第三十一話「蜘蛛の巣」
次の日、イベント三日目だ。
「綿? カビか? 違う糸だ」
先頭を歩いていた恒夫が右横の岩壁にうっすらと白い物が付いているのを見つけた。
「糸? 何の糸だ? コケじゃいのか? 」
すぐ後ろを歩いていたクロエが持っていた棒切れで白い糸を突付いた。
「止めろクロエ! こいつはヤバい、これはクモの糸だ。俺が知ってるクモの糸と比べると凄く太いけどな、一本一本指で抓めるクモの糸……どれだけでかいヤツがいるんだ」
クロエの腕を払うようにどかせると恒夫が洞窟の奥にランプを向けた。
この辺りは発光するコケが少ないのか今まで通ってきた道よりも暗かった。
「なん! なんだあれは? 灰色の膜が張ってるぞ」
「マジかよ、あれ全部クモの巣かよ」
驚くクロエの隣で秀樹が顔を顰める。
ランプで照らされた先に白灰色の綿の塊のようなものが通路を塞いでいた。
秀樹たちが今いる場所は天井まで10メートル横幅は8メートルくらいはある開けた空間だ。
その広間を塞ぐように大きなクモの巣が張ってある。
発光コケが少なくて薄暗いのではなくクモの巣が天井を覆っていて光が遮断されていたのだ。
「糸も太いが巣もでっかいな、ヘカロさんが言ってた大グモだな」
大きな巣を観察するように見ながら恒夫が感心する声をあげた。
ネピアが栄二の後ろに隠れる。
「あたしクモ嫌いにゅ、小さい時に毒グモに噛まれて三日間寝込んだからな」
「そうなんだ。でも大丈夫だよ、僕もゴーレムもいるからクモなんか怖くないよ」
怖がるネピアの背中に腕を回して栄二が抱き寄せる。
恒夫がワクワクした様子で後ろの栄二とネピアに振り向く、
「そうだ。クモは怖くない、クモは格好いいんだ。どんなクモかな? 見てみたいな」
「変な事するなよ、魔法でクモの巣を焼き払って一気に駆け抜けるんだからな」
秀樹が魔法の杖を構えた。隣でクロエが魔剣を抜く、
「大グモが出てきたら私が切るからヒデキは安心して巣を焼き払ってくれ」
「僕も魔法の銃で援護するよ、デン弾は虫にも効くからね、電撃殺虫器みたいなもんだ」
脇にネピアを抱きながら栄二も魔法の銃を構える。
恒夫がバッと秀樹とクロエの前に出た。
「お前らいきなり殺すなよな、どんなクモか見てからにしようぜ……そうだ。殺すの止めて捕まえないか? 捕まえて俺のペットにするんだ」
止めろと腕を広げる恒夫の前にいた秀樹とクロエの顔が引き攣っていく、二人だけじゃない固まったように動かない栄二にしがみつくネピアは泣き出しそうな顔をしている。
「恒夫どけ! 」
「逃げろツネオ!! 」
秀樹とクロエの叫びと同時に恒夫の体が宙に浮く、
「うわぁ~ 」
悲鳴を上げた恒夫の身体がくるりと回る。
洞窟の天井から降りてきた4メートルほどの大きなクモが恒夫に糸を絡めてクルクル回していた。
「おおぅ、でっかいクモだな、凄ぇ格好いい」
何故だか恒夫は嬉しそうだ。
「私がツネオの糸を切って降ろすからヒデキはクモを焼き払ってくれ」
クロエが魔剣を構えた。
恒夫を傷付ける事無く切ろうとしてその顔が真剣だ。
見るのも嫌だという様子でネピアが栄二の胸に顔を埋める。
「気持ち悪いにゅ、あんなおっきいクモ見てるだけでゾワゾワするにゅ」
クルクル回っていた恒夫が秀樹たちの方を向いて止まった。
意図してではなく偶然秀樹たちの方を向いたのだ。
「なあ一つ質問いいか? 」
恒夫がいつもの呑気な声で訊く、今にも切り掛からんとしていたクロエが剣を止める。
せっかくのチャンスになんだという様子で秀樹が苛立つ声を出す。
「こんな時になんだよ」
「食われても再生するのかな? 切られても焼かれても体が残ってたら再生するけど食われたら何も残らないよな……ウンコから再生できるのかな? 」
笑顔で話す恒夫を見て秀樹の顔に怒りが浮ぶ、
「アホかーっ、再生できるか! 不死身っていっても限度があるだろ微塵切りにされたり上級魔法で一瞬のうちに灰にまで焼かれたら無理だってヘカロさん言ってただろが、食われて再生なんて出来るか」
