第八十話
カラオケボックスに設置してある端末をロロフィが慣れた手つきで弄くる。
暫くして如何にも従業員といった感じの女性がトレーに乗った料理を運んできた。
「あっ、そこに置いといてくださぁ~~い」
ニコニコ顔のロロフィの前にトレーを置くと女性はペコッと頭を下げて出て行った。
「取り敢えずウーロン茶とフライドポテトを頼んだので秀樹くんたちも寛いでください、私はグラタンと焼きおにぎり食べながら聞いてますからノリノリの歌を頼んだわよ」
美味しそうに焼きおにぎりを頬張るロロフィの隣に菜穗が座る。
「完全に遊びに来た女子大生って感じね」
「ロロフィちゃん可愛いから女子高生でも通じるぜ」
秀樹が向かいに座るとにやけ顔で言った。
どんなに難しいイベントかと構えていた所にこれである。
気が抜けて自然とニヤついていた。
秀樹の隣に座ると栄二がテーブルに置いてある選曲集をパラパラ捲る。
「カラオケ苦手なんだよな…… 」
ロロフィが食べる手を止めた。
「一時間だからね、一曲四分くらいだとして一人で三曲、三人で九曲で三十六分、余裕があると言ってものんびりしすぎるとダメだからねぇ~、もう三分経ってるからね」
ロロフィが入り口の上に付いているモニターを指差す。
画面には五十六分三十秒と表示されていて見ている間にもカウントが進んでいく、
「もう始まってるのかよ! 」
「そうですよぉ~、さっきスタートって言いましたよぉ~~ 」
「聞いてないわよ、ロロフィが食事注文した時間は引いてよね」
「仕方ないですねぇ~~、では今からスタートって事でいいですね? 」
「ああ、わかった」
頷く秀樹を見てロロフィがパチンと指を鳴らす。
入り口上のモニターに映るカウンターが六十分に戻った。
「では、熱唱カラオケイベントスタートでぇぇ~~す」
間の抜けた声で言うロロフィを余所に秀樹と菜穗も選曲集を慌てて広げた。
「ちょっと秀樹、ちょっと……ねぇ秀樹…… 」
先に選曲集を見ていた栄二が秀樹の肩を叩いた。
「なんだよ、ゆっくりしてる時間なんて無いぜ」
「違うんだ。ここに乗ってる歌全部知らないのばかりに見えるんだけど…… 」
栄二に言われて秀樹だけでなく菜穗も選曲集をパラパラと最後まで目を通す。
「マジだ……なんだこれ? 」
「ほんとだわ、何よこの歌! 全部聞いた事ないわよ」
三人がロロフィに注目する。
カツカツ皿を鳴らしてグラタンを食べていたロロフィが顔を上げた。
「ああ、それですか、それは天界で流行っている歌を集めたものですから秀樹くんたちが知らなくて当然ですよ」
ケロッとした顔で言うロロフィに菜穗が突っ掛かる。
「天界って……そんなとこの歌なんて私たち知らないわよ! 」
「知らない曲歌えってか? いくら何でも酷すぎるぜ」
秀樹が選曲集をテーブルの上に放り投げた。
ロロフィがスプーンをテーブルに置いて紙ナプキンで口を拭く、
「何か勘違いしていませんか? 学校帰りにカラオケに遊びに来たんじゃないですよ、バッドイベントですからね」
マジ顔で言いながらその手は焼きおにぎりに伸びている。
いや、ロロフィちゃんが一番遊び気分だから……、
言い返したい言葉を秀樹が飲み込んだ。
栄二も菜穗も不服そうな顔だが何も言わない、ここでロロフィの気分を損ねると不利だと考えたのだ。
「知らない歌詞だからこそ、その人の持つ本当の歌唱力がわかるのです。決して種族ごとの歌を集めるのが面倒臭かったからではありませんよ、いいですね、私がサボったわけじゃないですからね」
