第六十一話
暫く走っていたがラグが手を広げて恒夫を止めた。
「止まれ! ヤバいぞ」
「どうしたんだ? 」
「血の匂いだぞ、一人二人じゃない、数人の血の匂いがするぞ」
「血の匂い? この先で誰か争ってるって事か…… 」
ラグのマジ顔に恒夫の顔も強張っていく、
「だぞ、近付いて確認するぞ」
「そうだな、草に隠れていこう」
膝ほどの高さの草木に隠れるようにしゃがむと二人は先へと進んでいった。
2メートルほどの大きなシダ植物が先を塞いでいる。
「ぐぎゃぁあぁ~~ 」
悲鳴が聞こえて恒夫がシダ植物を掻き分けて覗くように顔を出した。
「あれは…… 」
恒夫が絶句した。
「全部あいつがやったんだぞ、なんてヤツだ」
隣で同じように顔を出して見ていたラグが顔を顰める。
15メートルほど先に長髪の魔族がいた。
その前にリザードマンとカミキリムシのような昆虫人間がいる。
よく見えないが周りの草むらには獣人や昆虫人間らしきものが数人倒れている。
その全てが血に染まっていた。
「魔族かよ」
恒夫が顔を引き攣らせる。
熊と牛の獣人との争いで肝心の魔族の事を忘れていた。
リザードマンが杖を振ると魔族の周りに炎の柱が立つ、
「ギシャシャーーッ 」
カミキリムシのような昆虫人間が羽を広げて魔族に飛び掛かる。
チームメートだろうか二人の息はピッタリだ。
長髪の魔族が髪を撫でるような優雅な動きで手を振る。
次の瞬間、飛び掛からんとしたカミキリムシの身体が四散した。
「くそっ! 」
叫びと共にリザードマンが魔法の杖を振る。
バチバチと雷光をあげる電気の塊が長髪魔族にぶち当たった。
「やったにゃ」
見ていたラグが思わず声を上げるほどのクリーンヒットだ。
「痒いですね、トカゲだと思っていたのですが蚊か何かですか? 」
長髪の魔族が手で身体を払うと纏わり付いた雷光がすっと消えた。
「化け物め!! 」
恐怖を張り付けた顔でリザードマンが叫んだ。
「褒め言葉と取っておきましょう、しかし柔ですね、貴方たちの方から仕掛けて来たんじゃないですか、もう少し楽しませてくださいよ」
魔族がリザードマンに近付いていく、
「たっ、助けてくれ、何でもする。あんたの部下になる。だから助けてくれ」
リザードマンは完全に戦意喪失だ。
「私を倒せばこの先楽になると言って皆さんで仕掛けてきたんじゃないのですか? 一人だけ助かるなんて虫がいいとは思いませんか? 」
「助けてくれ……頼む……何でもするから…… 」
「何でもするのですね」
リザードマンがバッと顔を上げる。
「ああ、何でもする。何でもするから…… 」
「では死になさい」
魔族の前でリザードマンの身体が破裂して四散した。
「自分たちから仕掛けたのか……バカな事を………… 」
言葉を詰まらせる恒夫の腕をラグが引っ張る。
「あんなの反則にゃ、勝てるわけないぞ」
「同感だ。このまま隠れて回り込んでいこう」
「わかったにゃ、あたいもあんなのと戦いたくないからな」
恒夫とラグが大きなシダ植物の後ろに下がっていく、そのまま迂回しようとした二人の後ろから声が聞こえた。
「何処へ行くんです? ゴールはこの先ですよ」
「くそっ、見つかったにゃ」
ラグがバッと後ろに飛び跳ねるようにして立ち上がる。
恒夫も慌てて前に走ってから振り返ると大きなシダ植物の前に長髪の魔族が立っていた。
「こうなったらやるしかないぞ、ツネ魔法銃で援護頼むぞ」
「ダメだラグ、敵うわけない、逃げるぞ」
「逃げれるわけないぞ、こいつが逃がしてくれると思うか? 」
ラグが爪を長く伸ばして構える。
「逃げ回って殺されるより戦って死を選ぶぞ、チャトラン族の戦士だからな」
恒夫が駆け寄って抱くようにしてラグを止める。
「ダメだ!! 戦うな! 」
「んにゃ、あたいに命令するな! このイベントだけ組んでやっただけだぞ」
ラグが乱暴に恒夫の腕を振り解いた。
「わかってるって、命令じゃなくて頼んでるんだ。ラグは俺よりずっと凄いからな、俺が家来になるからさ、家来の頼みも利いてくれよ」
ラグの向かいで恒夫が手を合わせて拝むようにして頼んだ。
「ふにゃ? 家来か……にゃへへ、それならいいぞ、頼みって何だ? 」
元が単純なのか気紛れ猫の性格からかラグが戦闘態勢を解いた。
「魔族の相手は俺に任せてくれ、考えがある。ラグは危なくなるまで手を出さないでくれ」
「わかったぞ、何かあっても死ぬのはツネオだけだからな」
「嫌な事言うなぁ…… 」
顔を歪めると恒夫は懐から無敵札を取り出した。
「おおぅ、無敵札だぞ、そんなの持ってたのか、それがあれば勝てるぞ」
ニパッと顔を明るくするラグに頷くと恒夫が魔族に向き直る。
「魔族さんも知っているだろ、これは無敵札、15分間無敵になれる。俺とラグの力が5倍になる。魔族を殺せるなんて思っちゃいないがそれなりのダメージは与えられると思う、でもこの場であんたの恨みなんて買いたくない、だから提案がある」
今まで無表情だった魔族の眉がピクッと動いた。
「提案ですか? 」
