第百二十一話
ウォークマッシュルームの住処であるシダ植物の群生を抜けて登っていく、
「結構登ったわね」
六畳ほどもある大きな岩の上から菜穂が麓を見渡した。
「8合目といった所だな、良い景色だぜ」
「魔物がいるなんて思えないよね」
秀樹と栄二も並んで景色に見惚れている。
「元々魔物の棲む山ではないからのぅ、実のなる木も沢山育っておって良い山じゃ」
三人の後ろにスギナがちょこんと座った。
山に棲んでいるだけあって自然の盛観は見飽きている様子だ。
「こっちの方がもっとよく見えるぞ」
近くの大木に登ってラグが元気な大声だ。
菜穂たちが振り返る。
「何張り合ってんのよ」
「そんなとこ登って危ないよ」
「アレを登ったのか? 凄いな」
心配顔の栄二の隣で秀樹が驚き顔だ。
「何とかは高い所が好きって言うからな」
ラグがするすると登っていくのを見ていた恒夫は普段のとぼけ顔だ。
座ったままでスギナが見上げる。
「丁度良い、ラグはそこで見張りでもしておれ、儂らは一休みじゃ」
「にゃん! あたいも休むぞ、ジャーキー食べるぞ、肉食うぞ」
10メートルほどある木の枝からラグが飛ぶとくるっと身を回して恒夫の前に着地した。
「おおぅ、流石猫だぜ」
「凄いよね格好良いよね」
秀樹と栄二が褒めるとラグが嬉しそうに振り返った。
「にゃひひひひっ、あんにゃの簡単だぞ、倍の高さでも余裕だからにゃ」
「降りてきてどうする? 見張りはどうすんだ? 」
くるっと向き直ったラグが恒夫の腕を掴んだ。
「んじゃツネを木の上に括り付けてくるぞ」
「死ぬから、落ちたら死ぬからな、ラグみたいにくるって着地できないからな」
木の根元に引き摺って行こうとするラグに恒夫が必死に足を踏ん張る。
「悪かった。見張りは俺の役目だから……ラグはゆっくりと休んでくれ」
「にゃひひひっ、分かればいいぞ、にゃにかあったら戦うから休む時は休まにゃいとにゃ」
悪い顔で笑いながらラグが手を離す。
「あはははっ、じゃあコーヒーでも作ろうか」
「儂のにはコンデンスミルクをたっぷりと入れてくれ、甘くて旨いのじゃ」
楽しそうに笑う栄二の前にスギナが荷物の入った妖瓢箪を取りだした。
「俺は上で見張ってるから持ってきてくれ、砂糖はスプーン2杯な」
恒夫が大岩から少し離れた斜面の上にある岩まで歩いて行った。
「クッキーにジャムやコンデンスミルクを付けると美味しいわよ」
菜穂もすっかり休憩モードだ。
「いいのぅ、キノコ相手に戦ったからの、疲れた体が甘いのを欲しておるのぅ」
「うにゅん、ジャーキーもいいけどクッキーも美味しそうだぞ」
町で買ったクッキーを囲んで一寸した女子会気分だ。
斜面に突き出す大岩の上で絶景を見ながら休憩だ。
下で騒ぐラグたちを横目で見ながら恒夫が岩に腰掛けてコーヒーを飲んでいる。
「死にそうになったばかりなのに呑気だな」
一緒に持ってきてくれたクッキーを齧りながら山を見上げる。
「あと少しで頂上だ。マーサや機械人間はどうしてるかな……イベント終了の連絡が無いからペンダントは見つけてないみたいだけどな」
コーヒーで流し込むようにクッキーを全部食べるとぴょんと岩から飛び降りた。
「先にやってもいいよな」
ポケットからイカサマサイコロを出すと落ちていた木の枝を拾って地面に放射状に線を引いて数字を振っていく、
「このまま登るか、横に進むか、とっとと見つけて町で休みたいぜ、カジノに行くフリしてお姉さんの店に行ってたっぷり遊びたいなぁ」
秀樹たちの方をちらっと見るとイカサマサイコロを振る。
「なっ……マジかよ」
掌の上のサイコロを見て恒夫が固まった。
