第百二十話 「魔物」
十分程歩くとまたイカサマサイコロを振る。
イカサマサイコロが教えてくれるのは十分以内の先の事までだ。
地面に方向を示す数を書きイカサマサイコロでペンダントのある場所を示してもらう、また十分歩いてイカサマサイコロを振る。
これを繰り返していけばペンダントが落ちている場所へ辿り着くという寸法だ。
恒夫が掌で振ったイカサマサイコロをラグが覗き見る。
「うにゃ? 6と6の12だぞ、12は後ろだぞ、今来た道を降りるのか? 」
「3回目だからハズレが出たかも知れないな」
サイコロをポケットに仕舞うと恒夫が『どうする? 』と言うように秀樹を見つめた。
「たぶんハズレだな」
「僕もハズレだと思う、下にあるなら十分歩く前に2を出して近くにあるって教えてくれるはずだよね」
今一自信のない様子の秀樹に栄二が追従する。
「そうよね、戻っても仕方ないわよね」
菜穂も『どうするの』と言う顔だ。
スギナがラグに向き直る。
「ペンダントの匂いはせんか? 」
ラグがそっと目を閉じた。
鼻に全神経を集中しているのだ。
「リス女の匂いはしないぞ」
暫くしてラグがパッと目を開けた。
スギナが恒夫を見上げる。
「ハズレじゃな、このまま上に進むとしよう、上でもう一度サイコロを振ればわかるじゃろ」
「了解だ。迷路じゃ無い分ダンジョンよりマシだな、ラグ上に進んでくれ」
「登るんだにゃ、わかったぞ」
ラグを先頭に登っていった。
何度かサイコロを振って右に行ったり左に行ったり、上り下りしながら一時間ほどが経った。
今いる場所は3合目辺りだ。
正式な山道を歩けば二時間ほどで山頂に着くくらいの山である。
秀樹たちはスギナが作ってくれた道を歩いているので少し時間が掛かる。
植物という障害は無いが整えられた山道と違い足場が悪くて歩くのに時間が掛かっているのだ。
「少し休もうぜ」
恒夫が一番に音を上げた。いつもの事である。
「にゃんだ? もうへたばったにょか」
先頭を歩くラグが『仕方無いヤツだ』という顔で振り返った。
「走るのも苦手だが歩くのも嫌だ」
首筋の汗を拭きながら恒夫が近くの岩に腰掛けた。
「仕方にゃいにゃ、少し休むぞ、ツネはハゲるのは得意だけど歩くのは苦手だからにゃ」
「得意でハゲてるんじゃないからな…… 」
普段なら怒鳴るのだが今の恒夫にそんな元気は無い。
「少し早いが飯にするか? どうだラグちゃん」
最後尾で秀樹が訊いた。
恒夫だけで無く菜穂もバテているのが見えたのだ。
「あたいはまだお腹減ってにゃいけど御飯食べたらツネが回復するぞ、頭は無理だけどにゃ」
座り込んだ恒夫の薄い頭をモシャモシャしながらラグが言った。
バテているのかラグの手を払いもしない恒夫をスギナがちらっと見る。
「そうじゃな、軽く食べて後は晩飯まで行動食で済ませた方がいいのぅ」
スギナが賛成して昼食の用意が始まる。
時刻は午前十一時くらいだ。
「じゃあ、パスタでも作ろうか」
栄二の一言でメニューが決まる。
手早く作れてラグも満足できるメニューだ。
「任せた。俺は見張りしてるからな」
見張りと言って恒夫がサボる。
無理をさせて本当にへたばると困るので秀樹は何も言わない。
「菜穂も休んでろ、料理は俺と栄二で作るから、スギナちゃんとラグちゃんは見張りを頼む」
「ありがとう、休ませてもらうわ」
菜穂は素直に従うと岩に座って水を飲み始めた。
「了解だぞ、ツネと上で見張ってるぞ、御飯食べたらツネも回復するぞ、頭は無理だけどにゃ」
少し上で見張りをしている恒夫の元へとラグが歩いて行く、スギナは下の見張りに付いた。
スギナの妖瓢箪から荷物を出して料理を作り始める。
荷物を運べる妖瓢箪の御陰で重い水も食材も豊富にあった。
