第三十六話
電車とタクシーを乗り継いで和歌山の小さな山へと着いた。
山道を登っていくと半分朽ちかけたような神社があった。
「神社? 此処に何かあるのか? 」
不思議そうに訊く秀樹の隣で栄二も怪訝な表情だ。
「パワースポットっていうヤツだ」
ニヤッと企むように笑う恒夫を見て秀樹と栄二が益々顔を顰める。
「パワースポットは知ってるぜ、霊力だか気だかの力が集まってる場所だろ? 」
「うん、何らかの力があると言われている場所だね、本当かどうかは知らないけど……それでパワースポットに何があるの? 」
「まぁ話は中でしようぜ」
怪訝な顔の二人を連れて恒夫は神社の奥へと入っていくと本殿の前で止まった。
「神様ぁ~~、いませんかぁ~~、いるなら出てきてくださいよぉ~~、俺は城道恒夫って言います。人類の存続を賭けた神様のゲームに参加しました」
恒夫は朽ちて大きな穴が空いている賽銭箱に五百円玉を放り込むと再度大声を出す。
「神様ぁ~~、いないんですかぁ~~、神様のゲームの優勝者の城道恒夫ですよ、お願いです出てきてくださいよぉ~~ 」
「なっ、何やってんだよ恒夫」
栄二が恒夫の肩を掴んで止める。
「恒夫……大丈夫か? 」
振り返った恒夫を秀樹が心配そうに見つめた。
「心配するなって、おかしくなったりしてないからな」
照れたように薄い頭を掻きながら恒夫が続ける。
「あのゲームで俺たち以外の世界が本当にあるってわかったんだ。もしかしたら直ぐ近くにもそんな世界があるかもって思ってな、それで神社とか山奥とかパワースポットみたいな場所に行ってたんだ。あのゲームは夢じゃないってのはわかってるけど何だったのか知りたくてさ」
秀樹と栄二の強張った顔が緩んでいく、
「お前そんな事考えてたのかよ…… 」
「恒夫の気持ちもわかるけどさ…… 」
何とも言えない表情の二人の前で恒夫が朽ちかけた本殿を見上げる。
「ここには居ないようだな、神様がいるなら俺がゲーム参加者だってわかったら何かアクションがあってもいいと思うんだけどな、あんなゲームを経験しちまうと今の世界は物足りなくなる。それでどうにかして貰おうと思ってさ」
「どうにかって? 」
「もし神様が出てきたとして何をして貰うつもりなの? 」
秀樹と栄二が不安気に顔を顰めた。
「そんな事決まってるだろ、神様が実在するってわかったんだ。やる事は一つだ」
ニヤリと口元を歪めて恒夫が続ける。
「神様ぁ~~、俺の頭をフサフサにしてくれ、ハゲを治してくれ、人類は滅亡してもいいから俺の髪を増やしてくれぇ~~ 」
大声で叫ぶ恒夫に秀樹が拳骨を落とす。
「アホか!! お前のハゲと人類の存亡を一緒にするな! 」
「神様、今頼んだ事は無効にしてください、恒夫はハゲのままで構いません」
怒鳴る秀樹の横で栄二が手を合わせて神様に頼んだ。
「まったくお前は…… 」
怒り冷めやらぬ秀樹の前で恒夫が薄い頭を摩りながら口を開く、
「頭は止めろよな、今のでハゲが広がったらどうすんだよ」
「恒夫のハゲには丁度いい刺激になるよ」
呆れ顔の栄二が恒夫の顔を覗き込みながら続ける。
「それで本当は何を頼むつもりだったの? 」
恒夫の冗談など栄二はお見通しだ。
二人の間を通って恒夫が鳥居の方へと歩き出す。
「神様を一発ぶん殴ってやろうって思ってな、人の弱みに付け込んで俺たちをゲームの駒に使いやがって……まぁ俺と栄二と秀樹はマジな悩みなんて無かったけどな」
秀樹と栄二が慌てて追っていく、
「何言ってんだよ、変な事するなよ」
「そうだよ、せっかく人類滅亡が免れたのに神様を怒らせるようなバカしちゃダメだよ」
左右から腕を掴む秀樹と栄二を見て恒夫がニヘッと悪い笑みをする。
「冗談だ。冗談、神様に喧嘩売るほどバカじゃないって……まぁなんだ。不思議な体験をまたしたくてな、それで色んな所を見て回ってたらさ犬猫の保護センターを見つけてな」
「犬の保護センターがどうしたんだ? 」
不思議そうな顔の二人を連れて恒夫は神社を出るとその足で隣の少し大きな山へと登っていった。
山の中腹、金網に囲まれた大きな敷地の中に犬が多数いるのが見える。
事務所だろうか?
