第二十六話「猫女クロエ」
帰ろうと踵を返す三人の後ろから声が聞こえた。
「ネピア? 」
名前を呼ばれてネピアがバッと振り返る。
「ネピアなのか? 」
二つ向こうの檻から呼んでいた。
ネピアがダダッと駆け寄る。
「にゃん!? クロエ姉ちゃん、姉ちゃんがどうして…… 」
銀髪のボーイッシュな獣人女の前でネピアが呆然と立ち止まった。
「ネピア……無事だったのか? 」
銀髪ボーイッシュな猫女クロエがネピアを見て驚きに目を見開く、
「ハンターに捕まって奴隷商人に売られたにゅ、それをエイジが助けたくれたんだよ」
ネピアが栄二の腕を引っ張ってクロエの正面にやる。
「ネピアの知り合いなの? 」
「そうにゅ、同じチャトラン族であたしのお姉さんみたいな人だよ」
心配そうに訊く栄二に縋りつくようにしてネピアがこたえた。
その様子をクロエがじっと見ている。
「ネピア……よかった。その様子じゃ奴隷じゃないようだな、ネピアを助けてくれてありがとう私からも礼を言うよ」
クロエが首を動かして頭だけでペコッと礼をする。
お辞儀をしたくても出来ないのだ。
クロエは両手両足を鎖で縛られ首には鉄の首輪がつけられていた。
まるで暴れるのを怖れているような拘束具の取り付け方である。
クロエは身長180センチはある筋肉質な身体に銀髪のボーイッシュで如何にも戦士といった感じだ。
それで厳重に拘束されているのだろう、
「何でクロエ姉ちゃんが……どうして捕まったんだにゅ」
泣き出しそうな顔でネピアが訊いた。
「痺れ薬を嗅がされてな……それでこの有様さ、だがまだ汚されてないよ、少しでも鎖を緩めたら暴れてやるからさ、捕まってから二週間経つけど怖がって買い手もつかないさ、だから心配いらない、ネピアが無事って分かっただけでいい、私の事はいいからその人間と旨くやるんだよ……いい人間らしいねネピアを頼んだよ」
ネピアを悲しませまいとわざととぼけるような声でクロエが言った。
ネピアが栄二に抱きついた。
「エイジィ~、助けてよ、クロエ姉ちゃんも……お願いだよ、ヒデキお願い」
栄二に縋りつきながら秀樹を見つめるネピアの目から涙が溢れ出ていた。
秀樹がクロエを縛り付けてある柱にかかっている値札を手に取る。
「六百万ギギルが3回値下げされて四百万ギギルか……お買い得だな恒夫に頼むか」
「でも恒夫は昨日徹夜してきたばかりだよ」
ネピアを脇に抱きながら栄二が弱り顔だ。
いくらなんでもこれ以上恒夫には頼めないと思っている表情だ。
秀樹と栄二の会話を泣き顔のネピアがじっと聞いている。
「分かってるよ、でもそれしか方法がないだろ、イカサマサイコロ借りても恒夫ほど旨く騙せるとは思えないし、見つかったらそれこそ殺されるぜ、不死身だけどな……金は手に入らないだろ、恒夫に頼むしかないぜ」
二人の会話を聞いてネピアの顔に安心が広がっていく、
「そうだけど……今日は寝かしてやろうよ、明日の朝に頼もうよ」
「当然だ。今頼んだら怒り出すぜ、今五百万ギギルある。明日一日あれば四百万ギギルを一千万ギギルに出来るだろ、それでネピアとクロエの許可証が買える。今日は残りの百万ギギルを手付に払ってクロエが他に売れないようにするだけだ」
ネピアがバッと秀樹に抱きついた。
「ありがとうヒデキ、エイジ大好きだよ」
またエイジに抱きついてクロエに振り返る。
「クロエ姉ちゃん、ヒデキとエイジが助けてくれるって、買ってくれるからおとなしく待ってるに、他の奴らなんかにクロエ姉ちゃんを渡さないもん」
さっきまで泣いていたのが嘘のように元気だ。
「買う? 私をか? 私は奴隷にはならないぞ、奴隷になるくらいなら死を選ぶ」
クロエが表情を強張らせて秀樹と栄二を睨む、
「奴隷じゃないですよ、僕たちのボディガードに雇います」
栄二が違うと慌てて手を振る。
