第七十四話 「砂漠」
岸に船が近付くとラグがバッと走って一番に飛び降りた。
「いっちばぁ~~ん、あたいが一番だぞ」
「はいはい、ラグが一番だ。凄いなラグは、足下ぬかるんでないか? 」
ラグの扱いに慣れたのか恒夫が軽く流す。
「んにゃ? 硬い土だぞ」
確認するように地面を蹴るラグを見て恒夫も船から飛び降りる。
「秀樹は最後だ。ワニが襲ってこないように後ろで見張り頼んだぜ」
「任せろ、みんな降りたら呼んでくれ」
秀樹が手を振ると船の後ろに歩いて行った。
栄二と菜穗が船から飛び降りる。
「どうしようかと思ってたけど無事に渡れてほっとしたよ」
「本当よね、魔法使って減点されなくてよかったわよ、スギナちゃんの御陰ね」
「儂一人乗って行くのもお主ら五人運ぶのも同じようなものじゃからな」
スギナが降りたのを確認して恒夫が大声で秀樹を呼ぶ、
「秀樹いいぞ、さっさと降りてこい」
「オッケー 」
秀樹がバンッと船から豪快に飛び降りた。
スギナが全員を見回す。
「忘れ物はないな? 船を流すぞ」
「気絶してるワニを解いてやってくれないか」
「にゃん? ワニなんて亀甲縛りのまま流せばいいぞ」
腕を引っ張るラグに恒夫が向き直る。
「言っただろ無闇に殺したくないって、俺たちがワニのテリトリーに入ったんだ」
「 ……わかったぞ、トカゲは嫌いだけどツネは好きだから言う事聞いてやんぞ」
二人を見てスギナが優しく微笑む、
「了解じゃ、初めからそのつもりじゃ」
スギナがワニを解くと船を川に流した。
秀樹がスギナの前に立つ、
「改めて礼を言うぜ、正直こんなに楽に渡れるとは思ってなかった。サンキューな」
ペコッと下げた秀樹の頭を恒夫がポンッと叩く、
「運が良かったな、船が出た後だったら放っていくところだったぜ」
「お前はそんな奴じゃない……いや、仲間に戻ってこないし今のお前ならやりかねんな」
冗談交じりか本気か、秀樹がニヤッと意地悪顔だ。
「色々思うところがあるからな」
うそぶいて言った後で恒夫がスギナに向き直る。
「ゴールまであと少しだ。一緒に行かないか? 」
「そうじゃのぅ、競うイベントでも無いしの、いいじゃろ、一緒に行こう」
「本当か? よかった。断られるかと思ったぜ」
喜ぶ恒夫の肩に秀樹がポンと手を置いた。
「それじゃあ、俺たちも一緒だな」
笑顔の秀樹に恒夫が厭そうな顔を向けた。
「別にいいぜ、どうせ歩きで行くなら自然と一緒になるだろうからな」
嫌々といった感じの恒夫の顔を栄二が覗き込む、
「一緒になると言えばさ、川まで恒夫に追い付かなかったよね、回り道したのなら僕たちより後で川に着くはずだし、どうやってジャングルを進んだの? 」
「走ったぞ、あたいが先に行って走り易いところを教えてやったんだぞ」
恒夫の代わりにラグが自慢気にこたえた。
「何でバラすんだ」
弱り顔の恒夫の肩に置いたままの手を秀樹がギュッと握り締めた。
「いてっ、痛ててて…… 」
「追い付かないと思ったらそんな事してやがったのか」
恒夫が身を捩って秀樹の手を肩から外す。
「当たり前だ。お前らどうせ俺を見つけて一緒に来る気だっただろうが」
「うん、だってサバイバルとか恒夫は得意だからさ、一緒の方がいいに決まってるよ」
「友達なんでしょ、少しは協力しなさいよね」
笑いながら言う栄二の隣で菜穗が恒夫を睨み付けた。
