第五十話
恒夫がカジノに入り浸っていた頃、秀樹たちも宿に荷物を降ろし町を散策していた。
大通りを並んで歩きながら秀樹と栄二が話を始める。
「素泊まりで一部屋一泊三千ギギルか……もっと安いところでよかったんじゃないか?」
「そうだね、僕たちは二人で一部屋だから一人千五百ギギルで済むけど菜穗さん一人で三千ギギルは少し使い過ぎじゃないかな」
先を歩く菜穗がバッと振り返る。
「私はお湯の出るシャワーじゃなきゃ嫌なの」
我儘な菜穂を見て秀樹が顔を顰める。
「千五百ギギルの宿でもお湯が出ただろ」
「あんなのお湯じゃないわよ、ぬるい水よ、あんなのじゃ汚い町で付いた埃や汗が流せないでしょ、だからあの宿でいいの」
「まだ始まったばかりだぜ、この先何があるかわからんから節約した方がいいんじゃないのか? と思うんだがな」
可愛い菜穗相手にキツく言えないのか秀樹が同意を求めるように栄二を見つめる。
「そうだよ、少し倹約した方が…… 」
栄二の言葉を菜穗の大声が遮る。
「何言ってんのよ! ゲーム期間が百日として宿が一泊五千だとしても五十万ギギルじゃない、食費入れたって百万ギギルあれば余裕よ、三百万ギギルあるんだからね」
「まあな……寝るのと食うのは大丈夫なのは賛成だぜ」
「宿と食事はどうにかなるけど装備も揃えないと…… 」
弱り顔の二人が菜穗を見つめた。
「装備? そんなのどうでもいいじゃない、秀樹くんが中級魔法使いでしょ、私が上級魔法使いよ、栄二くんは影マント持ってるし戦いでもどうにかなるわよ」
脳天気に言う菜穗の向かいで秀樹と栄二が顔を見合わせる。
菜穗さんって物凄く我儘なんじゃ……、
苦笑いしている栄二を見て秀樹は同じ事を考えているのがわかった。
秀樹が軽く頭を振ってから口を開く、
「装備は必要だ。武器だけじゃなくて薬とか食料とか揃えたほうがいい」
「そうだね、ランプとかダンジョンで役に立つからね」
様子を伺うように見つめる二人の前で菜穗が考えるように握り拳を口元に持っていく、考える時の癖なのだろう、
「薬とランプか……流石前回優勝者ね、ダンジョンがあるなら明かりがいるもんね」
賛成する菜穗を見て栄二がほっと安堵して話し始める。
「今回のゲームは前回の4倍の120マスだから、前回は三十万ギギルで足りたから単純計算で前回の4倍の百二十万ギギルあればどうにか生活できると思うよ、だから百万ギギルで装備を揃えようよ」
「だな、旅費は二百万あれば大丈夫だ。残りで何か武器でも買おうぜ」
秀樹が菜穗に振り返る。
「俺たちは何か武器も買うよ、菜穗さんはどうする? 」
「強制はしないよ、個人で貰ったお金だからね」
「私の事は心配しないでいいわよ、自分の事は自分でするからね」
ケロッとした顔で言う菜穗を見て栄二が溜息をついた。
チームのためにお金を出す気はない様子だ。
恒夫なら個人ではなくチーム全体で考える。
個人が三百万ギギルずつではなくチームで九百万ギギルと考えて行動する。
知り合って間もない菜穗にそこまで強制できるわけはないと栄二は溜息をついたのだ。
「じゃあ、薬と携行食糧と武器でも見に行こうぜ」
歩き出す秀樹を菜穗が止める。
「その前に御飯にしようよ、秀樹くんたちは来た事があるから知ってるんでしょ? 何か美味しいもの食べに行きましょうよ」
「旨いものか…… 」
秀樹が足を止めて考える。
旨い物は沢山食べたが全て高級店だ。
恒夫がカジノで稼いで資金には困っていなかった前とでは状況が違う。
「グラングランってこの町には無いのかな? 」
栄二の言葉で秀樹も思い出した。
「それだ!! グラングランだ。安い店だと五百ギギルくらいで売ってるだろ」
グラングランとはグラタンのような食べ物だ。
前回のゲームでスタートの町で知り合った人間のナナハと他種族バーンのジェシーに教えてもらった食べ物である。
「ナナハさんとジェシーさんどうしてるかな? 」
「そうだな余裕ができたら会いに行きたいな」
「会いたいね、でもネピアとクロエに会った後だよ」
「わかってるってチャトラン族の村に行くのが最優先だぜ」
思い出して盛り上がる二人を菜穗がじとーっとした目で見ている。
「誰の話し? 彼女? 秀樹くんと栄二くんって彼女いたんだ…… 」
バッと二人が振り返る。
「ちっ違うよ……彼女じゃ……ネピアは………… 」
「違うぜ、こっちの世界で知り合った大事な仲間だ」
あたふたと言葉が出てこない栄二の隣で秀樹が懐かしそうな顔付きで言った。
「ふぅぅ~~ん、まあいいわ、それよりお昼食べに行きましょうよ、何だっけ? グラグラだっけ? 」
「グラングランだ。グラタンみたいで旨いぜ」
「グラタンかぁ~、グラタンは好きだよ」
機嫌を直した菜穗を見て秀樹が頷く、
「じゃあ決まりだ。大きな店なら置いてるだろ」