「クロエは戦士なんだろ、俺たちを手伝ってくれれば人間の町で通用する許可証を買ってやるぜ、俺たちと一緒に戦ってくれ、傭兵ってヤツだ」
鋭い眼差しに臆する栄二の隣で秀樹がニヤッと意味ありげに笑った。
流石戦士といった筋肉質の大女だが胸は大きく巨乳である。
おっぱい好きの秀樹が欲しがらないわけがない、旨くいけばネピアが栄二に懐いたように出来るかもと考えていた。
少し思案してからクロエがこたえる。
「私は剣士だ。私を雇いたいと言うのなら承知した。ネピアが懐く人間だ信用できる」
「じゃあ決まりだ。早速手付金を取ってくる。栄二とネピアはここで見張ってろ」
二人を置いて秀樹が宿へと戻っていった。
今まで売れなかったからといって油断は出来ない、クロエが売れないように二人を置いていった。
しばらくして秀樹が戻ってきて手付金百万ギギルを払ってクロエの売買契約が成立した。
三度値下げしているのを見て秀樹が後三十万ギギル値切って三百七十万ギギルになった。
奴隷市場を出るとネピアが改まって頭を下げた。
「エイジ、ヒデキ、ありがとうにゅ、あたしだけじゃなくてクロエ姉ちゃんも助けて貰ったにゃ、本当にありがとう」
「よせよ、ネピアらしくないぜ」
「そうだよ、ネピアは仲間なんだから助けるのは当たり前だよ」
柄になく照れる秀樹の隣で栄二が優しい笑みを返す。
「だな、それと礼なら恒夫に言え、あいつが一番大変なんだぜ、ヘンタイだけどな」
「ツネオは役に立つヘンタイにゃ、正義のヘンタイにゅ」
嬉しそうに話すネピアに秀樹が慌てて口を開く、
「恒夫はドヘンタイってだけでいい、正義とか役に立つとか褒めるなよ、調子に乗ると困るからな」
「あははははっ、そうだね、ドヘンタイって言っても喜ぶからね、リザードマンの時は大変な目に遭ったからね」
弱り顔の秀樹を見て栄二が大笑いだ。
「ああ、旨くいったからいいけど今考えるとゾッとするぜ」
「ドヘンタイでもあたしを助けてくれたにゅ、ツネオは尊敬できるヘンタイにゃ」
「尊敬できるヘンタイか……凄ぇな」
三人顔を見合わせて笑いながら歩き出す。
腕組みをして歩くネピアを栄二が見つめる。
「クロエさんは痺れ薬嗅がされて捕まったって言ってたよね、ネピアはどうして売られていたの? 」
前々から聞きたかったのだが嫌がると思って訊けなかったことを思いきって訊いてみた。
「あたしも捕まったにゅ」
ネピアから笑みが消えた。
前を見て俯くネピアに栄二が優しく声を掛ける。
「厭なら無理に話さなくてもいいからね」
「思い出したくないけどエイジには聞いて欲しいにゃ」
顔を上げるとネピアが話し始めた。
「あたしは西にあるチャトラン族の村に住んでたにゅ、暑くもなく寒くもない年中ポカポカしていい感じの所にゃ、でも何十年かに一度雨が降らない時が来るにゅ、今年がそれだったにゃ、飲み水は井戸があるからどうにかなったけど池の水も少なくなって作物が育たなくなったにゃ、それで遠くの森まで食料を探しに村から出たにゃ、普段はクロエ姉さんのような戦士が護衛に付くから危ないことは何もないにゃ、でもあの日は…… 」
言葉を詰まらせるネピアに秀樹が優しく声を掛ける。
「無理に話さなくてもいいぜ」
「もう止めよう、変な事聞いてごめんね」
俯いて言葉を止めるネピアを栄二がそっと抱き寄せた。
「聞いて欲しいにゃ、人間はみんな厭なヤツだと思ってたにゃ、でもエイジやヒデキやツネオみたいに優しい人間も居るってわかったにゃ、だからあたしの事を知ってもらいたいにゅ」
顔を上げてネピアが続ける。
「あの日、カリンとチョチョとメックがこっそりと村を出て行くのが見えたにゃ、何処へ行くのか気になってあたしは隠れて後をつけたにゃ、カリンとチョチョとメックはあたしの近所に住んでいる悪ガキにゃ、あたしより五つも年下の子供にゅ、前の日に食料調達してきたやつから森の奥にカリカリの実がいっぱいなってるって話を聞いて取りに行ったんだにゃ、村から離れた森にゃ、チャトラン族の支配地域から少し出た場所にゅ、他の獣人や魔物や人間に捕まるといけないから大人でも護衛無しじゃ行かない森にゃ」
