第百十三話 「かき氷大盛り」
イベント担当天使が参加者たちを見回す。
「皆さん、よく頑張りましたね、引き続き第四競技を始めます」
氷風呂の脇に机が並べられた。
「この中でやるんじゃないのか」
秀樹がほっと安堵する。
続けて助手たちが運んできたものを見て恒夫の顔が引き攣っていく、
「まさかと思ってたがマジかよ…… 」
秀樹がドアに振り返ると助手たちが丼に入った大きなかき氷を持ってくるのが見えた。
「旨そうなかき氷じゃの」
「あたいイチゴがいいぞ、練乳も掛けて欲しいからにゃ」
恒夫と秀樹が言葉も無く呆然としている後ろでスギナとラグが楽しそうに言った。
大きなかき氷が机に並んだのを見るとイベント担当天使が説明を始めた。
「皆さんプールから出てください、第四競技はかき氷の食べ比べです。3種類のかき氷を三十分以内に全て食べてください、3杯を時間内に食べ終わればクリアです」
氷風呂から出た秀樹と恒夫が顔を見合わせる。
「冗談じゃない、一杯が普通のかき氷5倍くらいあるぜ」
「三十分なんて無理だ。普通のかき氷一杯でも十分くらい掛かるのに…… 」
引き攣った顔の二人の後ろでスギナとラグが氷風呂から上がってくる。
「イチゴにメロンに黄色いのだぞ、練乳もあるにゃ」
「緑のは抹茶じゃぞ、小豆が掛かっておるじゃろが」
「おおぅ、本当だぞ、餡子と練乳混ぜると凄く旨いぞ」
「黄色いのはなんじゃろうな? レモンかパパイアか、いずれにしても楽しみじゃの」
はしゃぐ二人に恒夫と秀樹がげんなりとして振り返った。
「なんで嬉しそうなんだ? おかしいだろ、寒くて死ぬぞ」
顰めっ面で訊く恒夫の隣で秀樹もうんうん頷いている。
スギナがこれでもかといった可愛い顔でニッコリと笑う、
「女の子は甘いものに弱いのじゃ」
「そだぞ、甘いものは別腹だぞ、プールサイドでアイスを食うのは当たり前だぞ」
得意気に言うとラグがブルブルッと体を振って水を払う、
「水を飛ばすな、夏のプールじゃねぇ、氷風呂だ」
怒鳴る恒夫の隣で秀樹が引き攣った笑みを浮かべる。
「甘いものに弱いって……寒さと暑さには凄い強いよね」
「お主らとは鍛え方が違うからのぅ」
笑顔で言うスギナを見て恒夫がボソッと呟く、
「妖怪ロリババァだからだろ」
満面の笑みのままスギナが恒夫を見上げる。
「あとでお仕置きじゃからな」
「違う……ごめん、スギナちゃんは可愛いから…… 」
必死で誤魔化す恒夫を見てスギナがニヤッと意地悪顔に変わる。
「次の競技も棄権せずに出るなら許してやる」
「あっ……わかったよ、出ればいいんだろ」
迂闊に口走った事を悔やみながら恒夫が項垂れた。
並んだ机に着いた途端、恒夫と秀樹がガクガクと震え出す。
「さぶっ、椅子がキンキンに冷えてるぜ、これじゃ中の方がマシだったぜ」
「ラグが温めてくれてたからな、それに濡れた体に冷気が当たって寒さ倍増だ」
「もうどうでもいいから早く始めてくれ」
机の上にかき氷が並べ終わったのを見てイベント担当天使がサッと手を振った。
「シロップと練乳と小豆は幾らでもお代わりして結構です。好みの味にして食べてください、では第四競技スタート」
電光掲示板が時を刻み出す。三十分以内にバケツのようなかき氷を三杯食べるとクリアだ。
恒夫が怖々と氷の乗ったスプーンを口に運ぶ、
「がっ! くうぅ…… 」
耐えるように呻く恒夫の隣で秀樹も同じように一口食べる。