オイルサーディンの様な小魚の缶詰と大蒜と唐辛子を使ってペペロンチーノの様なパスタを作る。
肉好きのラグには乾燥肉やレバーパテを追加でトッピングだ。
二十分程で調理が終わる。
秀樹や栄二が調理慣れした事もあるがスギナの妖瓢箪の御陰で大きな鍋やフライパンに灯油を使ったコンロが使えるので早いのだ。
「みんなぁ~、出来たよ~ 」
皿に盛りつけながら栄二が呼んだ。
近くにいた菜穂が一番に飛んできた。
「うわぁ~美味しそう、秀樹くんパスタ作るの旨いもんね」
褒められて秀樹が嬉しそうにニッと笑う、
「まぁな、こっちの世界じゃいつも作ってるから慣れたぜ、疲れを取るために大蒜を少し多めにしてみた。デートは困るけど冒険だから大丈夫だろ」
「みんなで食べたら匂いも気にならないしね」
栄二が皿を折り畳みテーブルの上に並べた。
これもスギナの妖瓢箪で運んできたものだ。
「旨そうな匂いじゃの」
スギナが歩いてくると地面に植物の蔓を突き刺した。
「操蔓! 捜索根」
上で見張っている恒夫とラグに向き直る。
「恒夫、ラグ、こっちで食うのじゃ、儂の捜索根で10メートル四方を囲っておる。何か近付けば直ぐにわかる。じゃからみんなで食うのじゃ」
ラグが直ぐに飛んでくる。
「良い匂いだぞ、お腹減ってなかったけど今は腹ぺこだぞ」
「俺もだ。お腹ペコペコペコにゃんこだ」
後ろから来た恒夫にラグが振り返る。
「まただぞ、またネピアの口癖だぞ」
「ああ、ネピアのだが今じゃ俺の口癖だ」
「うにゅにゅ、ネピアのじゃにゃくてあたいの口癖を使うんだぞ」
睨んでくるラグを見て恒夫がニヤッと言い返す。
「ラグの口癖って肉と食い放題しかないだろが」
「くにゅにゅ…… 」
悔しげなラグがパッと顔を上げる。
「食い放題だけじゃにゃいぞ、ツネがハゲってのも口癖に追加されたぞ」
「なっ……くそっ、俺の負けだ。悪かったからハゲってのは忘れろ」
藪蛇だと恒夫はこれ以上言い返すのを止めた。
「バカ言ってないで温かいうちに食えよ」
秀樹が笑いながら呼ぶと恒夫が向かいに座る。
「そうだな、旨いうちに食うか、秀樹の手料理でもパスタはゲームじゃ標準みたいなものだから安心して食えるな」
恒夫の左にスギナが腰掛けた。
「お主は直ぐにそういう事を言う、悪いところじゃぞ」
挟んで右にラグがぴょんっと座る。
「にゃははっ、ツネは自分で作らにゃい癖に文句は一人前だぞ、髪は半人前だけどにゃ」
「半人前じゃねぇ! 進歩しすぎて薄くなったんだ」
休んで元気になったのか恒夫が怒鳴った。それを見て全員大笑いだ。
昼食を終えて少し休んでから歩き出す。
イカサマサイコロを振るために何度か立ち止まる。
四度目に出た目にしたがって山を右に進んでいくと周りの景色が変わった。
「ジメってしてるにゃ」
「湿気が多いな、川か池でもあるのかな」
目の前の草木が今までの笹や雑木と違いシダ植物の群生となっていた。
「川の音も池の匂いもしにゃいぞ、カビの匂いがいっぱいで厭な感じだぞ」
「カビの匂いか……鼻が良いのも考えものだな」
顔を顰めるラグをスギナが見上げる。
「この辺りは水はけが悪いんじゃな、粘土質の層が地表近くに出ておるんじゃろう、日当たりも悪くてジメジメしておる」
「んじゃサイコロを回すか」
恒夫が落ちていた枝を拾うと地面に放射状に線を引いて中央と周囲に番号を振っていく、ペンダントがどの方向にあるのかイカサマサイコロに教えてもらうのだ。
「合計が2ならこの近くに落ちている。それ以外なら方向を番号で教えてくれ」
唱えながらイカサマサイコロを掌の上で振った。
恒夫の動きが止まる。
「マジかよ、1と2の3だ。この上だ」
「にゅうぅ……ここ通るのか? あたいヤだぞ」