1と1の合計2だ。
2はどの方角も指さない、つまりこの辺りにペンダントが落ちているという事である。
「参ったな、どうせ疑われるし、みんなの所で回せばよかった」
恒夫の見つめる先で秀樹たちがお茶を飲んで談笑している。
「ラグとスギナちゃんも楽しそうだし、終わってからでいいか…… 」
イカサマサイコロをポケットに仕舞うと恒夫は岩に登って寝転んだ。
岩で寝ていた恒夫の上にラグが跨がった。
「にゃに寝てんだ! 見張りだぞ」
薄い頭をポンポン叩かれて恒夫が目を覚ます。
「うぅ……ラグか………… 」
「ラグか、じゃにゃいぞ、見張りはどうした? 映画だったら全滅してるぞ」
ムスッと怒り顔のラグを見て恒夫が楽しそうに微笑む、
「にゃに笑ってんだ! 笑い事じゃにゃいからにゃ、弛んでるぞ」
「 ……ああ……ごめん、安心したら寝てた」
「にゃにが可笑しい! 敵の真ん中で寝るにゃんて死刑だぞ」
怒鳴るラグを見ても恒夫の顔から笑みは消えない。
「どうしたんだ? 」
ラグの怒鳴り声を聞いて秀樹たちがやって来る。
「見張りもしないで寝てたんだぞ」
恒夫に跨がったままラグが振り返った。
「それはいかんの、幾ら疲れておるといってもラグが怒るのも当然じゃ」
スギナだけでなく秀樹と栄二と菜穂も非難するように恒夫を見ている。
「ほんとだぞ、ツネは少し褒めるとこれだからにゃ」
ぷんぷん怒るラグを抱くように恒夫が上半身を起こす。
「あぁ~~、気持ちいい~~ 」
ラグの爆乳に顔を埋めると絞り出すような声を出した。
「にゃにしてるにゃ、反省してにゃいにゃ、お仕置きだぞ」
普段なら喜ぶラグも流石に怒鳴って恒夫を引き離す。
「ちょっ、待て! 待ってくれ」
目の前で爪を伸ばすラグを見て恒夫が慌てて大声だ。
「にゃに言ってるにゃ、お仕置きしてやるぞ」
「待たんか、話を聞いてやれ、ふざけておるのではない様子じゃぞ」
飛び掛からんとするラグをスギナが止めた。
安堵した顔で恒夫が振り向く、
「助かったよスギナちゃん、あれを見てくれ」
恒夫が岩の下を指差す。
先程描いたイカサマサイコロの図が残っていた。
「なんじゃ、もうサイコロを振ったのか? 」
「ああ、暇だったから先に振ってみたら1と1の2が出たぜ」
「なんじゃと! 」
「本当なの恒夫」
驚くスギナと栄二の横で秀樹が疑うように訊く、
「またからかってんだろ」
「お仕置きが怖いからって嘘はダメよ」
菜穂も信じていない顔だ。
「マジだって、だから何か気が抜けて気が付いたら寝てたんだ」
ラグを横にどかせると恒夫が岩から飛び降りた。
「本当らしいのぅ、じゃが確認のためにもう一度回してみろ、再度2が出ればハズレでなく間違いなくこの辺りにあるという事じゃからな」
スギナが手から伸ばした蔓で描いた方向を決める図を秀樹たちが囲んだ。
「浮かれて安心してたけどハズレって事もあるな、流石スギナちゃんは冷静だな」
恒夫がポケットからイカサマサイコロを取りだした。
「ハズレだったらお仕置きにゃ、見張りサボって寝てたからにゃ」
「謝るから勘弁してくれ、んじゃ回すぞ」
サイコロを二つ包むように両手で持って回す。
室内ならともかく、山の中では無くさないように地面に転がしたりはしない。
「リス少女ピナが無くしたペンダントが落ちている方向を教えてくれ、地面に書いた番号で示してくれ、直ぐ近くにあるなら2を出してくれ」
言いながらサイコロを振って両手を広げる。
「1と1の2だぞ」
今一わかっていない様子のラグの隣で秀樹が震える声を出す。
「まっ、マジだ……やったぜ」
