第七十三話
駆け付けた恒夫に秀樹が片手を軽く上げて挨拶だ。
「サンキュー助かったぜ」
「本当だよ、僕なんかもう少しでワニに食べられるところだったよ」
隣で栄二が嬉しそうな笑みをして恒夫を見つめる。
「本当よ、恒夫くんが居なければ私もどうなっていたか……ありがとうね」
菜穗がしおらしく頭を下げる。
「そんな事は後でいい、それよりお前らどうやって川を渡る気だ? 」
照れ隠しなのか恒夫がぶっきらぼうに訊いた。
「筏でも作ろうと思って行ったら菜穗が倒れて大ワニに襲われたんだ。あんなにワニがいるんじゃ筏でも無理だ。減点覚悟で魔法使って空を飛ぶしかないって今話してたところだぜ」
マジ顔で話す秀樹を見て恒夫がニヤッと笑う、
「丁度いい、ついてこい、川を渡らせてやるぜ」
「渡れるのか? マジか? 」
「どうやって渡るの? 筏じゃ無理だよ、大ワニにバラバラにされるよ」
身を乗り出す秀樹の隣で栄二が不安気だ。
「あっちに船があるにゃ、ちびっ子が作ったんだぞ」
悪戯っ子のように笑いながらラグが上流を指差すが秀樹と栄二と菜穗はさっぱりわからないと言った様子で恒夫を見つめる。
「船があるのか? 」
「渡し船でもあるの? ちびっ子って誰の事? 」
「渡し船なんて使ってもいいの? それこそ減点じゃない」
質問攻めにされて恒夫が顔を顰める。
「こんな所に渡し船なんてあるわけないだろ、スギナちゃんが作ってくれた船だ。デカいからお前ら三人なら余裕で乗せられる。お前らラッキーだぜ、丁度発進しようとした時に戦ってるのが聞こえたんだ。出る前で良かったな、ついでに乗せてやるよ」
「スギナちゃんってスタート地点に居た娘だよね」
「スタート地点? 」
頭の良い栄二は覚えていたが秀樹は忘れている様子だ。
「あの娘じゃない? そこの猫娘の後に恒夫くんと話してた小学校低学年くらいの女の子」
隠れて様子を伺っていた菜穗はスギナの事も覚えていた。
「ああ、あの女の子か」
秀樹も思い出したようだ。
「そだぞ、ちびっ子だぞ、スギナは木を使えるんだぞ、そんで御飯食べてる間に船ができたんだぞ、ちびっ子のくせにAクラスで凄いんだぞ」
ラグは端折って説明するので相手に何も伝わらない。
秀樹と栄二と菜穗が恒夫に向き直る。
「気を使える? 拳法とか使うのか? 」
「御飯食べてる間に船ができるってどういう事? 」
「あの小さな娘がAクラスって本当なの? 」
また質問攻めにされて恒夫がうんざりした顔で歩き出す。
「いいからついてこい、スギナちゃんを待たせてあるんだからな、大体ここから筏で渡ったら流されて崖のようになってる向こう岸に着くぜ」
「あっ、そうか、考えればそうだね、そこまで思い付かなかったよ」
恒夫の背に栄二が感心したように声を掛けた。
「そうだぞ、筏なんてバラバラにされて大ワニに食べられちゃうぞ」
自分がトカゲ恐怖症なのをすっかり忘れているのかラグは秀樹たちをからかうと恒夫の横に並んで歩き出した。
「わかった。詳しい話しは後で聞くぜ」
秀樹たちが後を追って歩き出す。
ドボン、バシャンと大きな水音が聞こえて恒夫とラグが走っていく、
「スギナちゃん大丈夫か? 」
「心配無用じゃ、毒にやられておらなんだらワニなど敵ではないわ」
両手から植物の蔓を伸ばしたスギナが余裕の笑みを見せた。
船の周りに草の蔓で縛られた大ワニが並んでいた。
全てスギナが仕留めたのは見ただけでわかった。
恒夫の後ろでラグが怖々顔を出す。
「トカゲ気持悪いぞ、動かないか? 近寄っても大丈夫にゃのか? 」