シダ植物の群生を指してラグのテンションが駄々下がりだ。
「ラグちゃんが厭なら回り道してもいいぜ」
「うん、2じゃないなら近くにペンダントは落ちてないって事だから迂回してもいいよね」
後ろから秀樹と栄二が同情して言ってくれた。
「迂回してもいいけどスギナちゃんにバッと道を作ってもらえばいいじゃない」
菜穂が両手を突き出し左右にバッと広げる。
シダ植物の群生を割って道を作ってもらおうという考えだ。
「そうじゃな、回り道するより早いじゃろ」
スギナが手から植物の根を伸ばす。
「操蔓! マリオネット」
根を地面に突き刺すと術を唱えた。
シダ植物がズズッと動き出す。笹藪と違い動きが遅い。
「んん!? 」
「どうした? 何かあったのか? 」
首を傾げるスギナに恒夫が訊いた。
「うむ、草の根が何かに絡まって少し動かし辛いようじゃったんじゃが…… 」
目の前で左右に割れていくシダ植物の群生を見てスギナが続ける。
「粘土質じゃからな、普段より少し引っ掛かったのじゃろう」
「カビ臭い匂いはあるけど、これにゃら大丈夫だぞ」
少し元気を取り戻したラグを見て秀樹たちは一安心だ。
「相変わらず凄いわねスギナちゃんは、これだけ広いと虫も寄ってこないわ、こんな所さっさと通り抜ければいいわよ」
虫嫌いの菜穂も後ろで喜んでいる。
ラグに気を使ったのかスギナが作ってくれた道は幅3メートルもあって笹藪より広い道だ。
「虫か……まあそうだな、これなら寄ってこないぜ、大丈夫だ」
恒夫が大袈裟に言った。
普段なら菜穂をからかうのだがラグが弱っているので止めたのだ。
「んじゃ出発だぞ」
いつもより少しテンションの低いラグが歩き出す。
少し歩いた所でスギナが立ち止まった。
「何かおるぞ! 気を付けろ! 」
スギナの大声に秀樹たちが反射的に外側を向いて円陣を組む、恒夫と栄二がサッと魔法銃を抜く、戦い慣れして咄嗟に動けるようになっていた。
「何処だ? 何がいる? 」
恒夫の右でラグが地面を指差す。
「土の中だぞ、何か動いてるにゃ、一つじゃ無いぞ、いっぱいいるぞ」
ピンと耳と尻尾を立てて言うラグの言葉で全員が目の前の地面を見つめる。
秀樹が見つめる中、地面がボコッと盛り上がる。
「なんだ…… 」
「こっちもだよ」
栄二の前の地面も盛り上がっていた。
「いっぱいいるわよ、何なの? 」
菜穂が魔法の杖を構える。
「囲まれたようじゃぞ」
険しい顔をしてスギナが言った。
円陣を組んでいる秀樹たちの周りの地面がボコボコと幾つも盛り上がっていてすっかり囲まれていた。
盛り上がった土の中から白いものがモコモコと生えてくる。
「なんだ……白い袋? 」
恒夫の呟くような声にスギナの声が被さる。
「アレはキノコじゃ、魔物じゃぞ」
「魔物? キノコの? ウォークマッシュルームかよ! 」
叫んだ恒夫の目の前で白いものがムクムクと大きくなっていく、あっと言う間に2メートルほどの大きさに膨らんだ。
「先手必勝だぞ」
爪を伸ばしたラグが飛び掛かる。
「フクロウ切り! 」
キラリと光った爪が白いものを切り裂いた。
ぶわっと煙のようなものを吹き出して白いものが上下二つに別れて地面に転がった。
「うにゃ! 臭いぞ、カビの匂いだぞ」
戻ってきたラグが鼻を手で押さえる。
「キノコだからな、カビじゃなくて胞子だ」
恒夫が魔法銃を白いものに向けた。
次の瞬間、2メートルほどの白いものがポンッと弾けた。
「なんだ!? 」
白い煙のような胞子が辺りを舞う、一瞬見えなくなるが直ぐに煙が収まる。
「なん! これがウォークマッシュルームかよ」
秀樹が驚きの声を上げる。
恒夫の前に魔物のウォークマッシュルームがいた。
