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スゴロク スゴくロクでもないゲーム  作者: 沖光峰津
新章 新たなるゲーム
112/158

第百十二話 「寒さ比べ」

 外では椅子を並べた簡易ベッドに横たわる秀樹に恒夫が両手を当てて治療をしていた。

 その脇で菜穂が椅子に座ってジュースを飲んでいる。


「秀樹くん惜しかったわね、もう少しだったのに…… 」


 心配そうに見つめる菜穂に恒夫が振り向きもせずに治癒をしながら口を開く、


「でも一つクリアしてんだ。次に一つクリアすれば100ポイントだ。俺と違って秀樹ならやれるさ」

「そうだね、秀樹くんなら大丈夫だよね、栄二くんも100ポイント貰ったし、私もあとは気楽にやるわよ」


 菜穂は恒夫の治癒ですっかり回復して普段の顔色に戻っている。

 ラグとスギナがやって来て秀樹の隣に椅子を並べて栄二を横たわらせる。


「お主、二人も治癒して大丈夫か? 次の寒さ比べは参加するんじゃろ? 」


 秀樹を治療している恒夫を見つめながらスギナが手から植物の蔓を伸ばす。


「次もサボったらお仕置きするからにゃ」


 怖い顔をするラグを見て恒夫が苦笑いだ。


「心配するなって次はやるからさ、でもヤバかったら直ぐにギブするぜ」

「一つもクリア出来にゃかったらお仕置きだぞ、秀樹も栄二も菜穂も気絶するくらい頑張ってんだからにゃ」

「あはははっ、んじゃ俺も気絶することにしようかな」


 とぼける恒夫の体から白い光が消えていく、


「これでよしっと、直ぐに目を覚ますだろ」


 秀樹の額をペシッと叩いてスギナに振り向く、


「栄二は酷くないんだろ? 」

「同じようなものじゃぞ、三人とも食道の火傷に胃腸を痛めとる。栄二は気力が強いのか我慢強いのか秀樹よりも耐えておっただけじゃ」


 スギナの手から伸びた植物の蔓が栄二の鼻の中へ入っていた。

 内部から治療しているのだ。



 暫くして秀樹が目を覚ます。


「うぅ…… 」

「おはよう、残念だったな、次を頑張れ」


 ニヤッと笑う恒夫に秀樹が突っ掛かる。


「お前な! 一人だけサボりやがって…… 」


 胸倉を掴む秀樹の腕に菜穂が手を掛けた。


「恒夫くんが治してくれたんだよ、心配してたよ、次の寒さ比べには出るのに力を使ってくれたんだよ」


 治療して貰った負い目があるのか菜穂が味方に付いてくれた。

 秀樹がバッと手を離す。


「くそっ……次は出るんだな? 」

「ああ、寒いのは大丈夫だからな、でもお前ほど我慢なんてできないぞ」

「 ……ならいい、やる気を見せてくれればな」


 いつものとぼけ顔の恒夫を見て秀樹がフッと笑った。

 スギナが植物の蔓を手の中に仕舞う、


「此方も終了じゃ、直ぐに目を覚ますじゃろ」

「栄二はクリアできたのか? 」


 心配そうに訊く秀樹に向かってスギナがニッコリと微笑んだ。


「無事クリアじゃ、100ポイントじゃ、あとは無理をして体を壊さんようにな、菜穂もじゃぞ、秀樹とラグはもう一つ頑張ってクリアするのじゃな」

「うん、私寒いの苦手だからね、どうせ寒さ我慢したあとにアイスか何か冷たいもの食べろってやるんでしょ、そんなの無理だから直ぐにギブするわよ」


 ポイントを取った余裕からか菜穂がおどけて震える真似をしながら言った。


「俺はあと一つ頑張るぜ、菜穂や栄二に負けられないからな」


 気合いを入れる秀樹の隣で恒夫が厭そうに口を開く、


「寒いのは結構平気なんだが、身体を壊さないように棄権でも…… 」