そう言うと笑顔で焼きおにぎりを頬張った。
面倒臭かったんだ……、サボったのね……、僕たちの事なんてどうでもいいんだ……、
三人がじとーっとした目でロロフィを見つめる。
「あはははっ、そんな事より早く歌わないと時間無くなっちゃいますよ」
おにぎりを頬張りながらロロフィが早く歌えと催促だ。
秀樹が選曲集を手に取る。
「仕方ねぇ、歌おうぜ、0点よりマシだろ」
「そうね、少しでもポイント引かれないようにしないとね」
「苦手だけど頑張るよ、個人の点数で良かったよ、秀樹たち巻き込みたくないからね」
菜穗と栄二も必死で歌えそうな曲を探し始めた。
カラオケの苦手な栄二が選曲集を食い入るように見ながら口を開く、
「難しい歌詞は止めたほうがいいよ、簡単な言葉を使ってるヤツを選ぼうよ」
「テンポが速そうなのもダメね、歌詞を知らなかったら歌えないわよ」
眉間に皺を寄せた険しい顔で曲を探しながら菜穗が付け足す。
「だな、短くて繰り返しの多いヤツ選んだほうがいいな」
秀樹がマジ顔で頷いた。
選曲集には曲名だけでなく歌詞が載っているのが不幸中の幸いだ。
「一人3曲だ。時間無いから取り敢えず俺が歌うぜ」
端末に曲番を入れると秀樹が一番に歌い始める。
「天使の翼広げぇ~~、暁を目指し~♪ 荒野の空へぇ~~♪ 」
画面に映る歌詞を必死で追いながら秀樹が歌う、
「おおぅ、秀樹くん中々だねぇ~~、やるじゃぁ~~ん」
ロロフィがフライドポテトをパクパク食べながら褒める。
秀樹が歌い終わり得点が出る。
「45点か……残り155点だぜ」
ステージの上にあるモニターに表示された200から45が引かれて155と変わった。3曲歌った後で残った点数が今のポイントから引かれるのだ。
「次は私ね」
菜穗が歌い始める。
「ラブラブベィビー天使の卵~~、ダメダメベィビー転がったぁ~~♪ 」
「おおぅ、その歌、私も知ってますよぉ~~ 」
ロロフィがノリノリで合いの手を入れ始める。
「ヘイヘイヘイ♪ 卵が転がり大慌てぇ~、神様転がり大慌てぇ~、イェェ~~イ」
ノリノリのロロフィをチラッと見て秀樹が栄二に耳打ちする。
「完全にロロフィちゃんの遊びだよな、俺が歌ったの歌詞と遅れて音程外れまくってたのに45点も貰えたし、どういう基準なんだろうな? 」
「うん、これがしたくてイベント担当になったんだね、基準は僕もわからないな」
カラオケの苦手な栄二は曲を選ぶのに必死で他の事など考える余裕はない。
菜穗が歌い終わる。
「やったぁ~、65点よ」
菜穗のモニターに表示された200から65が引かれて135と変わる。
「じゃあ僕の番だ」
厭そうに栄二が立ち上がる。
イントロが流れ出しロロフィがピクッと反応した。
「ほえぇ、栄二くんは童謡ですか? 歌いやすいのを選んだんですね、流石ですねぇ」
ロロフィに構う余裕も無く栄二が歌い始めた。
「抜け毛の毛虫~ 抜け毛の毛虫~ 芋虫みたいと拗ねていたぁ~♪ 毛深い芋虫~ 毛深い芋虫~ 毛虫みたいと拗ねていたぁ~♪ 」
秀樹がずるっと腰を滑らす。
「なん!? 」
「どんな童謡なのよ」
菜穗がじとっとした目でロロフィを見る。
「何言ってんですかぁ~~、『毛虫と芋虫』は天界で有名な童謡ですよ、私も幼い頃によく歌いました。誰でも知ってる歌ですよ、見掛けじゃなくて中身が大事だと歌った歌です。良い歌ですよぉ~~ 」
満面の笑みでこたえるロロフィの向かいで選曲集を見ていた秀樹が顔を上げる。
「いや、見掛けよりも中身が大事って結局どっちも蝶じゃなくて蛾になって拗ねる歌だぞ」
