第三十五話
月曜日、恒夫が教室へと入ってきた。
挨拶も無く自分の席へと向かう恒夫に秀樹と栄二が近付いていく、
「なん!? 何すんだよ」
二人に両腕を掴まれて恒夫がビクッとその場で固まった。
「一寸話がある」
「話しって何だよ? 」
睨む秀樹に恒夫がムッとした顔を向ける。
「金曜日学校サボって何処へ行ってたんだ」
「なっ……何処も行ってないぜ、頭痛くなって寝てたんだ。鞭で叩かれたりして痛いのは好きだけど頭痛だけは苦手なんだよ俺」
恒夫は一瞬顔色を変えたが直ぐにいつものとぼけ顔でこたえた。
じっと見つめていた栄二が一段低い声を出す。
「何で嘘つくの? 中津が見たって言ってたよ、原チャリで駅の方へ走って行ったってね」
「えへへっ、おはよう栄二、俺はずっと家で寝てたぞ、中津の見間違えだろ」
恒夫が卑屈な笑みを見せた。
「中津が見間違えすると思う? 昼休みに電話したら恒夫の母さんがバイクで出ていったって言ってたよ」
じとーっと疑いの目で見つめる栄二を見て恒夫の頬が引き攣っていく、
「へへへへっ、見間違えだよ、俺は部屋で寝てたって……母ちゃんは勘違いしてんだ。俺バイク2台持ってるだろ、1台修理に出してるんだ。それで勘違いしてるだけだぜ」
動揺して目が泳いでいる恒夫を見て秀樹が大きな溜息をついた。
「わかった。金曜の事はいい、けど最近ちょくちょく休むのは何でだ? 」
「男の子の日だ。体が怠くて頭も痛いし腰の辺りが重くて動けなくて休んでたんだ」
とぼけ顔に戻ると恒夫が平然と嘘をつく、普段怒らない栄二の怖い目よりも秀樹の怒り顔の方が安心できるのだ。
「男に生理なんてあるか!! 」
「女の子の日があるのに男の子の日が無いのはおかしいだろ、想像妊娠があるんだから想像生理もあっていいと思うんだ。そんな事考えてたら腰の辺りがキュ~ってなってな……それで学校休んだんだ…… 」
話の途中で恒夫がハッと思い付く、
「中津が見たのは俺が多い日でも安心を買いに行った時だぜ、金曜は駅横のドラッグストアに行って直ぐに帰って寝てたんだ」
「何で想像なのにそんなものが必要なんだ! だいたい何処に使うんだ! 」
声を荒げる秀樹の腕を栄二が引っ張って落ち着かせる。
「頭痛とか風邪とか腹痛なんて通用しないからね、先週の火曜日に電話したら恒夫の母さんが学校へ行ったはずだって言ってたからね、学校終わって家に行ったら恒夫居なかっただろ、あの日は何処へ行ってたの? 」
「えへへへっ……先週の火曜は一寸………… 」
誤魔化すようにおべっか笑いする恒夫を秀樹が睨み付ける。
「一寸何だ? 」
「ここじゃなんだし、僕の席で話そうよ」
言葉を濁す恒夫を窓際の前から2番目の栄二の席へと引き摺っていった。
恒夫の席は丁度教室の真ん中当たりだ。
目立つのを避けて移動したのである。
窓際席の一番後ろで秀樹たちの様子を伺っていた佐伯が立ち上がる。
「何やってんだ? 」
秀樹たちの元へと行こうとした佐伯を中津が止める。
「今は止めとけ、彼奴ら同士の話もあるだろ、俺たちが入ってややこしくなったら元も子もないからな」
「そうだな、何かあれば秀樹の方から言ってくるな」
座り直した佐伯の隣りに東條が立つ、
「今日は来てるのね城道」
「おはよう東條さん」
爽やかな笑みで挨拶すると中津が続ける。
「秀樹と栄二が話を付けてるところだよ」
「あの二人で大丈夫かしら? 城道に旨く丸め込まれるだけじゃないのかな」
首を傾げる東條の向かいで中津がニヤッと悪い笑みをする。
「有り得るな、三人一緒に遊び回るって事も有り得るぜ」
「そんな事になったら俺が止めてやるよ」
座りながら言った佐伯に東條がバッと振り向く、
「場合によっては殴ってでも止めるんでしょ? それが男の友情よね」
腐女子の東條はわくわく期待顔だ。
「ああ、殴ってでも止めてやる」
拳をギュッと握り締める佐伯の肩を中津がポンポン叩く、
「心配無いよ、秀樹はともかく栄二がついてるんだ。一緒になって遊び回るなんて事にはならないぜ」
「そうだといいんだが…… 」
三人が見つめる先で恒夫を挟むようにして秀樹と栄二が話していた。
恒夫を栄二の席に座らせて秀樹が前に立つ、右横には栄二が居る。
窓際なのであとは後ろにしか逃げる道はないが一番後ろの席には佐伯が居るのでほぼ不可能と言ってもいい。
「学校休んで金曜土曜は家に帰らない、いったい何して遊んでるんだ? 」
威嚇するように怖い顔をする秀樹を見て恒夫が愛想笑いを浮かべる。
「誤解するなよ、変な遊びなんてしてないって」
「じゃあ何してるのさ、学校サボるなんて前は無かったよね」
右横に立つ栄二もマジ顔だ。