「だから船に乗せてやっただろが、これ以上の協力はないだろが」
痛そうに肩を摩りながら恒夫が言った。
ラグが笑いながら恒夫に抱き付く、
「にゃははははっ、ツネはあたいと二人っきりになりたかったんだぞ、ジャングルの中でラブラブ愛を育むんだぞ」
「違うからな! 誤解されるから変な事言うな」
恒夫が真っ赤な顔をしてラグを引き離した。
秀樹がじとーっとした目で見る。
「へー、へー、恒夫がねぇ~~ 」
「いつの間にそんな関係になったんだ? って言うか恒夫は年上のお姉様タイプしか興味無いと思ってたよ」
「やぁ~らしぃ~~、オタだと思ってたら手が早いのね」
驚き顔の栄二の隣で菜穗が軽蔑の眼差しだ。
「違うからな、まだ何もやってないからな」
「まだって事はやる気はあるって事でしょ、やぁ~らしぃ~~ 」
必死で言い訳する恒夫に菜穗が言い返す。
恋愛関係は菜穗の方が上手である。
恒夫がふるふると頭を振った。
「今はそんな事どうでもいいだろが、それより早く行こうぜ、ゴールまであと少しだ。協力し合えば今日中にゴールできるぜ」
「あっ、誤魔化した」
指差す菜穗の隣で栄二は苦笑いだ。
秀樹が助け船を出す。
「まぁいいじゃねぇか、さっさとゴールして休もうぜ」
「そうにゃ、早く終わらせてシャワー浴びたいぞ、お肉いっぱい奢って貰う約束だぞ」
嬉しそうに言うラグをスギナが見上げる。
「そうじゃな、では行くとするか」
「んじゃ、しゅっぱぁ~~つ」
ラグを先頭に秀樹たちが歩き出す。
「肉肉お肉ぅ~焼き肉だぁ~~♪ ピチピチ魚ぁ~お刺身だぁ~~♪ ぼそぼそサラダは食べないぞぉ~~♪ 」
変な歌を歌って先頭を歩くラグを秀樹が指差して恒夫を見つめる。
「遠足みたいだぜ」
「脳天気じゃのぅ」
呟くスギナの隣で恒夫が黙って首を横に振る。
「チャトラン族ってみんな元気だよね、ネピアとクロエに早く会いたいな」
優しい顔で微笑む栄二の隣で菜穗は呆れ顔だ。
川を渡ってジャングルを少し歩くと砂丘が広がっていた。
砂漠と言うほどではない、その証拠に遠くに緑が見える。
「砂漠なんてマップに無かったぞ」
驚く秀樹の隣で恒夫がニヤッと悪い顔だ。
「アクシデントはサバイバルに付きものだ。わざと書いてないんだぜ」
「あれを抜けると直ぐにゴールなんでしょ? 」
菜穗に訊かれて栄二がマップを広げる。
「うん、マップではそうだよ、でも平地になってる所が砂漠だからどれだけ信用できるかはわからないね」
難しい顔でマップを見つめる栄二の背を秀樹がドンッと叩く、
「そん時はその時だ。とにかく行こうぜ」
「そうね、向こうに緑が見えるからそんなに遠くないでしょ、水も水筒いっぱいあるし」
「さっさとゴールするぞ、シャワーと肉があたいを待ってるんだぞ」
菜穗は楽観的なのだろう、ラグは何にも考えていないタイプだ。
「そうだね、考えても仕方ないし、もう直ぐゴールと思って頑張って行こうか」
マップを畳もうとした栄二をスギナが止める。
「もう一度きちんと確認したらどうじゃ? 正確ではないマップを信用しては命取りじゃぞ」
「確認って言っても…… 」
スギナが背伸びをして栄二の持つマップを見る。
「今まで通ってきた道筋と距離があっておるかくらいできるじゃろ? 」
恒夫が横からマップを覗き込む、
「大丈夫だよスギナちゃん、大まかだがマップの距離はあってると思うぜ」
「何で言い切れる? 」
