第八十一話 「大食い競争」
ヘカロに連れられて恒夫たちは小さな町に来ていた。
「普通の町だ」
恒夫がぐるっと町を見回す。
「うにゅん、美味しそうな匂いがいっぱいだぞ」
「匂い? 儂にはわからんぞ、じゃが戦いは無さそうじゃな」
ラグが鼻をヒクヒクと動かすのを見てスギナも同じように匂いを嗅ぐがわからない。
今までイベント前に連れて来られた場所は全て荒野やジャングルだったので三人とも拍子抜けした様子である。
恒夫がヘカロに振り返る。
「こんな町中で何をするんです? 」
「さあ、私にもわからないな、でも危険で無い事は確かだよ、危険なイベントは全て把握しているからね」
「そうですか…… 」
ヘカロの様子に恒夫はほっと胸を撫で下ろした。
ラグが恒夫の腕を引っ張る。
「あたいお腹減ったぞ、だって良い匂いいっぱいだぞ、この町旨いものいっぱいあるぞ」
「イベントが終わったら食べに行こう、この町でやるなら休みもここで取れるからな」
「約束だぞ、食べ放題だからにゃ、旨いもの全部食ってやるぞ」
ラグが掴んだ恒夫の手をブンブン振って大喜びだ。
「ラグが良い匂いというなら確かじゃな、旨いものか……楽しみじゃ」
スギナもイベントより美味しいものを食べるほうに気が向いている様子だ。
「何するんだろうな」
呟いた恒夫の目に白い光に包まれて参加者たちがやって来るのが映った。
「んにゃ! この匂いはトカゲだぞ」
ラグが顔を顰める。
「トカゲ? ああリザードマンか」
光が消えて担当天使と一緒に四人組の参加者が現われた。
「ほぅ、珍しいの、リザードマンと人間のチームじゃぞ」
スギナに言われるでもなく恒夫にも一目でわかった。
人間の男二人にリザードマンが二人の四人チームだ。
「トカゲなんてあたいの相手にもならないぞ」
トカゲ嫌いのラグはリザードマンにも敵意剥き出しだ。
恒夫がラグの頭を撫でる。
「あいつらの前でトカゲなんて言うなよ、リザードマンってちゃんと名を呼んでくれ、無用な争いは避けたいからな」
「うにゅん、わかったぞ、ツネの頼みなら利いてやんぞ」
頭を撫でられてラグが気持ち良さそうに目を細める。
「また来たぞ」
スギナが指差す先から2本足で立つ毛むくじゃらの生き物と人間にしては手の長いものと足の長いものが出てくるのが見えた。
「うにゃ? 狸か? 狸の獣人か? 不細工過ぎるぞ」
「わあぁ~、そんな事言っちゃダメだ」
恒夫が慌ててラグの口を塞ぐ、争いは少しでも避けたいのだ。
スギナがくるっと振り返る。
「狸ではないぞ、あれはムジナじゃ、妖怪じゃぞ」
「ムジナか……知ってるぜ、化けて人を化かすんだろ、昔話によく出てくるヤツだ」
成る程と頷く恒夫の前でラグが指差す。
「狸はわかったぞ、そんで手と足の長いのは何だ? はっきり言ってキモいぞ」
「わあぁーっ、そんな事言ったらダメって言っただろ、喧嘩になったら困るからな」
恒夫がまた慌ててラグの口を塞いだ。
「にゅひひひひっ、くすぐったいぞ、鼻触るなよにゃ」
ラグが体をくねらせて大笑いだ。
どうやら恒夫を困らせて遊んでいる様子だ。
「何をやっとるんじゃ」
じとーっとした目で見ながらスギナが続ける。
「彼奴らも妖怪じゃ、手長足長といって二人一組の妖怪じゃぞ」
じゃれているのを見られて恥ずかしくなったのか恒夫がラグから手を離すと誤魔化すように口を開いた。
「手長足長か、聞いた事あるな、こういうのは栄二が詳しいんだけどな、ムジナに手長足長の妖怪チームって事か」
頷いてからスギナが続ける。
