第百十六話 「海水浴」
休み三日目、約束通り午前中から海へと行った。
今日は一日中、海で遊ぶのだ。
恒夫はこっそりとカジノへ行こうとしたのだがスギナに捕まって蔓でグルグル巻にされ、ラグだけでなく秀樹たちにもお仕置きされて無理矢理連れて行かれた。
砂浜まで蔓でグルグル巻にされて運ばれた恒夫が情けない声を出す。
「もう逃げないから外してくれ」
倒れている恒夫をスギナがじろっと怖い目で睨む、
「ダメじゃ、ラグが着替え終わるまで待っておれ」
ラグと菜穂はスギナが作った植物で出来た更衣室で水着に着替えている。
秀樹と栄二はホテルから海パンを穿いてきていたので浜でバッと服を脱ぐとレジャーシートを敷いたりパラソルを立てて遊びの拠点作りをしていた。
植物で出来た四角い更衣室からラグが飛び出す。
「じゃ~~ん! どうにゃ? 似合ってるか? 」
目の前でポーズを取るラグを見て恒夫が思わず声を出す。
「うおぉ! デカっ! 」
昨日も見たがビキニからはみ出す爆乳に目が釘付けだ。
「恒夫くん、ヤラしぃ~~ 」
後から出てきた菜穂がじとーっと軽蔑の眼差しだ。
「ちょっ、違うから……いや、エロいのは事実だが今はラグが可愛いって言いたかったんだ」
誤魔化すように言う恒夫にラグが抱き付く、
「うぉ…… 」
一瞬驚いた恒夫だが直ぐに動きを止めた。
グルグル巻にされて倒れていた恒夫の顔をラグの爆乳が包み込んでいる。
「にゃはははっ、可愛いか、似合ってるか、にゃははははっ 」
照れたのかバンバン叩かれたが蔓でグルグル巻にされているので痛くは無い、それより薄布一枚越しに伝わるラグのおっぱいが気持ちいい。
おっぱいの気持ちよさに意識を持っていかれるのをどうにか持ち堪えて恒夫が口を開く、
「うん凄く似合ってる。可愛いよ、早く海で遊ぼう、だからこの蔓を外してくれ」
「にゃははははっ、そんにゃに可愛いのか? んじゃ泳ぎに行くぞ」
嬉しそうに笑いながらラグがスギナに振り返る。
「泳ぐからツネを放してやるにゃ」
「まだダメじゃ、儂が着替えるまで待っておれ」
即答したスギナを見て恒夫がガクッと頭を落とす。
「にゃんでだ? 早くツネと遊ぶぞ、だから早く外すんだぞ」
言い返すラグを見て恒夫がまた期待顔を上げる。
菜穂が嬉しそうな恒夫に気付いた。
「みんなで遊ぶんでしょ? スギナちゃんが着替え終えたらみんなで泳ぎましょうよ」
「あたいはツネと二人でラブラブしたいぞ、ちびっ子が外さにゃいなら力尽くで外してやるぞ」
爪を伸ばしたラグを見て恒夫の口元が嬉しそうにニヤッと歪んだ。
そこへ秀樹と栄二がやって来る。
「まだ離さない方がいいよ」
「だな、逃げるぞ、今はスギナちゃんがいるからおとなしくしてるだけだぜ」
疑うような口調の二人を倒れた恒夫が睨み付ける。
「なっ、何言ってんだ! 逃げるわけないだろ、逃げたら後でどんな事されるか分かってるのに逃げるかよ」
焦る恒夫の頭を秀樹がポンポン叩く、
「いや逃げる。お前は今さえ凌げたら後はどうとでも出来るって考えるヤツだ」
「うん、逃げるね、言い訳はどうとでもなるって思うのが恒夫だよね」
「くそっ……お前ら覚えとけよ、せっかく稼ぐチャンスなのに、観光地に来た金持ち相手にカジノで簡単に稼げるのによぉ」
悔しげな恒夫をスギナがじろっと怖い目で睨みながら口を開く、
「お主の行動パターンなどお見通しじゃ、取り敢えず装備は揃っておる。金は恒夫の一千万ギギルに秀樹の千五百万ほどを足せば二千万以上はカジノの元手として使える。じゃから急いで稼ぐ必要は無い、じゃから今日一日はみんなで遊ぶのじゃ、約束じゃぞ、儂が監視しておるから変な真似はせんことじゃな、バカをしたら仕置きじゃぞ」