スギナではなく、隣りにいた秀樹が訊いた。
全員の注目を集めて恒夫が話し始める。
「イベント期間を考えてみろ、全てのイベントは四日間の期限がある。だがこのイベントは『三日でジャングルを抜けろ!! 』ってタイトルだ。三日間でゴールできなければ失格で0ポイントだ。初めから一日は休みって事だ。種族によっては過酷なイベントになるだろうから初めから休みを設定してあるんだと思う、だから距離まで細工はしていないよ」
「何でそんな事がわかるのよ? 現にマップじゃ平地だったのが砂漠になってるじゃない」
突っ掛かる菜穗の横で栄二がわかった様子で頷く、
「そうか、逆に考えれば三日でゴールできる程度の距離しかないって言いたいんだろ」
恒夫がニッと悪戯っ子のように笑った。
「そういう事だ。魔法も使わずに俺たち人間やエルフが歩いても三日あればゴールできる程度だって事だ。順調に進めば二日で着いてもおかしくないって事さ」
「成る程のぅ、儂も恒夫の意見に賛成じゃ」
スギナも納得したように頷いた。
「ゴチャゴチャ言っても始まらん、取り敢えず砂漠を抜けようぜ」
秀樹が向こうに見える森を指差した。
本格的な砂漠ではなく砂丘と言った様子なのでそれほど苦しくはないが地面からの照り返しで上下から焼かれている感じで暑くてたまらない、からっと空気は乾燥している。
じめじめと湿気が多いジャングルとの差が激しく体力を奪っていく、
「寒いのはいいけど暑いのは苦手だぞ」
横を歩いていたラグが暑そうに胸元を大きく広げる。
褐色爆乳の谷間が見えて恒夫がゴクッと唾を飲み込む、
「やっぱ猫だな、背中や手足に毛が生えてるから暑いんだな、栄二の家の猫も夏になると『ぐてー 』って感じでへたばってるもんな」
「うにゃ、そこらの猫と一緒にすんな、あたいはチャトラン族の戦士だぞ」
八重歯のような牙を見せてラグが睨むと恒夫が声を出して笑った。
「はははっ、元気じゃないか、もう少しだから頑張ろうぜ」
「そだぞ、早くゴールしてシャワーとお肉だ。肉食べ放題だからにゃ」
「わかった。約束するよ、肉だけじゃなくて何でも好きなもの食べ放題していいぜ」
「肉肉お肉ぅ~焼き肉だぁ~~♪ ピチピチ魚ぁ~お刺身だぁ~~♪ ぼそぼそサラダは食べないぞぉ~~♪ 」
食べ放題を想像したのかラグが元気に歩き出す。
後ろを歩いていた秀樹が恒夫の背中を突く、
「もちろん俺たちにも食べ放題奢ってくれるよな? 」
「チームじゃないだろ、何でお前らにまで奢らなきゃならないんだよ」
恒夫が振返りもせずに言った。
また秀樹が背中を突っつく、
「そんじゃ、チームを組もうぜ、それなら奢ってくれるんだろ? 」
恒夫がバッと振返る。
「だから戻らないって言ってるだろ、ラグと一緒なら勝ちを狙えるからな、秀樹たちと一緒になってポイントの分け前減らす事は無いだろ」
前に居たラグが抱き付いてくる。
「そだぞ、ツネはあたいと二人っきりで居たいんだぞ」
「違うからな、スギナちゃんみたいに強くて勝ちを狙える仲間なら大歓迎だが同じような力しか持ってないヤツはいらないって事だ」
言いながら後ろを歩くスギナの様子を伺う、
「正論じゃな、同じレベルが集まっても仕方無いからのぅ」
仲間になって貰おうと鎌を掛けたのだがスギナは素っ気ない。
秀樹が顔の前に手を立てて頼む、