ウォークマッシュルームはその名の通り2メートルもある大きな歩くキノコの化け物だ。
マッシュルームと呼ばれているが本物のキノコである丸いマッシュルームとは似ていない、どちらかというと太い茎の上に楕円形の笠が乗っているエリンギに似ていた。
灰白色の胴体はエリンギとそっくりだ。
違いといえば短い4本の足が付いていて歩く事が出来るところと笠の下から4本の触手が伸びている事である。
目や口は無い、どうやって獲物を見つけるのかはわからないが動物を襲って毒の胞子で痺れさせて菌糸で絡めて溶かして吸収するらしい、つまり肉食という事だ。
「キモ! 」
菜穂が思わず声に出す。
怖いと言うより嫌悪感を持つ姿をしている。
「うわっ、こっちも、あっちも出てきたよ」
栄二の顔も引き攣っている。
周りにいた白いものが次々と弾けて中からウォークマッシュルームが出てきた。
「臭い、カビの匂いだ。そうだ空気玉があった」
栄二が咄嗟に空気玉の首輪を付けた。
一時間空気を吸わなくても行動できるアイテムだ。
「此奴らが根に引っ掛かって動かし辛かったんじゃな」
スギナが険しい顔で続ける。
「ここは奴らの巣じゃ、結界でも張っておるのか魔法を使っておるのか感知できんかった。儂が付いておりながら済まん」
栄二がバッと振り向く、
「スギナちゃんが謝る事無いよ」
「そうだぜ、俺たちは全く気が付いてなかったんだからな」
魔法の杖を構えながら秀樹も優しい声だ。
「そだぞ、ちびっ子の所為じゃにゃいぞ、あたいも気が付かにゃかったからにゃ、カビの臭い匂いしかわからにゃかったぞ」
珍しくスギナを庇うラグの隣で恒夫がいつものとぼけ顔で口を開く、
「誰の所為でもないよ、力の無い動物の中には防御力が優れているのがいるからな、キノコもそっちなんだろ」
「そうにゃ、こんにゃ奴らあたいが切り刻んでやるぞ」
飛び掛かろうと爪を伸ばした手を構えたラグがふらっとよろけて恒夫にもたれ掛かった。
「にゃ……にゃんか変だぞ………… 」
「どうしたラグ? 何が…… 」
ラグを支えようと振り向いた恒夫の視界がぐにゃりと曲がる。
スギナが振り返る。
「しまった毒じゃ、胞子の毒じゃ」
スギナの目の前で恒夫とラグだけでなく秀樹と菜穗もふらついてその場に倒れていった。
「秀樹! 菜穂さんも……みんなしっかりしてよ」
空気玉を付けている栄二とスギナはふらついていない。
「お主は平気か? 」
「うん、僕は空気玉を使ってるからね、スギナちゃんは大丈夫なの」
首輪に付いた青い魔法の玉を撫でながら栄二がニッと笑った。
「儂は胞子が飛んだ時に咄嗟に妖術でフィルターを掛けたから平気じゃ」
頷くとスギナが続ける。
「動けるのは儂ら二人だけじゃ、治癒したいが栄二だけではのぅ…… 」
悩むスギナの足を恒夫が掴んだ。
「俺が……俺が秀樹たちを治す…………その間……敵を近付けるな」
苦しそうに言う恒夫の体が白く光っていた。
神様に貰った治癒能力を使うと光るのだ。
「しかし今のお主の体では…… 」
心配そうなスギナを倒れた恒夫が見上げる。
「クソがっ! 」
気合いを入れるようにして恒夫が上半身を起こす。
「俺の役目だ……この時のために力を貰ったんだ」
歯を食いしばる恒夫を見てスギナだけでなく栄二も頷いた。
「わかった。任せたよ恒夫」
「敵は近付けさせん、お主は治療に集中しろ、栄二は恒夫の護衛じゃ」
両手から植物の蔓を伸ばしたスギナが前に出た。
秀樹たちの周りを何百ものウォークマッシュルームが囲んでいた。
「操蔓! 打根」
スギナが手から伸ばした蔓で周りのウォークマッシュルームを薙ぎ倒していく。
幸いな事にウォークマッシュルームは動きが鈍い、スギナ一人でも秀樹たちを守って戦う事は出来た。