「この辺りに落ちてるって事だよね」
信じられないという顔で菜穂が秀樹や栄二の顔を見回した。
「ああ、近くにあるって事だ」
「うん、歩いて十分程の距離に落ちてるって事だよ」
こたえる秀樹と栄二を見てラグがバッと顔を上げる。
「やったぁ~~、あたいたちの勝ちって事だぞ」
状況を理解してラグが大喜びだ。
スギナが隣りに立つ恒夫の腕をポンッと叩いた。
「見張りを忘れて寝とったのは感心せんが……今回は不問にしておいてやろう」
「だから悪かったって謝ってるだろ、直ぐに話そうとしたんだがスギナちゃんたち楽しそうにお茶してたからさ、言ったら休み切り上げて直ぐに探しただろ、キノコ退治の後だからゆっくり休んでからでいいと思ったんだ」
苦笑いでこたえる恒夫を菜穂が見つめる。
「恒夫くんって変なところに気を回すわよね、でも正直言って上級魔法を続けて使って少し休みたいって思ってたから私は文句言えないわ」
「だな、ここまで探せたのは恒夫の御陰だしな」
菜穂と秀樹に持ち上げられて恒夫が厭そうな顔だ。
「煽てても何も出ないぞ、ここからはラグの出番だからな」
「うにゃ? あたいの出番? 」
みんなに見つめられてラグが首を傾げる。
「アホの子か! イカサマサイコロで大まかな場所を特定してラグの嗅覚でペンダントを探すって手筈だろが」
怒鳴りつける恒夫の横でラグが鼻を啜る。
「うにゅん、そうだったぞ、でもまだ鼻がムズムズするぞ、そんで匂いがわからないぞ」
「な……マジでアホの子だ………… 」
言葉には出さないが恒夫だけでなく秀樹と栄二と菜穂も残念な子を見る目付きでラグを見ている。
スギナが恒夫の腕を引っ張った。
「言ってやるな、人間の何百倍もの嗅覚を持つんじゃぞ、キノコの胞子が少し残っておるんじゃろ、儂が洗浄して全て取ってやろう」
「そうだな、頼んだよスギナちゃん」
恒夫が何か言う前にラグが口を開く、
「鼻にちびっ子の蔓入れるにゃんて嫌だぞ」
「洗浄せんと鼻が使えんじゃろが、四の五の言わずにそこの岩に横になれ」
厭がるラグをスギナが叱りつけた。
「ほっといても暫くすれば治るぞ」
駄々をこねるラグに恒夫が向き直る。
「時間が惜しい、マーサさんや機械人間たちが近くまで来てたらどうする? 早い者勝ちって約束だろ、負けてもいいのか? 」
「厭なものは厭だぞ、鼻とか耳は敏感だから変にゃもの入れたくにゃいぞ」
拗ねた顔をして俯くラグに恒夫が幼子をあやすように話し掛ける。
「匂いで探すなんてラグにしか出来ないからな、頼りになるのはラグだけだ。少し我慢してくれ、リーダーなんだろ? 」
スギナなら探せるかも知れないと考えながらもラグに言い聞かせた。
厄介ごとを嫌ったのか秀樹と栄二と菜穂は知らん顔だ。
「わかったぞ……変にゃ感じがしたら直ぐに止めるからにゃ」
渋々受けたラグを見て秀樹たちも一安心だ。
「流石リーダーだぜ」
「厭な事でもするのって凄いよね、流石ラグさんだよ」
秀樹と栄二が煽てるとラグがパッと顔を上げた。
「にゃへへっ、凄いのか? にゃんたってリーダーだからにゃ」
「決まりじゃ、ラグ、岩の上に仰向けになれ、心配いらん、蔓と言っても髪の毛よりも細いから何の感じもせん、一分ほどで終わるから目を閉じておれ」
スギナに言われて恒夫が寝ていた岩の上にラグが横になる。
「一分? 100数えてる間に終わるにゃ」
怖々と目を閉じたラグの鼻にスギナの手から伸びた細い蔓が入っていく、
「い~ち、にぃ~、さぁ~ん、しぃ~ 」
目を閉じたままラグが声を出して数えていく、
「終わったぞ」
「うにゅう、60も数えてにゃいぞ」