「安心せい、縛ってあるのは全て気を失っておる。此奴らを船にくくりつけて置けば他のワニも寄ってこんじゃろうから安全じゃぞ」
優しく微笑むスギナを見て安心したのかラグが前に出る。
「気絶してても気持悪いぞ、ワニが縛られて亀みたいになってんぞ」
「亀って何だよ、言うならボンレスハムみたいだろ」
スギナの近くへ歩きながら恒夫が言った。
「亀であってんぞ、亀甲縛りみたいだからな……ボンレスハムも亀甲縛りみたいだから亀ハムって呼べばいいぞ」
「いや確かにそう見えるが……亀甲縛りなんて何で知ってんだ? 」
困惑する恒夫を見てラグがニヤッと笑いながら口を開く、
「昔チャトラン族の村に来た魔法使いが人間世界の事よく知っててその時に持ってたエロ本見せて貰ったぞ、そこに亀甲縛りが載ってたぞ」
「エロ魔法使いかよ、もっと他に有意義な本があるだろ、何でエロ本なんて持ってんだよ」
弱り顔の恒夫を見てラグが悪い顔で続ける。
「他の本なんて字がいっぱいで面白くなかったぞ、そんでエロ本には今流行のSMトレンディー特集って書いてあったぞ、愛する人を縛り付けておきたいって気持ちが縄に現われる究極の愛の形だって書いてたぞ、人間は色々凄いぞ」
「何処の誰だ!! そんな本ラグに見せたバカは!! 」
自身がドヘンタイなのも忘れて恒夫が怒鳴った。
スギナが手から細い蔓を伸ばして恒夫の肩をちょんちょんと叩く、
「バカは止めて後ろの連中を紹介せんか」
恒夫が振返ると秀樹たちが並んでいた。
「相変わらずヘンタイだな」
秀樹がニヤつきながら言うと恒夫が嬉しそうに体をくねらせる。
「そんなに褒めるなよ、俺は信念を貫く男だからな、信念は貫くがお尻は女王様に貫いて欲しいのが俺だ」
「誰も褒めてないから、恒夫くんって本当にヘンタイなのね」
「菜穗さんダメだよ、恒夫はヘンタイって言うと喜ぶからね」
呆れたように言う菜穂を栄二が止める。
「まったく……そんな事より凄いな、本当に船ができてるぜ」
溜息をつくとスギナの後ろにある立派な船を見て秀樹が感嘆の声を上げた。
「ふふん、そうじゃろ、儂が作ったんじゃぞ、儂は霊木から生まれた精霊じゃ、スギナと呼ぶのじゃ、姿はこんなんじゃがお主らよりもずっと年上じゃから敬う気持ちを忘れんようにな」
スギナがペッタンコの胸を張ってドヤ顔だ。
幼女のような可愛いスギナを見て秀樹と栄二の顔が緩んでいく、
「俺は江藤秀樹、秀樹って呼んでくれ、俺は…… 」
「名前だけでよい、細かい紹介はいらん、恒夫に色々聞いておるからのぅ」
秀樹の自己紹介を遮るとスギナが栄二に視線を向ける。
「僕は野方栄二、栄二って呼んでよ」
栄二がペコッと頭を下げた。
「私は緒方菜穂、菜穗って呼んで頂戴」
菜穗が微笑む、営業スマイルというヤツだ。
「あたいはラグだぞ、チャトラン族の戦士だぞ」
恒夫がラグの肩を掴む、
「いや、ラグの事はみんな知ってるからもう自己紹介しなくていい」
「マジか! いつの間にあたいの事を…… 」
驚くラグを見て周りの全員が何とも言えない表情になる。
「ボケ猫は放って置いて船に乗るのじゃ、こんな川などさっさと渡って先に進むのじゃ」
スギナがサッと手を振ると川に浮ぶ船へと渡る橋ができた。
「おお凄ぇ、そうやって船も作ったのか」
「木が使えるってこの事だったんだね」
感心する秀樹の隣で栄二も大きく頷いた。
「流石Aクラス凄いわね、こんなのとチーム組むなんて恒夫くんが羨ましいわよ」
妬むように言った菜穂の言葉に恒夫がハッとしてスギナを見つめる。