「うぐぅ……かき氷でよかったな、噛まなくてもいいからな」
同意するように頷きながら恒夫がスプーンでくるくるかき氷を混ぜ始めた。
「ああ、小豆なんか入れるなよ、この状態で歯に引っ掛かったら冷たさで死ぬぞ」
「わかってる。態々増やすような真似しないぜ」
秀樹が見つめる先で恒夫が掻き回す手を止めた。
「ダメだ。溶かして飲み干そうにも掻き回しても溶ける気配がない」
「中途半端に溶けるとこの寒さじゃ直ぐにくっついて固まって食いにくくなるだけだぞ」
探るように食べている二人の隣からスギナの元気な声が聞こえてきた。
「小豆が足りんぞ、お代わりじゃ」
スギナの横でラグも元気に手を上げる。
「練乳も持ってくるにゃ、イチゴ練乳にして食ってやるぞ」
三分も経っていないのにもう一皿空になっていた。
「マジかよ…… 」
「雪女……いや雪ロリババァだな」
絶句する秀樹の隣で恒夫がボソッと呟いた。
直ぐにスギナが振り返る。
「何か言ったか? 」
「なにも、何も言ってないから…… 」
ブンブン首を振る恒夫を見てスギナが続ける。
「そうか、なら構わん、早う食わんとせっかくのかき氷が溶けるぞ」
「溶けないから、この寒さじゃ絶対に溶けないからな」
引き攣った顔で言う恒夫の隣で秀樹が他人のフリをしてかき氷を食べ始めていた。
「このままじゃお仕置きされそうだし…… 」
観念したのか恒夫も食べ始める。
二分もせずにスプーンを止めた。
「ダメだ。口の中に入れても溶けなくなってきたぞ」
「ああ、もう味が分からん、甘さを全く感じないって余程だぞ」
隣で秀樹も唇を青くしている。
更に二分経った。
「あぁ……ダメだ。頭ガンガンしてきた……スギナちゃん……助けてくれ」
恒夫が泣き出しそうな顔でスギナを見つめる。
真っ青な顔でブルブルと大きく震えカチカチと歯を鳴らしながら紫の唇を振動させていた。
「まったく、仕方ないのぅ」
大きな溜息をつくスギナを見て引き攣った恒夫の青い顔に安堵が広がっていく、
「ほれっ、小豆と練乳じゃ、これで美味しさアップじゃぞ」
満面の笑みでスギナが小豆の入った皿と大きな缶に入った練乳を差し出した。
スギナを挟んで向こうからラグがひょいっと首を伸ばす。
「シロップもやるぞ、イチゴとパパイアを混ぜると美味しぞ、メロンに青いのもあるぞ」
デカいポリ容器に入ったかき氷シロップを笑顔で恒夫の前に並べる。
恒夫の顔が一瞬で凍り付く、
「ちっ、違う、味じゃなくてこれ以上は食えないから……頭が痛くて死にそうだから…… 」
「ふむ、アイス頭痛というやつじゃな」
少し考えてスギナが言った。
赤に緑に青など色々なシロップを掛けたバケツのようなかき氷を掻っ込んでいたラグがスプーンを止める。
「アイス頭痛ってにゃんにゃ? 」
腕を組んだスギナが得意気に話し出す。
「儂はなったことがないから詳しくは知らんがアイスを一度に食べると起る頭痛じゃ、慌てて食べるとキーンと頭に響くじゃろ、それが酷くなると本物の頭痛に代わるんじゃ」
色々なシロップが掛かっているカラフルなかき氷をスプーンで突きながらラグがニパッと笑った。
「んじゃ、一度に食べなければいいぞ、あたいは一度に食べにゃいからならにゃいぞ、イチゴ味を食べたらパパイア味、抹茶を食べたらソーダ味、色々な味を少しずつ食べるんだぞ、ツネはイチゴ味ばかり一度に食べてるから痛くなるんだぞ」
スギナがパチンと手を叩く、
「おおぅ、流石はラグじゃ」
