第三十七話
その日の夜、学校をサボったという罪悪感からか寝付きの悪かった秀樹だがいつの間にか夢の中にいた。
「いい眺めだな…… 」
目の前に広がる草原を見て思わず呟いた。
初夏のような爽やかな日に照らされた緑が眩しい、膝の辺りまで高さの草が一面に茂っていて風に揺れるとサワサワと音を鳴らしている。
緩やかな高低のある広い空間に大小様々な草花が密集して生えていた。
「懐かしい感じがするな」
秀樹が草原を歩き出す。
小学生の頃によく遊びに行っていた田舎の山々を思い出していた。
1キロほど離れた所に低い山が見える。
その後ろには大きな山々が連なっていた。
「あの山まで行こう、上から見たらもっと綺麗だぜ」
自然と足が小さい山に向かう、どこか異国のような雰囲気に心が弾んだ。
「おっしゃぁあぁ~~ 」
弾む心に急かされるように走り出す。
20メートルほど走っただろうか草に足を取られて前のめりに転がった。
「おわっ! いてっ、いてて……痛くない」
地面に転がった秀樹の顔が焦りに歪む、
「寝てたはずだぜ」
バッと起き上がると辺りを見回す。
「あの時と同じだ……ここは夢の中の世界だ! 」
天使ヘカロと初めて会った草原が脳裏に蘇る。
「間違いない、あの山の形、草の流れ、ここは夢の世界だ」
遠くに連なる山々、緩やかな高低のある草原、間違いなく見覚えがあった。
秀樹は日光を避けるように額に手をかざすと空を見上げた。
「ヘカロさんは……ヘカロさんが俺を呼んだんだ」
体を回しながら天使ヘカロを探す。
ヘカロの姿は空に無かった。
「ヘカロさん! いるんでしょヘカロさん、ヘカロさぁ~~ん」
今まで出した事の無いようなありったけの力を込めて叫んだ。
天使ヘカロが呼んでくれたのならゲームの世界にいけるかも知れない、ネピアやクロエに会えるかも知れない、クロエに会いたい……秀樹は必死で叫び続けた。
暫く待ったがヘカロは来ない。
「只の夢なのか……俺の記憶に強く残ってたから見た夢なのか………… 」
諦め混じりに力無く呟いた。
その時、秀樹の上を影がサッと横切った。
「ヘカロさん!! 」
目から涙が溢れ出す。
純白の翼を広げた天使ヘカロが舞い降りてくる。
「元気そうだな……どうした? 」
「何でもありません」
首を傾げるヘカロの前で俯いた秀樹がぐいっと涙を拭った。
「ヘカロさんに会えて嬉しかったんだ。また会えるなんて思ってなかったから………… 」
「 ……そうか、私も嬉しいよ、また君たちとゲームが出来る」
優しく微笑むヘカロの向かいで秀樹がバッと顔を上げた。
「ゲームって、神様のゲームですか? 」
「そうだ。少々厄介な事になってね」
「何があったんです? 」
ヘカロの顔が険しく変わるのを見て秀樹が不安気に訊いた。
「前のゲームが終わった直後だ。人類滅亡派の神々が一度のゲームでは決められないと言い出した。数人の揉め事なら以前のようなゲームで直ぐに決まっていたのだが今回の件は神々全てを巻き込んだ大事だ。人類存続派の神々も慎重になる。なにせ神々が二つに割れて争う事になるのは避けねばならん、それで妥協案として人類だけでなく他の世界の他種族たちの存続を賭けて再度ゲームを行う事になった」
「他の種族って? 」
途中で思わず訊いた秀樹にヘカロが頷いてから話を続ける。
「この地球に存在する全ての種族ではない、人間のように身勝手に開発を進めたり争いを止めないような害があると判断された種族や現状以上に進化する見込みが無いものなど神様が決めたものたちだけがゲームに参加することになる。つまり秀樹くんたち人類の世界だけでなく神様に選ばれた他の世界に棲まう種族たちの存続を賭けたゲームだ」
「俺たちだけじゃなくて他の世界の人たちとも争うゲームって事ですね」
「そういう事だ。獣人や昆虫種族に植物系に妖物など様々な者たちが参加する。厄介なゲームになる。前のゲームの勝者である秀樹くんたちには是非参加して貰いたい、君たちだけでなく中津くんたちにも連絡が行っているはずだ。秀樹くんたちと同様に彼らの実力は高く評価されているからね」
一息ついたヘカロの前で秀樹が悩むように顔を歪める。
「中津たちもか……俺たちって事は栄二と恒夫も一緒って事ですよね」
頷くとヘカロが続ける。
「もちろんだ。君たち三人はチームだからな……今回のゲームは少しルールが変わって個人でも参加できるようになっているが秀樹くんたちにはチームを組んで貰いたい、君たちは三人で最高の力が出せると私も神様も思っているからね」