プレハブの建物に掛かる看板を見て秀樹と栄二が止まった。
「犬の保護施設だね」
「こんな所で何をするつもりだ? 」
わからないと言った顔で首を傾げる二人を見て恒夫がニヤッと笑った。
「可愛い犬を相手にあんな事やこんな事が出来る夢のような施設だぜ」
秀樹がガバッと身を乗り出す。
「このヘンタイが! 犬相手に何してんだ! 」
「そっちか……人外は好きでも本物の犬にするなんて……恒夫は本物だったんだね、いくら僕でもついていけないよ」
仰け反るようにした栄二の顔が明らかに嫌悪している。
恒夫が大慌てで前に突き出した両手を振った。
「ばっばっば、バカ! 勘違いするな」
「勘違いも何もお前はヘンタイだからな」
焦ってどもる恒夫の向かいで秀樹はまだ疑い顔だ。
「そうだよね、日頃が日頃だからね」
栄二もじとーっとした目で睨んでいる。
「だから、あんな事やこんな事ってのは犬を好きなだけモフれるって事だ。雑種だけじゃなくて柴とかコッカーとかダックスフントとか色々いて全部触らせてくれるぜ」
からかうつもりが本気にされて恒夫は大慌てだ。
騒ぎに気が付いたのか建物から人の良さそうな少し太った中年男性と二十歳くらいの女性が出てきた。
「城道さん、いらっしゃい、其方がお友達ですか? 」
小太りの男が汗を拭きながら笑みを見せた。
三人がバカ話を止めて向き直る。
「おはようございます。先日は見に来ただけですから、今日は本格的に寄付をしようと持ってきました」
恒夫がペコッと頭を下げる。
「それは、それは、ありがとうございます。城道さんのような方がいてくれると助かります」
中年男性が丁寧にお辞儀をするのを見て秀樹と栄二も慌てて頭を下げる。
「こいつら犬好きだから触らせてやってください」
恒夫が秀樹と栄二を指差した。
「追い駆けっこして走ったり、ボールで遊んであげてくださいね、犬も喜びますから」
二人に中年男性が人の良さそうな笑みを見せた。
「直ぐに開けますね」
犬が逃げないように閉めてある大きな引き戸を女が開けてくれた。
事務所の中で恒夫が膨れた封筒を三つ中年男性に渡す。厚みから一つに百万円ほど入ってるのが秀樹と栄二にもわかった。
「ありがとうございます。これで全ての雄犬に去勢手術ができます。餌とかはメーカーさんから廃棄前のドックフードなどを貰えるんですが施設の設備や治療などは寄付に頼るしかありませんから本当に助かります」
「お役に立てて何よりです。また来年も寄付しますよ」
深々とお辞儀をする男の前で恒夫が薄い頭を掻いて照れている。
「寄付なんてしてたのか…… 」
「見直したよ恒夫」
先程まで疑っていたのが嘘のように秀樹と栄二が優しい顔で恒夫を見つめた。
「だから違うって言っただろ……中津には黙ってろよ、知ったら絶対にからかうからな」
頬を赤く染めた恒夫が照れまくって頭を掻き毟る。
秀樹が悪い顔をして口を開いた。
「全部話してやるよ、中津だけじゃなくて東條さんにもな」
「そうだね、みんな心配してたもんね」
意地悪く言う栄二だがその目がとても優しい。
恒夫が頭を掻いていた手をバッと前に突き出した。
「ちょっ、止めてくれ、俺のイメージってのがあるだろ」
「心配するな、お前のイメージなんてそれ以上落ちようがないくらいなヘンタイだからな」
