第六十八話 「恒夫とラグと」
恒夫は秀樹たちが追い付いてこないようにジャングルの中を走っていた。
「ツネ、ここ足下悪いから気を付けろ! 」
先を走るラグが振り向きもせずに注意する。
「了解だ。ラグも気を付けてな」
「にゃははははっ、あたいは耳も鼻もいいぞ、周りの気配はわかるから安心して付いてこい」
獣人のラグを先に行かせる事で恒夫は比較的安全に走る事ができた。
「ラグがいて助かったぜ、これ以上秀樹に絡まれるのは面倒だからな」
付き合いの長い秀樹と栄二だ。
一緒に行くのを拒まれた二人が勝手に付いてくる事くらいは想像できた。
それで追い付かれないようにラグを先導させて走り距離を広げたのだ。
先を跳ぶように走っていたラグがバッと止まる。
「どうした? 」
「あそこにトラがいるぞ」
ラグが指す方を見るが恒夫にはトラの姿は映らない。
「魔法で追い払うか? 」
魔法銃を構えた恒夫をラグが止める。
「止めろ、トラは頭が良いから襲ってこないぞ、あたいの方が強いってわかってるからな、だからあたいの後についてゆっくり歩け、ツネ一人だと食われるぞ」
ラグが恒夫の腕を掴んだ。
「食われるなんてごめんだ。ラグがいてくれて本当に助かるぜ」
ラグの腕に縋り付くようにして恒夫が歩き出す。
トラの姿はまったく見えないが動物園で見たトラを思い出して完全にビビっている。
「もう大丈夫だぞ」
7メートルほど進んだところでラグが振り返る。
釣られるように恒夫も後ろを向いた。
「うわっ! 」
恒夫の体が一瞬で硬直した。
右の藪から大きなトラがのっそりと出てきて今通ってきた獣道を反対側に歩いて行った。
「やべぇ、あんなデカいのがいたのに全然気付かなかったぜ」
直ぐ近くを通ったのに姿どころか気配さえ感じなかった事に恒夫は驚いて顔面蒼白だ。
「まったく人間はダメだにゃ、そんなんでよく生き残って来れたな、あたいは気配はもちろん匂いで一発でわかったぞ、獣人なら当たり前だぞ」
「マジでダメだと思うぜ、魔法銃持ってても怖いからな、トラの姿見ただけでビビって固まったからな、ラグの御陰で助かったよ、ラグ様々だ」
秀樹たち大丈夫かな……、
人間だけでジャングルを進む秀樹たちの事が頭に浮んだ。
ラグが恒夫の背をバンバン叩く、照れた時や嬉しい時にする癖のようなものだ。
「にゃははははっ、ツネはあたいの家来だからにゃ、あたいがついてるから大船に乗った気でいろ、ジャングルなんてあたいの庭みたいなもんだからにゃ」
爆乳をブルンと揺らしてラグが自慢気に胸を張る。
「頼むぜ、ラグの家来になって良かったぜ」
お世辞でなく自然と口から出た。
音も無く忍び寄るトラに襲われていたらと考えるとゾッとした。
少しおバカと思っていたラグがここまで頼り甲斐があるとは予想以上である。
「ここまで走ったらもう秀樹たちは追いつけないだろう、ここからはゆっくり行こうぜ、食べ物や水を探さないといけないしな」
言い終わると水筒の水を飲む、ここまで何度か飲んで水筒には半分も残っていない、走ったのでその分余計に消費した。
「近くに水の匂いは無いぞ、あたいは水より腹減ったぞ」
一口水を飲むとラグは乾燥肉を咥えた。
ラグの水筒の水は殆ど減っていない、獣人という事もあるが日頃の生活の違いが大きい、少し走っただけでバテる恒夫と比べるのは間違いだ。
「大きな蔓もいっぱいあるし水はどうにかなりそうだ。バナナの葉みたいなのがあるから実がなってたら焼くか煮るかすれば食えるだろ」
「あたいは肉が食いたいぞ、肉肉お肉~焼き肉だぁ~~♪ 」
乾燥肉を咥えながら変な歌を歌うラグに恒夫が呆れた声を出す。
