこかほっとした様子だ。