 後ろからラグがガシッと恒夫の首根っこを掴む、


「今ここで体を壊してやるぞ、みんな頑張ってるんだからにゃ」

「じょっ、冗談だって……頑張るからさ」


 恒夫が青い顔をして首に掛かるラグの手をペシペシ叩いた。

 栄二が目を覚ました。


「なん!? 僕は…… 」


 ガバッと身を起こした栄二にみんなが優しい顔を向ける。


「よくやったのう、暑さ我慢クリアじゃぞ、100ポイントじゃ」


 スギナの言葉で栄二の顔に笑みが広がっていく、


「やった……やったよ、信じられないよ、100ポイントだ」


 秀樹が栄二の背を叩く、


「よくやったな、流石栄二だ」

「秀樹は……あっ、ごめん、僕はしゃぎすぎだね」


 申し訳なさそうな顔をして俯く栄二の頭を恒夫がポンッと叩いた。


「胸を張れ、はしゃいで当然だ。お前はよくやったんだからな、秀樹もよくやった。俺以外はみんなよくやったんだ」


 恒夫の後ろからラグがヒョイッと顔を出す。


「そうにゃ、サボりのツネ以外はみんな頑張ったぞ」

「そうね、恒夫くんには治癒して貰ったから感謝してるけどサボったのは本当だもんね」


 隣で菜穂がニッコリ笑った。

 秀樹が栄二の背をまた叩く、


「そうだぜ、恒夫以外は胸を張ってもいい、俺は次頑張るから心配するな」

「みんな……うん、僕やったよ」


 嬉しそうに笑う栄二を見て秀樹たちも笑顔になる。

 騒いでいる間に烏天狗の二人もどうにか完食して第二競技が終わった。



 十五分の休憩を挟んで次の寒さ比べが始まる。


「次の競技は寒さ比べです。皆さん左の部屋に入ってください」


 にこやかな天使に促されて秀樹たちが左の部屋へと入っていく、


「寒っ、一気に冬になった感じだよ」


 ブルッと震える栄二の隣で秀樹が前を凝視したまま固まった。


「おい、あれって…… 」

「プール? いや風呂だな、水風呂だ」


 顔を顰める恒夫を押し退けて菜穂が前に出る。


「水じゃないわよ、氷が浮いてるじゃない、氷風呂よ」


 バッと振り返ると強張った顔をして言った。


「水着が置いてあるぞ、今度は氷のプールで泳ぐんだにゃ」


 わくわく笑顔のラグが壁に掛けてある水着を指差す。

 険しい顔のまま恒夫が振り向く、


「なんで喜んでるんだ? 氷風呂だぞ、寒くて死んじまうぞ」

「平気だぞ、あたい寒いのは平気だからにゃ、氷水くらいにゃら大丈夫だぞ」


 楽しそうなラグを見て菜穂がブルッと震える。


「冗談じゃないわよ、蒸し焼きの次は氷風呂なんて……私棄権するからね、あれをクリアしても次をクリアする自信無いから、全部クリアしないと300ポイント貰えないなら今ギブしても同じだからね」


 必死の形相で言う菜穂を見て秀樹がわかったと言うように手を振る。


「そうだな、菜穂と栄二は棄権してもいいぞ、もう100ポイント取ったんだからな、俺は氷風呂をどうにかクリアして100ポイント貰うぜ」


 恒夫がポンッと秀樹の肩を叩いた。


「んじゃ頑張れよ、俺は菜穂と一緒にここで見てるから…… 」


 言葉が終わらぬ内に恒夫の頭がガシッと掴まれる。


「またサボるつもりか? いい度胸だにゃ」

「ひぅ! じょっ、冗談だって……やるから……出るからさ………… 」


 ラグのニタリと不気味な笑みを見て恒夫が引き攣った顔でこたえた。

 スギナがラグの背をトントンと叩く、


「無理はさせるな、体を壊したら元も子もないからの、儂の治癒力で怪我や病気は治せるが体調までは治せんからの、肉体は万全に治せるんじゃが体調は精神的なものもあるからの」


