第五十七話
右の試合場で戦っていた鬼と狼男の勝負は既についていた。
「やっぱ鬼は強敵だな」
険しい顔で言う秀樹の隣で栄二が頷いた。
二人の顔が険しくなるのも無理はない、開始して五分掛からずに狼男が倒されたのだ。
菜穗の戦いがまだ有利に見えていた頃なので秀樹も栄二も他の勝負を見る余裕があった。
「あっ、向こうも終わったわよ」
菜穗の声に左の試合場に振り返る。
「おお、勝ってるじゃないか」
「うん、よかったね」
魔法の杖を持った人間の男が昆虫人間のカマキリに勝利していた。
だが男は服をずたずたに引き裂かれて左腕を失っている。
「くそったれが! 俺の腕を食いやがって! 」
倒れたカマキリに蹴りを入れて罵っている。
動かないところを見るとカマキリは死んでいるのだろう、
「止めないか、それ以上するなら失格だよ」
「くそっ、わかったよ、止めればいいんだろ」
審判役の天使に止められても男は怒り冷めやらぬ様子だ。
栄二と秀樹が顔を見合わせる。
「腕を食べられたって言ってたな」
「うん、左腕無くなってるし…… 」
菜穗がふんっと鼻を鳴らす。
「デート気分でいい気になってるからああなるのよ、私みたいに潰されたとか切られたのなら治癒魔法で治せるけど食べられたら元に戻らないわね、いくら治癒魔法でもトカゲの尻尾みたいに生えてきたり出来ないもの」
同じ人間のチームでも容赦が無い、菜穗は自分が勝つ事以外は興味が無い様子だ。
「まぁな、元から恋人なのかここで知り合ったのか知らんが調子に乗りすぎだったな」
秀樹がパンパンと手を叩く、
「さてと、次は俺が行くぜ」
「待ってよ、秀樹は大将だろ、次は僕の番だよ」
秀樹が栄二の肩を掴む、
「ダメだ俺が行く、相手は鬼かAクラスの毛むくじゃらだぞ、いくら不死身でも低級魔法しか使えない魔法の銃だけじゃ勝てないぜ、次勝てば準決勝だ。負けても100ポイントは貰える。俺に任せてくれ考えがあるんだ」
「秀樹……わかったよ」
自信ありげな顔を見て栄二は任せる事にした。
イベント担当天使が壇上に立つ、
「皆さん見事な戦いでした。負けたチームはこのまま勝負を見ても構いませんが休みに入っても構いません、敗者復活のクジがありますのでそれを引いた後は自由にしてください。休みに入るのでしたら近くの村まで担当天使に連れて行ってもらえます。砂漠の村ですから遊ぶところは少ないですが体を休める事はできます。少し休憩した後に続けて2回戦に入ります」
十分ほどの休憩に入る。
この時間を使って負けたチームが敗者復活のクジを引く、トーナメントの数合わせに必要なのだ。
観覧席にいたヘカロがやって来る。
「菜穗さん頑張ったね、こう言っては怒られるかもしれないがあの強化されたミノタウロスに勝てるとは思っていなかったよ」
「酷いなぁ~、私が負けるわけないでしょ、でも一寸ヤバかったかな、けどヘカロさんが見てる前で負けてなんかいられないですよ」
菜穗の声が普段と違う、初めて会った時の可愛らしい声である。
天使でもあるがヘカロは超が付くほどのイケメンだ。
菜穗が猫を被って良く思われようとするのは仕方がない。
「フフフッ、あれを倒せたのなら油断さえしなければ初級の50マスまでは大丈夫だよ」
優しく微笑むとヘカロが秀樹に向き直る。
「次は誰が出るんだい? 」
秀樹が小さく手を上げた。
「俺が出ます。次勝てば100ポイントは貰えますから」
「策はあるのかい? 鬼は強敵だよ」
「鬼が相手ならどうにかする自信があります。あの毛むくじゃらのAクラスが出てきたらわかりませんけどね」
「策ありか……では楽しみにしているよ」
イベント担当者が壇上に立つのを見てヘカロが観覧席へと戻っていった。