だが周りを囲むウォークマッシュルームが徐々に狭まってきている。
動きが遅くとも多数で一度に攻められればいつまで持つかわからない。
スギナが戦っている反対側にいたウォークマッシュルームが雷光をあげて燃え上がる。
「こっちは僕が何とかするよ」
魔法銃の弾を入れ替えながら栄二が必死の笑顔を見せた。
「うむ、任せたぞ、少し時間があれば大技が使えるんじゃが……秀樹たちが回復するまで持ち堪えるんじゃ、じゃが無理はするなよ」
「うん、でも今は無理をしないと……僕は不死身だから気を使わなくていいよ、こっちは任せて弾はいっぱいあるし、絶対に食い止めてみせるから」
スギナが振り返ると満面の笑みを見せた。
「良い男じゃな、任せたぞ栄二」
「うん、やってみせるよ」
必死の形相だった栄二の顔に嬉しそうな笑みが広がった。
二人に挟まれた中で恒夫がラグを治癒している。
「温かいぞ、ツネの手が気持ちいいにゃ」
胞子の毒が抜けたのかラグが上半身を起こす。
「大丈夫か? 」
心配する恒夫の方がフラフラだ。
「にゃにやってんだ。あたいより先に自分を治すにゃ」
ふらつく恒夫をラグが抱き支える。
「キノコを倒すのが先だ。ラグは強いからな…… 」
恒夫が震える手で鞄からタオルを取り出す。
「タオルを鼻と口に巻け、暫く胞子を防いでくれるはずだ」
泣き出しそうな顔でラグがタオルを受け取った。
「ツネ……わかったぞ、動けたらこっちのものだぞ、キノコにゃんて直ぐにやっつけてやるぞ」
鼻と口を覆うようにタオルを巻いたラグが元気に立ち上がる。
次に恒夫は菜穂の毒を抜いてやる。
不死身の秀樹は後回しだ。
暫くして菜穂が上半身を起こす。
「ありがとう、キノコなんて焼き払ってやるからね」
痺れながらラグがタオルを巻くのを見ていたのだろう菜穂はハンカチを取りだして口に当てると魔法の杖を持って立ち上がった。
「直ぐに治してやるからな…… 」
近くに倒れている秀樹の上にふらついた恒夫が覆い被さるように倒れ込んだ。
「恒夫、無理するな……俺はいい……自分を治せ」
秀樹が震える声を出す。
ウォークマッシュルームの毒は致死性のものでは無く、神経を麻痺させて動けなくするだけらしい。
「くぅ……直ぐに治す……俺は戦えないから……俺ができるのはこれくらいだ………… 」
苦しげに顔を引き攣らせた恒夫が上半身を起こすと秀樹の口元に手を当てた。
恒夫の体が白く光り出す。
治癒能力は魔法と同じように気力を使う、ベストな状態ならこの程度は何ともないが自身も毒でやられてふらついている今は必死である。
「よし……おわっ……た………… 」
倒れる恒夫を秀樹が支える。
「無茶しやがって……後は任せろ」
鞄からタオルを出すと口に巻いて秀樹が立ち上がった。
倒れている恒夫を一瞥すると戦っているスギナたちの方へと歩いて行く、恒夫はぴくりとも動かない、毒で弱っているのに力を使いすぎて気絶したのだ。
魔法銃の弾を入れ替える栄二の右からウォークマッシュルームが音も無く触手を伸ばしてくる。
「うわぁあぁ~~ 」
灰白色の触手が右腿に巻き付いて初めて栄二は気が付いた。
持っていた魔法の弾が地面に転がる。
「栄二ぃ~ 」
元気な声と共に飛んできたラグがウォークマッシュルームを爪で叩き切る。
「大丈夫にゃ? 」
くるっと振り返ると巻き付く触手を引き千切ってくれた。
栄二は返事もせずに地面に転がる魔法の弾を拾って魔法銃に込めるとしゃがんだままラグの後ろに向かってぶっ放す。
「にゃ! おおぅ助かったぞ」
後ろを見てラグが声を上げる。
直ぐ後ろに迫っていたウォークマッシュルームが炎に包まれていた。
「こいつら気配を感じにゃいぞ、カビ臭くて匂いもわからにゃいし、強くにゃいけど面倒くさい相手だぞ」
