第六十話 「障害物競走」
秀樹たちが戦闘イベントを行っていた頃、恒夫もイベントで戦っていた。
猫女ラグと組んだ恒夫が挑んでいるイベントは障害物競走だ。
だが只の障害物競走では無い、他の参加者の妨害を行ってもいいというルールだ。
つまり参加者そのものも障害の一つなのである。
数々の障害物を越えて他の参加者と戦いながら10キロ先のゴールを目指すのだ。
参加者11名、チームにすると5チームが参加するイベントだ。
一番にゴールしたチームに300ポイントが付く、二番には200ポイント、他はゴールできたチームに50ポイントが付く、途中棄権したチームは0ポイントだ。
獣人や昆虫人間はともかくスタート地点で見たAクラスの長髪優男の魔族が参加しているのに恒夫は注意していた。
「待ちやがれ! 」
熊のように大きな獣人とバッファローのような大きな角を生やした獣人が恒夫とラグを追っている。
「待てと言われて待つバカがいるかよ」
ゼイゼイと肩で息をつきながら恒夫が言い返す。
必死で走り続けて顔は真っ赤なのに唇は青くなっている。
平地や森林だったら直ぐに追いつかれていただろう、だが今逃げている場所は足場の悪い沼地だ。
背が低く体重の軽い恒夫は草の茎を足場にして旨く走っているが大型の獣人たちはぬかるみに足を取られて追いつけない、素早さが十八番のラグは言うまでもない、平地だろうと森だろうと大型の獣人に追いつかれる事など有り得ない。
「 ……でも、そろそろやばい………… 」
泣きが入った恒夫の前にラグがやってくる。
無作為に逃げていたのではないラグを先に行かせて様子を探っていたのだ。
「ツネェ、あっちに泥沼があるぞ」
全身バネのような運動神経抜群のラグは息一つ切らせずケロッとしている。
ラグは恒夫の事をツネと呼ぶ。
「沼か……どんな沼だ? 」
並んで走りながら恒夫が訊いた。
「泥沼だぞ、嵌まったら出られなくなるから避けて向こうに逃げたほうがいいぞ」
「泥沼か…… 」
走り続けて苦しそうな恒夫が悪い顔をしてニヤッと口元を歪める。
話し込んでスピードが落ちたのか獣人たちが追い付いてきた。
「人間に付くなんて獣人の面汚しめ! 」
熊のような獣人にバカにされてラグが足を止めて振り返る。
「んだと! あたいは雇われただけだ。百万ギギルでこのイベントのボディガードするって約束だぞ、仕事で組んでんだ。文句言われる筋合いは無いぞ」
「そうかよ、じゃあ、人間と一緒に殺してやるよ」
バッファローのような獣人が走る速度を速めた。
「にゃんだと! やれるもんなら…… 」
爪を伸ばして戦う気満々のラグを後ろから抱くようにして恒夫が止める。
「はにゃ!? 何すんだ。変なとこ触るな」
「いいから走れ! 」
疲れているのも忘れて恒夫がラグの腕を取って走り出す。
「あんなヤツやっつけてやんぞ、あたいはチャトラン族の戦士だぞ」
「相手するなラグ、それより頼みがある」
並んで走るラグに恒夫が顔を近付ける。
「にゃん? そんな事出来るのか? 」
「たぶんな、失敗しても俺は泳ぐの得意だ」
話を聞いたラグの猫耳とショートパンツから伸びた尻尾がピンッと立った。
「にゃひひひひっ、面白いぞ、んじゃ行ってくるぞ」
「頼んだぜ、走り回るのもう限界だ」
へとへとの恒夫を置いてラグが跳ぶように走って行った。
逃げ回っていた恒夫の元へ笑顔のラグがやって来る。
「言われた通り枯れ木をいっぱい突っ込んできたぞ、大きなの無かったぞ、細いのばっかだ。あたいも乗ってみたけど沈んでいくぞ、あれで旨く行くのか? 」
「沈むのは計算の内だ。そうじゃないと彼奴らから逃げられない、泳ぐの得意って言っただろ、浮き輪になるものがあればいい、細い木なら彼奴ら沈んで俺だけが浮き輪にできる」
「にゃるほど、ツネは狡賢いにゃ」
悪戯っ子のような可愛い笑みを見せるラグの隣で恒夫が薄い頭を掻く、
「そんなに褒めるなよ、んじゃ行くぜ」
「こっちだぞ」
ラグに案内されるように逃げる方向を変えた。
「てめぇら待ちやがれ!! 」
「クソ人間とクソ猫が! 直ぐにぶっ殺してやるからな」
熊のような獣人とバッファローのような獣人が追ってくる。
暫く逃げると沼が見えてきた。
「あそこからあっちへ渡れるように枯れ木を突っ込んであるぞ」
ラグが沼の右から左を指差した。
恒夫が目を凝らしてみると枯れ木が扇状に浮んでいるのが見えた。
「やってみるか、ラグは向こうへ行っててくれ、失敗したら逃げるための援護頼む」