「なにって……色々だよ、お前らには関係ないだろ、変な事してないから安心しろよ」
へらへらこたえる恒夫を見て秀樹がバンッと机を叩く、
「お前なぁ~、金持ってるからって遊び回るなんて止めろ!! 」
「そうだよ、勉強はともかく出席日数ギリギリだろ」
「だから違うって言ってんだろ、勉強はしてるし出席日数も足りてるよ」
怒る秀樹に迷惑顔を向けた後で恒夫が栄二に向き直る。
「留年しないように旨くやるから心配するなって…… 」
「そんな事言ってるんじゃねぇ、ふらふらバカみたいに遊び回るなって言ってんだ」
秀樹が恒夫の胸倉を掴んで怒鳴りつけた。
「ダメだよ秀樹」
慌てて止めると栄二が続ける。
「実際には死なないっていっても向こうの世界じゃ命懸けの神様ゲームを一緒にクリアした仲間だよ、恒夫の事が心配なんだよ」
掴んだ手を離すと秀樹が悲しそうに目を伏せた。
「栄二の言う通りだぜ、お前の事見直してたんだぜ、ヘンタイだけど凄いって、それなのによぅ…… 」
襟元を直すと恒夫が薄い頭を掻き毟る。
「だから違うって言ってるだろ」
「何が違うんだよ、言い訳できるならしてみろよ、家に電話したら夜も帰って来ないって言うし、金持って出て行ってるみたいだってお前の母ちゃんも言ってたぜ」
「やましい事してるんじゃないなら話してよ、恒夫が心配なんだよ、ヤケになって変な事してるんじゃないのか? 全部話してよ」
「何だよ二人して…… 」
戸惑うように薄い頭を掻く恒夫に栄二が畳み掛ける。
「あんな経験をしたら今の生活じゃ物足りないって思うのは当然だよ、僕や秀樹も今一楽しくないって思ってるよ、アニメや漫画も昔みたいに楽しめなくなったし、でも……それでも僕たちはこの世界で生きていくしかないんだよ、僕だってネピアと一緒に向こうの世界で暮らせたらって何度も考えて眠れない事があるよ、だけど……だからこそ頑張って生きていかないとって思うんだ」
「お前らが心配しなくても、んな事は分かってるよ」
弱り切った顔の恒夫の肩を秀樹がポンッと叩く、
「俺たちだけじゃないぜ、佐伯に中津に東條さんだって心配してるんだぜ」
「東條まで……まったくお前らは……お人好しのお節介だな」
掻き毟った薄い頭を整えた。
「明日お前らも学校休んで俺に付き合え」
「休む? 遊びなんかに付き合わないぜ、籠絡しようたって無駄だからな」
「そうだよ、僕たちは変な遊びになんか興味無いからね、恒夫を止めるんだからね」
怪訝な顔で睨む二人の前で恒夫が立ち上がる。
「遊びじゃないって、明日ついてくればわかるって」
右にいる栄二をどかせて自分の席に戻っていった。
同時にチャイムが鳴って一時間目の授業が始まる。
翌朝、秀樹と栄二は恒夫に連れられて駅に居た。
「服持ってきたか? 」
通学や通勤の人々が降りてくる階段を上りながら恒夫が訊くと二人が無言で頷いた。
親に黙ってサボるのだ。
秀樹と栄二は心配しないように制服を着て普段のように家を出てきたが恒夫は私服だ。
「んじゃ、トイレで着替えようぜ」
ニヤッと悪い笑みをする恒夫に従って黙ってトイレに入っていった。
二人とも学校をサボるなんて初めてだ。
秀樹は仮病を使って休んだ事はあるがサボって何処かへ行った事などない、真面目な栄二など緊張して顔が強張っている。
トイレの個室で私服に着替えた二人が出てきた。
「それで何処へ行くんだ? 」
サボる覚悟を決めたのか私服を着て安心したのか秀樹は普段の顔に戻っている。
「そうだよ、これで遊びだったら、もう口も聞かないからね」
栄二はまだ少し緊張気味だ。
「和歌山だ。電車とタクシーで一時間二十分ってところかな、山の中だぜ」
ニヤつきながらこたえる恒夫を見て秀樹の顔が曇る。
「和歌山の山で何をするんだ? 」
「変な宗教じゃないよね? 」
不安気な栄二を見て恒夫が大笑いする。
「にへへへへっ、行けばわかるって、宗教も少し関係あるかな……栄二は犬とか好きだろ? 可愛い娘が沢山居るぞ」
「可愛い娘って……もしかしてネピアが居るの!! 」
パッと顔を明るくする栄二の隣で秀樹も驚いて口を開く、
「マジかよ! なんで? もしかしてヘカロさんから何か連絡でもあったのか? 」
「んなわけあるかよ、人外娘なんて居ないぜ、普通のワンちゃんは沢山居るけどな」
とぼけ顔の恒夫の向かいで栄二がガクッと肩を落とす。
「なんだ……期待させないでよ………… 」
上がった栄二のテンションが一瞬で地の底だ。
「犬が沢山居る? 何でだ? 動物園か? 」
「行けばわかるよ、電車来るぞ」
トイレを出て行く恒夫を怪訝な顔の秀樹とテンションの下がった栄二が追って行った。