「うん、僕も巻き付かれるまで気付かなかったからね」
「でも二人にゃら安心だぞ、あたいが攻撃するから栄二は援護を頼むぞ、直ぐに菜穂や秀樹も来るからにゃ、ツネが治してくれてるからにゃ、それまで頑張るぞ」
「わかった。僕は少し後ろに下がって援護するよ」
表情を緩めた栄二が後ろに下がっていく、
「栄二もツネも秀樹も誰も傷付けさせにゃいからにゃ、あたいの大事な仲間を傷付ける奴らは許さないからにゃ」
両手の爪を伸ばして構えるラグの顔から普段のおどけが消えていた。
反対側で戦っていたスギナが一息つくように口を開く、
「待っておったぞ、体は万全か? 」
「任せてよ、恒夫くんの御陰で完全よ」
振り向きもせずに訊くスギナの後ろに菜穂が立った。
手から伸ばした植物の蔓でウォークマッシュルームを薙ぎ払いながらスギナが続ける。
「此奴らは火に弱いとみた。炎攻撃をする栄二の方へは近付くのを用心しておる。儂も火を使った妖術は出来るんじゃが得意でないから少し時間がいる」
菜穂が魔法の杖を握り締める。
「焼き払えばいいのね、任せてよ」
「うむ、遠慮はいらんぞ、儂と同じ植物系じゃから意思の疎通が出来るかと何度か試みてみたんじゃが此奴ら話にならん、知能の無い只のキノコじゃ、じゃから遠慮なく上級魔法で周り全て焼き尽くしてやれ」
「了解、少し時間を頂戴、こっちだけじゃなくて栄二くんの所まで全部派手に焼いてやるわよ」
スギナの後ろで菜穂が魔法の杖を握って気を集中させる。
上級魔法で一気に焼くつもりだ。
「タバスコファイヤー 」
秀樹の声と共にスギナの前にいたウォークマッシュルームが炎に包まれた。
「ここは俺と菜穂に任せてくれ、スギナちゃんは恒夫の治癒を頼む」
スギナの隣りに立った秀樹が何とも言えない顔で続ける。
「あいつ俺たちのために無茶しやがって……先に自分を治せばいいのにあのバカ……スギナちゃん、早く治してやってくれ」
植物の蔓を手に戻しながらスギナが振り返る。
「わかった。ここは任せたぞ、じゃが一つ考え違いをしておるぞ、恒夫は自分の出来る事をやっただけじゃ、無茶も無理も百も承知でな、じゃから儂も任せた。お主らを治せばここを切り抜けられると考えたんじゃ、彼奴の咄嗟の判断は確かじゃ、大したものじゃぞ」
「自分の出来る事か……わかったよスギナちゃん」
秀樹を見てスギナが優しい顔で頷いた。
「では任せたぞ、魔物に遠慮は無しじゃ、焼き茸にしてやれ」
スギナがくるっと踵を返す。
その背に秀樹が声を掛ける。
「俺も恒夫は凄いやつだって思ってる。ヘンタイだけどな」
恒夫に駆け寄るスギナの顔が愉しそうな満面の笑みに変わった。
秀樹が右手に持つ魔法の杖を振る。
「プラズマスラッシュ! 」
バチバチと雷光をあげる電気の刃がウォークマッシュルームを切り倒しながら飛んでいく、続けて左手に持つ魔法銃がポンッと軽快な音を立てた。
左から襲い掛からんとしたウォークマッシュルームが炎に包まれる。
炎魔法のヒ弾だ。
「ハラペーニョファイヤー 」
右にいるウォークマッシュルームを低級魔法で焼いていく、炎に怖じ気づいたのかウォークマッシュルームの動きが鈍ったのを見て透かさず魔法銃の弾を入れ替えた。
「やるじゃない」
後ろで気を溜めていた菜穂が褒めると秀樹がニッと笑った。
「恒夫が気絶してまで治してくれたんだ。これくらいやらなきゃな」
右手に魔法の杖を持ち、左手に魔法銃だ。
二丁拳銃を使うガンマンのように戦っている。
「もう少し任せたわよ、私も良いところ見せるからね」
「ああ、でも早くしないと俺が全部やっちまうぜ」
後ろの菜穂に振り返らずに秀樹が嘯いた。