「乾燥肉とレバーパテの缶詰は全部ラグにやるからイベント終わるまでそれで我慢してくれ、町に行ったら好きなだけ奢るからさ」
ラグの猫耳がピンッと立った。
「うにゃん? 食い放題だぞ、肉食い放題のフルコースだぞ」
「食い放題でもフルコースでも何でも好きなだけ奢るからジャングルの中では我慢してくれ」
「にゃへへへへっ、わかったぞ、我慢したら後で旨いからにゃ、んじゃ出発だぞ」
上機嫌のラグについて恒夫も歩き出す。
走っていた先程までと比べると足は楽だが纏わり付く湿気と熱気で気分は良くない。
「肉肉お肉ぅ~焼き肉だぁ~~♪ ピチピチ魚ぁ~お刺身だぁ~~♪ ぼそぼそサラダは食べないぞぉ~~♪ 」
変な歌を歌いながらラグが元気に歩いている。
完全に遠足気分だ。
ラグに頼りっきりなので声を出すなとも言えずに恒夫は辺りをキョロキョロしながらついていく。
「ジュウジュウお肉ぅ~焼き肉だぁ~~♪ モクモク煙ぃ~~焼き魚ぁ~~♪ ベチョベチョトマトは大嫌いぃ~~♪ んにゃ!? 」
ラグが止まった。
「どうした? 」
恒夫が何事かと見るとマジ顔をして前のバナナのような草が生えている場所を指差した。
「あそこにいるぞ、デカい熊だぞ」
「熊? ジャングルに? 」
恒夫は動植物に詳しい、熱帯地方のジャングルに大型の熊など居ないのは知っている。
「今見せてやるぞ」
言うが早いかラグが魔法を使った。
「ハラペーニョファイヤー 」
バナナの藪に炎が向かう、
『ぐがぅぅ! 』
唸りを上げながら大きな生き物が飛び出してくる。
「うわっ、マジだ。マジで熊だ」
動物園で見た事のあるツキノワグマよりも二回りほど大きな熊を見て恒夫が叫んだ。
『ぐががぅうぅ! 』
恒夫のビビり声に興奮したのか両腕を上げて熊が立ち上がる。
大きい、3メートルを優に超える大熊だ。
「あたいが相手だぞ」
ラグがサッと恒夫の前に出る。
『ががぅ! 』
大熊が高く上げた腕をラグに向かって振り下ろす。
ラグは避けるどころか大熊の懐に飛び込んだ。
「キツツキパァ~~ンチ! 」
元気な叫びが聞こえて同時に大熊が仰向けに倒れていく、そこにラグの姿は無い。
援護しようと魔法銃を構えていた恒夫が声を掛ける。
「ラグ? どこだラグ? 」
「ここだぞ」
ラグは木の上にいた。
「デカい熊だからな、跳ねながらキツツキパンチを喰らわせたら倒れる時に捕まえようとしやがったからそのまま跳んで木に登ったんだぞ」
「よかった…… 」
恒夫がほっと胸を撫で下ろした。
大熊の下敷きにでもなっていたら大変だと思ったのだ。
視線を倒れている大熊に移す。
「死んだのか? 」
「気を失ってるだけだぞ、ツネが殺すなって言っただろ、だから爪を引っ込めたキツツキパンチを使ったぞ」
「殺してないのか良かった。ありがとうラグ、俺の言った事守ってくれたんだな」
木の上からラグがポンッと降りてくる。
「にゃははははっ、できるだけ殺さないっていうツネの優しいのは好きだぞ」
照れたラグが恒夫の背をバンバン叩く、
「でも流石ラグだな、大熊も形無しだ」
「にははははっ、キツツキパンチは連続パンチだからにゃ、爪を伸ばせば熊の腹に穴が空いてるぞ、今のは爪を引っ込めたからショックで気を失ってるだけだぞ」
背をバンバン叩くラグの腕を掴んで恒夫が正面で向き直る。
「トラは何もしてこなかったのに何で熊は襲ってくるってわかったんだ? 」
「犬や猫と違って熊はバカだからな、腹が減ると自分より強い相手にも向かって行くんだぞ」
「いや、熊は犬と霊長類の間くらいの知能だって聞いたぞ、まあ腹が減ったら見境無しに襲ってくるのは他の猛獣と同じだと思うけどな」
否定する恒夫を見てラグがニヤッと嫌な笑みをする。
