第六十九話
休む場所を決めた後の恒夫の行動は早かった。
近くの藪の中へと入り木に絡まっている蔓を何本も切り始める。
「何してるんだ? そんなの食べれないぞ」
「水だよ、植物が溜めてる水を集めるんだ」
不思議そうな顔で訊くラグに恒夫が蔓を切りながらこたえた。
「おぅ、水だ。水が出てきた。この蔓か、葉っぱの形とか覚えておこう」
切った蔓からポタポタと流れ出る水を見て恒夫がほっと安堵した。
水を含んでいる蔓があるのはテレビで見て知っているが種類までは知らないので片っ端から切って確かめたのだ。
「おおぅ凄いぞ、でもそんなの飲めるのか? 草の苦い味しないのか? 」
ラグの言う通りだ。
飲めなくては意味が無い、毒があるかも知れないと恒夫は怖々と口に運んだ。
「んん、飲める。全然草っぽく無いぜ、苦いとかは全く無い、言われてみれば少し木の汁って感じがするけど結構イケるぜ」
恒夫が水を滴らせる蔓を差し出す。
鼻に近付けて匂いを嗅いだ後でラグが恐る恐る蔓から出る水を口に含んだ。
「 ……本当にゃ、普通の水だぞ、飲めるぞ、凄いなツネ、何でも知ってるんだにゃ」
「俺も知識として知ってるだけで旨くいくとは思わなかったよ」
恒夫が薄い頭を掻いて照れまくっている。
「これで水の心配は無くなったぞ、蔓ならいっぱい生えてるからな」
「そうだな、取り敢えず同じ蔓を切って水筒と鍋にいっぱい水を溜めよう」
近くに生えていた同じ蔓を切って自分の水筒とラグの水筒、それに飯盒のような鍋二つに水が溜まるように蔓をくくりつけた。
水を溜めている間に薪を探す。
湿度の高いジャングルでは落ちている木は殆どが湿気っていて口火として使えないが立ち枯れている木の枝をラグが登って取ってきてくれたのでどうにか火を起こす事ができた。
もちろん魔法などは使わない、魔法銃の弾と一緒に普通の弾を幾つか買っていたのでバラして火薬を取り出し雷管を石で叩いて発火させて火は起こす事ができた。
「そろそろ水は溜まってるかな」
火をラグに任せて恒夫が水の確認に行く、
「水筒はまだだが鍋二つ分に溜まってた水を足せばスープくらい作れるぜ」
水の入った鍋を持って恒夫が戻ってきた。
水筒ともう一つの鍋はそのまま水が溜まるように蔓にくくりつけたままだ。
これで水の確保はできた。
水筒2本分あれば明日一日は持つだろう。
「ツネは料理できるのか? あたいは丸焼きは得意だぞ」
「丸焼きは料理って言うのか? 俺は料理はそれなりだ。前のゲームも栄二と秀樹に任せっきりだったからな」
「大丈夫にゃのか? 食えるものを作るんだぞ」
「どうにかなるさ」
不安気に見つめるラグの前で恒夫が調理を始める。
鍋を焚火に掛けて町で買った乾燥肉とパスタのような麺を入れる。
味付けは塩と胡椒と此方の世界の人が使うソースのような調味料だ。
乾燥肉からも出汁が出るので旨くはないがどうにか食べられる物ができそうだ。
「茹で上がるまでに寝床でも作るか」
いつの間にか辺りは薄暗くなっている。
開けた場所なのでまだ辺りを見回せるがジャングルの中は真っ暗だ。
ラグに手伝って貰って木の蔓や枝を沢山集めると木の上に寝床を作った。
「鳥の巣みたいだぞ、でも虎や狼に襲われないぞ」
木の上に寝床を作る意味はラグも理解している様子だ。