「ヘカロさんに褒められるとこそばゆい感じがするな、一人より三人の方が楽だしチームを組むのに異存はありません」
ヘカロの顔がパッと明るくなる。
「参加してくれるのかい? 」
「前と同じで実際には死にませんよね? 」
「あくまで夢の中のゲームだからね、実際に死ぬ事はないがゲームの中では痛みは感じるし死ぬとゲームから除外されて目が覚める」
「それなら参加しますよ、こっちからお願いしたいくらいです」
「よかった…… 」
ヘカロがまたマジ顔に変わる。
「だがゲームの勝者が人類滅亡派なら近い内に人類は全て死ぬ事になる。それを背負って参加するという事だよ、いいのかい? 」
「人類の運命を背負うなんて俺たちには無理ですよ、恒夫が言ってたんだ。身勝手な人間だけどせめてヘカロさんやロロフィさんに嫌われたくないって、俺もそう思います。だから身勝手な代表としてゲームに参加しますよ、他の奴らは関係ない、けど俺たちは全力を出しますよ、それで滅亡したら仕方ないって諦めて貰うしかないですね」
にっと悪戯っ子のように笑う秀樹を見てヘカロの頬が緩む、
「フフッ、君たちは君たちだな、それでいい、秀樹くんたちの思うように戦えばいいさ」
ヘカロが天使の羽を広げた。
「詳細は後で話す。これから栄二くんと恒夫くんにも会わないとな」
「彼奴らも絶対参加しますよ」
「そうだな、君たちなら安心だ」
微笑むとヘカロは空高く飛んで消えていった。
見上げていた秀樹の目に日差しが入ったのか眩しくて目を閉じた。
「うっうぅ…… 」
目を開けるとベッドに横になっていた。
ガバッと身を起こして辺りを見回す。
「夢だ……夢だけど只の夢じゃない………… 」
枕元に置いてあったスマホを取るが直ぐにそっと元に戻す。
「栄二たちにも会いに行くって言ってたな、電話して起きたりしたら大変だからな、明日にするか……中津たちとも話さないとな………… 」
色々考えていたがいつの間にか眠りについていた。
真面目な栄二は学校をサボった事を考えて何度も寝返りを打って寝付けないでいた。
「学校サボっちゃったよ……恒夫が話してくれれば和歌山まで行く必要無かったんじゃないかな、けど恒夫のやってる事は悪い事じゃないし……むしろ褒めてやりたいくらいだ」
ベッドに横たわりながら栄二が天井や壁を見つめて呟いた。
山道を歩いたからか体は適度に疲れているが不安に頭が冴えて眠れない。
「何か明日行きづらいな、中津に聞かれたら話さないとダメだろうし……恒夫嫌がるだろうな……でも話さないと遊んでサボったって思われるのは厭だし」
何度同じ事を考えただろうか、枕元の時計を見ると午前二時を回っていた。
「もう寝ないと、明日は体育があるからな」
栄二が目を閉じる。『もう寝ないと』という台詞も7回目だ。
一時前にベッドに入って彼此一時間半ほど眠れずにいた。
「あぁ~~っ、やっぱり眠れない」
言いながら目を開けるとそこは自分の部屋ではなく草原だった。
「ここは…… 」
ムクッと上半身を起こして辺りを見回す。
「ここは……ここは…… 」
見覚えのある草原に栄二が立ち上がる。
「ここは夢の中の世界だ! ヘカロさんと会った草原だ! 」
感極まるように叫ぶとぐるっと体を回すようにして辺りを探す。
「ヘカロさん! ヘカロさん居ないんですか? 何か用があって呼んだんでしょ? 」
大声を出しながら天使ヘカロを探すが何処にも姿は見えない。
「ヘカロさん…… 」
栄二は諦めたような小さな声で呟くと空に向かって絶叫する。
「用が無くてもいいです。お願いです。もう一度ネピアに会わせてください、魔法の世界へ、ゲームの世界へ連れて行ってください、お願いですヘカロさん、お願いします神様…… 」
力の限り叫ぶ栄二の目に空から降りてくる天使が映った。
「それなら話は早い、新しいゲームに参加すれば魔法の世界へいけるよ」
「ヘカロさん!! ヘカロさん!! ヘカロさん!! 」
優しく微笑むヘカロを見て栄二が感涙しながら連呼した。
「ヘカロさん、やっぱりヘカロさんだ……会いたかったです……もう一度向こうの世界へ連れて行ってください、もう一度だけでいいんです。お願いします」
感極まって軽くパニクったようになって頼んでいた栄二がバッと顔を上げる。
「新しいゲーム? また魔法の世界にいけるんですか? 」