ウォークマッシュルームは300匹以上いるのだ。秀樹一人でどうこうできる数じゃない。
反対側ではラグが元気に戦っていた。
「キツツキパァ~~ンチ! 」
「ヒュンヒュンキィ~~~ック!! 」
目にも留まらぬ連続パンチをしたと思ったら高くジャンプしてキックを食らわす。
「フクロウ切り! 」
着地した瞬間に周りのウォークマッシュルームを切り裂いて直ぐにジャンプだ。
「カミナリキィ~ック! 」
「グリグリパァ~ンチ!! 」
踵落としでウォークマッシュルームを縦に割ると直ぐに横に跳んでパンチを食らわす。
地面に立っている時間の方が短い、しなやかな体とバネを使って跳ねながら戦っていた。
「お前らだけは許さにゃいぞ、ツネはあたいが守るんだぞ」
ラグが本気で怒っていた。
「ラグさん、綺麗だ…… 」
舞うように戦うラグを見て栄二の口から自然と出た。
着地したラグの背中へウォークマッシュルームが触手を伸ばす。
前方の敵に夢中でラグは気付いていない。
「ラグさん危ない」
栄二が魔法銃をぶっ放す。
振り返ったラグの前でバチバチと雷光をあげてウォークマッシュルームが転がった。
「助かったぞ栄二、こいつら少し離れただけで気配が消えるぞ」
「援護は任せてよ、ラグさんは好きに戦っていいよ、後ろから襲ってくる敵は僕が倒すから」
魔法銃の弾を詰め替える栄二にラグがニッと可愛い笑みを見せた。
「任せたぞ、栄二や秀樹やツネににゃら背中を任せられるぞ」
「ラグさん…… 」
バッと敵中に突っ込んでいくラグを見て栄二が感極まって呟いた。
他種族の獣人にそこまで信用してもらえて嬉しかった。
恒夫が目を覚ますとスギナが優しい顔で覗き込んでいた。
「スギナちゃん…………ここは……みんなは? 」
身を起こそうとした恒夫の額にスギナが手を当てて寝かしつける。
「まだ寝ておれ、毒は抜いたが力を使って弱っておるじゃろ」
言われるままに恒夫が起きるのを止める。
頭が気持ちいい、スギナが膝枕をしてくれていた。
「スギナちゃんがいるって事は大丈夫なんだな」
「ラグがよう戦っておる。秀樹と栄二も大したものじゃ、菜穂の上級魔法で決着が付くじゃろ、じゃからお主はゆっくり休んでおれ、よう頑張ったのぅ恒夫」
「ラグが……秀樹と栄二もか、なら安心だな、スギナちゃんの膝枕……温かくて気持ちいい………… 」
安心して目を閉じる恒夫を見てスギナがニッコリ微笑んだ。
戦っている秀樹の後ろで菜穂が魔法の杖を握り直す。
「秀樹くん、準備オッケーよ」
「待ってたぜ」
牽制するように魔法銃をぶっ放すと秀樹が振り返る。
菜穂が自信満々の顔で口を開いた。
「たっぷり気を溜めたから上級魔法を続けて使うわよ」
「マジかよ、連続で出来るのか? 」
驚く秀樹を見て菜穂が楽しそうに笑い出す。
「あははっ、連続は無理よ、でも少し……三分くらい時間を空ければ続けて使えるわよ、何たって私は魔法のセンスがあるってマーサさんに認められてるからね」
「そりゃ凄い、休んでる間の三分は俺が援護するから安心してくれ」
「頼んだわよ、こっちのキノコを焼き尽くしたら直ぐに栄二くんのキノコも焼いてやるんだからね、ラグや秀樹くんにだけ良い格好はさせないからね」
菜穂が秀樹の前に出る。
「覚悟なさい、あんたたち」
菜穂が魔法の杖を振る。
「フラッシュオーバーファイヤー 」
魔法の杖から吹き出した炎が周りにいるウォークマッシュルームを焼きながら広がっていく、ウォークマッシュルームたちは逃げようとするが動きが鈍いので間に合わない。
秀樹と菜穗の前でウォークマッシュルームが次々焼けて倒れていく、
「焼けると良い匂いがするんだな」
「本当ね、魔物って言ってもキノコだもんね」
気を溜めながら菜穂がニヤッと意地悪に笑う、