いつでも無敵札を使えるように構えながら恒夫が続ける。
「このイベントはポイントの取り合いでもない、ましてや殺し合いでもない、だから俺たちを見逃してくれないか? 」
「取引ですか? 魔族と取引するとどうなるかわかっているのですか? 」
「取引じゃない、頼んでいるんだ」
恒夫がその場に土下座をした。
「にゃっ! ツネオなにする! こんなやつ15分あればやっつけられるぞ」
バッと爪を伸ばすラグを恒夫が押さえつけて止める。
「止めろ! ラグは確かに強いけど相手が悪い、ここは俺に任せてくれ、頼む」
「何言ってんだ! 15分無敵だぞ、魔族だろうが何だろうが倒せるぞ」
「ダメだ。さっきから俺たちがいる事は全部バレてたんだ。15メートルも離れているのに話しが聞こえたのは何でだ? ビビって叫んでいたリザードマンはともかく、魔族さんは俺たちに聞こえるようにわざと声を大きくしてたんだ。殺すのならいつでも殺せた。それをしなかった。だから話しくらいは聞いてくれるはずだ。だから俺に任せてくれ」
必死の形相を見てラグが伸ばした爪を引っ込める。
「勝手にしろ、せっかく無敵札があるのに……あたいは知らないからな」
プイッとそっぽを向くラグを見て安堵すると恒夫がまたバッと土下座をした。
「あんたたち魔族に叶うなんて思っちゃいない、偉そうに取引なんてできない、だからこの通り頼んでるんだ。頼む、見逃してくれ」
無表情だった魔族が声を出して笑い出す。
「フフッ、フフフフッ、バカばかりだと思っていたのですが人間にも賢いものがいるのですね、名前を聞いておきましょう」
恒夫が土下座したまま顔だけを上げる。
「城道恒夫と言います」
「城道……呼びにくいですね、恒夫と呼びましょう」
愉しそうに微笑みながら魔族が頷く、
「わかりました。この場は譲ります。私はハオロ、魔族のハオロと申します。貴男の事は気に入りました。覚えておきましょう恒夫」
ハオロが長髪をサッと掻き上げてフッと姿を消した。
上半身を起こすと恒夫がその場にへたり込む、
「たっ、助かったぁ~~ 」
「なんで戦わなかった? 無敵札だぞ、15分あればツネの魔法銃とあたいの怪力と魔法があれば勝てたぞ」
ラグが不服そうに恒夫の薄い頭をモシャモシャ弄る。
「勝てただろうな……でも殺せなきゃ、このゲームから排除できなきゃ意味が無い、まだ先は長いんだ。次に会ったらどうする? 俺が魔族なら執拗に狙うぜ、そんなの御免だ」
普段なら薄い頭を触られると払うのだが気が抜けたのかラグの弄るままにさせている。
「あの様子じゃ次も助けて貰えそうだ。だから今回はこれでいいんだよ」
恒夫が立ち上がる。ラグも頭から手を離す。
「魔族だからな、無敵札あってもツネの魔法の銃とあたいの怪力と魔法のペンダントの低級魔法じゃ殺すまでいけないな、今日のところは仕方ないって事だな」
「そういう事だ。命があっただけで由としようぜ」
恒夫がニヤッと悪い笑みをして続ける。
「それに200ポイント貰えるぜ、他の奴らは全滅したみたいだしな」
ラグの顔がパッと明るくなる。
「うにゃ! そっか、魔族と沼で溺れてるバカ熊と牛以外はここでみんな倒れてるぞ、あたいらが二番だぞ、二番でゴールは200ポイントだぞ、一人100ポイントだぞ」
「そういう事だ」
「やったぁ~~、二番で充分だぞ、んじゃ早くゴールするぞ」
大喜びのラグが恒夫の腕を引っ張って走り出す。
「ちょっ、ラグ、ゆっくり行こうぜ、走り続けて限界だ」
「まったく、人間はダメだなぁ~~ 」
立ち止まって振り返るラグに恒夫がマジ顔で話しをする。
「それとな、イベント終わったらまた別行動になるだろうから言っておく、魔族と戦うのは殺せると思った時だけだ。それ以外は逃げろ、場合によっちゃイベントの棄権もしろ、ラグが強いのは知ってる。でも魔族はレベルが全く違う、ラグが死ぬのなんて俺は嫌だぜ、このゲームは一番にならなくてもいいんだからな、いかにポイントを溜めるかだけを考えればいい」
ラグがバッと恒夫に抱き付いた。
「別行動にはならないぞ、あたいとツネは仲間だからな」
「なん!? それじゃ、ずっとチーム組んでくれるのか? 」
「何言ってんだ? ツネはあたいの家来だぞ、さっき言ってたぞ家来になるって」
思い出して恒夫がハッとする。
ラグを止めようと必死で口から出ただけだ。
「本当に組んでくれるのなら家来でも何でもなるよ、ラグは美人だしな」
美人と言われてラグの猫耳がぴくぴく動く、
「にへへへへっ、人間は嫌いだけどツネは狡賢くて役に立つぞ、さっきもお前と組んでなかったらリザードマンみたいに殺されてるぞ、だからこれからもよろしくな」
ラグが恒夫の頬にキスをした。
「なっ!? 俺の方こそよろしく」
顔を真っ赤にして照れた恒夫が薄い頭を掻き毟る。
「んじゃ早くゴールしてシャワー浴びに行くぞ」
「だな、泥が固まって痒くなってきたよ」
二人並んで走り出す。
恒夫がふと空を見上げる。
秀樹と栄二はどうしてるかな……、眩しいくらいの青空が広がっていた。