「酷い歌ね、バカな小学生男子が作った替え歌みたいだわ」
じとーっと見つめる菜穂を見てロロフィがサッと話題を変える。
「えぇ~~っとぉ、このカラオケは歌唱力より心を映しまぁ~~す」
「心? 」
「心を映すってどういう事? 」
じとーっと軽蔑した菜穗の表情が緩んだのを見てロロフィが話し始める。
「さっき言ったでしょ、歌は心だって、心が籠もった歌ほど得点が高くなるのですよ」
秀樹が顔を顰める。
「いや、知らない歌に心なんて込めれないからな、歌詞追うだけで必死だからな」
「そうよね、でもさっきの歌は知らないなりにも楽しかったわよ」
ロロフィが菜穗をビシッと指差す。
「そこ! 良い事言いましたねぇ~~、菜穗さんの言う通りです。楽しんだり悲しんだりする心に反応して点が付く仕掛けです。なので、ぶっちゃけ上手い下手は関係ありません」
「どんなカラオケだ! 歌う意味あるのかよ」
秀樹が思わず声を荒げる。
「抜け毛の毛虫~ 毛深い芋虫~ 蛹になったらどちらも同じぃ~♪ 」
そうこうするうちに栄二の歌が終わった。
「やったぁ、60点だ。60点も取れるなんて思わなかったよ」
ガッツポーズをして栄二が喜んだ。
栄二のモニターに表示された200から60が引かれて140と変わる。
「心が籠もってましたからねぇ~、芋虫と毛虫のところなんてこぶしが利いてましたからね」
力説するロロフィの向かいで秀樹がボソッと呟く、
「歌詞じゃ、その後蛾になってヤモリに食われて死ぬんだぜ」
「酷い童謡…… 」
呆れる二人にロロフィが向き直る。
「次は誰ですか? さっさと歌いましょう、あっその前にビール頼みますね」
「完全に私物化してるわね」
「じゃあ俺が歌うぜ」
呆れ果てて呟く菜穗の向かいで秀樹が立ち上がる。
「あっ、ちょっとたんま、時間止めるからビール来るまで待ってよねぇ~~ 」
「ロロフィちゃん…… 」
マイクを握ったまま秀樹が呟いた。
バッドイベントはロロフィの好き勝手にできるらしいとわかって菜穗も栄二も何も言わない。
女性従業員がビールの入ったトレーを持ってきた。未成年の秀樹たちにはコーラだ。
「ぷはぁ~~、やっぱビールよね、調子出てきたぁ~~、秀樹ちゃんいっちょノリノリの歌頼んだわよ~~ 」
ビールの入ったデカいジョッキを傾けながらロロフィが陽気に言った。
秀樹くんではなく『ちゃん』付けになっている。
「了解したぜ、ノリノリで歌ってやるぜ」
秀樹はもうやけくそだ。
「何だこの曲調は? 」
歌詞から想像したものとは全く違うイントロが流れてきて秀樹が戸惑う、
「おおおぅ、演歌ですか、渋いですねぇ~~ 」
「歌詞だけでわかるか! 演歌の歌詞じゃねぇ~~ 」
喜ぶロロフィに怒鳴った後で秀樹が慌てて歌い出す。
「俺のぉ~エクスカリバぁ~ 一振りすればぁ~~♪ どんなぁ~魔物たちもぉ~ 一コロだぁ~~♪ 」
「ぶふっ! 」
菜穗がコーラを吹き出した。
「がっ、がはっ」
「菜穗さん大丈夫? 」
向かいに座る栄二が心配そうに紙ナプキンを差し出した。
「あっ、ありがとう……気管に入って咽せちゃったわよ」
鼻と口を拭いた後でロロフィに振り向く、
「歌詞と曲調がぜんぜん合ってないじゃない、誰が作ったのよ」
「何言ってんですかぁ~~、これは天界の騎士の心を歌った名曲ですよ、騎士の哀愁ある良い曲です」
ケロッとした顔を見て菜穗はもう何も言うのを止めた。
「35点かよ、途中から曲調掴んで結構歌えたと思ったんだがな」
秀樹のモニターに映る155から35が引かれて120と変わった。