「スギナちゃん……本気で怒ってる? 冗談だよね? 」
媚びるように訊く恒夫の前にスギナがしゃがんだ。
「マジじゃからな」
目線を合わせて睨むスギナを見て恒夫がブルッと震える。
「えへへ……ごめんなさい、逃げませんから勘弁してください」
「約束じゃぞ」
スギナがスッと立ち上がると同時に恒夫をグルグル巻にしている蔓が解けた。
「おおぅ、ツネが出てきたぞ、んじゃ泳ぎに行くぞ」
喜んだラグが恒夫の腕を取る。
「待ちなさいよ、スギナちゃんが着替えてからでしょ」
今にも駆け出しそうなラグを菜穂が止めた。
「わかったぞ、ちびっ子、さっさと着替えてくるにゃ」
迷惑そうな顔をしながらもラグが立ち止まった。
「では直ぐに着替えてくるから待っておれ」
愉しそうに微笑みながらスギナが更衣室へと入っていった。
クーラーボックスのように保温が利く箱の中から栄二が瓶に入ったジュースを取り出す。
「スギナちゃんを待ってる間にジュースでも飲んだら? 泳ぐと結構喉が渇くからね」
紙コップにジュースを注いで秀樹たちに差し出す。
「サンキュー 」
秀樹の隣でラグがいらないと手を振った。
「紙コップ一杯くらい飲んどけ、はしゃぎすぎて熱中症になるぞ」
恒夫が受け取るとラグに手渡した。
「喉渇いてにゃいけどにゃ、ツネが言うなら飲むぞ」
ラグが口を付けたのを見て恒夫も栄二からジュースを受け取る。
「途中の屋台で買ったヤツだろ、何味なんだ? 青汁みたいな色してるけど」
緑色したジュースを見て口を付けるのを止める。
「旨いぞ、緑色だがブドウの味がするぜ」
秀樹に言われて躊躇していた恒夫も飲み出した。
「うん、中々、マスカットじゃなくて普通にブドウ味だ。緑色なのにな」
「メロンだと思ったんだけどね、まぁ、これはこれで美味しいけどね」
近くで菜穂が何とも言えない顔だ。
メロン味と思って菜穂が選んだジュースだ。
「あははっ、僕たちの常識とは少し違うよね、でも食べ物は大体美味しいから助かるよね」
楽しそうに笑う栄二に同意するように秀樹と恒夫が頷く、
「まったくだぜ、飯は旨いもんな」
「旨いものの中から更に旨いのをラグが選んでくれるからな、食い物だけは安心だな」
「にゃひひっ、あたいは鼻がいいからにゃ、美味しいのは直ぐに分かるぞ」
恒夫に褒められてラグが嬉しそうにその背をバンバン叩く、
「痛いから、服着てない時は叩くの止めてくれ」
走って逃げる恒夫をラグが追いかける。
「待て待てぇ~~、ツネ待てぇ~~、逃げても無駄だぞ、にゃんたって、あたいはチャトラン族の戦士だからにゃ」
走るラグの爆乳がブルンブルンと揺れている。
「凄いわね」
ボソッと呟いた菜穂に秀樹が同意するように頷く、
「凄いぜ、バルンバルンしてるぜ…… 」
秀樹が視線を感じて菜穂に向き直る。
「やぁ~ら~しい~~、秀樹くんもおっきいのが好きなのね」
じとーっとした目の菜穂を見て秀樹が焦ってブンブン首を振る。
「いや別に……はい、おっぱいは好きです。でも大きさは関係ありません、そこそこ大きければ大丈夫です」
観念したのか秀樹は丁寧な言葉使いになっている。
「あはははっ、素直で宜しい、でも良かった。そこそこ大きければ大丈夫って事は私は大丈夫って事だよね」
大笑いする菜穂をハッとした秀樹が見つめる。
「大丈夫って…… 」
驚く秀樹に菜穂が艶のある目を向けた。