「でも熊がいるのは想定外だ。あいつら木登り得意だからな」
言いながら寝床の下の地面にそこらの枯れ草や枝を集めて火を付けた。
「にゃん? 床下暖房か? 暑いからいらないぞ」
「誰が床下暖房だ。煙で燻して虫を追い出すんだ。じっくり燻せば朝までダニとか虫が寄ってこなくなる」
ラグが集めた枯れた枝では無くそこらに落ちている湿気った葉や枝を使ったのは煙が沢山出るようにだ。
「にゃるほど……ツネは本当に何でも知ってるにゃ」
「褒めるなよ変な気持ちになるだろが、それより飯にしようぜ」
照れながら焚火へと歩いて行く恒夫をラグがじっと見つめていた。
乾燥肉の入った麺とクッキーで簡単な夕食を取る。
「ほら塗ってやったぞ、旨いから食べろ」
ラグが缶詰のレバーパテをたっぷり塗ったクッキーを差し出す。
「1枚でいいぞ、肉は全部ラグが食べろ」
「遠慮すんな、あたいとツネの仲だぞ」
はっきり言って癖のあるレバーパテは苦手だが笑顔で差し出すラグの手前食べないわけにはいかない。
「うぅ、うん、美味しいけどクッキーはもういいや」
恒夫はレバーのたっぷり乗ったクッキーをスープで流し込んだ。
「にゃひひひっ、遠慮するな、もう1枚食え」
自分もパクパク食べながらラグがまたレバーの乗ったクッキーを差し出す。
「ラグは神様に何を願うんだ? ゲームに勝ったら願い叶えてくれるだろ」
クッキーをスープで流し込むと話を変えるように訊いた。
「願い事か? あたいは魔法使いにして貰うんだぞ、大魔法使いにして貰って色んな世界を旅するんだぞ、ツネの世界にも行ってみたいぞ」
大魔法使いは無理だろうな……、
笑顔で言うラグの横で恒夫が苦笑いだ。
「ツネは何を願うんだ? 」
「俺は……まだ決めてなかったな、秀樹と栄二と一緒にゲームができればいいって思って参加しただけだからな」
考える恒夫の顔をラグがニヤッと悪戯っ子のように笑って覗き込む、
「ハゲを治して貰うといいぞ、二度と抜けないように剛毛にして貰うんだぞ」
「そんな事願うくらいなら金貰うからな、植毛手術すればいいからな、命懸けのゲームの商品が剛毛とか嫌だろが」
「にゃははははっ、そんじゃあツネも魔法にしろ、そんであたいと一緒に色んな世界を旅するんだぞ、二人だときっと楽しいぞ」
ラグが笑いながら抱き付いてきた。
「旅か……それもいいかもな」
腕に当たるラグの爆乳が気持ちいい、
「じゃあ決まりだぞ、勝って一緒に魔法使いだぞ」
「そうだな、他に何も思い付かなかったらそうするよ」
魔法使いなんて無理だと思いながらもラグの嬉しそうな顔を見ると言えなくなった。
食事を終えると話題を変えるように恒夫が口を開く、
「明日までに川に行きたい、川を渡るのに筏を作らないとダメだ。半日か一日仕事になるから明日は朝早く出発だ。だから早く寝よう」
「了解だぞ、んじゃ一緒に寝るぞ」
「なん!? ダメだからな」
恒夫は一瞬嬉しそうに顔を緩めたが直ぐにマジ顔になる。
「ラグは上で寝てくれ、猫だから夜目も利くだろ、だから見張りも兼ねて上で寝てくれ」
「そっか、敵が襲ってくるかも知れないからな、わかったぞ」
木の枝に鳥の巣のように作った寝床が上下に二つある。
上にある寝床にラグが飛び跳ねるように登っていった。