ロロフィが大ジョッキのビールを飲み干す。
「ぷはぁ~~っ、皆さんノリが悪いですねぇ~~、そんなんじゃダメですよぉ~~ 歌は心ですからね、腹にぐっと力を込めて心の叫びを吐き出すのです」
秀樹が顔の前で手を振る。
「いや、知らない曲でノレるわけないからな」
「ノリノリなのロロフィだけだからね、私たちはギリギリよ」
「只でさえカラオケ苦手なのに知らない曲だから不安でいっぱいだよ、心の叫びより今朝食べた物吐き出しそうだよ」
うんざり顔の菜穗の向かいで栄二が気分が悪そうに胸を押さえた。
「まったく、なんてロクでもないゲームなんだ」
秀樹が呟いた。
「じゃあ私ね」
諦めたのか開き直ったのか菜穗が歌う、
「25点……なんで25点なのよ、結構好い線いったと思ったのに」
歌い終わった菜穗のモニターが110に変わった。
「次は僕か…… 」
気分悪そうに栄二が立ち上がる。
「25点か……0点よりマシだよ」
歌い終わった栄二が諦めたように呟いた。
表示モニターが115に変わる。
続けて三人が最後の曲を歌い終わった。
点数は秀樹が60点で120から60を引いて60ポイントだ。栄二は45点で115から45を引いて70ポイントになる。
菜穗は55点で110から55を引いて55ポイントだ。
「得点発表でぇ~~す」
ビールで酔っ払ったのかロロフィがパフパフとラッパを鳴らしながら陽気な大声を出す。
「もうどうでもいいわよ」
「どっちにしろバッドイベントだからな」
「やっと終わった…… 」
やけくそな二人と違いカラオケが苦手な栄二はほっと安心顔だ。
「では発表しまぁ~す。秀樹くんは60ポイントマイナスです。今持っている280ポイントから60引いて220ポイントになります。栄二くんは70マイナスで210ポイントです。菜穗さんは55マイナスで225ポイントとなりました。皆さん頑張りましたねぇ~~ 」
頬を赤く染めてほろ酔い加減で言うロロフィを三人が見つめる。
「頑張るも何も…… 」
「225ポイントか……こんなので勝てるのかなぁ」
「僕はカラオケ苦手だから70ポイントマイナスで済んでよかったよ」
秀樹が戸惑い、菜穗が落ち込み、栄二が苦笑いだ。
ロロフィがマイクを握り締めた。
「歌は道連れ、世は情け、積もる話も何とやら……、楽しい時間はあっと言う間に過ぎ去ります。今回のバッドイベントはこれにて終了です。また皆様に会える日を楽しみにしていまぁ~~す。では皆さんあのドアから出てください、町に繋がっていますので今日の残りと後三日間ゆっくりと休んでくださいね、それじゃあバイバァ~~イ!! 」
頬を赤くしたロロフィがフラフラと反対側のドアから出て行った。
ロロフィが消えたドアに向かって秀樹が呟く、
「いや、全然楽しくなかったからな、楽しかったのロロフィちゃんだけだからな」
「本当よ、無茶苦茶な歌ばかりじゃない、天界ってどうなってるのよ」
「僕は終わってほっとしてるよ」
怖い顔の菜穗の向かいで栄二がほっと胸を撫で下ろした。
秀樹が立ち上がる。
「憂さ晴らしに町でパァ~ッと遊ぼうぜ」
「そうね、恒夫くんに貰った二千万ギギルあるから遠慮無しに遊びましょう」
「賛成だよ、今回だけは厭な事忘れて思いっきり遊ぶよ」
菜穗と栄二も笑顔で立ち上がった。
「じゃあ行くか、菜穗と栄二、先に出てくれ」
奥に座っていた秀樹を置いて栄二と菜穗がドアから出て行く、
「恒夫のヤツどうしてるかな…… 」
最後に出て行く秀樹がボソッと呟いた。




