第七十五話
三十分程砂漠を歩いた所でラグが立ち止まった。
「どうした? 」
ピンと耳を立てているラグを見て恒夫が顔を顰める。
「何かいるぞ」
ラグがマジ顔で辺りを見回す。
直ぐ後ろを歩いていたスギナがやって来る。
「儂も先程から気配を感じておる。何かが付けてきとるようじゃ」
「後を付けてるって他の参加者か? 」
恒夫が険しい顔をして辺りを見回す。
「何で僕たちを…… 」
「でも何処にもいないぜ? 」
秀樹と栄二も誰かを探すように周りを見た。
「サバイバル能力によって各自にポイントが貰えるイベントでしょ、ポイントを奪い合うんじゃないから戦う必要なんて無いのに何で付け狙うような事するのよ」
菜穗が理不尽だというように誰に言うと無しに少し大きな声で言った。
恒夫がとぼけ顔で口を開く、
「さぁな、誰か恨みでも買ってんじゃないのか? 」
「にゃははっ、ツネは熊と牛に恨みを買ってるぞ」
楽しそうに笑いながらラグが恒夫の薄い頭をモシャモシャした。
「逆恨みもいいとこだぜ、あいつらが執拗に追いかけてきたんだろが、って言うかラグも一緒だったからな、ラグも恨まれてるからな、それに熊とバッファローの獣人はこのイベントにいなかっただろ、他に恨みを買うような事してないぞ」
薄い頭をモシャモシャするラグの手を恒夫が鬱陶しそうに払い除けた。
「んじゃ、秀樹たちだぞ」
ラグが楽しそうに秀樹たちに視線を向ける。
「俺たちも恨みなんて買ってないぜ」
「そうだよ、前回のイベントも正々堂々と戦ったからね」
「そうよ、私たちが恨みを買うような事するわけ無いじゃない」
三人が続けて否定した。
ラグがくるっと体を回す。
「そんじゃ、ちびっ子だな」
その場の全員の視線がスギナに集まる。
スギナが大きく溜息をついた。
「まったく、何を勘違いしておる。人や亜人の気配ではないぞ、獣……かどうかはわからんが何か敵意を持っておる生き物が儂らを狙っておる」
向かいで恒夫が安堵した様子で口を開く、
「猛獣か何かか、それなら問題ないだろ、魔法使いの秀樹と菜穗がいるしラグもいるからトラでも熊でもライオンでも対処できるからな、スギナちゃんがマジ顔だったからヤバい方を想像したぜ」
秀樹と栄二も頷く、
「そうだぜ、俺と菜穗に任せてくれ、船に乗せて貰った礼に丁度いいぜ」
「只の猛獣なら僕も魔法銃で戦えるよ」
「でも猛獣なんて何処にもいないわよ? 」
菜穗がキョロキョロ辺りを見るが何もいる気配はない。
「ふにゅ!? 気配消えたぞ、でも何かゾワゾワするぞ」
ラグも見失った様子だが落ち着かないのか猫耳を立ててキョロキョロしている。
「おかしいのぅ、さっきまであった気配が消えておる。と言って逃げた様子もない、気配を消して何処ぞで伺っておるのじゃな」
スギナはマジ顔のままだ。
「止まっていても仕方無い歩こうぜ、俺たちを狙ってるなら返り討ちにしてやればいい」
恒夫を見て秀樹が頷く、
「だな、前は恒夫に任せたぜ、俺は一番後ろにつく、不死身だから不意に襲われても大丈夫だからな、栄二は俺の前についてくれ、菜穗とスギナちゃんは真ん中で援護頼む」
「うん、それがいいね、菜穗さんとスギナちゃんが真ん中なら前後どちらから襲われても対処できるしね」
賛成する栄二の横で恒夫が浮かない表情だ。
「 ……そうだな、俺が先頭を歩こう」
恒夫は不死身ではなく治癒能力を貰ったのだ。
秀樹と栄二にバレないようにリスク覚悟で先頭を歩く事にした。
「儂が先頭でも構わんぞ」
スギナが恒夫を見上げる。
「スギナちゃんは後ろから援護頼むよ、Aクラスのスギナちゃんが後ろに居てくれれば安心だからさ」
ぎこちない笑みを浮かべる恒夫の後ろからラグが抱き付く、
「あたいが守ってやるから安心しろ」
「頼んだぜ、俺の直ぐ後ろについててくれ」
硬い表情をした恒夫が先頭に立って歩き出した。
暫く歩くとラグが恒夫の腕をギュッと掴んだ。
「何かゾワゾワすんぞ、気を付けろツネ」