ラグがバッと上半身を起こした。
「暴れずにじっとしておったから早く終わったのじゃ、どうじゃ? 治っとるじゃろ」
スギナに言われてラグが鼻をヒクヒクさせる。
「匂うぞ、リス女の匂いだぞ」
「マジか? どっちだ? 」
恒夫に振り返りもしないでラグが指差す。
「あっちだぞ」
ラグを先頭に先程までお茶をしていた大きな岩まで歩いて行った。
「この近くにあるぞ、う~ん、コーヒーとクッキーの匂いが邪魔だぞ、集中するから少し黙ってるにゃ」
ラグが目を閉じて鼻をヒクヒクさせる。
暫くして目を閉じたままラグが歩き出す。
「段々匂いがきつくにゃってきたぞ」
大岩の影でラグがしゃがんだ。
「ここら辺のどっかにあるぞ、コーヒーの匂いと混じってこれ以上無理だぞ」
「悪い悪い、そこにコーヒーの豆カスを捨てたからさ」
苦笑いしながら秀樹が岩の下を指差す。
先程飲んだコーヒーのカスが纏めて捨ててあった。
「これだぞ、このアルマジロに似てるコーヒーの匂いで鼻が利かなくなるぞ」
鼻を擦るラグの向かいで恒夫が怪訝な顔を秀樹たちに向ける。
「アルマジロって何だ? こっちのコーヒーは獣臭いのか? 」
「キリマンジャロだよ、僕がキリマンジャロに似てる味だねって言ったのをラグさん間違えてるんだ」
栄二が弱り顔で言うとラグがパッと顔を明るくする。
「おおぅ、そだぞ、キルマジロのコーヒーだぞ」
「マジでアホの子か! 最初のキしか変わってないぞ、アルマジロでもキルマジロでもなく、キリマンジャロだ」
呆れる恒夫の向かいでラグが照れを隠すように話を続ける。
「そんな事どうでもいいぞ、それよりこの近くに落ちてるぞ、さっさと見つけるぞ」
「そうだね、みんなで手分けして探そうよ」
菜穂に言われるまでもなく秀樹と栄二は探し始めている。
「さっきまで休んでた所に落ちてるなんて灯台下暗しだね」
草を掻き分け探しながら栄二が言うと秀樹が頷く、
「ああ、ラグちゃんの鼻が痺れてなかったら直ぐに見つかったんだろうな」
「あのキノコが悪いんだぞ、だから野菜は嫌いにゃんだ。やっぱ肉だぞ」
ラグは探しもせずに岩の上に座って足をぶらぶらさせている。
隣で恒夫が同意する。
「ほんとだな、俺も暫くキノコは食えないぜ」
這うように探していた秀樹がサッと頭を上げる。
「ラグちゃんはともかくお前は何してんだ! さっさと探せ! 」
「だから探してるだろ」
岩の上で恒夫が石を使って何か描いていた。
スギナがぴょんっと岩に飛び乗る。
「成る程の、サイコロで場所を特定するのじゃな」
岩の上に放射状に線を引いて数字が書いてある。
「近くにあるのに見つからないって事は土に埋まってる可能性がある。方向を特定して土を掘り返して徹底的に探そうぜ」
「了解だ」
いつの間に登ってきたのか秀樹と栄二と菜穂が囲んでいた。
「2~12までのどの方向にリス少女ピナのペンダントがあるか教えてくれ」
恒夫がサイコロを回した。
「3と4の7だぞ、あっちだぞ」
秀樹たちが無言で岩から飛び降りるとラグが指差す方角へ集まる。
恒夫が両手を広げた。
「あの図から見たら大体この角度の範囲だ。少しずつ地面ほじくり返して探そうぜ」
「面倒じゃの、儂が探してやる」
スギナが両手から植物の蔓を伸ばす。
「操蔓! 捜索根」
両手から伸びた蔓が地面に突き刺さって潜っていく、
秀樹がスギナを見つめる。
「初めからスギナちゃんに頼めばよかったんじゃ…… 」
「初めから探すのは無理じゃぞ、広い範囲じゃと時間も掛かるし力も使う、敵に襲われても反撃できん、ある程度特定した後に使う予定じゃっただけじゃ」