「うむ、ムジナはともかく手長足長には気を付けるんじゃぞ、そこそこ強いからの、まあ儂に掛かれば雑魚妖怪じゃから心配はいらんがな」
「Bバッジだぞ、あたいでも勝てるぞ」
目のいいラグには胸に付けているバッジが見えるのだろう余裕の笑みだ。
「ムジナも手長足長もリザードマンも全部Bって事だな、俺と向こうの人間がCクラスだ。まあ戦いじゃないみたいだし今回は俺も役に立てそうだぜ」
Aクラスのスギナが仲間になった事で余裕ができたのか恒夫の表情が普段より緩い。
「全員揃ったみたいですね」
コックコートを着た天使が歩いてきた。
「ほぅ、カイラルさんか、では今回のイベントは料理に関係あるな」
イベント担当天使を見て呟いたヘカロに恒夫が振り向く、
「カイラルさんって? 」
「天界で有名な調理師だ。神々の晩餐会を任されているコックの一人だよ」
「コックさんか……料理に関係あるイベントか、何をするんだろう」
バッとラグが身を乗り出す。
「食べるのか? 旨いもの食べるイベントかにゃ」
スギナが笑顔で恒夫を見上げる。
「そんなイベントなら儂は大歓迎じゃぞ」
「スギナちゃん食べてたからなぁ…… 」
前の休みで秀樹たちと食事をした時にスギナが大食いのラグよりも沢山食べていたのを思い出した。
ゲーム開始時に支給された三百万ギギルのうち食費に二百万ギギル使って残り百万ギギルだと聞いた事からも大食らいなのがわかる。
イベント担当天使のカイラルが参加者たちを手招いた。
「皆さん此方へ、イベント会場へ案内します」
「イベント会場? 室内でやるって事か」
首を傾げる恒夫の横でラグが耳と尻尾をピンッと立てた。
「良い匂いがすんぞ、食べ放題だぞ」
「そんなイベントあるわけないじゃろ」
恒夫が否定する前にスギナが否定してくれた。
「でも何をするんだろうな、また意地悪問題みたいなのじゃないだろうな」
一番始めにやった金貨を分けるイベントを思い出して恒夫が嫌そうな顔をヘカロに向ける。
「はははっ、私も知らないんだ本当だよ」
楽しそうに笑うヘカロに連れられて建物へと入っていった。
体育館ほどの広い室内に長細い舞台があり、その前に観客席だろうか? パイプ椅子が並べてあった。
「こんな所で何するんだ? 」
恒夫が室内を見回す。
「おおぅ、本当に良い匂いだぞ、向こうから匂うぞ」
ラグがバッと走り出す。
「ちょっ、ラグ勝手に動き回るな」
追いかけようとした恒夫の手をスギナが掴む、
「儂に任せておけ、それより説明が始まるといかんから、お主はここで聞いておいてくれ」
「 ……頼んだよ」
一瞬不安がよぎったが任せる事にした。
ラグとスギナが仲良くなる切っ掛けにでもなってくれればいいと思ったのだ。
二人が離れたのを見計らったようにリザードマンとチームを組んでいる人間の男二人が恒夫に話し掛けてきた。
「可愛い獣人だな、猫か? どうやってあんな可愛い獣人を仲間にできたんだ? 」
「あの小さい女の子も他種族か? なんで組む事ができた? コツがあるなら教えてくれよ」
如何にもリア充と言った感じの男に恒夫が愛想笑いをしながら口を開く、
「あんたたちだって強そうなリザードマンと組んでるじゃないか、人間と組んでくれるってだけでも有難い事だぜ」
男たちが顔を近付けて小声で話し出す。
「あいつらとは偶々だ。二つ前のイベントで向こうから組もうって言ってきたんだ」
「凄いバカでさ、頭使うイベントが全くできなくて俺たちと組んだだけだ」
「役に立つかと思ったら戦いでも余り役立たなくてさ」
「作戦とか考えないで突っ込んでいくタイプだ。他にチーム組んでくれるヤツがいれば直ぐにでも別れたいぜ」