くるっと恒夫に振り返る。
「と言うわけじゃからイチゴが好きでも他のシロップも使うんじゃぞ」
「違うから、間違ってるから、味は関係ないから、どんな味でもかき氷だから、かき氷を続けて食ってるから頭痛になるんだ。だから勘弁してくれ、もうギブしてもいいよね」
ブルブルと震えながら涙を流した恒夫が縋り付く、
「マジで限界みたいじゃな、仕方ないの、ギブを認めてやる」
「本当か? あとでお仕置きとかしないよな」
「限界まで頑張ったんじゃから仕置きなどせん、お主のやる気が見たかっただけじゃ」
「助かったぁ~~ 」
スギナが安堵する恒夫越しに秀樹を見る。
「そっちはどうじゃ? 大丈夫か秀樹? 」
秀樹はスプーンを握り締めたまま目を閉じていた。
ひょいっと首を伸ばすとラグが大笑いだ。
「にゃははっ、秀樹寝てるぞ、食いにゃがら寝るにゃんて器用な事するぞ」
恒夫がバッと振り返る。
「寝るな! 寝たら死ぬぞ、秀樹、起きろ秀樹」
寒さも忘れて必死で秀樹を揺する恒夫を見てラグの顔がパァ~ッと明るくなる。
「おおぅ、村に来た演劇で見たことあんぞ、遭難して死ぬヤツだぞ、部屋で遭難するにゃんて秀樹は器用にゃ事するにゃぁ~ 」
「二人とも限界じゃな、恒夫は0ポイントじゃが仕方あるまい」
スギナが手を上げる。
「審判、儂の仲間が二人ギブアップじゃ、城道恒夫と江藤秀樹じゃ」
近くで監視していた天使がやって来る。
「ギブアップだな、本人の意思を確認する」
秀樹を揺すっていた恒夫が振り返る。
「俺はギブする。城道恒夫だ。ギブアップだ」
恒夫が目を閉じている秀樹の頭にポンッと手を置いた。
「こいつもギブだ。寝てると思ったが気を失ってる。ゲーム続行なんて出来ないぜ、江藤秀樹だ。秀樹もギブアップだ」
審判役の天使が秀樹の頭を触って確認した。
「気を失っているな、江藤秀樹、意識不明にて競技続行不可と判断する」
続けて恒夫に振り向いた。
「城道くんはクリアしないとポイントが付かないぞ、いいのか? 」
確認する天使に恒夫が頷く、
「ポイントより命の方が大事だ。頭ガンガンで俺も気絶しそうだ」
「わかった。今回は残念だったな」
審判がサッと手を上げた。
「城道恒夫、江藤秀樹、両名ギブアップを認める」
安堵した恒夫が秀樹を背負う、大柄な秀樹を背負うというより被っている様に見える。
「秀樹は気絶してるだけだと思うけどヤバかったら俺が治癒するよ」
スギナに言うとラグに振り向く、
「ラグはクリアしても100ポイント以上増えないんだからな、腹壊しても知らないからな」
「にゃはははっ、心配無いぞ、甘いのは別腹だから壊れたりしにゃいからにゃ、ポイントの問題じゃにゃくて、かき氷の問題だぞ、メロンと思った緑は抹茶だし、レモンと思った黄色はパパイアだったぞ、どの味が練乳と小豆に一番合うのか調べる必要があるからにゃ」
「 ……勝手にしてくれ」
呆れ顔の恒夫が引き摺るように秀樹を運んでいく、
外にいた栄二と菜穂が慌てて駆け付けようとしたのを手で制する恒夫の耳に後ろで話す二人の声が聞こえてくる。
「何じゃお主も同じ事を考えておったのか」
「うにゃ、ちびっ子もか、そんでちびっ子は何味が好きにゃんだ? 」
「儂はやはり抹茶じゃの、抹茶に小豆と練乳を掛けたのが一番じゃ、他のかき氷など足下に及ばんぞ」
「にゃひひっ、抹茶もいいけどパパイアに練乳も最高だぞ、今までイチゴ練乳が最高だと思ってたけどそれを軽く凌駕したぞ、小豆は余り合わにゃいけどにゃ」