「そりゃそうだ。俺も面倒なのは御免だしな」
とぼけ顔で言う恒夫をスギナがジロッと睨み付ける。
「お主と一緒にするな、儂は効率のよい方をとったまでじゃ」
怒られるかとへらへらと媚びた笑いをする恒夫の前でスギナの顔から怒りが消えた。
「見つけたぞ、儂らの勝ちじゃな」
目の前の地面から生えてきた蔓にペンダントが引っ掛かっていた。
「おお、やったぜ」
「やったわね、500ポイントだよ」
喜ぶ秀樹と菜穗の前でスギナが書き写した絵とペンダントを見比べる。
「間違いないようじゃ、このペンダントじゃな」
「それはスギナちゃんが預かっててくれ、一番安全だからな」
恒夫に言われるまでもなくスギナがペンダントを懐に仕舞った。
岩の上でラグが立ち上がる。
「後は降りてリス女に渡すだけだぞ、さっさと出発するぞ」
元気に飛び降りたラグを先頭に山を降りてく。
ウォークマッシュルームの住処であるシダの群生地を避けて迂回する道すがら栄二が誰に聞くとも無く話し始める。
「藪の中じゃなくてあんな開けた場所に落ちてるなんてね、ピナさんは何で気が付かなかったんだろうね」
「儂らと同じじゃな、リス女のピナもあそこで休んだのじゃろう、その時にペンダントを無くしたのに気が付かずに山を降りたのじゃ、チェーンが切れておらんからの、どこぞに引っ掛かって千切れて無くしたのではない、自分から外して仕舞い忘れたか何かしたんじゃろ」
前を歩くスギナが振り返りもせずにこたえた。
「成る程ね、平らで大きくて休むのにピッタリだもんね、あの大岩」
「俺たち五人で座ってお茶しても充分だったし景色も良かったからな」
後ろで菜穂と秀樹も納得だ。
5合目辺りまで降りた所で先頭を歩くラグが止まった。
「気を付けろ! 何か来るぞ」
普段のとぼけ声とは違う真面目な言葉使いだ。
恒夫の前にスギナが出る。
「多数の気を感じる。これは魔物じゃぞ」
「魔物ってキノコじゃないよな」
「キノコの匂いじゃにゃいぞ、あたいの知らにゃい匂いだぞ」
恒夫に振り返りもしないでラグがこたえてくれた。
後ろに居た栄二が思い付いたように口を開く、
「シャドウドッグだよ、山にいる魔物は3種類、キノコとシャドウドッグとヒドラだ。山の主だからヒドラは1匹だよ、キノコじゃないならシャドウドッグしかいないよ」
「うむ、儂も栄二の意見に賛成じゃ」
険しい顔をしたスギナが両手から蔓を出して構える。
「くそっ、ペンダントを見つけたんだ。こんな所でやられて堪るかよ」
最後尾で秀樹が魔法の杖を出す。
「やってやるわよ、影犬だか何だか知らないけどさっさと倒してクリアしてやるんだから」
菜穂もやる気満々で魔法の杖を構えている。
「どっから来る? 前から? 」
栄二が魔法銃を握り締めて訊いた。
「わかんにゃいぞ、匂いしにゃいぞ、歩く音も聞こえにゃいぞ、でも気配は感じるぞ、あたいの野生がヤバいって言ってるぞ」
ラグは耳と尻尾だけでなく全身の毛を逆立てている。
後ろからその様子を見た恒夫がマジ顔で口を開いた。
「シャドウドックか……肉体を持たないって説明してたな、それで歩く音も無しか、匂いも無いんじゃラグでもお手上げだな」
「うん、霧のような気体生命体だって言ってたよ」
恒夫の後ろで栄二も顔を強張らせている。
シャドウドッグは名前の通り黒い影のような色をして犬のような姿をした魔物だ。
妖術や魔法を使うような攻撃はしてこない、スピードを活かして鋭い爪や牙で襲い掛かってくる。
攻撃力としては大した魔物ではない、だが影というだけあって物理的攻撃は効かない、殴っても空を切るだけだ。