「そうだよ、僕たちにまで隠してた罰だからね」
意地悪顔で言う二人に向かって恒夫が手を合わせる。
「ちょっ、頼むから黙っててくれ……隠してたのは謝るからさ……なぁ秀樹ぃ~、栄二ぃ~、友達だろ、頼むよ」
弱り切った顔で恒夫が懇願するなんて初めてだ。
「しょうがねぇなぁ~、今回だけは黙っててやる」
「そうだね、でも今度こんな事したら……僕たちに内緒で変な事してたら許さないからね」
「わかった。約束するから頼んだぞ」
からかうように言う二人の向かいで恒夫がほっと安堵する。
保護施設を案内してもらい犬たちと遊ぶ、保護されている犬たちと遊ぶ三人は以前のオタトリオに戻った様子だ。
保護された犬たちと一時間ほど遊んで昼前に施設を後にした。
「話しながら歩こうぜ、一時間ほどで町に出るよ、山道だから気持ちいいぞ、飯食った後で海でも見に行くか? この前見に行ったんだが流石南紀白浜だ。綺麗だぜ」
恒夫がそわそわしながら二人に話し掛けた。
「何照れてるんだよ、気持悪いぞ」
「そうだね、真面目な事して照れる恒夫って初めてだよ」
二人に優しい目で見つめられて恒夫の頬が赤くなっていく、
「なっ!! バカ、言うなって言っただろ、この話はもう終わりだ。さっさと帰るぞ」
真っ赤になって歩き出した恒夫を追いかけると秀樹が肩に腕を回してガシッと抱き寄せた。
「でも安心したぜ、バカになってたら殴ってでも止めさせるところだったぞ」
栄二が反対側に並ぶと嬉しそうな笑みを向ける。
「僕は信じてたよ、恒夫はヘンタイだけど悪い事するヤツじゃないって」
恒夫は嫌な顔をしながら秀樹が肩に回した腕を振り払った。
「なに言ってやがる。散々疑ってた癖に…… 」
「遊び回ってるって思ってたんだ。悪い事してるなんて思ってないぜ」
とぼける秀樹に栄二も同調する。
「そうだよ、変な店に行って遊んでると思ってただけだよ」
「そうそう、女王様と変な遊びしてるとばかり思ってたぜ」
「女侍らせて悪徳商人や悪代官みたいに金バラ撒いてるって思ってたよ」
「お前らなぁ~~ 」
からかう二人に嫌そうな顔をしていた恒夫がフッとマジに変わる。
「パワースポットって呼ばれている所へ何度も行った。有名な神社や霊山は元よりさっき行った寂れた神社も回った。昼だけじゃなくて夜にも行ってみた。神様がいるなら何らかの反応があるかも知れない、違う世界があるなら見れるかも知れない、そう思って色々やってみた、でもな…………俺たちあのゲームに勝ったんだよな」
秀樹と栄二もマジ顔に変わる。
「そうだぜ、俺たちが勝ったから東條さんは宝くじ当たって佐伯の足と中津の妹も治ったんだぜ、何がしっくりこないんだ? 」
「恒夫は全部夢とか言いたいの? 夢の中のゲームだけど魔法の世界は確かにあるよ、だってネピアと愛し合ったのは事実だから、ネピアとクロエの生きている世界は確かにあるって僕は信じてるよ」
目に不安を浮かべる栄二を見て恒夫がフッと笑う、
「向こうの世界があるのは俺も信じてるよ、俺が言いたいのはそれじゃない」
「じゃあ何のことだ? 」
怪訝に訊く秀樹を見て恒夫の笑みが消えた。
「ヘカロさんが言ってた事だ。神様が人間に失望したって事だ。身勝手な人間に失望した神様があんなゲームだけで人間を許すのかなって……本当に人類は滅亡しなくてすんだのかって、それが聞きたくて神様に会おうとしてみたんだ」