菜穂が何か言おうとした時、目の前に恒夫が転がった。
「にゃひひひひっ、捕まえたにゃ」
「助けてくれぇ~~ 」
顔まで砂まみれになった恒夫の情けない顔を見て菜穂と秀樹が大笑いだ。
「あ~~面白かったにゃ、今度はツネが追いかける番だからにゃ」
「勘弁してくれ俺がラグを捕まえられるわけないだろ」
へたり込んだ恒夫が体に付いた砂を手で払う、
「走るのは御免だ。遊ぶなら海の中でしようぜ」
「そだぞ、浮き輪買ったんだぞ」
何か思い出したのかラグがパラソルの下に走っていった。
意地悪顔の秀樹が恒夫を膝で突く、
「チャンスだぜ、逃げないのか? 」
厭そうな顔で恒夫が振り向く、
「逃げたい、でもスギナちゃんがマジで怒ってたから逃げられるかよ」
「あはははっ、スギナちゃんには本当に弱いね」
大笑いする栄二を恒夫が睨む、
「当たり前だ。Aクラスで仲間になってくれたんだぞ、バカやって見限られて堪るか」
「その辺は考えてるんだな、安心したぜ」
意地悪顔のままニッと笑う秀樹を見て恒夫の顔にも笑みが浮ぶ、
「まぁな、初めはどうでもよかったけど今は勝ちたいからな」
「あははっ、でも勝つためだけでスギナちゃんを仲間にしたんじゃないんでしょ、スギナちゃんが好きだから仲間にしたんだよね」
栄二が楽しそうに笑いながら恒夫の顔を覗き込んだ。
「まぁな、スギナちゃんは俺たちよりずっと年上って分かってても幼女だからな、何か放っておけないって感じだ」
とぼけ顔の恒夫を見て栄二だけでなく秀樹も笑い出す。
「いつからロリになったんだ? 」
「あははっ、益々ヘンタイに磨きが掛かってるね」
「そんなんじゃねぇ、ただな……ただこのチームで勝ちたいって、そう思っただけだ」
照れるように言う恒夫を見て秀樹がマジ顔になった。
「絶対勝とうぜ」
「当たり前だ。その為にお姉様のいる店で遊びたいのも我慢してラグの面倒見てるんだぜ」
マジ顔でこたえる恒夫を見て栄二が大きく頷いた。
「うん、勝とう、勝ってネピアといつでも会えるようにして貰うんだ」
「だな、願いが叶ったらクロエと本当に付き合えるんだからな」
嬉しそうな二人を見て恒夫がにやけ顔で口を開く、
「美人のお姉様を紹介するように二人に言っといてくれよ」
恒夫の脇腹を栄二が突っつく、
「ラグさん可愛いのに勿体無い、僕が恒夫なら絶対に付き合うのにさ」
「俺は年上のお姉様が好みなの、キツいお姉様にビシバシして貰うのが好きなの」
恒夫の前にいる秀樹と栄二の顔色が変わった。
「どうした? 」
不思議そうに訊いた恒夫の薄い頭がガシッと掴まれる。
「何が好みにゃ? お姉様がどうした? 」
「ひぃっ! 」
ラグの声に恒夫が低い悲鳴を上げる。
「違うから…… 」
必死で言い訳を考えていると更衣室からスギナが出てきた。
ラグがバッと恒夫を放す。
「遅いぞ、ちびっ子」
「済まん済まん、着物は着るのも脱ぐのも時間が掛かるのでな、きちんと畳まんと皺になるからのぅ」
怒るラグにスギナが苦笑いだ。
助かった……、
ラグの気が逸れたのを見て恒夫がほっと安堵する。
「昨日と違う水着だな、水色もいいけど白も可愛いね」
スギナを褒める恒夫の耳をラグが引っ張る。
「にゃんでちびっ子だけにゃ、あたいも違うぞ」
「いててっ……分かってるって、ラグは可愛い、美人だよ、さっきはグルグル巻にされて褒める余裕なんてなかったから、その後追いかけ回されたし…… 」
必死で言い訳する恒夫の後ろで秀樹が口を開く、
「ラグちゃんは可愛いよな、昨日の赤もいいけど今日の黄色も似合ってるぜ」