「了解だぞ、バカ熊とバカ牛は引っ掻いてやりたいって思ってたところにゃ」
恒夫と別れてラグがバッと左へ走っていった。
「クソ猫が!! 」
熊がラグを追いかけようとしたのを見て恒夫が大声を出す。
「図体だけのバカ熊が! 殺せるものなら殺してみろよ、お前のようなバカにやられるかよ」
「てめぇ!! ぶち殺してやる! 」
牙を見せて叫ぶと熊が突進してきた。
「待て! 沼があるぞ」
バッファローのような獣人が大声で止める。
「何ビビってんだクソ牛が、沼じゃなくて只の泥だ。そんなのもわからないのかよバカ牛が」
「貴様ぁーーーーっ、手足引っこ抜いてバラバラにして殺してやる」
バッファローが顔を真っ赤にして足を速める。
「やべぇ! 」
直ぐ前の泥沼を目指して恒夫が全力で走り出す。
泥沼に浮ぶ枯れ木に恒夫が飛び乗る。
「うおぅ、やべぇ」
近くに浮んでいたもう1本の枯れ木にも足を掛けてどうにか浮ぶ事ができた。
「1本じゃ沈むな、バランスも取れないし、2本ずつ使っていこう」
片足ずつ慎重に枯れ木の上を歩いて行く、
「待ちやがれ! 」
熊の獣人が恒夫を捕まえようと飛び掛かる。
「ぶっ殺してやる」
後ろからバッファローの獣人も泥沼に飛び込んできた。
「うわぁおう! 」
飛び込んだ二人の衝撃でバランスを崩した恒夫が沼に落ちた。
腰まで泥に埋まった恒夫が必死で枯れ木に掴まる。
「泥沼って言うか底なしじゃないか」
どうにか立とうと足で探るが底が無かった。
どろっとした粉の中に浸かっている感触だ。
「枯れ木伝いに行くしかないか」
胸の辺りまで泥に浸かりながらラグが置いてくれた枯れ木伝いに岸へと戻っていく、
「うぉ、沈む…… 」
「なん!? 泥じゃねぇ、沼だ。騙しやがったな」
後ろで熊とバッファローが泥の中でもがいていた。
どうにか岸まで辿り着いた恒夫の元へラグがやって来る。
「にひひひひっ、旨くいったぞ、ツネの作戦勝ちだぞ」
息をつきながら岸に上がると恒夫も振り返る。
「へっへっへっ、ざまーみろ! 」
泥の中でもがく二人を見て疲れがすっと消えていく、隣でラグが大笑いだ。
「あははははっ、うひひひひっ、熊と牛がカバみたいになってんぞ」
「うぷっ、お前ら……待ちやがれ! 」
細い枯れ木に掴まりながら怒鳴る熊のような獣人の隣でバッファローのような獣人が悲鳴を上げた。
「ひぶっ! 助けてくれ、泳げないんだ。頼む……うわぶっ! 」
ラグが指を差して腹を抱えて大笑いだ。
「うひひひひっ、殺すって言ったバカを助けるわけないぞ」
隣で恒夫がマジ顔で口を開く、
「このイベントを棄権するって言うなら助けてやるぜ、お前らも耳に付いてるだろ、天使さんとの連絡を取る黒子のようなヤツ、それを使って担当天使を呼んで棄権しろ、そしたら助けてやるぜ」
「なっ、そんな事出来るわけないだろが! 」
熊の獣人が血相を変えて叫んだ。
「うぷっ、そうだ。できるか、お前ら絶対に殺してやる。ぐぷっ、早く助けろ」
首まで泥に浸かりながらバッファローの獣人が怒鳴る。
恒夫が呆れ顔で溜息をつく、
「バカか? 殺すって言ってるヤツ助けるわけないだろ、そこで顔洗って考え改めろ」
「あはははっ、ふひひひひっ、じゃあな、間抜けども」
大笑いするラグを連れて恒夫は先へと急いだ。
沼地を抜けて草原に出る。
「酷い目に遭ったぜ、全身泥だらけだ。でももう少しだ。あと2キロほどでゴールだぜ」
恒夫が文句を言いつつ生乾きになった泥を払う、
「でもバカ熊と牛の他はみんな先だぞ、あたいら4番目だぞ、50ポイントしか付かないぞ」
不服そうなラグを見て恒夫が頭を下げる。
「ごめんな、俺がもたもたしてるから、ラグ一人なら一番取れただろ、でも俺はラグがいなかったら熊と牛にやられてたよ、ラグには感謝してる。ありがとう」
ラグが慌てて恒夫の薄い頭を持ち上げる。
「にゃにゃ、頭下げるな、百万ギギルで雇われたんだぞ、ポイントは幾らでも稼げるけどお金は無理だぞ、ツネがいなかったら宿どころか飯も食えないぞ、だから今回は50ポイントでいいぞ、それにバカ熊や牛をやっつける事ができて気分いいぞ」
「ラグ……ありがとうな、ラグが一緒で本当に良かった」
「にへへっ、あたいもツネの事は気に入ったぞ、狡賢くて凄いヤツだぞ」
優しい顔をした恒夫と照れるラグが見つめ合う、
「それじゃあ行くか」
「早く終わらせてシャワー浴びるぞ、泥の中走って足も尻尾も泥だらけだぞ」
笑顔の二人が走り出す。
あれだけ疲れていたのに恒夫の足は軽かった。