「お前、そんな事考えてたのか」
「恒夫…… 」
二人に見つめられて恒夫の顔がまた赤くなっていく、
「それでパワースポット探してて犬の保護センターを見つけた。身勝手な人間の犠牲になった犬を見てると奴隷市場で売られていたネピアやクロエと同じじゃないかって、偉そうに奴隷商人に憤慨してた俺たちも犬猫に対して同じ事をしているってわかったからな…… 」
「恒夫、お前…… 」
秀樹と栄二が優しい眼差しになっているのを見て恒夫が慌てて続ける。
「偽善だってのは100%わかってるぞ、でもな……何かこうモヤモヤが少しでも収まるならって思ってな、それで寄付をすることにした」
秀樹と栄二の顔に優しい笑みが広がっていく、
「それで学校サボってたのか、お前は世界一優しいヘンタイだぜ」
「これでヘンタイじゃなかったら心から尊敬するのにな」
「なっ!? 変な目で見るの止めろ! 俺は……別に………… 」
照れまくった恒夫が薄い頭を掻き毟る。
「ただな……本当に俺たちは助かったのかな? 知らない所で人類滅亡計画が実行されるんじゃないのかとか考えた事無いか? 」
恒夫がマジ顔を更に顰めて二人を見つめた。
「なに言ってんだよ、俺たちは神様のゲームに勝ったんだぜ」
「そうだよ、僕たちを選んだ神様が人類存続派だよ、だから大丈夫だってヘカロさんも言ってただろ」
大丈夫と言いながら動揺が広がっていく二人を前に恒夫が続ける。
「あんなゲームだけで決められるのかな? 考えてみろよ、参加したのは十八人だぜ、命懸けだったが全人類から見たらちっぽけなゲームだぞ、運良く俺たちが勝ったけど、もし滅亡派が勝ってたらって思ったらゾッとするぞ、全人類の行く末をそんなもので決められたんじゃ堪ったものじゃないぜ」
「そうだけど……でもヘカロさんも大丈夫だって言ってたし………… 」
栄二が不安そうに口籠もる。
「だな、俺たちが悩んでも仕方ないぜ、俺たちはゲームに勝った。人類を救ったかどうかなんて関係ないぜ」
おどけるように言った秀樹の顔も険しく引き攣っていた。
恒夫がフッと頬を緩める。
「そうだな、一応勝ったんだからな、直ぐに滅ぶとかは無いだろうな……じゃあ、この件はこれで終わりだ。パワースポット巡りも止める。明日から学校行くから安心してくれ」
秀樹と栄二の顔から緊張が解けていく、
「でも恒夫が犬や猫を助ける為に寄付してたなんて意外だね」
「そうだぜ、何で隠してた? 俺たちにも手伝わせろよ」
恒夫がまた照れて薄い頭を掻く、
「寄付とか俺の柄じゃないだろ、笑われると思って隠してたんだ……それに寄付はあくまでパワースポット巡りのついでだからな、旅気分で結構楽しかったぞ」
「旅のついでかよ」
「あははっ、それを聞いて安心したよ」
「もうわかったからこの話はお仕舞いだ。ちゃんと学校へも行くからいいだろ」
「わかった。わかった。明日、東條さんに話してやろうぜ」
「いいねぇ、みんな吃驚するよ、恒夫は本物のヘンタイ紳士だって」
「だから止めろって言ってるだろ、話したら登校拒否になるからな」
大笑いする秀樹と栄二に挟まれて恒夫が必死な赤い顔だ。
三人はバカ話をしながら山を降りていった。