「見晴らしが良いぞ、これなら敵が来ても直ぐに戦えるぞ」
「そうだろ、だからラグは上で眠ってくれ、俺は下でゆっくり休むからさ」
恒夫もどうにかよじ登って横になる。
ラグには見張りだと言ったが本当は敵に襲われても怪我をしないように上にしたのだ。
治癒能力を持っている恒夫は猛獣に襲われたくらいなら自己治療できるのだ。
暫く話をしていたがラグが返事をしなくなる。
「寝たのか…………俺は女王様が好きなんだぞ、ラグみたいな小娘じゃなくてさ、それなのに……おやすみラグ」
呟くと恒夫も目を閉じた。
二日目、朝早くから歩き出して猛獣に追われながらも川の手前まで辿り着くことができた。
川を渡ればゴールは直ぐだ。
だが川を渡るのが最大の難関と言ってもいい、川幅は優に100メートルを超える。
ワニのような猛獣が浮かんでいるのも見えた。
水中には何が潜んでいるのかわからない、獰猛な肉食魚や毒をもつ魚がいるかもしれない、筏を作るしかないが流れもある大河を渡る筏となると経験の無い恒夫には一日仕事だ。
「マジかよ、デカいのは分かってたけど想像以上だ。これじゃあ、深さもかなりあるぞ」
「魔法で飛んでいければ簡単なのにな…… 」
高台から川を眺めて恒夫とラグが険しい顔だ。
「取り敢えず上流へ行こう、木と蔓で筏を作らないとな」
「ツネは筏も作れるのか? やっぱ凄いぞ」
「作った事なんて無いぞ、サバイバルの本を読んで知識として持ってるだけだ。それも半分忘れてるから殆ど感で作るようなものだぜ」
「にゃんだ。当てずっぽうだぞ」
感心顔から一転してラグがじとーっとした目だ。
「当てずっぽうで悪いかよ、筏なんて丸太を繋ぎ合わせれば何とかなるもんなんだよ」
そっぽを向くと恒夫が歩き出す。
「にゃははっ、怒るにゃよ、一人で行くと迷子になるぞ」
「迷子になるのはラグだろ、先行ってくれ、また熊とかトラがいたら頼んだぞ」
迷惑顔で振り返る恒夫の脇をラグが通っていく、
「あたいに任せろ、ツネのハゲはあたいが守るぞ、熊に丸齧りなんてさせないからな、ツネのハゲはあたいがモシャモシャするためにあるんだぞ」
「ハゲじゃねぇ! ラグに触らせるための頭でも無いからな」
怒る恒夫に構わずラグが歩いて行く、
「肉肉お肉ぅ~焼き肉だぁ~~♪ ピチピチ魚ぁ~お刺身だぁ~~♪ ツルツル頭ぁ~ツネ頭ぁ~~♪ モシャモシャ頭ぁ~ツネ頭ぁ~~♪ 」
脳天気な声で歌うラグに後ろから恒夫が怒鳴る。
「変な歌に俺を組み込むな!! 」
「変じゃないぞ、あたいが好きなものの歌だぞ」
「好きなものって…… 」
先を行くラグの背を恒夫が見つめた。
「そだぞ、気に入ったのと嫌いなのを歌うんだぞ」
振り向きもせずに言うとまた歌い始める。
「肉肉お肉ぅ~焼き肉だぁ~~♪ ピチピチ魚ぁ~お刺身だぁ~~♪ ぼそぼそサラダは食べないぞぉ~~♪ ジュウジュウお肉ぅ~焼き肉だぁ~~♪ モクモク煙ぃ~~焼き魚ぁ~~♪ ベチョベチョトマトは大嫌いぃ~~♪ ツルツル頭ぁ~ツネ頭ぁ~~♪ モシャモシャ頭ぁ~ツネ頭ぁ~~♪ 」
「どんな歌だ。まったく………… 」
俺は好きなものなのか嫌いなものなのかどちらなんだろう? 聞こうとしたが止めた。
嫌いだと言われるのはもちろん好きだと言われても今の良い雰囲気が崩れそうな気がしたのだ。