「そんな事言うなよ、前のゲームでも俺たち旨くやっただろ、だからなっ! 」
「戻る気は無い、町に行ったら食い放題は奢ってやるよ、それで勘弁しろ」
「そだ、ツネはあたいとラブラブなんだぞ」
恒夫がくるっと背を向けた。
抱き付いていたラグも一緒に回ってまた歩き出す。
「暑苦しいから離れてくれ」
引き離そうとする恒夫の頬にラグが顔を擦り付ける。
「うにゅ? ツネは冷たいぞ、ほっぺとか冷たくて気持ちいいぞ」
不思議そうに見つめるラグの前で恒夫が少し考えてから口を開く、
「ああ……体温より気温の方が高くなってんだ」
「外よりツネが冷たいって事なのか? そんじゃツネとくっついてると冷たいって事だにゃ、そんじゃくっついて歩くぞ」
ラグが顔を擦り付けてきた。
「止めてくれ、ラグは冷たいかも知らんが、俺は暑くて堪らん、毛の生えた頬とか腕を引っ付けるな」
恒夫がラグを引き離そうともがくが獣人の力に敵うはずもない。
「恒夫いいなぁ…… 」
人外好きの栄二が思わず呟いた。
おっぱい星人の秀樹も羨ましそうに見ている。
「見てないで助けろ! 暑くて死にそうだ」
叫ぶ恒夫を見て秀樹と栄二がニヤッと笑う、
「恒夫が仲間に戻ってくれるなら助けてあげるよ」
「そうだぜ、仲間になって助け合おうぜ」
「誰が戻るか!! 」
恒夫が大声で怒鳴る。
抱き付いていたラグの耳がピンッと立った。
「怒鳴るにゃよ、煩い口はこうだぞ」
ラグが恒夫の頭を引き寄せて爆乳に押し当てる。
「 ………… 」
じたばた暴れていた恒夫の動きがピタッと止まる。
毛の生えていない胸の谷間は冷たかった。
顔を包み込む爆乳が物凄く気持ちがいい、ひんやりしていて柔らかで水風船のようである。
気持ち良さに体の力が抜けていくのをぐっと堪えて顔を離す。
「なっ、なに……何すんだ。吃驚しただろ、息ができないから止めろ」
どもり声に真っ赤な顔、怒っているつもりだが全くそうは見えない。
羨ましすぎて秀樹と栄二は声も無く黙って見ている。
後ろで水筒の水を飲んでいた菜穗が呆れた顔で口を開いた。
「まったく、あんたたち元気ねぇ~、私は暑くて喋る気にもならないわよ」
水を飲む姿を見て喉が渇いたのか秀樹と栄二も水筒を取りだした。
「うん、暑いけどジャングルと違って蒸し蒸ししてないからマシだけど」
水を飲む栄二の隣で秀樹が水筒に口を付けながら恒夫を見た。
「俺も暑いのは苦手だ。ツネはハゲてるから涼しいんだぜ」
「ハゲじゃねぇ、年中サマーカットだ」
怒鳴る恒夫の薄い頭をラグがモシャモシャ触る。
「ツネの頭はあたいがモシャモシャしやすいようになってるんだぞ」
「モシャモシャするためじゃねぇ、って言うか気安く触るな、モシャモシャされる度に1本ずつ抜けていくような気がするだろが」
二人を見ながら水を飲んでいた秀樹が水筒から口を離す。
「もう面倒だから全部引っこ抜いていいぜラグちゃん」
鞄に水筒を仕舞いながら菜穗が大笑いだ。
「あはははっ、涼しくなるわよ、丁度いいじゃない」
ラグがキッと菜穗を睨む、
「ダメだぞ、全部抜いたらモシャモシャできなくなるからな」
「俺の髪の存在ってモシャモシャするためなのかよ…… 」
恒夫がガクッと項垂れた。
「お主らいつもこうなのか? 面白い奴らじゃ」
面白いと言いながらスギナは呆れ返った表情だ。
「そんじゃ出発するぞ」
元気になったラグが恒夫の腕を引いて歩き出す。