「了解だ。俺は右に注意してるからラグは左を頼むぜ」
二人横に並んで注意しながら先頭を歩く、
「にゃっ!? 来やがったぞ、逃げろツネ! 」
左の砂中から飛び出してきた何かをラグが飛び跳ねて避けた。
「何だ? デカいぞ」
「何よあれ! 」
「ヘビ……ヘビだよ」
秀樹と菜穗が驚き、栄二が魔法銃を握り締める。
「気を付けろ、囲まれとるぞ」
マジ顔のスギナが大声だ。
右側を注意していた恒夫の目に宙に浮ぶラグ目掛けて砂中から白灰色の大蛇が大口を開けて襲い掛からんとするのが映る。
「ラグ!! 」
逃げるのも忘れて恒夫が魔法銃をぶっ放す。
跳んできたラグをキャッチするかのように大蛇が口を開けているのがラグにもわかった。
だが空中では避ける事ができない、精々身を捻るだけだ。
どうにか避けようとしても大蛇が動きに合わせてくる。
「食われるにゃ…… 」
ドオォン! 引き攣ったラグの目に雷光をあげる魔法の弾が大蛇を包み込むのが見えた。
「助かったぞ……ツネ!! 」
着地したラグの目の前で大蛇が恒夫に食らいつくのが見えた。
ラグを助けようと魔法銃をぶっ放して逃げるのが遅れて左から現われた大蛇に襲われたのだ。
「うがっ、ぐっ 」
横向きに大蛇に咥えられて苦しげに呻く恒夫を見てラグが悲鳴を上げる。
「いやあぁあぁ~~、ツネが、ツネがぁ~~ 」
叫びを聞いて秀樹たちが振り向く、
「なっ! 恒夫」
「何匹居るのよ! 」
直ぐに駆け付けたいが秀樹と菜穗は大蛇と戦っている最中だ。
「恒夫、少し我慢だよ、直ぐに行くから」
栄二は不死身だと思っているのでそれほど慌てていない。
「此奴ら砂に潜って気配を消しておったんじゃな、只でさえ哺乳類と違って気配を感じにくいのに砂に潜っておっては見つけられんで当然じゃ」
スギナが手から植物の細い蔓を出して恒夫に食らいついた大蛇を縛り上げた。
「儂が抑えておるから早く恒夫を助けるんじゃ」
「わかったにゃ! ツネを離せ! ツネはあたいの大事な仲間なんだぞ」
ラグが爪を伸ばして大蛇に飛び掛かる。
「フクロウ切り! 」
ギラッと光る長い爪が音も無く大蛇の首を切り落とす。
「ほぅ、ボケ猫じゃと思っとったが中々やりおるのぅ」
感心するように言うとスギナは縛り上げていた大蛇を離した。
首を落とされた大蛇が倒れてのたうち回る。
頭は恒夫を咥えたまま転がって動かない。
「ツネ、大丈夫かツネ! 直ぐに出してやるからにゃ」
ラグが駆け寄ると大蛇の顎に爪を立てて切り裂き恒夫を救出した。
「ぐぅうぅ…… 」
「大丈夫かツネ……血がいっぱい出てるぞ、あたいのために………… 」
苦しげに唸る恒夫をラグが抱き起こす。
「何じゃその血は? あのヘビどもは歯を持っておるのか」
やって来たスギナに恒夫が苦しそうな顔を向ける。
「牙だ……牙で刺された。毒持ってやがるぜ、気を付けるようにみんなに言ってくれ」
「毒じゃと! 大丈夫か、儂が直ぐに治療してやる」
手を伸ばしたスギナに恒夫が震える手を振った。
「俺はいい、治癒力を持ってる。今気を集中してるところだ。自分で治せるからいい、それよりも秀樹たちのフォローを頼む、あいつらを守ってやってくれ」
「お主……わかった。秀樹たちは儂に任せておけ」
立ち上がるとスギナがまだ戦っている秀樹たちの元へと駆けていく、
「自分より仲間を心配するか、気に入ったぞ恒夫」
厳しい表情のスギナの口元が愉しそうに吊り上がる。
「ツネ……ごめんな、あたいのために……ごめんなツネ」
ラグの涙が恒夫の頬にポタポタ落ちてくる。
抱きかかえられた恒夫が震える手をラグの頬に伸ばす。
「そんな顔するな、俺は大丈夫だ。神様に治癒能力を貰ったからな、こんな毒など直ぐに治るぜ、だから泣くな……元気に笑ってるラグが俺は好きだぜ」
「ツネオ……あたいもツネが大好きだよ」
涙をぐっと拭うとラグが恒夫に唇を重ねた。
「ツネは家来だからにゃ、仇は討ってやるぞ」