交互に話し掛ける姿を見て男たちも賢いとは思えなかったが恒夫は適当に相槌を打って聞いていた。
「それでお前はどうやって仲間になったんだ」
「教えろよ、あんな可愛い猫女どうやって仲間になった? 」
「凄い胸してるよな、爆乳だぜ、もうやったのか? 」
厭らしい顔の男たちに恒夫が愛想笑いを浮かべたまま話しをする。
「俺も偶々だ。イベントで偶々助けたんだ。それで気に入られて仲間になったって訳だ。だから変な事はしてないぜ、そんな事して折角の仲間を失いたくないからな」
「そうだよな……焦って嫌われたらお仕舞いだしな」
恒夫の嘘に納得したように男たちが頷いた。
「でもいいよなぁ~、俺たちもトカゲ人間じゃなくて可愛い女の子だったらな…… 」
ハッと何かを思い付いたように男が恒夫にマジ顔を向ける。
「そうだ! お前、俺たちと組んでくれないか? もちろんバカなリザードマンとは別れるからさ、人間同士仲良くしようぜ」
「それいいな、そうしようぜ、トカゲ人間より猫ちゃんの方が可愛くていいからな」
男たちの下心丸出しの厭らしい顔を前に恒夫が溜息をつく、
「悪いが組む気は無い、チームの人数はこれ以上増やす気は無いからさ、これ以上増やしてもポイント分けるのに不利になるだけだからな、話しは聞かなかった事にするよ、じゃな」
恒夫が手を振って男たちから離れていく、
「んだよ! せっかく組んでやるって言ってんのによ! 」
「偶々組んだだけのくせに勿体付けやがってよ、ハゲが!! 」
後ろから悪態をつかれるが恒夫は無視だ。
前からラグが歩いてきた。
その顔を見て恒夫が慌てて腕を握る。
「止めろ、何するつもりだ? 」
「何って、引っ掻いてやんだぞ、ツネの事バカにしやがって、ぶっ飛ばしてやんぞ」
耳のいいラグは話を全て聞いていたらしい、
「いいから止めろ、俺は気にしてないから、ラグは賢いだろ、バカは放って置けばいいから、向こうに行こう、イベントの説明聞かないとな」
ラグの腕を掴んで歩き出そうとする恒夫の前にスギナが居た。
「まったくじゃ、じゃがお主は流石じゃな、軽く流しおった。もしあのバカどもと組むとか言ったらその場で別れていたところじゃな」
いつの間に来たのかスギナもムスッとした怒り顔だ。
楽しそうに微笑みながらヘカロがやって来る。
「恒夫くんの言う通りだよ、一々構っていたら切りが無い、それより説明が始まるよ」
イベント担当天使のカイラルがマイクを握って説明を始める。
「今回のイベントは大食い競争です。この町は海が近く山も有り山海の食材が豊富に取れるのです。そこで食に関するイベントを行う事になり、今回は大食い競争に決まりました」
参加者たちが騒ぎ出す。恒夫も思わず口に出していた。
「マジかよ、大食い競争かよ…… 」
「大食い? にゃんだ? 食べる競争か? 」
首を傾げるラグに恒夫が耳打ちする。
「大食い競争って言うのは時間内にどれだけの量を食べる事ができるのか競争するんだ。料理を多く食べた方が勝ちって事だ」
「お主の言っていた食べ放題を競争するという事じゃ」
ラグの猫耳と尻尾がピンッと立つ、
「食べ放題にゃ! こんなに良いイベントもあったんだにゃ、ラッキーイベントだぞ」
はしゃぐラグの頭を恒夫がポンポン叩く、
「ラッキーイベントじゃないからな、好き勝手に食べるんじゃなくて競争だから結構しんどいぜ、勝たなきゃポイントも貰えないだろうしな」
「そうじゃな、詳しい説明を聞かんとダメじゃな」
カイラルが参加者を見回す。