 ラグが頬をプクッと膨らませてスギナを睨む、


「にゃん? ちびっ子は恒夫の味方だぞ、またサボらせる気にゃ」

「へへへっ、そういう訳だから手を離せよラグ」


 ほっと安堵する恒夫にスギナが意地悪顔を向ける。


「じゃがやる前から棄権はさせんぞ、お主の他は皆頑張っとるんじゃからな、挑戦してダメなら仕方ないがの」


 恒夫が確認するように自身を指差す。


「へっ!? ここに居ちゃダメ? 」


 意地悪顔のままスギナがニッコリと笑う、


「ダメじゃ、一緒に風呂に入るんじゃ、喜べ、ラグと儂と一緒じゃぞ」


 後ろからラグが抱き付いてくる。


「にゅひひひひっ、あたいと一緒に入れるにゃんてツネは幸せ者だぞ」

「普通の風呂なら大喜びするけど……水着着てるし……氷浮いてるし……さっき棄権しなきゃよかったぜ」


 がっくりと肩を落とす恒夫を見て秀樹たちが大笑いだ。



 話がついたのを見てイベント担当天使が説明を始める。


「第三競技は皆さんの予想通り氷のプールで寒さ我慢です。水着に着替えて向こうのプールで十五分間寒さに耐えればクリアです。準備に少し時間が掛かるようなので五分ほどお待ちください、その後直ぐにスタートです」


 にこやかに説明を終えた天使の前で秀樹と栄二が顔を見合わせる。


「十五分だとよ」

「死ぬよね、五分が限界だよね」


 後ろから恒夫が二人の肩に手を置いた。


「お前らは不死身だから大丈夫だ。でも……たぶん俺は死ぬ」


 青い顔の恒夫を見て栄二が乾いた笑いを上げる。


「あははっ、死にそうになったらギブしてもいいからさ、ねっ秀樹」

「仕方ないな、五分は我慢して見せろ、俺も五分は耐えてみせるからな」


 流石に秀樹も無茶は言えないのか認めてくれた。

 スギナが栄二を見上げる。


「栄二は棄権せんのか? あれをクリアして次もそのまま続けるとなると十五分以上氷水に浸かることになるぞ、はっきり言って人間のレベルを超えておる。もう100ポイント取っておるのじゃからな、危険じゃから儂は認めたくないのぅ」