「秀樹くん少し食べてみたら? 案外美味しいかもよ」
「いやいやいやいや、無理だろ、幾ら良い匂いでも歩くキノコは御免だぜ」
秀樹が顔の前で掌をブンブン振った。
二人ともすっかり余裕の表情だ。
不意を衝かれなければウォークマッシュルームは怖い相手ではない。
「よしっ、行くわよ」
気の溜まった菜穂を秀樹が護衛して栄二の元へと向かう。
宙を舞うようにして戦っているラグの元へ秀樹と菜穗が駆け付けた。
「うぉう、ラグちゃん格好いい~ 」
ラグを見て声を上げる秀樹の向こう側で栄二が魔法銃をぶっ放した。
着地したラグに襲い掛からんとしたウォークマッシュルーム数匹が燃え上がる。
「栄二サンキューにゃ」
礼を言うとラグはまたバッと飛び跳ねた。
着地点を狙われないように援護していた栄二が振り向く、
「秀樹、派手に焼いてたね」
上級魔法の炎だ。
当然のように栄二たちにも見えていた。
「こっちも派手にやるわよ」
テンションの高い菜穂が続けて大声を出す。
「ラグどきなさい! 焼き猫になっても知らないわよ」
宙を舞っていたラグがくるっと身を捩る。
「うにゃ! 焼き肉か? 何処だ? 食べ放題かにゃ」
「誰が焼き肉よ、違うわよ、肉じゃなくて猫、焼き猫って言ったのよ」
近くにいたウォークマッシュルームを切り倒すとラグが飛んでくる。
「猫? にゃんの事だ? 」
「後で説明してあげるわよ」
ラグの横で菜穂が魔法の杖を振った。
「フラッシュオーバーファイヤー 」
上級魔法の炎が周りにいるウォークマッシュルームをあっと言う間に焼いていく、
「おおぅ、カビ臭いのが焼けた良い匂いににゃってんぞ」
鼻をヒクヒクさせるラグを見て菜穂が笑う、
「あはははっ、秀樹くんと同じ事言ってるわ、焼き茸だもんね」
「焼き茸……焼き猫……もしかして焼き猫ってあたいの事か? 」
ハッと気付いた顔をするラグを見て菜穂が更に大笑いだ。
「あははははっ、向こうに居たら焼けてたわよ、だから呼んだのよ」
「にゃに笑ってんだ。あたいも焼くつもりだったんだにゃ」
「あははははっ、焼かないわよ、焼き猫なんて不味そうじゃない」
「にゃに言ってんだ。あたいが不味いわけにゃいぞ、たぶんどの店の焼き肉よりも美味しいぞ」
とんでもない事を言い返すラグを見て秀樹と栄二が顔を見合わせて苦笑いだ。
スギナと恒夫がやって来る。
「終わったようじゃな、みんなお疲れ様じゃ」
スギナの横で恒夫が照れ臭そうに薄い頭を掻く、
「一時はどうなるかと思ったぜ」
「ツネぇ~~ 」
ラグがバッと恒夫に抱き付いた。
「元気になって良かった。もう大丈夫か? 」
優しく頭を撫でる恒夫の胸元でラグが頷く、
「ツネが治してくれたからにゃ、体は平気だぞ、カビ臭いのは無くにゃったけどまだ鼻がムズムズするぞ」
「ラグは鼻が良いから微かにカビが残ってるんだろ、暫くすれば治るよ」
抱き合う二人を見て栄二と秀樹が口を開く、
「いいなぁ~、恒夫は」
「見せ付けてくれるぜ、早くクロエに会いたいぜ」
恒夫がバッとラグを引き離す。
「ちっ、違うからな、もう大丈夫か調べてただけだからな」
焦る恒夫を菜穂がからかう、
「恒夫くん真っ赤だよ」
「ちっ、違うから……これはそんなんじゃないからな」
「にゃははははっ、照れにゃくていいぞ、あたいとツネはラブラブだからにゃ」
また抱き付こうとするラグから恒夫が逃げる。
「それだけ元気なら大丈夫じゃな」
逃げ回る恒夫を見てスギナが呟いた。
「捕まえたぞ、あたいから逃げられると思うにゃよ」
恒夫を捕まえたラグがスギナの前にやって来る。
「今回は皆よくやったの、各自が持てる力を旨く使った。これがチームの戦い方じゃな」
労うスギナに全員が笑顔を見せた。