「襲われたら大変だぞ、トラやライオンは獲物を殺してから食うけど熊は生きたまま食うからな、ツネがもし熊に掴まったらモシャモシャ食われてるの感じながら死んでいくんだぞ」
「やっ止めてくれ! 食われながら死ぬなんて考えただけでゾッとするわ! 」
「にゃははははっ、ツネはハゲがテカテカ光って脂がのって旨そうに見えるんだぞ」
ブルッと震える恒夫を見てラグが満足そうに笑った。
「脂なんか乗ってるか! 薄いだけだからな、帽子買っとけばよかった。頭何度か蚊に刺されたし…… 」
迷惑顔の恒夫の薄い頭をラグがモシャモシャ触る。
「んじゃ行くぞ、肉肉お肉ぅ~焼き肉だぁ~~♪ ツネは熊に丸齧りぃ~~♪ ツルツル頭を丸齧りぃ~~♪ 」
「止めろ! 変な歌に俺を出すな、丸齧りになる前に助けてくれ」
ニコニコ顔のラグと弱り顔の恒夫が歩き出す。
少し開けた場所に出る。
大きな木が枯れて倒れてできた空間だ。
ジャングルの所々にあり唯一地面まで日の当たる場所だ。
あちこちに小さな木が生えているので直ぐにここも鬱蒼としたジャングルに覆われていくだろう。
「今日はここで休もう、水の補給もしないとな」
「にゃん? もっと先に進んだほうがいいぞ、さっさとジャングル抜けてゴールするぞ」
不服そうなラグの前で恒夫がマップを広げる。
「ラグは今どこに居るのかわかってるのか? 」
「うにゃ? そんなのわかるわけないぞ、ここ真っ直ぐ行けばゴールだぞ、ゴールまで真っ直ぐ行けばいいだけだぞ、あたいの野生の感が真っ直ぐ進めって言ってるぞ」
ジャングルの奥を指差すラグの手を恒夫が掴む、
「真っ直ぐ行けばいいってそっちじゃ無いからな、すこしズレてるからな、ラグの指す方に進んだら500メートル以上ゴールからズレるからな」
「んにゃ!? そんじゃツネは何処にいるのかわかってるのか? 」
ラグがプクッと頬を膨らませた。
抱き寄せて頭を撫でたくなるような可愛い顔だ。
「わかってるよ、俺には野生の感が無いから考えながら歩いてるからな」
恒夫がマップの上にコンパスを置いた。
「今の場所はここだ。ラグの後ろを走ってきたからゴールへの最短ルートからは少し外れてるけど先に進んでいるのは確かだ。藪の中を進んで修正するのは嫌だからこのまま獣道を真っ直ぐ行って川に出てから川沿いにゴールまでの最短コースに修正しよう、マップで見ると川の両岸は少し開けているみたいだからジャングルの中を歩くよりはマシだ」
マップを指差して教える恒夫を見てラグの膨れた頬が萎んでゆく、
「ツネは凄いにゃ、あたいはそんなの全然わからないぞ、真っ直ぐゴールに行ってると思ってたぞ、難しいのはツネに任せるぞ」
「任せてくれ、戦いはダメだけどそれ以外で役に立つからさ」
「わかったぞ、あたいら良いコンビだぞ」
ニッコリ笑うラグを恒夫は自然と抱き寄せていた。
「ああ、良いチームだ。勝ちを狙えるチームだぜ、その為にもスギナちゃんを誘わないとな」
「了解だぞ、勝つためにちびっ子が必要なんだな、ツネが言うなら間違いないぞ」
笑顔のラグの頭を恒夫がポンポン叩く、
「ラグはポジティブだな、でも気を付けろよ、前向きなのはいいが油断だけはするな足を掬われるぜ」
「油断はしないぞ、これでもチャトラン族の戦士だぞ、ツネは慎重すぎるぞ」
恒夫に頭をポンポンされて気持ち良さそうにラグが見上げる。
「俺は油断できるほど賢くも強くもないんだ。だから慎重になると言えばいいが言葉を代えるとネガティブになっちまう、今までそれでやってきたからそれなりに正しいんだと思う、でもチャンスを逃した事も何度もあるからな、だからポジティブなラグと組むと丁度良いんだ」
あいつら大丈夫かな……、言いながら秀樹の事を考えていた。