「チーム? 何のことじゃ? 儂は川を渡る協力をするだけじゃ、恒夫とラグには助けて貰ったからの、その礼じゃ、ギブ&テイクじゃな」
とぼけ顔のスギナを見て恒夫はガクッと肩を落とす。
「何だ……考えたらそうよね、鬼みたいに強いならともかくAクラスが弱い人間と組んでも仕方無いわよね」
「そういう事じゃ、落ち込んでおらんで恒夫もさっさと船に乗れ」
意地悪に笑うスギナの前を通って恒夫が船に乗り込んだ。
秀樹たちも橋を渡って船に乗り込む、
「おおぅ、しっかりしてるぜ、これなら大ワニも大丈夫だぜ」
「乗り合いの釣り船に乗った事あるけど同じくらいの大きさだね、これを短時間で作れるなんて本当に凄いよ」
改めて感心する二人を見てスギナが得意満面だ。
「本当、人は見掛けによらないって言うけどスギナちゃんは強そうに見えないもんね」
相変わらず菜穗は言葉が悪い。
ラグが橋を渡らずにポンッと船に飛び乗る。
「凄くて当然だぞ、ちびっ子はロリババァってヤツだぞ、こんな姿で何人も男を銜え込んでいるんだぞ、やり手ババァだからにゃ」
「誰がやり手ババァじゃ! 銜え込むなどしておらん、何を考えておるんじゃ」
笑顔から一転してスギナがラグを睨み付けた。
「ラグ! ごめんなスギナちゃん、ラグはいつもこんなのだから…… 」
恒夫が弱り顔で謝った。
双方の機嫌が悪くならないように必死だ。
菜穗が頷くと口を開く、
「言葉は悪いけどやり手ババァってのは大体あってるんじゃない、ずっと年上って言ってたから何百年も生きてるんでしょ? 」
厭そうにスギナが振返る。
「千年以上生きておるから否定はせんがやり手ババァとは酷い言いようじゃな」
「あっ、ごめんなさい、私が言いたかったのはAクラスの能力に経験があるなら完璧じゃないかって事よ」
口は悪いが相手を見るのか菜穗が慌ててフォローした。
ラグが思い付いた様子で話し出す。
「経験か……あたい知ってんぞ、諺にもあるぞ、確か、確か……亀の甲よがりのとし子ちゃんだぞ、何事も経験が大事って事だぞ、亀甲縛りされて初めは嫌がってたとし子ちゃんが経験を積む事によって喜ぶようになった事からできた諺だぞ」
「そんな諺があるか!! 経験が大事って意味の諺は亀の甲より年の功って言うんだ」
恒夫が大声で叱りつけた。
ラグの機嫌を損ねたくないなど言ってはいられない。
「まったく、バカ猫じゃな」
呆れて呟くとスギナが全員を見回す。
「では出発するぞ、周りに気絶したワニを縛り付けておるから襲ってはこんと思うが油断するな、儂は船の操作で手一杯じゃからワニ退治は任せるぞ」
「おう、任せてくれ、乗せて貰った礼にワニは近付けないぜ」
「そうね、私と秀樹くんの魔法があれば充分ね」
秀樹と菜穗が自信ありげにこたえた。
恒夫が指示を出す。
「それじゃ、秀樹は左、菜穗さんは右を任せる。俺とラグは後ろを見張ってるから栄二はスギナちゃんと前で降りやすい岸を指示してくれ」
「オッケーだ」
乗せて貰う立場なので秀樹たちは素直に従って船の前後左右についた。
「みんな任せたぞ、あたいはトカゲ嫌いだからにゃ」
いつもは強気のラグだが今は恒夫の背に隠れている。
「ふむ、では発進じゃ」
スギナの声に反応するように船が進み始めた。
結構な流れのある大河を斜めに船が進んでいく、どうやって進んでいるのか気になった恒夫がひょいっと顔を出して船の周りを見る。
「成る程な、歩いたのと同じか」
船の底から伸びた太い蔓が櫓となって水を漕いでいた。
途中何度か大ワニが襲ってきたが秀樹と菜穗が魔法で撃退してくれたので無事に対岸に着く事ができた。