直ぐに顔を離すとラグがにっこっと微笑んだ。
「らっ、ラグ…… 」
呆然とする恒夫をそっと地面に横たわらせるとラグが立ち上がる。
「ツネはそこで休んでろ、ヘビども全部切り刻んでやる」
両手で目を擦って流れていた涙を全部振り払う、
「あたいのツネにこんな事して只で済むと思うなよ」
ラグの姿が変化していく、全身に毛が生えて猫耳が大きくなり鼻先が突き出す。
体も一回り大きい、普段の姿が人間80%猫20%だとすると今は人間50%猫50%といった様子だ。
獣人ラグの本気を出した姿だ。
これが進み獣成分が90%になる事を猛獣モードと呼ぶが今のラグの姿は猛獣モードではなく戦闘モードと言ったところだ。
「ラグ、それは…… 」
驚く恒夫にラグが振返る。
「あたいの本気だ。獣に戻れば戻るほど理性が効かなくなるから普段はできるだけ使わないようにしてるにゃ、でも今は別だぞ、あたい本気で怒ったからな」
ニッと牙を見せて笑うとラグが跳ぶように走って行った。
「俺はお姉様タイプが好きなんだぞ、年上の女王様に苛められたいんだ。妹キャラはタイプじゃないんだぜ………… 」
ラグの背を見つめながら恒夫が呟いた。
毒で痺れて動けなかったが確かにラグの唇の感触が残っていた。
秀樹たちが戦っている所へスギナがやって来る。
「どうやら大蛇の巣のようじゃな、長居は無用じゃぞ」
「道理で何匹倒しても次から次に出てくるわけだぜ」
秀樹の隣で戦っていた栄二が振り向く、
「恒夫は大丈夫なの? 」
「うむ、大丈夫じゃ、じきに良くなる」
少し離れた所で戦っていた菜穗が大きな声を出す。
「じゃあ恒夫くんが治ったら一気に駆け抜けましょうよ、追いかけてくるヘビは私が上級魔法で丸焼きにしてやるわよ、上級魔法で地中まで焼いてやるから砂に隠れても無駄よ」
「その作戦乗ったぞ、恒夫が回復するまで大ヘビ退治じゃ」
了解したというようにスギナが頷いた。
そこへラグが跳んでくる。
「トカゲは大嫌いだぞ、そんでヘビは今大嫌いになったぞ、でもトカゲと違ってヘビは怖くないからにゃ、お前ら全部ぶっ殺してやんぞ」
怒鳴りながら大蛇を次々と倒していく、両手から伸びた手で片っ端から切り裂いている。
秀樹が魔法の杖を振るのを止めた。
「なん!? 」
「ラグさん…… 」
魔法銃の弾を詰め替えながら栄二が呟いた。
「あの猫あんなに強かったんだ…… 」
菜穗も攻撃する手を止める。
飛び跳ねるように戦っているラグに魔法が当たらないように止めたのだ。
「猫族は俊敏さなら獣人でもトップクラスじゃからな、それに神から怪力を貰ってパワー不足を解消しておる。彼奴は見掛けによらず強いぞ」
植物の細い蔓を伸ばして大蛇の動きを止めながらスギナが言った。
菜穗が振返って秀樹を見つめる。
「恒夫くんと猫女……二人がチームに入れば本当に勝ちを狙えるわよ」
「確かにそうだが……恒夫は言い出したら利かないからな」
「ラグさんがあんなに強いなら恒夫が戻らないって言ったのもわかるな…… 」
まだ諦めていない菜穗と違い秀樹と栄二は半分諦めている感じだ。
「にゃにゃ? 」
戦っていたラグが耳をピンと立てるとバッとその場から駆けだした。
何事かと目で追う先で恒夫が起き上がるのが見えた。
「治ったようじゃな」
スギナの顔に安堵が浮ぶ、秀樹が頷くと口を開いた。
「栄二、恒夫のとこへ行ってさっきの作戦の説明を頼んだぜ、菜穗さんも先に行って上級魔法の準備を頼む、俺はここでヘビどもを暫く足止めさせるぜ」
「そうじゃな、儂と秀樹でヘビの相手をしておるからお主ら先に逃げておれ」
スギナが秀樹の横に立つ、一緒に戦うつもりだ。
「わかった。恒夫が完全に治ってるか見に行ってくるよ、オッケーなら空に向かって普通の弾を撃つからね、それを合図に作戦実行だよ」
「了解、向こうで魔法の準備をするわ、丸焼きにしてやるから待ってなさい」
栄二と菜穗が恒夫の元へと駆けていった。