「うん、やるだけやってみるよ、秀樹や恒夫と違って僕は余り役に立ってないからさ、どれくらいのことが出来るのか自分を試してみたいんだ」


 卑屈に笑う栄二の肩を秀樹がガシッと両手で掴む、


「何言ってんだ! お前は役立ってるだろが、栄二がいるから俺たちはここまで来れたんだぞ」


 菜穂が二人の横に立つ、


「そうよ、栄二くんはいつも真面目にやってくれてるじゃない、戦いだってダンジョンだって一生懸命やって役に立ってるわよ」


 スギナが栄二の腕をポンポン叩いた。


「お主も秀樹も菜穗もラグも皆一生懸命やっておる。皆が協力したからこそここまでやってこれたんじゃぞ、じゃから役に立っていないなど言うでない」

「そだぞ、サボりのツネだってカジノで稼いで役に立ってるからにゃ、栄二が役に立ってにゃいにゃんてあるわけにゃいぞ」


 ラグに頭を撫でられて栄二が照れるように口を開く、


「ありがとう、うん、凄く嬉しいよ」


 スギナが優しい顔をして続ける。


「それで氷風呂はどうする? ここで菜穂と見てるのが一番じゃが」

「うん、やってみるよ、無理だったら直ぐに止めるからさ」

「そうか、なら止めはせん、じゃが儂が限界じゃと思ったら止めさせるからの」

「うん、わかった。頼むよスギナちゃん」


 はにかむように笑う栄二を秀樹と菜穗が優しい目で見ている。

 黙って聞いていた恒夫が腕を組んでうんうん頷きながら話し始める。


「やっぱあの氷水は人間のレベルじゃないよな、やっぱり俺もここに居た方が……不死身じゃないし…… 」


 へらへら笑いながら言う恒夫をスギナがキッと怖い目で睨み付けた。


「却下じゃ、お主は死ぬ直前まで氷水に浸かっておれ」

「ははは……ハイ、分かりました」


 がっくりと項垂れる恒夫にラグが抱き付く、


「にゃひひひっ、ツネは人間じゃにゃくてヘンタイだから大丈夫だぞ」

「ヘンタイだけど人間だからな、人間のヘンタイだからな」


 厭そうに言う恒夫を見てラグがにっと満面の笑みを見せた。


「大丈夫だぞ、あたいがついてるからにゃ」


 ラグの身体が変化していく、手足だけでなく背中や頬に首回りまで毛に覆われていった。

 獣化だ。獣人はいくつかの姿に変身できる。

 普段は獣20%人80%くらいだが逆に獣80%人20%の状態を猛獣モードといって能力をフルに使うことが出来る最強の状態である。


「にゅっへっへっへ、これであれくらいの寒さは大丈夫だぞ」


 今のラグは獣40%人60%といった姿である。

 猛獣モードの二つ前といった様子だ。


「成る程のぅ、獣化して毛皮を纏えば寒さを防げる。寒さに強い獣人ならではじゃな、反則ではないからの、それで自信満々じゃったのじゃな」


 感心するスギナを見てラグが少し前に突き出した口元から八重歯のような牙を見せてニヤッと笑う、


「にゃひひひひっ、普段はあれ以上皮は脱げにゃいから熱いのは苦手だけど寒いのは獣化して毛を纏えばいいからにゃ」

「ズルいぞ、一人だけ毛皮着やがって」

「にゃに言ってんだ? 反則じゃ無いからにゃ、文句は天使に言うにゃ」


 ニヤッと笑いながらラグが恒夫の薄い頭をペシペシ叩く、


「自由に毛を生やせるのが羨ましいんだにゃ、ツネも獣化できたら頭の毛も生えてくるかもにゃ、神様に獣人にしてくださいって願えばいいぞ」