「うわ~ん、死にたくないよぉ~、助けてくれ秀樹、栄二、クロエぇ~ 」
先ほどまでクモを観察して嬉しそうだった恒夫が泣き出した。
暴れだした恒夫に驚いたのか大グモがまた糸を出して恒夫をグルグル巻きにしていく、
「動くなツネオ! 狙いが定まらないだろう」
クロエの言葉も耳に入らないのか恒夫は『助けてくれ』と泣きながらジタバタと暴れてグルグル巻きにされていった。
恒夫の体が横向きになって上がっていく、その先に大グモの大きな牙があった。
「クロエ、俺に任せろ」
前に出た秀樹が魔法の杖をサッと振った。
「ハラペーニョ・ファイヤー 」
魔法の杖からでた炎が恒夫ごと大グモを焼いていく、クモに食われると再生できないが低級魔法の炎で焼かれても生き返ることができるので恒夫ごと焼いたのだ。
火達磨になってもがきながら落ちてきた大グモをクロエが真っ二つにした。
頭と胴を切り離された大グモは暫く手足を動かしていたが直ぐに動かなくなる。
同時に落ちてきた恒夫も地面に転がって燃えていた。
大きなクモの巣も火が燃え移って真っ赤になり火事のように燃えだした。
危険を感じた秀樹たちは後退して広間から抜け出していく、恒夫はゴーレムに運ばせた。
クモの居た場所から20メートルほど下がった八畳間ほどの広さの所まで逃げてくると一休みだ。
ゴーレムが運んできた恒夫だったものを無造作に地面に転がした。
恒夫はクモの糸でグルグル巻きにされたまま焼け焦げて黒い塊になっている。
まるで何かの蛹のようにも見える。
その蛹のようなものから恒夫がガバッと起き上がった。
「おお熱かったけど苦しかったけど生きてるぜ、秀樹ぃ~ありがとうよ」
「まったく……もうふざけるのは無しだぜ、今日で三日、後は明日しかないんだからな」
勘弁してくれというように言うと秀樹は歩き出す。
焼け焦げたクモの巣を抜けしばらく進むと明かりが見えた。
発光ゴケの淡い黄緑色の光ではない温かくて眩しい太陽の光だ。
クモの巣が張ってあった場所から50メートルほど行った先が出口だった。
「眩しいな、久しぶりの太陽だ」
「呆気なかったね、クモの巣のすぐ先が出口なんて…… 」
眩しい太陽の光を遮るように額に手をかざしながら秀樹と栄二が呟いた。
「なるほどね、獲物が入ってこなければ食えないからな、入口か出口の近くに巣を張るのは当然だな、俺たちが見たのはクモの巣の後ろだったんだ。だから綿の塊みたいで汚かったんだな、前から見れば筒状になってて綺麗だったろうな」
恒夫はまだ大グモに未練がある様子だ。
クロエが秀樹の隣に立った。
「これで終りか……私は役に立ったか? 」
「ああ充分役に立ってくれたよ、ありがとうクロエ」
秀樹とクロエが見つめ合う、お互い優しくて寂しい眼差しだ。
ネピアが栄二に抱きついた。
「今日と明日は居るんだよにゃ、休みなんだよにゃ」
「そうだよ、明日まではここに居る……ゲーム終了までは一緒だよ」
栄二がギュッとネピアを抱き締めた。
「近くに町があるって言ってたからな、残りはゆっくり楽しもうぜ」
秀樹たちを見て恒夫も優しい声だ。
天使ヘカロが飛んできた。
「早いな、イカサマサイコロの力だね、後はゴールするだけだな……まだ昼だ。今日半日と明日、ゆっくりと休むといい、特別に町まで連れて行ってあげるよ」
天使ヘカロが空間転移の魔法を使って秀樹たちを町の入口まで運んでくれた。
「中津はまだですか? 」
「中津くんはまだだ……本当は言ってはいけないんだが最後だしいいだろう、中津くんは今ドラゴンの近くに居る。夕方にでも出会うだろう、後は倒せるかどうかだ。倒して宝玉を奪うことが出来れば出口はすぐに開く、うまくいけば秀樹くんたちと同時ゴールだな」
「そうですか、ありがとうございました」
秀樹がペコッと頭を下げる。
後ろで栄二と恒夫とクロエとネピアも頭を下げている。
優しい笑みをして秀樹たちを見回すと天使ヘカロは大空高く舞い上がって消えた。