長い話しに一息つくと続ける。
「三人が森へ行こうとしてるのがわかったのはチャトラン族の支配地域を抜けた時にゃ、あたしは呼び止めて話しを聞いたにゃ、あの時に引き返せばよかったにゃ、護衛の戦士を呼ぼうにも間に合わないにゃ、仕方なくあたしがついて行ったにゅ、あたしもカリカリの実は大好物にゃ、森の奥にはカリカリの実がいっぱいなってたにゃ、あたしもカリンたちも夢中で取ってたにゃ、そしたら…… 」
ネピアがぐっと唇を噛み締めた。
「そしたら人間たちが襲ってきたにゃ、獣人狩りをしているハンターにゃ、カリンとチョチョとメックだけは助けようとしてあたしは囮になったにゃ、獣人の運動能力は人間を遙かに凌ぐにゃ、でも相手が多かったにゃ、麻酔薬を打たれてあたしは捕まったにゃ、カリンとチョチョとメックは旨く逃げたのがハンターたちの話しでわかったのだけが救いにゃ」
ネピアが大きく息を吐いた。
「それで気が付いたら奴隷として売られていたんだにゃ、金目当てのハンターでよかったにゅ、あたしは大事な商品だから乱暴はされなかったにゃ」
ネピアが栄二と秀樹を見つめた。
「それからエイジとヒデキに出会ったんだにゃ、人間に乱暴されるくらいなら死んでやろうと思ってたにゃ、だからエイジと会えて本当によかったにゅ」
「ネピア!! 」
感極まったのか栄二がネピアを抱き締めた。
「ハンターかよ……そうまでして奴隷が欲しいのかよ、いや、俺も可愛い女奴隷は欲しいぜ、エッチな事いっぱいしたいぜ、巨乳に顔を埋めたいぜ、でもな無理矢理はな……漫画やゲームでレイプするのとは訳が違うぜ、現実は抑制が掛かるだろ、それが当たり前になってる。こんな世界間違ってるぜ」
憤慨する秀樹を栄二とネピアが抱き合いながら見つめる。
「間違ってるかどうかはあたしにはわからないにゃ、チャトラン族の村には居ないけど他の獣人は人間を奴隷にしてる所もいっぱいあるにゃ、領地から出たあたしが悪かっただけにゃ」
当たり前のように言うネピアの頭を栄二が撫でる。
「ネピア……結局は力の世界なんだね、人間も獣人も他も一緒なんだよ、自分たちの領内なら安全っていう最低限度のルールがあるだけでもマシなんだね」
「そんなのわかってるぜ、所詮俺たちは余所者だからな、でもな……でも、何か向かっ腹立ってこないか? 弱者が損するのはわかってるけど奴隷だぜ」
やるせない顔の秀樹に同意するように栄二が頷く、
「僕たちオタも社会のヒエラルキーから見たら下だからね」
「どうにか出来ないのかよ、ゲームに勝って神様に頼んだらどうにかしてくれるかな? 宝玉は三つ揃ってんだ。後はゴールするだけだぜ」
マジ顔で見つめる秀樹の向かいで栄二が首を振った。
「無理だよ、何でも願いを叶えてくれるって言ってもあくまで個人的な事だけだよ、ヘカロさんが言ってただろ世界一の金持ちは無理だけど百億長者にはなれるって、つまり世界に大きな影響が出るような願いは叶えて貰えないって事だ。歴史を変えるようなものはダメって事だね、奴隷を止めさせるなんてこの世界を根本的に変えなきゃ無理だよ、ネピアとクロエさんの二人を助ける事が出来ただけで良しとしようよ」
秀樹がスポーツ刈りの頭を掻き毟る。
「ああーっ、ムカムカする。気晴らしにパーっと遊ぶぞ」
ネピアが猫耳をピンッと立てた。
「お腹減ったにゃ、美味しいものいっぱい食べるにゅ」
「そうだね、恒夫には悪いけどお金はあるから遠慮無く遊ぼうよ」
「よしっ行くぞ」
秀樹を先頭に町へと繰り出す。
三人は厭な事を忘れるかのように遊びまくった。