「成る程のぅ、確かにパパイアも旨いのぅ、では再度食べて確認じゃ」
「そうだにゃ、確認のためにいっぱい食べないとにゃ」
思わず恒夫が振り返るとバケツのようなかき氷に顔を埋めるようにして食べている二人が映った。
「あいつら化け物だ…… 」
げんなりした顔で恒夫が部屋を出て行った。
外では栄二と菜穂が椅子を並べて簡易ベッドを作ってくれていた。
「秀樹くん大丈夫なの? 」
傍にしゃがんで心配そうに訊く菜穂を見て恒夫が震えながら口を開く、
「気絶してるだけだ。不死身だからこれくらいじゃ死んでも生き返るぞ」
「そうだね、凍傷になっても不死身だから直ぐに治るしね」
栄二がバスタオルを使って秀樹の体を拭き始める。
その様子を見ながらヘカロが恒夫にバスタオルを渡す。
「マッサージするように拭いてやるといい、不死身の能力で体は治っているようだが意識が戻っていない、マッサージで刺激してやれば血行が良くなって直ぐに目を覚ますだろう」
「バケツかき氷を半分くらい食ってたからな、適当にやってギブすりゃいいのに変に真面目なとこがあるからな秀樹は」
ペコッと頭を下げてバスタオルを受け取ると恒夫が体を拭き始める。
何かに気付いた顔をして菜穂が立ち上がる。
「あ~~っ、言ってやろう、恒夫くんは真面目にやってなかったって事でしょ? 」
ゴシゴシとマッサージをするように秀樹の体を拭いていた栄二が笑い出す。
「あははっ、本当だ。ラグさんやスギナちゃんが聞いたら怒るよね」
恒夫が体を拭いていた手を止める。
「ちょっ、マジで止めてくれ、俺は一生懸命やったからな、氷風呂に入ってかき氷も普通のヤツ一杯分くらいは食べたからな」
大慌てで言い訳する恒夫を見て栄二と菜穂が意地悪顔になる。
「普通のヤツ一杯分って冷静に判断できるって事は初めからそれで止めるって考えてたって事だよね、秀樹が気絶したのに恒夫が平気なんておかしいと思ってたんだ」
「そうなんだぁ~、初めからサボる計画だったんだぁ~~ 」
からかうように言いながら菜穂が部屋に備え付けてある小さなキッチンへと向かう、
「頼むから二人には内緒にしてくれ、ラグはともかくスギナちゃんが本気で怒りそうで怖いからさ……頼むよ」
両手を合わせて拝むように頼む恒夫を見て菜穂がクスッと笑う、
「仕方ないなぁ~~、恒夫くんにはさっきの暑さ比べで助けて貰ったからね、貸し借り無しって事でいいわよ」
「まったく、恒夫のことだからそんな事だろうと思ってたよ、僕も内緒にしてあげるよ」
呆れながら栄二が言った。
気心の知れた仲だ。
サボれるところはしっかりサボるという恒夫の性格は知っている。
菜穂がキッチンで入れた熱いコーヒーを恒夫に手渡す。
「ああぁ……生き返る。温けぇ~ 」
「一つしかクリアしてないからポイント付かないのは残念だけど今の事も暑さ比べサボったのもチャラにしといてあげるわね、見てるだけでこっちも凍りそうだったからね」
「一つクリアしただけでも本当に凄いよ、氷風呂だよ、十五分もよく入ってたよ、僕も少し浸かったけど思い出しただけで震えてくるよ」
「入りたくて入ったんじゃねぇ、スギナちゃんが怒るんだもんな……ああ、コーヒーが旨い」
カップを両手で挟むように持ちながら美味しそうにコーヒーを飲む恒夫を見て栄二と菜穂が楽しそうに笑った。
三分ほどして秀樹が目を覚ます。