隣で栄二も同意するように頷く、
「うん、褐色の肌が健康的でいいよね、黄色のビキニが映えるよ」
恒夫を助けるためではない、二人ともラグの魅力に参っている。
「にゃへへへっ、似合ってるか? ツネが選んでくれたからにゃ」
恒夫の耳から手を放すとラグが嬉しそうに照れ笑いした。
逃げるように恒夫がスギナの傍に行く、
「お主も大変じゃの」
「ああ、でもいい感じだよ」
同情するように見つめるスギナに恒夫が苦笑いだ。
スギナの横に居る菜穂と目が合う、
「菜穂も似合ってるぞ、気品を感じるぜ、おとなしい美人のお嬢様って感じだ。でもお前スタイルいいんだからラグみたいにバインバインのビキニでもよかったんじゃないか? 秀樹が鼻血出すくらいのヤツにすればよかったのに」
「やぁ~ら~しぃ~~、恒夫くんみたいなヘンタイが寄ってくると困るからこれでいいの、でもありがとうって言っとくわね」
じとーっとした目で言った後でニコッと笑う菜穂を見て恒夫も顔を綻ばせた。
海パンを一着しか買わなかった男たちと違いラグたち女は二着ずつ買っていたので三人とも昨日と違う水着だ。
ラグが着ているのは黄色のホルターネックのビキニだ。
マイクロビキニが気に入っていたのだが昨日試着でポロリしたのを見て恒夫が旨く煽てて紐の太いホルターネックに変えさせたのだ。
海ではしゃぎ回ってポロリしてラグの裸を他の男に見られるのが嫌だったのだろう、意識はしていないと思っていたが恒夫の中でラグの存在が大きくなっていた。
スギナは白色のセパレートだ。パンツにフリルが付いている幼女用の可愛い水着である。
菜穂はタンクトップビキニ、俗に言うタンキニだ。
上がキャミソールで下がホットパンツのタンキニで色はピンクに水色の水玉模様が付いている。
気の強い菜穂がおとなしい感じに見える水着だ。
怒っていた事など忘れたかのように満面の笑みでラグが振り返る。
「んじゃ、泳ぐぞ」
「そうだな、ここでラグに追いかけられるより海の方がマシだ」
駆け出そうとしたラグが左手に何か持っているのに恒夫が気付く、
「それ何だ? 浮き輪か? 」
「忘れてたぞ、昨日買ったんだぞ」
ガサゴソ袋を破って浮き輪を取り出すとラグは広げようと振り回す。
「振り回すな、手で広げろ、危ないから…… 」
注意する恒夫の目の前でブンブン振っていた浮き輪が爆乳に引っ掛かる。
ラグが気付かずに引っ張ると浮き輪と一緒にビキニがズレて右のおっぱいが露わになった。
「うわっ! 」
思わず声を出したのは秀樹か栄二か分からない。
「隠せ、見えてるから」
恒夫が慌てて浮き輪でラグの胸を隠す。
「にゃはははっ、おっぱいポロリしそうだったぞ」
笑いながらビキニを直すラグを見て菜穂とスギナが呆れ顔だ。
「しそうじゃなくてしてたわよ」
「ビキニで飛んだり跳ねたりすれば当然じゃ」
「にゃへへっ、浮き輪が引っ掛かっただけだぞ、遊ぶのは大丈夫だぞ、さっき走ってもポロリしてないからにゃ」
恥ずかしいと言うより失敗して照れ隠しのように笑うラグを見て恒夫が溜息をついた。
感動したのか、今見たおっぱいを記憶に留めようとしているのか秀樹と栄二は黙って突っ立ったままだ。
「何でワンピにしなかったのよ? ラグが暴れるの分かってたでしょ」
菜穂が訊いた。
ラグにではない恒夫にである。
「ビキニがいいって利かなかったんだ。それでも出来るだけポロリしないのを選んだんだぞ」
弱り顔の恒夫の頭をモシャモシャしながらラグが口を開く、