 恒夫が鬱陶しそうにラグの手を払う、


「俺は人間辞める気はないからな」

「にゃへへへへっ、山爺みたいな頭だから獣人じゃなくて妖怪だぞ」


 準備が終わったのかイベント担当天使がやって来るのを見てヘカロがやんわりと注意する。


「そのくらいにしておかないと怒られるよ」

「すみません、氷風呂に吃驚したからつい…… 」


 秀樹が頭を下げた。

 静かになったのを見てイベント担当天使が参加者を見回す。


「競技を始めましょう、では皆さん水着に着替えてください女性の方はあちらに更衣室を用意していますのでどうぞお使いください」


 菜穂がサッと手を上げる。


「済みません、棄権します。緒方菜穂です」

「棄権ですね、次の第四競技も出られませんが宜しいですね」


 確認を取る天使に菜穂が頷いてこたえる。


「はい、出ても100ポイント以上貰えませんから同じです」

「了解しました。緒方菜穂さんの棄権を認めます」


 天使が参加者を再度見回す。


「他に棄権はいませんね、では始めましょう」


 スギナとラグと機械人間の女が更衣室へと向かい、秀樹たち男はその場で水着に着替える。


「頑張ってね」


 菜穂に見送られて秀樹たちが氷風呂へと入っていった。



 氷風呂の前で秀樹と栄二と恒夫がブルッと体を震わす。


「マジかよ、寒いってもんじゃないぜ」

「さっき熱かったから余計寒く感じるね」

「あれに入るのかよ、全身鳥肌立ちそうだぜ」


 ブルブル震える三人を見てスギナが口を開く、


「恒夫以外は無理はするな、ダメじゃと思ったら直ぐにギブするんじゃぞ」

「了解した。ギリギリまでやってみるぜ」

「僕も頑張ってみるけど…… 」


 引き攣った顔でこたえる秀樹の隣で気丈に言う栄二の唇が青くなっている。


「うむ、何かあれば儂が治療してやるから安心して事に当たれ」


 スギナがニッコリと微笑んだ。


「俺は…… 」


 震えながら自身を指差す恒夫にスギナがじろっと鋭い目を向ける。


「心臓が止まっても蘇生してやるから死ぬまでやってみせろ」

「そっ、そんなぁ…… 」

「にへへへへっ、ちびっ子に怒られてるぞ、サボりはダメだからにゃ」


 楽しそうに恒夫の頭をポンポン叩くラグは毛皮の所為か平気な顔だ。

 騒いでいるのは秀樹たちだけではない、妖怪山爺や烏天狗たちもぶつくさ言っている。


「山育ちだから寒いのは慣れているが氷の入った水に浸かるなど御免だ」


 山爺が愚痴ると烏天狗もうんうん頷く、


「我々も水は苦手だ。短時間ならいいがずっと浸かるなど耐えられん」

「だが全てクリアすれば300ポイントだからな」


 二人の烏天狗の前で山爺が覚悟を決める。


「俺はやるぞ、このままだと0ポイントだからな」

「うむ、我々もやろう、あと二つどうにか耐えよう」


 烏天狗たちも覚悟を決めた顔で氷風呂を睨むように見ている。

 機械人間の男女は一言も話さない、先程の暑さ比べを淡々とクリアした時と同じ何も感情は浮んでいない無表情だ。



 イベント担当天使がサッと手を上げた。


「では始めましょうか、皆さん水に浸かってください、肩まで浸からないと失格ですので気をつけてくださいね、皆さんが浸かったと同時にスタートします。十五分間頑張ってください」