「ここは……なん? 」
何でというように辺りを見回す秀樹の頭を恒夫がポンッと叩いた。
「気絶してたんだ。スギナちゃんがギブさせた。ついでに俺もギブだ。お前が気絶するほどだからな俺も直ぐに同じようになるだろうからな、だから早めにギブした」
「そうか……気絶してたのか、一杯くらいは食べてみせるつもりだったんだがな」
「冗談言うな、あれはかき氷じゃなくてバケツに入れた除雪した雪みたいなものだぜ、あんな寒いところで半分食っただけで凄いよ」
悔しそうな秀樹を慰める恒夫を見て栄二と菜穂がニヤニヤと悪い笑みだ。
「本当、秀樹くんは頑張ったわよ、クリアしても100ポイント以上付かないのにギブしないで挑戦するなんて本当に凄いわよ、ねぇ恒夫くん」
「本当だよ、僕なんか100ポイント貰えるから安心してギブしたのに点にならないのに頑張るなんて秀樹は凄いよ、恒夫も凄かったよ、一つクリアしたもんね、かき氷も頑張ったし、頑張って普通のかき氷一杯分くらいは食べたしね」
ギブするつもりで適当にかき氷を食べていたのを知っている栄二と菜穂が秀樹を褒める振りをして恒夫をからかった。
「勘弁してくれ」
手を合わせる恒夫を見て秀樹が不思議そうに首を傾げる。
「何かあったのか? 」
秀樹が訳を聞こうとした時、ヘカロが話に割り込んだ。
「ラグさんとスギナさんが終わったみたいだよ」
秀樹たちが振り返ると二人が手を上げているのが見えた。
手を上げているラグとスギナに審判が近付く、
「ご馳走様、完食じゃ」
「結構旨かったぞ、でも次があったらアイスで頼むぞ」
かき氷が綺麗に無くなっているのを見て審判がサッと手を振った。
「ラグ、スギナ、両名完食、第四競技クリア」
ニッと笑ったラグとツンとすまし顔のスギナが席を立った。
恒夫がちらっと電光掲示板を見る。
「十分残ってるぜ、二十分でよく食えたな」
「バケツサイズのかき氷一つ七分か……やっぱあの二人は凄いわね」
時間を確認して菜穂も唸る。
自分の事のように嬉しそうに栄二が口を開く、
「本当だよね、スギナちゃんは全クリアだよ、獣人のラグさんはともかくスギナちゃんの何処に入るのか不思議だよね、肉やケーキもラグさん以上に食べるし…… 」
「生ぬるい人間の世界とは違うからな、ラグはおバカだしスギナちゃんは優しいけど二人とも弱肉強食の厳しい世界を生きてるんだぜ、人間社会も競争だって言うけど負けても死ぬことは無いだろ、弱者にも何らかの救済があったりおこぼれ貰って生きていけるからな」
熱いコーヒーを飲みながら恒夫がとぼけ顔で言った。
満面の笑みをしてラグが出てきた。
「ツネぇ~~、頭治ったか? ハゲてるから部分的に冷えたんだぞ」
「ハゲじゃねぇ、冷えて痛くなったんじゃないからな、寒い部屋でかき氷なんて食うから痛くなったんだ」
怒鳴る恒夫にラグが飛び付く、
「うわっ冷たっ、体を引っ付けるな、濡れた毛が凍ってるぞ、そんなんで良く平気だったな」
「うにゅ? おおぅ、凍ってるぞ、でも表面だけだから気付かにゃかったぞ、奥は油で水を弾くからにゃ、だからあたいは平気だぞ」
「俺は平気じゃ無いから引っ付くな、せっかく温まったのにまた冷えるだろが」
どうにかラグを引き離そうとするが獣人の力には敵わず恒夫の乾いた体がびしょびしょだ。
ラグの後ろから歩いてきたスギナに秀樹が声を掛ける。
「流石スギナちゃんだ。全部クリアで300ポイントだぜ」