秀樹が栄二に手を差し出す。
「空気玉を貸してくれ」
「影マントも貸すよ」
栄二が鞄から影マントと空気玉を取り出す。
「影マントはいい、空気玉と魔法銃を貸してくれ」
「魔法の銃? 秀樹は中級魔法使いだから低級魔法なら連続で使えるだろ」
不思議そうな栄二に秀樹が顔を近付けて耳打ちした。
「なん……中津が使ったやり方だね」
「そういう事だ。中津戦法と呼ぼうぜ」
納得した栄二の前で秀樹がニヤッと企むように笑った。
秀樹は空気玉を受け取るとズボンのポケットに入れ魔法の銃を腰の後ろに差した。
空気玉は玉と言っているが小さな青い魔法の玉が付いた首輪だ。
これを首に掛けている間は息をしなくても苦しくならない、空気が送られているのではない、魔法によって呼吸そのものが止まるのだ。
これによって水中や土中など酸素が無い場所でも苦しむ事無く行動できる。
吐いた息による泡も出ないので隠密性もある。
但し、一時間までというタイムリミットがある。
「何コソコソ話してるのよ」
「え~~っと…… 」
睨む菜穗にどう説明しようかと考えていると天使の声が聞こえてきた。
「2回戦を始めます。厳正なるクジの結果、敗者復活は狼男さんのチームとなりました。代表者は試合場へと上がってください」
壇上の天使が各チームを見回した。
鬼チームから先程の鬼が続けて出てくるのを見て秀樹がニヤッと不敵に口元を歪める。
「じゃあ行ってくるぜ」
「無理するなよ、ダメだったら棄権してもいいからな」
心配そうな栄二の隣で菜穗がキッと秀樹を睨み付けた。
「勝つまで戻ってきたらダメだからね……でも死にそうになったら降参してもいいわよ」
菜穗を見て秀樹がプッと吹き出した。
「菜穗に優しくされると気持悪いな」
「何言ってんのよ、死にそうになるまで戦えって言ってんの、わかった? 」
「了解、勝って100ポイント貰ってくるぜ」
赤くなって照れる菜穗に手を振ると秀樹も試合場へと上っていった。
栄二が隣の試合場を確認する。
「片腕じゃ無理だから選手交代したね」
敗者復活のクジで選ばれた狼男と先程戦って片腕を失った男とは別の男が向かい合っていた。
栄二が誰となく呟く、
「あいつ勝って欲しいな、人間相手なら影マントで隠れたら絶対に見つからないよ、余程勘のいい……恒夫みたいなヤツじゃない限り僕でも勝てるよ」
「ふ~ん、恒夫ってそんなに凄いの? 」
興味有りといった目で聞く菜穗に栄二が嬉しそうに話し始める。
「恒夫はヘンタイだよ、お姉様にいじめられて喜ぶし、変な店に行ってミミズ腫れ作ってくるし、ヘカロさんにもちょっかい出して蹴られて喜んでたし、正真正銘のドヘンタイだよ、でもメカに詳しくて不良のバイクとかタブレットとか直したりして一目置かれてたりする。それに悪知恵が回るって言うか、とんでもない事を思いつくんだ。この前のゲームも何度か助けられたよ、オタの話しもできるし、いい友達だよ」
饒舌に話す栄二の前で菜穂が鼻を鳴らす。
「ふ~ん、栄二くんや秀樹くんがそう言うなら悪いヤツじゃないんだね……私も戻ってきて欲しくなったよ、初めのイベントの金貨わけなんて思いもつかなかったからね、勝つために必要なら私の方から謝ってもいいよ」
菜穗が自然な笑みを見せた。
実際に命懸けの勝負をしてこのゲームがどういうものかわかったのだろう、力の無い人間が勝つためには知恵を絞るしかない、中津や栄二のように頭の良い者だけでなく恒夫のような狡賢い者も必要だと思ったのかも知れない。
「うん、絶対に戻ってきて貰うよ、僕たちは仲間だからね」
栄二が今までで1番優しい目で菜穗を見つめた。