店を探して三人が大通りを歩き出す。
食事を終えると町全体を回って一日が終わった。
翌日、夕日が長い影を作る頃、町に一つだけある小さなカジノから恒夫が出てきた。
「昼からやって三百万ギギル勝ったぜ、昨日の勝ち分と残りの所持金全て合わせて千三百万ギギルだ。今日はこれで止めだ。今から少し寝て、それから……景気付けにお姉さんの居る店でパァ~っと遊ぼう、うへへへへっ 」
厭らしく顔を歪める恒夫に向かいから歩いてくる秀樹たちが映る。
「あいつ…… 」
秀樹も恒夫に気が付いた。
避けるように脇道に入ろうとした時、栄二が恒夫を見つける。
「恒夫~~ 」
手を振る栄二を見て秀樹が『チッ!! 』と舌を鳴らした。
「よぅ…… 」
恒夫が小さく手を上げながら近付いてきた。
「カジノ行ってたんだね、勝った? 」
「ああ、当然だ」
嬉しそうに訊く栄二に恒夫がニヤッと笑ってこたえる。
秀樹が面白くないという様子で口を開く、
「勝って当たり前だろ、イカサマサイコロ使ってんだからな」
「飯食いに行かないか? 奢るぜ、どうせ碌な物食ってないんだろ? 高級店に行ってフルコースでも何でも奢ってやるぜ」
ニヤッと厭な顔で笑いながら恒夫がからかうように言った。
「バカにするな! お前に奢って貰う筋合いはねぇ! 」
怒鳴る秀樹の隣に菜穗が出てくる。
「本当、厭なヤツね、高級店でも何でも、貴男一人で行けばいいじゃない、一人で寂しく食べればいいわ」
言いながら秀樹の腕に自分の手を絡めて抱き付く、
「こんなやつ放って置いて私たちはグラングランでも食べに行きましょうよ、秀樹くんと栄二くんと一緒に食べたら高級店より美味しいわよ」
昨日食べたグラングランが気に入った様子だ。
「だな、高い店でも何でも一人で侘しく食ってろ」
抱き付く菜穗と顔を見合わせて秀樹がバカにした。
恒夫が声を出して笑い出す。
「うへへへっ、寂しい? 高級ホテルに泊まって良い物食ってお姉さんの居る店で毎晩遊びまくってるぜ、一人? 買おうと思えば奴隷の十人でも買えるぜ、俺のは寂しいんじゃなくて自由って言うんだぜ、自分から一人になったんだからな」
「勝手に言ってろ、奴隷は買えてもお前と組んでくれる奴なんて居るかよ、途中でやられてバッドエンドだぜ、野垂れ死にだ」
「そうよ、聞いたわよ、碌なアイテムも持って無いじゃない、魔法も使えないし、戦うイベントがあればそれでお仕舞いよ」
並んでバカにする二人の前に栄二が割って入る。
「ちょっ、止めようよ、秀樹も恒夫もさ、喧嘩は無しだよ、ねぇ…… 」
心配顔の栄二を見て恒夫の目に優しい光が灯る。
「喧嘩か……まあいいや、丁度よかった」
脇に抱えていた布製の鞄から袋を取り出す。
「ほらよ、これ持っていけ」
差し出した袋を見て秀樹が顔を顰める。
「なんだこれ? 何のつもりだ? 」
「八百万ギギル入ってる。これで装備を調えてくれ、俺のイカサマサイコロで装備を整える予定だっただろ? 勝手に抜けたから予定が狂っただろ、慰謝料と思ってくれればいい」
秀樹の顔がさっと変わる。
「そんなもんいるか!! 俺らをバカにしてんじゃねぇ! 」
「秀樹止めろよ」
怒鳴る秀樹を止めると栄二が振り向く、
「貰っとくよ、お金は必要だからね、これで魔法の銃と弾が買えるよ、ありがとう」
「気にするな、そんな端金イカサマサイコロを使えば幾らでも稼げるからな」
照れるように薄い頭を掻く恒夫の前で栄二がマジ顔になる。
「恒夫、一つだけ確認させてくれ、僕たち敵同士じゃないよね、チームは違っても仲間だよね」
間を置いて恒夫の顔もマジになる。
「栄二……敵に塩を送るって言葉があるだろ、今渡した金がそれだ。俺も負けたくはないからな場合によっちゃ敵になる」
「そんな……恒夫………… 」
不安に言葉を詰まらせる栄二を秀樹が押し退ける。
「はぁ? 敵だって? 何言ってんだ。前のゲームでも逃げ回ってたお前なんて洟から相手してねぇよ」
「そうよ、幾ら不死身でも上級魔法使いの私が灰まで焼いたら死ぬんでしょ? 相手にもならないわよ」
バカにする菜穗を見て恒夫がニターッと笑った。
「うへへへへっ、相手になるかならないか、その内わからせてやるぜ」
自信有りの顔を見て菜穗が少し後退る。
庇うように秀樹が前に出た。
「はったりだ。これが恒夫のやり方だぜ」
「ひへへっ、直ぐにわかるさ」
恒夫と秀樹が睨み合う、
「止めてよ、こんなとこで喧嘩したらヘカロさんに怒られるからね」
栄二が間に入って二人を止める。
「チッ! くそが! 」
吐き捨てる秀樹の向かいで恒夫が抱えていた鞄を肩に掛け直す。
「嘘だよね恒夫、本気で戦ったりしないよね」
心配そうな栄二にこたえず恒夫が手を振った。
「じゃあな、カジノは夜が本番だからな」
恒夫は夕日が影を落とす雑踏に消えていった。