「暑いのも冷たいのも平気でクリアするんだから吃驚よ」
菜穂がバスタオルを差し出した。
「この程度の温度変化など平気じゃ、それより秀樹は体の方は大丈夫か? 」
バスタオルで体を拭きながらスギナが訊いた。
「気絶してただけだから大丈夫だ。あのかき氷を半分食ったところまでは覚えてるんだが頭が痺れた気がして気が付いたらここで寝てたよ」
恥ずかしそうに頭を掻く秀樹を見てスギナが優しく頷いた。
「クリアできんかったが大したものじゃ、秀樹の根性を見せて貰ったぞ」
スギナが恒夫に振り向く、
「それに引き換え彼奴は……楽をする事しか考えておらん」
溜息をつくスギナを菜穂が見つめる。
「気付いてたんだ流石だね」
「伊達に長生きしておらんからのぅ」
「それじゃ、お仕置きするの? 」
「いや、今回は大目に見てやる。個人戦じゃからな、彼奴は友のためなら身を差し出すヤツじゃからな」
隣でニヤッと笑う菜穂にスギナがとぼけ顔でこたえた。
恒夫に抱き付くラグに栄二がバスタオルを差し出す。
「ラグさん、これで拭いて、恒夫が寒くて震えてるよ」
「おおぅ、栄二は気が利くにゃぁ~~、どこかのハゲとは大違いだぞ」
ラグは恒夫から離れるとタオルで体を拭き始めた。
「いや、俺もタオル用意してたから、渡す前に抱き付いてきたんだろが、御陰でこっちがずぶ濡れだ」
ラグに渡そうと置いていたバスタオルを使って恒夫が自分の体を拭いていく。
迷惑そうに体を拭く恒夫を見て栄二が大笑いだ。
「あははははっ、でも凄いよね、簡単にクリアしちゃうんだから」
「あんなの簡単だぞ、にゃんたってチャトラン族の戦士だからにゃ、鍋もネギがいっぱい入ってにゃかったらクリアできたぞ、暑さ比べじゃにゃくてネギに負けたんだぞ」
悔しそうなラグを見て栄二が乾いた笑いをあげる。
「あははっ、そうなんだ。犬や猫はネギダメだからね」
「そこらの猫じゃにゃいから、ネギ食っても死んだりしないぞ、あたいは個人的にネギが嫌いなだけだぞ、いっぱい食べると歯に引っ掛かるから厭なんだぞ」
「あはははっ、そうなんだ。でも良かったよ、これでみんな100ポイント……あっ」
栄二が慌てて言葉を止めた。
「気を使わなくていいぞ、俺は0ポイントだ。今回は初めから当てにしてないから別にいい、スギナちゃんが全クリするのは予想してたが秀樹や栄二や菜穂が100貰えるとは思ってなかった。秀樹はともかく栄二がポイント貰えるとは予想外だ」
ニヤッと口元を歪めて恒夫がやり返した。
秀樹が後ろから恒夫の頭をペシッと叩く、
「お前は真面目にしてなかったからだろが」
「その通りじゃ、呆れてお仕置きする気にもならんわ」
スギナの弱り顔を見て恒夫の顔が明るくなる。
「よかったぁ~、スギナちゃんが怒ってたらどうしようかと思ってたよ」
「まったく調子いいんだから」
「しょうがないよ恒夫だからね」
呆れる菜穂と栄二を見て恒夫がとぼけ顔で口を開く、
「俺は暑いのも寒いのもダメなの、生ぬるいのが一番いいんだよ」
ラグがニヘッと悪い顔で笑いながら恒夫の頭をペシペシ叩く、
「頭が敏感だから仕方無いにゃ、毛が無いから一寸した変化にもついていけにゃいんだぞ、敏感肌じゃなくて敏感ハゲだぞ」
「ハゲじゃねぇ! 」
怒鳴る恒夫を囲んで秀樹と菜穗と栄二が大きく頷く、
「成る程な」
「納得したわ」
「それじゃあ仕方ないね」
恒夫がバッと振り向く、
「お前らなぁ~~ 」