霧のように四散して直ぐに集まって元の犬の姿に戻るのだ。
物理的に存在しないのではなく微粒子で構成された体を持っている。
いわば気体生命体といった生物である。
霧のような気体で出来た体なので殴る蹴るなどの物理的攻撃は効かないが電気や火といった攻撃は有効である。
「来おるぞ! 」
スギナが叫ぶと同時に周りの藪から黒いものが飛び出した。
「プラズマガード! 」
秀樹の声と共に全員を囲むようにバチバチと雷光をあげる電気の壁が立ち昇る。
防御の中級魔法だ。
『ギャン! 』
黒い影のようなものが電気の壁にぶつかって犬のような叫びをあげた。
「あれがシャドウドッグか」
「にゃんだ黒い犬っころだぞ」
驚く恒夫の横でラグが気の抜けた声で言った。
何匹かぶつかって電気の壁が消えていく、秀樹たちを囲むように犬の姿をした黒い影のようなシャドウドッグが幾つも見えた。
「んじゃ、こっちの番だぞ」
爪を伸ばしたラグがバッと飛び出した。
「フクロウ切り! 」
鋭い爪がシャドウドッグを捕らえた。
ウォークマッシュルームを簡単に引き裂いたラグ十八番の攻撃だ。
切ったと思った瞬間、シャドウドッグの体が霧散した。
「にゃん!? 」
驚くラグの後ろに黒い靄が集まっていく、
「ラグ後ろだ! 」
恒夫の叫びに反応してラグが前に跳んで逃げる。
先程までラグがいた場所の地面をシャドウドッグが鋭い前足で抉った。
「にゃんだこいつら? あたいの攻撃が効いてにゃいのか? 」
怪訝な顔をしたラグがまたシャドウドッグに飛び掛かっていく、
「止めろラグ! 戻ってこい」
飛び出そうとした恒夫の腕をスギナが引っ張る。
「繰蔓! 笹刃」
スギナが出した笹でできた刃が恒夫に襲い掛からんとしたシャドウドッグに飛んでいく、目の前でシャドウドッグが霧散して消えた。
「不用意に動くな、此奴ら統率の取れた攻撃をしてきおるぞ」
「でもラグが…… 」
心配顔の恒夫からスギナは視線を外すと秀樹たちを見る。
「此奴らに物理的攻撃は効かん、魔法で戦え、キノコみたいに焼いてやればよい、さっき秀樹が防護魔法を使ったように防護しながら1匹ずつ倒していけばよい、キノコと違って数は20ほどじゃ、慌てず確実に倒していけ」
「1匹ずつね、了解したわよ」
「俺と菜穂で交互に防御魔法を出して、栄二と俺の持つ魔法銃で1匹ずつ仕留めてやるぜ」
菜穂と秀樹が返事をするのを見てスギナが恒夫に向き直る。
「儂は恒夫と一緒にラグを連れ戻してくる。直ぐに戻るから無理はするなよ」
「スギナちゃん、ありがとう」
「困ったリーダーじゃ」
安堵する恒夫を連れてスギナはラグが消えた藪へと入っていった。
50メートルほど離れた藪の中でラグが数匹のシャドウドッグと戦っていた。
「キツツキパァ~~ンチ! 」
ラグの連続パンチがシャドウドッグにぶち当たる。
「にゃんだ? フワッとしてるぞ」
殴ったシャドウドッグが霧散して消えた。
少し離れた所に黒い煙が集まってくる。ムクムクと大きくなると犬の姿に変わっていく、先程消えたシャドウドッグだ。
「あたいの攻撃が効かにゃいって事か? 」
シャドウドッグが再生するのを観察するように見ていたラグの後ろから別のシャドウドッグが襲い掛からんと牙を剥く、
「にゃっと! 」
ラグは体を捻って避けると同時に蹴りを食らわす。
蹴りが当たって上下に分裂したシャドウドッグが煙のように消えていった。
「煙みたいだぞ」
観察していたラグの左右からシャドウドッグが襲い掛かる。
「にゅがっ! 」
ラグが悲鳴を上げた。
左のシャドウドッグには気付いて反撃して殴り消したが右から襲い掛かってきたシャドウドッグに背中をやられた。