「にゃははっ、ポロリが怖くてビキニが着られるか、海と言えばビキニだぞ、そんでツネを誘惑するんだぞ」
「充分誘惑されてるから頭をモシャモシャするのは止めてくれ」
「にゃに言ってんだ。あたいのビキニに視線が集中してツネのハゲが目立たにゃくなるんだぞ、感謝するにゃ」
怒鳴りながら恒夫がラグの手を払い除ける。
「ハゲじゃねぇ、それにラグが傍に居たら余計に目立つわ、昨日もナンパ野郎が纏わり付いてただろが秀樹と栄二が居ても3回声掛けられただろが」
秀樹と栄二が同意するように口を開いた。
「ラグちゃん、スタイルいいし美人だからな」
「うん、美人だし他に獣人殆ど居ないから褐色で猫耳尻尾は目立つよね」
先程のポロリが忘れられないのか二人とも頬を緩めた厭らしい顔だ。
恒夫がとぼけ顔で続ける。
「ラグと菜穂の二人が並ぶとナンパされて当然だ。周りと比べても二人は上だぜ、スギナちゃんも可愛いからロリに攫われないように注意しないとな」
「ロリコンなど返り討ちじゃぞ、じゃがその前に恒夫や秀樹が助けてくれるんじゃろ? 」
可愛いと言われてスギナが嬉しそうに恒夫の腕を引っ張った。
「助ける助ける、ロリコンを助けないとスギナちゃんに殺されるとヤバいからな」
「ロリコンを助けてどうする! 儂を助けんか! 」
とぼけ顔の恒夫に怒鳴るスギナを見てその場の全員が大笑いだ。
ラグと同じく上だと言われて菜穂が嬉しそうに話し出す。
「ラグってナンパされても見向きもしなかったわよね、イケメンにも動じないし、ラグの事だから食事誘われたら行くかと思ってたけど行かなかったし、そういう所はしっかりしてるのね、まぁ私もチャラい男はイケメンでも嫌だけどね」
秀樹や栄二に恒夫も訊きたそうに注目するとラグがニッと笑った。
「当たり前だぞ、基本的に人間は信じてにゃいからにゃ、獣人にゃんて敵だと思ってるからにゃ、それに…… 」
ラグが恒夫に向き直る。
「あたいにはツネがいるからにゃ、一緒に旅するって約束したからにゃ、だから他の男はいらないぞ」
恒夫をちらっと見て菜穂が続ける。
「恒夫くんの何処がいいのか……根っからの悪人じゃないってのは認めるけどね」
「ツネは優しいぞ、あたいはツネが大好きだぞ」
スギナが隣りに立つ菜穂を見上げた。
「言い切りおったぞ」
「まったく、そこまで言われたら私は何も言えないわ」
「フフフッ、猫のくせに忠犬じゃな」
呆れる菜穂と顔を見合わせてスギナが愉しそうに言った。
「にゃははははっ、チュウケンって何にゃ? 中くらいに強いヤツの事か? 」
「忠犬ってのはね…… 」
説明しようとした菜穂を恒夫が慌てて止める。
「わあぁぁ~、余計な事言うな、忠犬ってのは忠実な犬って意味だ。つまり俺はラグの忠実な家来って事だ」
ラグが拗ねると困るので恒夫が咄嗟に思い付くまま言った。
「にゅははははっ、忠犬って犬の事にゃのか、あたいが飼い主でツネが犬って事だにゃ」
旨く誤魔化せてほっと安堵する恒夫にラグが大きな浮き輪を差し出す。
「膨らませろってか? 」
「そだぞ、ツネは忠犬だぞ、あたい風船とか苦手だからにゃ」
恒夫が顔の前で手を振る。
「いや、いや、いや、いや、無理だ。普通の浮き輪ならともかくこんなの無理だ」
サメの形をした浮き輪だ。
よく見るサメの浮き輪より二回りもデカい、恒夫には買った記憶が無い、それもそのはずスギナと菜穂とラグで隠れて買ったものだ。
「ツネにゃら出来るぞ、ツネはやれば出来る子だからにゃ」
「何でポンプも一緒に買わない? ポンプがあればラグでも膨らませただろ」