スギナが恒夫の腕を引っ張る。
「お主の負けじゃ、それより競技が終わるぞ」
秀樹たちが振り向くと電光掲示板が残り一分を指していた。
審判に手を上げたあとで機械人間の男が出てくる。
どうにかクリアした様子だ。
山爺と烏天狗は最後の一杯を必死で食べている。
無表情で出てきた機械人間の男が秀樹たちの脇を通って行く、
「遅かったの、何かトラブルでもあったのか? 」
スギナが訊くと機械人間の男が立ち止まった。
「大した事はない、先程の鍋と今の氷で体内の容量を超えたので余分な水分を排出していて時間が掛かっただけだ」
「成る程の、生物と違ってその辺りは融通が利かんらしいの、じゃが何はともあれクリアじゃ、おめでとうじゃ」
優しく微笑むスギナを見て機械人間の無表情な顔に笑みが浮んだ。
「ありがとう、私も楽しかった。たまにはこんなイベントもいいものだな」
一礼すると機械人間の男は仲間の女の元へと歩いて行った。
「ふ~ん、感情が無いのかと思ったら笑えるんだ。相手がAクラスのスギナちゃんだから気を利かせたのかな? 」
鼻を鳴らす菜穂を見上げてスギナが口を開く、
「感情が無いのではない、警戒心が強いのじゃ、媚びるという機能は持っておらんのかも知れんの、機械の国ではいいが儂らの世界では生き辛いのぅ」
「じゃあスギナちゃんに笑い返したのは本心からって事だよね」
不思議そうに訊く栄二にスギナが振り向く、
「そういう事になるのぅ、褒められて嬉しかったのじゃろうな、彼奴らは余計な感情を露わさんだけじゃ、物事を徹底して合理的に考えるだけで悪い奴らではないじゃろうからの」
「敵じゃなくて友達になれそうでよかったよ」
嬉しそうな栄二の横で秀樹がじとーっと恒夫を見る。
「恒夫のように嘘やおべっかは使わないって事だな」
「そういう事じゃ、機械じゃからサボったりもせんしな」
「へいへい、どうせ俺はサボりでお調子者ですよ」
ふて腐れる恒夫の薄い頭をラグがモシャモシャ触る。
「ツネも機械だったら毛を付け直せたのににゃ……頭だけ機械にして貰えばいいぞ」
「そりゃいいな、バカも治って俺たちも助かるぜ」
「ヘンタイも治るかも知れないわよ」
賛成する秀樹と菜穗を恒夫が怒鳴りつけた。
「するか! 頭を機械にするくらいなら素直にズラでも被るからな」
「あははははっ、高校でズラデビューは強烈だよね」
「あのなぁ…… 」
大声で笑う栄二に恒夫が何か言い返そうとした時、イベント担当天使がマイクを持った。
「皆さんお疲れ様です。全競技終了しました。これよりポイントの授与を行います」
天使がスギナと機械人間の男を呼ぶ、
「スギナさん、ナットさん、おめでとう、全競技クリアです。300ポイント受け取ってください」
全クリしたのはスギナと機械人間の男のナットだけだ。
山爺と烏天狗はあと少しのところでタイムオーバーだ。
恒夫以外は二つ以上クリアしているので各自100ポイントを貰った。
最後にイベント担当天使が恒夫に向き直る。
「城道恒夫くんは第三競技のクリア一つだけなのでポイントは付きません、今回は残念ですがゲームはまだまだ続きますので頑張ってくださいね、健闘を祈ります」
「一つクリアで精一杯ですよ、他の奴らみたいに化け物じゃなくて普通の人間ですからね」
とぼけ顔でこたえる恒夫を後ろから秀樹が羽交い締めにする。
「んだと、俺たちが化け物みたいじゃないか」