「フフッ、秀樹くんと同じだな、君も会いたい人がいるらしい」
楽しそうに微笑むヘカロを栄二が食い入るように見つめた。
「ネピアに会いたい、会っていっぱい話をしたい、それが出来るなら新しいゲームでも何でもやります。お願いしますヘカロさん」
「返事を聞くまでもないか、栄二くんもゲームに参加だね」
ヘカロの向かいで栄二が大きく頷いた。
「秀樹も参加するんでしょ? それなら問題ないです。ネピアに会えるならどんなゲームでも参加しますよ」
ヘカロの顔から笑みが消えた。
「ネピアさんに会えるかどうかまでは保証は出来ないが向こうの世界の住人だから行けば会うチャンスはあるだろう、だが危険なゲームだよ、前のゲームより遙かに危険だと言っておく」
「危険でも何でもやりますよ、秀樹も決めたんでしょ、それなら僕も行きますよ」
栄二がマジ顔でこたえた。
細くひょろっとしたオタクの栄二が精悍な男の顔付きになっている。
「フフッ、初めて会った時とは別人だな、秀樹くんも栄二くんも……君たちにならこのゲーム任せられそうだ」
嬉しそうに顔を崩すとヘカロがゲームについての説明をした。
もっとも概要についての説明で詳しくは後日に話すという事だ。
「他の種族も参加するのか……人間と獣人じゃ基本能力が全く違うから戦いになったら相手にならないな、これが前より厳しいゲームって事ですね」
頭の良い栄二は直ぐに理解した様子だ。
「そうだね、各種族で体力も能力も全てが違う、だから公平を期すためにグループ分けしてそれぞれにアイテムを与える事になる。能力の高いグループはアイテム無しで低いグループには一つないし二つのアイテムを与えるというようにして公平を図る。それでも差が出るだろうがそこは各自の努力によって乗り切ってもらう、それが出来ると思う者たちだけをゲームに参加させている。秀樹くんや栄二くんのようにね」
楽しそうなヘカロの前で栄二が頷く、
「わかりました。僕も参加します。秀樹や恒夫が参加するのに僕だけしないわけにはいかないですからね、ネピアにも会いたいですから」
「恒夫くんにはまだ連絡していないが……二人が言うなら間違いないだろう、では追って連絡する。体調管理には気を付けてくれ、少し疲れているように見えるよ」
「やっぱりわかりますか? 今日恒夫に連れられて歩き回ったんです」
顔を顰める栄二を見てヘカロが楽しそうに笑い出す。
「フフフッ、現実でも恒夫くんには手を焼いているみたいだね」
「恒夫は夢の中でも現実でもヘンタイですからね」
「フフッ、やはり君たちはいいチームだよ」
じゃあと言うように手を振るとヘカロは大空に羽ばたいて消えた。
栄二は目の前が白くなり眩しさに目を閉じて次に開けると自分の部屋にいた。
ガバッとベッドの上で上半身を起こす。
「ネピアに会える……いっぱい愛し合おう」
嬉しさに顔が崩れる。
とても人に見せられない表情だ。
「何かお土産持って行けないかな、恒夫が向こうの世界にパンツ忘れてきたって言うからヘカロさんに頼めば小さいものなら持って行けそうだし今日学校終わったらネックレスか何か買いに行こう、ネピアが僕を忘れないように……僕も何か記念に貰おう、今度は悔いのないようにいっぱい愛し合ってこよう」
学校をサボって不安に眠れなかったのが今は期待に目が冴える。
あれこれ考えていたが安心したのかいつの間にか眠る事が出来た。
秀樹や栄二が夢の中でヘカロに会っている頃、恒夫も草原にいた。
草原を走りながら恒夫が叫ぶ、
「この風、この肌触りこそ、フリチンよ!! 」
素っ裸だ。
シャツはもちろんパンツも穿いていない、背の低い恒夫の股間に高く伸びた草がサワサワ触れている。
暫く駆け回っていた恒夫が立ち止まった。
「しまった。はしゃぎすぎて服を何処に置いたのかわからん」
太股の中程まで草が生えている。
考えも無しに走り回って服を脱いだ場所など既にわからなくなっていた。
「この城道恒夫、戦いの中で戦いを忘れた……というか服を忘れた」
マジ顔で言った後、直ぐにいつもの馬鹿面に変わる。
「まあいいか、開放感が俺を無敵にする」
素っ裸のまま仰向けに倒れ込む、
「女王様ぁ~~、俺をビシバシしばいてくれぇ~~ 」
手足をじたばたさせながら空に向かって大声で続ける。
「まほさんにノンナさん、この汚いブタを罵ってくれ、優花里ちゃんの黄金水を俺に飲ませてくれぇ~~、俺を、俺を滅茶苦茶にしてくれぇ~~ 」