 ニコニコ笑顔の天使の前で秀樹や妖怪たちが互いの顔を見回し始めた。

 誰が初めに入るのかと様子を伺っているのだ。



 ドボン! ドボン! 水飛沫を上げて機械人間たちが飛び込んだ。


「うわっ、冷てぇ」


 水しぶきが掛かって叫ぶ秀樹の声を烏天狗の大声が遮っていく、


「くそがっ、静かに入れ! 」

「謝れ機械人形! 」


 氷風呂に腰の辺りまで浸かりながら機械人間の男女がくるっと振り向いた。


「謝る? 何故だ? お前たちも水に入るのだろう」

「そうだ。水が掛かったくらいで怒鳴るのならさっさと棄権しろ」


 無表情のまま一定のトーンで話す二人だが口調から怒っているのが分かる。

 烏天狗たちを押し退けて山爺が前に出てくる。


「人に迷惑を掛けておいてその言い草は何だ? スクラップにしてやろうか」


 無表情だった機械人間の目が光った。

 喩えではなく実際に赤く光ったのだ。


「敵対行為確認、お前たちは記録した」

「戦闘が認められたイベントで同じになれば確実に殺す」


 機械人間の男女が交互に抑揚の無い声で言った。


「面白い、我々に敵うとでも思っているのか」

「頭をもいでコンピューターとやらをぶっ潰してやろう」


 烏天狗が翼を広げ、山爺が腕を開いて構える。


「ここでの戦いは禁止です。反則でポイント無しになりますよ」


 イベント担当天使が山爺と烏天狗たちを睨み付けた。


「失格だと、奴らが先に水を掛けてきたんだぞ」


 怒り冷めやらぬ様子の妖怪たちを見て恒夫の後ろにいたスギナが前に出る。


「まったく、それだけ熱ければ氷も溶けるじゃろ」


 妖怪たちの横を通ってスギナが氷風呂に入っていく、


「ほぅ、なかなか冷たいのう、じゃが儂は平気じゃ」


 機械人間たちの前に立つスギナは背が低いので胸の辺りまで水に浸かっている。


「お主らも平気みたいじゃの、大したものじゃ、じゃが相手の挑発に乗るようではまだまだじゃぞ、あれしきで一々怒っておっては勝てんゲームじゃからのぅ」


 スギナをじっと見ていた機械人間の男が口を開く、


「お前は強い、無駄な戦闘はするなと言うのだな、了解した。お前たちのチームと争うつもりはない、妖怪どものことも記録から消去しよう」

「うむ、それがいいの、このイベントは他人と戦うものではない自分との戦いじゃ」


 優しい顔で頷くとスギナが機械人間の女を指差した。


「では一つ忠告してやろう、女の左足から空気が漏れておるぞ」


 機械人間の男が前屈みになって女の足を見ると極僅かだが泡が立ち上っているのが見えた。


 女が動きを止めて目を閉じた。

 何か調べているのだろう、


「ダメだ。防水機能が故障している」


 直ぐに目を開けるとスッと手を上げた。


「審判、私は棄権する。十五分程度なら持ち堪えることが出来るがメンテナンスを考えると割に合わない、故に棄権する。ギブアップだ」

「了解した。機械人間のペンチ、第3試合ギブアップ」


 審判がサッと手を振ると機械人間の女、ペンチが氷風呂から出ていった。

 機械人間の男がスギナに向かって頭を下げた。


「浸水感知センサーも故障していた様子だ。ペンチに代わって礼を言う」

「うむ、構わん、時には協力し合うのもゲームじゃからの」


 優しく微笑むスギナを見て機械人間の男の口元が嬉しそうに少しだけ緩んだ。



 イベント担当天使が秀樹や妖怪たちを見回す。


「早く入ってください、競技を始めましょう」


 秀樹が自分の頬をパンパンと叩く、


「よしっ、やるか! 」


 ゆっくりと入っていく秀樹の後ろから青い顔をした栄二が怖々続く、


「うぅ……冷たいの通り越して痛いよ」

「マジかよ……やっぱダメだ」


 恒夫が審判の方を向いて手を上げようとした時、後ろからラグが飛び付いた。


「おわっ!! 」

「どばぁ~~ん! 」


 元気なラグの声と共に恒夫が氷風呂に落ちていく、


「ひぃ……なっ、何すんだ。止めるからな、俺は…… 」


 振り向いて怒鳴る恒夫の肩をラグが押さえつけて水に沈める。


「肩まで浸からにゃいとダメだからにゃ」

「ひぃっ……ひっ、ひひぃ~~、さっ、さぶっ、さびっ、つめっ、冷たいっ、やめっ、止めて……助けて………… 」


 暫く暴れていたが直ぐに手足を縮めて動かなくなった。


「死んだかにゃ? お~~い」


 ラグが恒夫の背中を指でつーっと擦った。


「ひぃぃ……止めろ、冷たい、痛い、助けてくれ…… 」


 恒夫は振り向きもしないで早口で喚くと直ぐに動かなくなった。