「自分がクリアできなかったからって化け物は酷いんじゃない? 」
前に回った菜穂が恒夫の脇をこちょこちょ擽った。
「ひゃうぅ……やめっ、止めろ、痛いのはいいがこそばゆいのは苦手なんだ。はひっ、ひぃいぃ~~ 」
体を捩る恒夫を見てラグの目がキラッと光る。
「にゃんだ。ツネはこそばゆいのが苦手だったにょか、にゃひひひひっ」
「ちがっ、違うから、止めろ、お前らいい加減にしろよ」
手をわしわしと閉じたり開いたりしながら迫るラグを見て恒夫が顔を引き攣らせる。
「にゃへへへっ、あたいがこちょこちょしてやるぞ」
擽っていた菜穂がサッとラグに譲る。
「勘弁してくれ、俺が悪かったから……離してくれ秀樹」
首だけ動かして後ろの秀樹にマジ顔で頼む、
「ダメだぞ秀樹、リーダー命令だからにゃ」
「了解しましたリーダー」
ニヤッと意地悪顔のラグに秀樹が声を作ってこたえた。
「にゃひひひひっ、サボった罰だぞ、たっぷり可愛がってやるからにゃ」
「やっ止めて……ひぅ、ひひぃ、あひひひぃ………… 」
擽られて悶える恒夫を横目で見ながら菜穂と栄二とスギナが会話を始めた。
「ヘンタイの弱点が擽りだとは盲点だったわね」
「女の子からなら殴られても蹴られてもへらへらしてるのに本気で嫌がるの初めて見たよ」
「お仕置きのレパートリーが増えたの、次から悪さすればこちょこちょの刑じゃ」
じゃれるのを微笑ましく見ていたイベント担当天使がマイクを握り直す。
「では、これにて我慢比べイベントを終了します。本日と合わせて四日間の休みで英気を養ってください、では失礼します」
一礼すると天使たちが会場から出て行った。
今回のイベントでスギナが300ポイントを得て合計1310ポイントになり秀樹たちは各自100ポイントを得て秀樹が770で栄二が660、菜穂が725、ラグが1060となった。
恒夫は0ポイントなので前回と同じ870ポイントだ。
羽交い締めにしていた恒夫を離すと秀樹がヘカロの元へ行く、
「近くの町まで頼みます。体は恒夫とスギナちゃんが治してくれたけど疲れが半端ないですから早くベッドで眠りたいですよ」
「フフッ、今回は精神的に参った様子だね、近くに小さな町がある。ゆっくりと休むといい」
楽しそうに微笑みながらヘカロが天使の翼を広げる。
恒夫を擽っていたラグがばっと飛んできた。
「お腹減ったぞ、肉食いに行くぞ」
「辛い鍋食べたじゃない」
呆れる菜穂の腕をスギナが引っ張る。
「儂も何か食いたいのぅ、鍋は味付けが今一じゃったし、かき氷を食って口の中が甘ったるくなっておる」
「まだ食べるんだ……本当にどんなお腹してるんだろう」
「あははっ、スギナちゃんとラグさんには敵わないな、じゃあ一休みしてから食べに行こうね」
弱り顔の菜穂の隣で栄二が乾いた笑いを上げた。
「んじゃ出発するぞ」
元気なラグの前で秀樹が後ろを指差す。
「あれは置いていくのか? 」
ラグに散々擽られて恒夫がソファでぐったりしていた。
「にゃにやってんだ。さっさと来いよツネぇ~、寝るのはホテルに着いてからにするにゃ」
恒夫がバッと起き上がる。
「寝てるか! 誰の所為だよ」
「元気そうじゃな、早う来んと置いていくぞ」
スギナの意地悪顔を見て恒夫が慌ててやって来る。
「氷とサウナしかないところに置いて行かれて堪るか」
笑顔のラグが恒夫にしがみつく、
「んじゃ、出発進行~~ 」
白い光に包まれて秀樹たちが消えていった。