厭そうな恒夫を見てラグがプクッと頬を膨らませる。
「んじゃいいぞ、そこらの男に膨らまして貰うからにゃ、そんで一緒に乗って遊ぶからにゃ」
「わかった。わかったから、ナンパ男に付いていったらダメだぞ」
仕方なく受け取る恒夫を見て一瞬で機嫌を直したラグがニッと笑った。
少し離れた所で秀樹が栄二とコソコソ話す。
「尻に敷かれてるぜ、ラグちゃんも恒夫の扱い完全に覚えたな」
「こちょこちょの刑って切り札も出来たしね」
「でもラグちゃん相手じゃ大変だぞ」
「うん、ネピアみたいに僕に合わせてくれそうもないし、クロエさんみたいに尽くしてくれるタイプじゃないもんね」
何とも言えない表情で二人がラグと恒夫を見つめる。
スギナがムッとした顔で呟く、
「まったく、恒夫は甘いんじゃから…… 」
菜穂が腰をかがめてスギナの顔を覗き込む、
「ふ~ん、スギナちゃんもか……恒夫くんって結構モテるんだね」
スギナの頬がサッと赤くなる。
「なっ、儂はそんなでは無いぞ、彼奴の甘いところが危機を招かんか心配しただけじゃ」
「ふぅぅ~~ん、まっ、そういう事にしておくか」
「なっ、何じゃ、他意は無いぞ、じゃから変な気を使うなよ」
「ハイハイ、膨らむまで時間掛かりそうだからアイスでも食べに行こうよ」
ニヤニヤする菜穂の腕をスギナがグイグイ引っ張った。
「じゃから違うからの、じゃから変な事を言うなよ」
「どうしよっかなぁ~~、アイス食べたら忘れるような気がするから食べに行こうよ」
珍しく弱り顔のスギナを見て菜穂が意地悪顔だ。
アイスという言葉が聞こえたのかラグが飛んできた。
「アイスクリーム食い放題だぞ、店にあるの全部食うぞ」
「食い放題なんてしません、お腹壊すでしょ」
叱りつける菜穂の前でラグが格好をつける。
「好きにゃ言葉は食い放題、嫌いにゃ言葉はトカゲ、それがあたいだぞ、だからいっぱい食っていっぱい遊ぶぞ」
浮き輪を膨らませようと形を整えていた恒夫が振り向く、
「遊ぶじゃなくて暴れるの間違いだからな」
「にゃんか言ったか? 」
ギラッと目を光らせて恒夫を睨むラグを見てスギナがボソッと呟く、
「暴れん坊おっぱい将軍じゃ」
呆れ顔の菜穂がスギナの手を握る。
「ハイハイ、一人で食べ放題でも何でも勝手にしなさい、じゃあ行こうかスギナちゃん」
秀樹と栄二が互いの顔を見て頷く、
「俺たちも行くぜ」
ナンパ野郎が結構居るので女だけで行動させたくないのだ。
「恒夫のアイスも買ってきてあげるね」
「俺はソーダにしてくれ、これ膨らませた後はアイスより飲み物がいい」
デカい浮き輪を前に弱り切った恒夫を見て栄二が楽しそうに頷いた。
「オッケー、僕もソーダにしよう」
先頭を歩き出したラグがバッと振り返る。
「帰ってくるまでに膨らませとくにゃ」
「殺す気か! こんなデカいの三十分は掛かるぞ」
怒鳴る恒夫の肩にスギナが手を置く、
「戻るまでに膨らませたら儂が良いことをしてやるぞ」
「いい事って? 」
振り返った恒夫にスギナが意味ありげな笑みを見せる。
「内緒じゃ、儂はこう見えてもお主の好きな年上じゃぞ」
「年上……お姉様……おっしゃぁ~~、何かやる気出てきた」
いつもの可愛い幼女では無く女の笑みに良からぬ事を考えたのか恒夫が大張り切りだ。
「あははっ、無理しないでね、頭の血管切れると大変だよ」
「ほっとけ、恒夫のヘンタイパワーならどうにかなるだろ」
「んじゃ任せたぞ」
呆れる菜穂と秀樹を引き連れてラグが歩いて行く、
「ゆっくりしてこい、その間に膨らませてやるぜ、頼んだぞ」