 水の中で小刻みにブルブル震えているのが目で見てわかる。


「ひぅぅ…… 」


 ラグがまた背中をつーっと触ると恒夫はブルッと大きく体を振って喚くと直ぐに動かなくなる。


「うにゅ? 死にかけの蝉みたいににゃってんぞ」


 ニヤッと笑ってまた手を伸ばすラグをスギナが止めた。


「止めんか、暴れると波が起って秀樹と栄二が迷惑じゃろが」

「にゃへへっ、面白いのににゃ、わかったぞ」


 悪戯っ子のように笑うとラグが手を引っ込めた。


「人間に負けてたまるか、我々の意地を見せてやる」


 秀樹たちを見て覚悟を決めたのか山爺と烏天狗たちも入ってきた。



 全員が肩まで浸かったのを見てイベント担当天使がサッと手を振る。


「では第三競技スタート」


 電光掲示板が時を刻み始めた。

 これより十五分間我慢できたらクリアだ。


 外のソファに座って見ていた菜穂が顔を強張らせる。


「うわっ、見てるこっちまで鳥肌立つわよ」


 隣に座るヘカロが頷く、


「そうだね、私も寒いのは苦手でね、恒夫くんはともかく秀樹くんと栄二くんは暑さ比べに続けてよく頑張っていると思うよ」


 微笑みを絶やさないヘカロがマジ顔なのを見て菜穂は本当に寒いのはダメなんだと思った。


「恒夫くんは自業自得よ、一人だけサボったんだからね、今回はラグが後ろで見張ってるから逃げ場が無いわよ、これで私たちがどんなに大変だったか分かるわよ」

「そうか……恒夫くんも大変だな、棄権して裏方に回ってくれたのにあれだからね」


 菜穂がハッとした顔をしてヘカロに向き直る。


「裏方って? ひょっとして私たちを治療するためにわざと棄権したって事ですか? 」


 ヘカロがフッと口元を緩めた。


「どうかな、私も聞いていないし恒夫くんも何も言わないからね」

「あいつ…… 」


 菜穂が前に向き直る。


「サボっただけですよ、寒さ比べもサボろうとしたし、私たちのために棄権したんじゃなくて楽しようとしただけです……そうに決まってるわ」


 何とも言えない表情で恒夫を見つめる菜穂を見てヘカロが優しい顔で微笑んだ。



 三分程が経つ、暑さ比べと違い秀樹や栄二は一言も発しない、小刻みに震えながら耐えるようにじっとしている。

 精神統一でもしているのだろう崩れたら我慢できないほどの冷たさだ。


 スギナがそっと栄二の前に行く、


「栄二はこれまでじゃ、顔も真っ青じゃし唇が紫になっておる。体の震えも大きくなって限界じゃ、気力で耐えておるようじゃがこれ以上はダメじゃ」

「まっ……まだ…… 」


 紫の唇を震わせながら何か言おうとした栄二の隣で秀樹が震えながら口を開く、


「ギブしろ、スギナちゃんの指示に従うって決めただろ」


 寒くて呂律が回らないのか簡潔に一言だけだ。


「うんわかった」


 頷く栄二の顔にほっと安堵が浮んでいる。

 スギナが大声で審判を呼ぶ、


「審判、仲間がギブアップじゃ、野方栄二がギブする」

「わかった。だが最後の第四競技も参加できないぞ」


 審判を見て栄二が頷く、


「はい、ギブします」

「野方栄二、第三競技ギブアップ」


 審判がサッと手を上げた。


「秀樹と恒夫も無理しないでね」


 栄二が氷風呂から出ていく、秀樹より体力の無い栄二は暑さ比べで力を使いきっていたのだろう、スギナは動けるうちにギブさせたのだ。

 出ていく栄二を見ていた恒夫がスギナを見つめる。


「おっ、俺も…… 」

「ダメだぞ、ツネはあたいがいいって言うまでギブさせにゃいからにゃ」


 ラグが後ろから恒夫を抱き締めた。

 恒夫の背にラグの爆乳から温かさが伝わってくる。


「温かい……ラグの体があったかで気持ちいいよ」


 もたれるように身を任す恒夫を見てラグがニッと笑顔になる。


「審判質問だぞ」


 何か思い付いたのかラグが審判を呼んだ。


「抱っこは反則ににゃるのか? なるにゃら止めるけど…… 」


 恒夫の後ろから抱き付いたままラグが審判に訊いた。


「そうですね、毛の生えている妖怪や獣人と違い人間は無いですからね、公平を保つという観点から見てそのくらいはいいでしょう、二人とも肩まで浸かっていれば認めましょう」


 少し考えてからイベント担当天使がこたえた。

 全身に短い毛が生えている山爺に羽毛に包まれた烏天狗、この程度なら暑いのも寒いのも平気な機械人間、獣化して毛皮に包まれたラグ、このメンバーの中では人間は余りにも不利だと判断して許可してくれたのだろう。