「皆さん静かに、説明の途中ですよ」
静かになったのを見計らって続きを話し出す。
大食い競争はチーム戦だ。
各チームから代表者2名を出して競う、一時間の間により多く食べたものが勝ちである。
一番に300ポイント、二番に100ポイントが付く、代表者2名が一番二番になれば一チームで300+100で400ポイント貰える事になる。
食べる料理は3種類。
それぞれに得点が付いていて食べ終わった皿の数で得点を足して合計で勝者を決める。
料理は此方の世界では広く普及しているグラタンのようなグラングランとオーソドックスなステーキ、如何にも甘そうなケーキがホールで皿に乗っている。
得点はホールケーキが10点でグラングランが5点、ステーキが3点だ。
如何にも油分多くて甘そうなケーキが一番点が高いのはわかるとして分厚いステーキがグラタンのようなグラングランより点が低いのが納得できない。
カイラルが指示すると見本の料理が運ばれてきた。
「この3種が今回食べて貰う料理です。畑や山で取れたナッツや果実を使ったケーキに山を越えた場所にある牧場で飼われている牛を使ったステーキ、海で取れる豊富な魚貝を使ったグラングラン、どれもこの町自慢の料理ですよ」
「うぉおぉ~、肉だぞ、ステーキだぞ、肉肉お肉ぅ~、焼き肉だぁ~~♪ 」
テンションが上がるラグの腕を恒夫が掴んだ。
「肉は止めろ、一番点数低いだろ、ケーキ丸ごとなんて食べたら後が続かないからグラングランを狙え」
「にゃにゅ? グラングランよりお肉がいいぞ、肉が食いたいぞ」
プクッと頬を膨らませるラグに恒夫が弱り顔で話し始める。
「ステーキ三つ食うよりグラングラン二つの方が点が高いだろ、好きなの食べるんじゃなくて競争なんだからな」
分厚いステーキ3枚と深皿に入ったグラングラン2皿がほぼ同じ量に見える。
それなら得点の高いグラングランが有利だと思うのは当然だ。
「グラングラン二つ食う間にステーキ四つ食ってやんぞ、だからステーキでいいだろ、肉食わせろ~~、肉じゃなきゃ嫌だからにゃ、魚もいいけどお肉もね! 素敵なステーキ猫大好きだぞ、グラングランにトマト入ってたら残すからな、食べないからにゃ」
恒夫の腕を掴んでブンブン振りながらラグが駄々をこねる。
「食い放題じゃなくて競争だぞ、勝負なんだからな」
ラグが縋り付いているのと反対側の手をスギナが引っ張った。
「好きにさせてやれ、ごちゃごちゃ言うより好きにさせた方が旨くいく場合がある。好物なら倍食べる事ができるのじゃ」
「そういう考えもあるか……グラングランには野菜も入ってるだろうしな、液状だから肉より食べるのに時間掛かるだろうし………… 」
野菜嫌いなラグの事を思って恒夫が思案顔だ。
「競技には儂とラグで出る。文句あるまい? 儂が一番を取ってやるからラグには好きにさせてやれ」
「スギナちゃんがそう言うなら了解した。もちろん二人に頼もうと思ってたよ、俺が出てもステーキ1枚で腹一杯だからな」
大食らいのスギナに全て任せる事にした。
「んにゃ? じゃあ肉食っていいんだにゃ? 」
今一わかっていない顔でラグが訊いた。
「ああ、ラグの好きなものを好きなだけ食べるといいぜ」
ラグが恒夫に抱き付いて喜ぶ、
「やったぁ~~、ステーキ食い放題だぞ、肉肉お肉ぅ~焼き肉だぁ~~♪ ジュウジュウお肉ぅ~焼き肉だぁ~~♪ ぼそぼそサラダは食べないぞぉ~~♪ ベチョベチョトマトは大嫌いぃ~~♪ 」
野菜や果物の食い放題じゃなくてよかったぜ……、
ハイテンションのラグを見ながら恒夫は思った。