恒夫がサメの浮き輪に空気を入れ始める。
観光地だけあって現地のチャラい男たちも多いがガタイのいい秀樹とひょろっとしているが背の高い栄二が付いていれば安心だ。
おまけに幼女のようなスギナを見れば家族か兄妹で遊びに来ていると思うのかナンパ男も寄ってこない、もっとも下手にラグをナンパすれば引っ掻かれるのがオチである。
「スギナちゃん、今の姿は力を抑えてるって言ってたからな、本当の姿はナイスバディって言ってたし、俺好みのお姉様だったら……俺の女王様になって貰おう」
エロパワー全開の恒夫がニヤニヤと良からぬ想像をしながら一人で黙々と浮き輪に空気を送っていくと徐々に大きなサメが膨らみ始めた。
青い顔をした恒夫が大きなサメの浮き輪に倒れ込む、
「終わったぁ~~、どうにか膨らませたぜ」
そこへラグたちが戻ってきた。
「おおぅ、膨らんでるぞ、流石ツネだぞ」
喜んだラグがサメの尻尾の辺りに飛び付いた。
「おわっ! 」
頭の方で倒れていた恒夫が反動で吹っ飛んでいく、
「痛て……痛てて………… 」
砂浜に転がって腰を擦る恒夫に栄二がソーダ水を差し出す。
「お疲れ、二十分ぐらいでよく膨らませたね」
ソフトクリームを食べながら秀樹が感心する。
「恒夫にしては上出来だな」
ソーダを一口飲んで恒夫が秀樹を見上げる。
「俺はやれば出来る子だからな」
スギナがポンポンとサメの浮き輪を叩く、
「これなら儂ら全員が乗っても大丈夫じゃな」
サメの浮き輪に跨がったラグが楽しそうにスギナを見下ろす。
「百人乗っても大丈夫だぞ」
「百人も乗れるか! 大人五人くらいが限度だ」
怒鳴った後で恒夫がスギナに向き直る。
「それよりスギナちゃん、さっきの約束を…… 」
期待顔で催促する恒夫を見てスギナがニッと笑う、
「そうじゃったな、約束じゃったな、では横になれ」
スギナが手から植物の蔓を伸ばす。
「へっ!? 何を…… 」
きょとんとする恒夫に笑顔のスギナが続ける。
「疲れたじゃろうから儂が治癒して疲れを取ってやろう」
恒夫の期待顔が強張っていく、
「良い事って……騙したな」
「何を言っておる。疲れた体を治癒してやるんじゃぞ、こんなに良い事はあるまい」
とぼけ顔のスギナの前で恒夫がブンブンと手を振った。
「いやいや……治癒能力は俺も持ってるから、って言うか疲れただけで治癒するほどじゃないだろ、だから代わりにスギナちゃんの大人姿を見せてくれよ、今の姿は力を抑えてて本当はナイスバディのお姉様なんだろ? 」
「厭じゃ、そんな約束はしておらんからの」
即答するスギナの前で恒夫が仰向けに引っ繰り返った。
「ああっ、もう何か一気にやる気無くした。もう俺はダメだ」
ふて腐れた恒夫を見下ろしてスギナが溜息をつく、
「まったく……見せんのではなく見せられんのじゃ、Aクラスの連中は力を抑えておるものが多いのは話したじゃろ、儂も力を抑えられとる。ゲームに参加する条件じゃからの、じゃからゲーム中はこの姿じゃ」
「それは聞いた……でも見たかったな、スギナちゃんの大人姿」
「まったく、今は無理じゃがゲームが終われば見せてやろう」
恒夫がガバッと身を起こす。
「マジか? 」
「勝つのが条件じゃぞ」
「よっしゃぁぁ~~、やる気出てきたぁ~~、約束だからな」
疲れを忘れたように叫ぶ恒夫を見てスギナがまた溜息をつく、
「 ……まったくしょうのないヤツじゃ」
呆れながらもスギナは嬉しそうに微笑んでいた。
喜んで叫んだ後で恒夫がバタッと倒れる。