 ラグは恒夫の胸の前に腕を回すと足を開いて腰を挟むようにして後ろから包み込むように抱き付いた。


「あと八分だからにゃ、頑張るんだぞ」


 背中はもう冷たくはない、ラグの温かさが背中と腰回りから恒夫を包んでいった。


「ラグ……ありがとう、頑張ってみるよ」


 ブルブル震えていた恒夫の震えが小刻みに代わっていく、ギブしようと考えていた気持ちはもう無い。


「ふむ、よい考えじゃ」


 スギナが秀樹の後ろに回る。


「秀樹は儂が温めてやろう、ラグと違って体が小さいが我慢するのじゃぞ」


 スギナが小さな体全体を使って後ろから秀樹を抱きかかえた。


「 ……スギナちゃん」


 強張っていた秀樹の顔に笑みが広がる。

 スギナから伝わる熱で背中が温かい、体だけでなく心が温まってきて元気が湧いてきた。



 外で温かいココアを飲んでいた栄二が羨ましそうに二人を見ていた。


「あっ、いいなぁ……、ラグさんとスギナちゃんが温めてくれるなら僕も頑張ったのにな」


 ぽつっと呟く栄二を見て菜穂が意地悪顔で口を開く、


「三人じゃ足りないわよ、栄二くんは向こうの烏天狗か山爺しか残ってないわよ」


 飲んでいたココアを吹きそうになって栄二がバッと振り向いた。


「いらない! 前言撤回、人外は好きだけど男は別だから……可愛い男の娘ならともかく山爺や烏天狗と抱き合うなんて考えただけでゾッとするよ」

「あはははっ、そうだよね、体はともかく心が凍っちゃうよね」


 心から厭そうな顔をする栄二を見て菜穂が大声で笑った。


「みんなよく頑張ったな、もうすぐ終了だ」


 ヘカロの言葉で電光掲示板を見ると残り二分を切っていた。


「よかった。これで秀樹とラグさんは100ポイントだよ」


 安堵する栄二の隣で菜穂も大きく頷いた。


「しかしスギナちゃんは凄いよね、流石Aクラスってところね、あとは恒夫くんだけか」

「恒夫はどうかな……今もラグさん居なかったら絶対ギブしてるよ」


 付き合いの長い栄二は恒夫のこともよく知っているので渋い顔だ。


「恒夫くん暑さ比べに出たらよかったのに…… 」


 何とも言えない顔で呟く菜穂の肩をヘカロがポンと叩いた。


「次のイベントで頑張ればいいさ、仲間のために自分の出来ることをする。恒夫くんが一番よく分かっているのかも知れないね」

「そうだよ、バカばかりするけど恒夫は僕たちの大事な仲間だから」


 何か言いたそうな菜穂の隣で栄二が嬉しそうに笑った。



 電光掲示板が0を指して氷風呂我慢競技が終了した。


「やったぜ、100ポイントゲットだぜ」


 スギナに抱きかかえられながら秀樹が小さくガッツポーズだ。


「よく頑張ったの、秀樹はここで止めてもよいぞ、次に出てもポイントは増えんからの」


 抱えるように後ろから伸ばしているスギナの小さな手に秀樹が自分の手を合わせる。


「もう少し頑張ってみるよ、ポイントだけじゃなくてさ、何処まで出来るのか挑戦してみたいんだ。それにスギナちゃんが温かくて気持ちいいからな」

「そうか、無理はするなよ、儂が止めたら止めるんじゃぞ」

「わかった。ヤバくなったら止めてくれ」


 後ろなので顔は見えないが秀樹の頭の中に優しく微笑むスギナが浮んだ。

 隣りにいた恒夫が訴えるような目をしてスギナを見つめる。


「ラグの御陰でクリアできたけど、この辺で止めてもいいだろ? 五分頑張ればいいって言ってたよな」

「にゃひひひひっ、ダメだぞ、ツネは最後までクリアしにゃきゃポイント貰えにゃいからにゃ」


 後ろから耳元に口を付けてラグが笑った。


「俺は0ポイントでいいから、このまま浸かってたら死んじゃうから、指の感覚無くなってきてるし、凍傷寸前だからな」


 スギナを見つめて恒夫が頼む、ラグが笑う度に背中で爆乳が揺れて気持ちいいがそんな事を考えている余裕はない。


「安心せい、凍傷でも心肺停止でも直ぐに治癒してやるからの、お主は限界まで止めさせん」


 スギナに断られた瞬間、恒夫がラグの腕から離れようと暴れ出す。


「冗談じゃねぇ、こんな事やってられるか」

「にゅひひひっ、無駄だぞ、あたいから逃げられるわけにゃいだろ」


 ラグが少し力を入れると恒夫が動かなくなった。


「勘弁してくれ~~ 」


 力無く叫ぶ恒夫を見て秀樹たちだけでなく外で見ている菜穂や栄二も大笑いだ。

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