バッと上半身を起こす。
「夢なら叶うはずだ!! お姉様に囲まれて踏み殺されたい、汚らわしいブタと罵りながらケツを責めてくれぇ~~ 」
一応夢の中だとはわかっている様子だ。
「俺の夢なら出せるはずだ。ダージリンに汚いハゲブタと罵って鞭でしばかれたい……ヘカロさんが来る前に1プレイくらい出来るかもしれない」
ヘカロと出会った草原だという事もわかっていた。
「人には人の乳酸菌、麻子ちゃんの股間の乳酸菌を俺に飲ませてくれぇ~~ 」
ヘンタイである。
わかっていてもやらずにはいられない、恒夫は正真正銘のヘンタイだ。
小さな影が空からやって来る。
「恒夫くん……何で裸なのだ? 」
飛んできたヘカロの顔が強張っていく、
「また服を脱いだのか……彼だけは理解不能だ」
恒夫が今いる場所から30メートルほど離れた所にシャツとパンツが捨ててあった。
「あっ、ヘカロさんだ」
素っ裸の恒夫が満面の笑みをして手を振る。
険しい表情のままヘカロが恒夫の向かいに降りた。
「恒夫くん、何故裸なんだ? 」
「雄大な自然に抱かれるのに服などいらない、そう思っただけですよ」
フッと笑いながらマジ顔をした恒夫がこたえた。
軽く首を振るとヘカロが口を開く、
「理解不能だ……まあいい、君を呼んだのは新しいゲームに参加して貰おうと思ってね」
「ヘカロさんじゃなくてロロフィさんだったらついでに鞭でしばいてもらったのに……可愛い声で薄汚いブタとか罵ってもらったのに………… 」
話しも聞かずに恒夫はくるっと回ってお尻を向けた。
「ヘカロさんでもいいな、取り敢えず一発やっていいぞ、気の済むまで突いてくれ」
意外と綺麗なお尻をふるふると振る。
「変な趣味に私を巻き込むな! 」
ヘカロが思いっきり恒夫のケツを蹴り上げた。
「うぐぅ…… 」
前につんのめって転がった恒夫が親指を立てて『グッド』とポーズを取った。
「いい蹴りだぜ、ヘカロさんはやっぱ素質があるな」
「何の素質だ!! 私にそんな趣味はない! 」
怒鳴った後で自身を落ち着かせるようにサッと長髪を整えた。
「君は変わらないな……と言うより悪化しているんじゃないか? 」
「そんな……ヘカロさんに褒められると感じて変な気分になるぜ」
「誰が褒めるか! 」
照れて体をくねらせる恒夫の向かいでヘカロが弱り顔だ。
「ふざけるのはここまでにして話を聞いてくれ」
「話し? ここに呼んだって事はまたゲームをするんだろ? 秀樹と栄二が参加するなら俺も参加するよ、彼奴らだけじゃ頼りないからな」
勘の鋭い恒夫は全てわかっている様子だ。
ヘカロがフッと笑った。
「やはり君は面白いな、話を聞くまでもなく参加するだろうが一応話しはしておくよ」
新しいゲームについての概要を説明した。
「中津たちも人類存続派の神様に呼ばれたのなら俺たちが必死になる事もないな、あいつらは本当に強いからな、問題は他の種族だな……戦うイベントは大変になるな、それ以外も苦労しそうだけどアイテムや運次第でどうにかなるかな」
新しいゲームがどういうものになるのかは恒夫にはわかった様子だ。
「それで勝ったら何が貰えるんです? 人類が助かるってだけじゃないでしょうね」
ヘカロが楽しそうに口元を緩めた。
「賞品を聞いてきたのは恒夫くんだけだよ」
「ああ……秀樹と栄二はネピアとクロエに会える事で頭がいっぱいになってたんだな」
恒夫もニヤッと楽しそうに笑った。
「今回も勝てば願いが叶うよ、新しいゲームはポイント制で上位30番に入れば神様が願いを叶えてくれる。詳しい事は会場で説明してくれるよ」
ヘカロが大きな翼を広げて舞い上がっていく、恒夫に参加する確認も取らない。
「新しいゲームか……同じ双六でもイベントは面倒臭そうだな」
小さくなっていくヘカロを見上げて恒夫が呟く、眩しさに目を閉じて暫くして開けると自室だった。
じっと天井を見つめて考える。
「実際には死なないといっても厄介だぜ、他種族相手に不死身が何処まで通用するか……そもそも不死身能力は貰えるのか? 勝ち目が無いなら痛い目を見るだけだぞ」
寝返りを打つと枕元に置いてあるスマホに手を伸ばす。
「明日でいいか……勝てなくともネピアやクロエに会えるかも知れないしな、俺が止めても利かないだろうし………… 」
秀樹と栄二に電話を掛けようとしたが止めて目を閉じた。
直ぐに眠りに堕ちていく、朝まで夢は見なかった。