「俺はもうダメだ。少し休ませてくれ、栄二悪いけどもう一つソーダ水買ってきてくれ」
「わかった。直ぐに買ってくるよ」
疲労困憊といった恒夫を見て栄二がソーダを買いに走ってくれた。
大きなサメの浮き輪からラグがポンッと飛び降りる。
「がぉ~~、メガロドンだぞ」
ラグが大きな鮫の浮き輪を持って海に向かって行く、古代の大サメ、メガロドンというだけあって普通のサメの浮き輪より二回りも大きく大人五人が余裕で乗れる大きさだ。
「楽しそうじゃな、儂も乗せるのじゃ」
「いいなぁ、私も乗せてよ」
スギナと菜穂がラグを追う、
「いいぞ、デカいからみんなで乗れるぞ」
ラグが振り返る。
サメの浮き輪を背負うように持っているので頭が隠れて見えない。
「うんしょっと」
横から首を伸ばして秀樹たちを見る。
「ツネはダメだにゃ、半分死んでんぞ、栄二はいないし……じゃあ秀樹だ」
ラグがその場でぴょんぴょん跳ねた。
「秀樹ぃ~~、みんなで乗るから秀樹が引っ張る役だぞ、紐持って引っ張るんだぞ」
「よっしゃ、任せろ、向こうまで引っ張ってやるぜ」
元気よく立ち上がる秀樹を見て菜穂が歓声をあげる。
「やったぁ~、普通に乗るより引っ張った方が面白いもんね」
「おおぅ、それは楽しそうじゃな」
菜穂とスギナが喜ぶのを見てやる気を出した秀樹が走って行った。
「半分死んでるって……半殺しかよ」
はしゃぐラグとは逆に恒夫はぐったり倒れている。
普通の3倍近い大きさのサメの浮き輪を膨らませて暫く再起不能だ。
「お疲れ様、ソーダじゃなくてサイダー買ってきたよ」
栄二が差し出すサイダーを恒夫が震える手で受け取る。
「サンキュー 」
横に座ると栄二もサイダーを飲み始める。
「女の子と海で遊ぶなんて初めてだよ」
美味しそうにサイダーを一口飲んだ恒夫が振り向く、
「俺もだ。こんなに疲れるとは想像以上だ」
「あはははっ、あんなの膨らませたら疲れて当然だよ」
大笑いする栄二と一緒に海に入っていくラグたちを見つめる。
「よりによって一番デカいの買うからな」
「あははっ、ラグさん何でも大きいのが好きだよね」
「単純だからな……まぁ気難しいのより楽でいいけどさ」
「うん、ラグさん楽しそうだもんね、海初めてなんだよね? 」
「チャトラン族の村じゃ湖と川でしか泳いだ事ないって言ってたからな」
「ネピアとクロエも一緒だったらもっと楽しいのにな…… 」
少し寂しそうに呟く栄二をちらっと見ると恒夫がグイッとサイダーを飲み干す。
「秀樹だけじゃあいつらの相手は無理だな」
「あはははっ、そうだね、疲れて再起不能になったら困るね」
笑顔が戻った栄二の隣で恒夫が立ち上がる。
「んじゃ行くか! 休むって言ってたけどこの分じゃ明日も海だぜ、秀樹が倒れたら俺が困るからな、あの三人の相手なんて御免だぜ」
「うん、行こう、交代でサメ引っ張ってラグさんたちをキャーキャー言わせてやろうよ」
「おう、いつも俺の頭触る仕返しに船酔いさせてやるぜ」
恒夫と栄二が笑いながらラグたちの元へと駆けていった。
たっぷりと遊んで日が暮れる。
夜は屋台を食べ歩きだ。
ラグとスギナが沢山食べてくれるので秀樹たちは屋台のほぼ全ての料理を少しずつ堪能できた。
翌日、休み最後の日も海へ行って遊んだ。
最後はゆっくりと休む予定だったがスギナと恒夫が治癒能力を使って秀樹たちの体の疲れを取ったので筋肉痛など起らずに遊ぶ事が出来た。
普段ならカジノへ行ったり一人別行動を取る恒夫だが今回はみんなと一緒にたっぷりと遊んだ。
正に心と体をリフレッシュできた休日だった。