「にゅうぅ……犬っころが」
苦痛に顔を歪めるラグの背に4本の赤い筋が浮んでいる。
シャドウドッグの爪で引っ掻かれた傷だ。
反射神経の優れたラグだからこそ傷だけで済んだ。
秀樹や恒夫なら肉を抉り取られているだろう。
続けて前後から迫ってくるシャドウドッグを跳んで避けたラグの上から他のシャドウドッグが覆い被さるように襲ってきた。
そこへ恒夫とスギナがやって来る。
「にゅぎゃ! 」
恒夫の目に地面に叩き付けられたラグの姿が見えた。
転がるラグに4匹のシャドウドッグが迫る。
「ラグ!! 」
「操蔓! 打根」
叫ぶ恒夫の隣でスギナが両手から植物の根っこを伸ばす。
根っこがぶち当たったシャドウドッグが霧散して消えていくが直ぐにまた集まって犬の姿を作っていく、
「強くはないが面倒臭い相手じゃな」
攻撃目標をラグからスギナに代えた4匹のシャドウドッグが襲ってくる。
「ラグ大丈夫か! 」
倒れたラグの元へと恒夫が駆けていく、
「来るにゃ! 藪の中に隠れてるぞ」
走ってくる恒夫の右から1匹のシャドウドッグが襲い掛かる。
「恒夫! 」
スギナが叫ぶが4匹のシャドウドッグの相手で手一杯だ。
背中や手足に傷を負って血塗れのラグがバッと恒夫を庇うようにシャドウドッグの前に身を投げ出す。
大きく口を開いたシャドウドッグの牙がラグに迫る。
「ラグ! 」
恒夫がダメだと思ったその時、藪の中から熊男のギガルが現われた。
「クソ犬どもが…… 」
ギガルがシャドウドッグの背に噛みついた。
普通なら霧散して消えていくシャドウドッグが萎むように小さくなって消えた。
「ツネぇ~~ 」
抱き付くラグの背中越しに恒夫が辺りを見回す。
消えたシャドウドッグが何処に現われるのか警戒しているのだ。
「がははっ、危なかったな、この犬どもにパンチやキックは効かないぜ」
抱き付く腕を緩めるとラグが振り返る。
「だったら魔法で戦うぞ、あたいは魔法のペンダント持ってるからにゃ」
「ギガルさん助かりました。パンチやキックが効かないのは知ってます。それでラグを追いかけてきたんだ」
辺りを警戒していたが先程消えたシャドウドッグは何処にも現われない。
「心配無いぜ、さっきのクソ犬は俺が倒したからな」
キョロキョロする恒夫の前でギガルがニヤッと黄色い牙を見せた。
「倒した? どうやって倒したんです。魔法使えないんですよね、貰ったのは俊足と影マントだけですよね」
「がはははっ、食ってやった。水蒸気みたいな体してやがるからパンチもキックも効かないが吸い込む事は出来たぜ、腹の中で暫く暴れてたみたいだが消化したのか今はおとなしいもんだぜ、がははははっ 」
大笑いするギガルを見て恒夫が顔を引き攣らせる。
「食ったのか……魔物を………… 」
「不味そうな犬っころよく食えたにゃ、お腹壊しても知らないぞ」
ラグも気持悪そうに顔を歪めていた。
そこへスギナがやって来る。
「他のシャドウドッグは? 」
「この辺りのは倒したから安心せい」
恒夫の前でスギナが始末完了というようにパンパンと手を叩いた。
スギナがギガルを見つめる。
「確かギガルとか言ったの、世話になった様子じゃ、礼を言うぞ」
「がははっ、礼には及ばん、このクソ犬ども俺たちにも喧嘩を売って来やがったからな」
豪快に笑い飛ばすギガルを見てスギナも釣られて微笑んだ。
「ラグ、直ぐに治してやるからな」
恒夫がラグの背中に手を当てる。
「うにゅん、ツネの治癒は温かくて気持ちいいぞ」
体を白く光らせる恒夫にラグが気持ち良さそうに身を寄せた。




