第百十一話 「我慢比べイベント」
空間魔法の白い光が消えると秀樹たちは体育館のような室内にいた。
「なんだ? 部屋の中だぜ」
「試合場が無いから戦いじゃないみたいだね」
室内を見回す秀樹の隣で栄二がほっと一安心だ。
「また何か変なイベントじゃないの? 」
菜穂が不安気にヘカロを見つめる。
「済まない、私は知らないんだ。だが戦闘イベントじゃないのは確かだよ、戦闘イベントなら私に通達が来るからね」
困ったようにこたえるヘカロを見て菜穂が溜息をつく、
「戦いじゃないだけマシか……何するんだろう? 」
恒夫が部屋の奥を指差す。
「あの二つの箱が厭な感じだぜ」
体育館のように広い室内の奥にテレビのセットなどで使うような部屋らしきものが二つ設置されていた。
「うにゃ? また食い放題にゃらいいのににゃ」
後ろから恒夫に抱き付きながら肩に頭を乗せたラグが楽しそうに言った。
横に立つスギナがラグの脇腹をツンツン突く、
「お主なら食い物は匂いでわかるじゃろ、それが無いという事は他の競技じゃ」
ラグが鼻をヒクヒクさせる。
「う~ん、食べ物の匂いは殆どしないぞ、辛い匂いと甘い匂いが少しするだけだぞ」
「辛いのと甘いのか……何するんだろうな」
秀樹が恒夫の横に並んで二つの箱を見つめた。
後ろから抱き付くラグを恒夫が鬱陶しそうに引き離す。
「どっちにしろ大人数じゃないな、あの箱の中でするとして一つ十人くらいしか入れないだろうからな」
スギナがちらっと恒夫を見上げる。
「確かにのぅ、ぎゅうぎゅう詰めで入るのならともかく中で何かするのなら一部屋八人として二つ合わせて十六人と言ったところじゃな」
引き離されたラグが今度は横から恒夫に抱き付く、
「他の奴らが来るぞ」
空間魔法を感じとることが出来るのかラグの猫耳と尻尾がピンッと立っている。
二つの白い光が消えて参加者が現われる。
一つは人間に見える男女ペアのチームでもう一つが時代劇に出てくるようなお爺さんみたいな姿をしているが全身に短い毛が生えている毛深い男と鳥と人が混じったような姿をした二人の合わせて三人のチームだ。
「大した事なさそうね」
軽口を叩く菜穂にスギナが振り返る。
「見掛けに惑わされるな、奴ら人間ではないぞ」
「人間じゃないってあのカップルが? 」
「妖怪か何かが化けてるってことか」
秀樹と栄二が改めて見るが男女ペアは人間にしか見えない。
「化けてるのか? イケメンに美女だけど無表情で今一だ。知的でクールなお姉様って感じでも無いしな、なんか不気味の方が先に来るぜ」
年上好みの恒夫もピンとこない様子で怪訝な表情だ。
「妖気は感じん、妖怪ではないぞ、じゃが人でもない……何というか不思議な感じじゃ」
首を傾げるスギナの頭をラグがポンポン叩く、
「たぶん機械だぞ、あいつら心臓や内臓の代わりに機械みたいな音がするぞ、汗とか生き物の匂いじゃにゃくて機械に使う油の匂いがするにゃ」
「機械じゃと……成る程のぅ、妖気や生気を感じんはずじゃ」
納得するように頷くスギナの頭をポンポン叩きながらラグが続ける。
「あっちの鳥は妖怪か? 獣人とは気配が違うぞ」
頭を叩く手を払いながらスギナが口を開く、
「ようわかったのぅ、奴らは妖怪じゃ、鳥に似ておるのが烏天狗じゃ、もう1匹は山爺じゃ」
機械の女には興味が無いのか恒夫が妖怪たちに視線を移す。
「烏天狗か…… 」
呟く隣で秀樹が顔を顰める。
「天狗って強いんじゃないのか? 」
「妖怪の中では強いって本に書いてあったよ」
栄二も不安気にスギナを見つめる。
「そうじゃの、そこらの妖怪にしては強い方じゃ、じゃが天狗と言っても烏天狗はランクが二つも三つも下じゃぞ、妖気も妖術も大した事はない、鬼を倒した秀樹なら勝てるじゃろ」
秀樹の顔に安堵が広がる。
「青鬼のビギさんよりずっと下なら勝つ自信はあるよ、あの時より装備も充実してるしな」
恒夫がスギナの背に手を当てた。
「もう一人の爺さんも妖怪か? 」
「うむ、山爺といって山奥に棲む妖怪じゃ、はっきり言って雑魚じゃから気にすることもあるまい、治癒能力を持っておるから烏天狗どもは仲間にしたんじゃろう」
「治癒能力か、俺と同じようなものって考えればいいんだな」
「力的に言えばそんなものじゃの」
ほっと息をついた恒夫の後ろからラグが薄い頭に手を伸ばす。
「同じじゃにゃいぞ、山爺はピカピカつるっパゲだけどツネは少し生えてるからにゃ」
「モシャモシャするな! 頭を比べてどうする? 能力を比べてくれ」
薄い頭を触るラグの手を恒夫が怒鳴りながら払い除ける。
「ハゲ能力を比べるんだぞ、今はツネが少し勝ってるぞ」
「今はって何だ? ハゲてないからな、ずっと俺の勝ちだ」
弱り顔の恒夫を見てニヤッと悪い顔をしたラグがまた薄い頭に手を伸ばす。
「戦うイベントじゃにゃいから、公平を期すためにツネの毛を毟らにゃいとにゃ」
「何の公平だ! 何もしてないのに毟られて堪るか」
怒鳴って手を払い除けると恒夫がスギナの後ろに逃げる。
「ちびっ子を味方に付けるつもりだにゃ、でも無駄だぞ、ちびっ子は植物は生やせるけど毛は生やせにゃいから無駄だぞ、あたいの抜け毛でカツラ作った方が幸せになれるぞ」
ニヤッと悪い顔でラグが両手を構える。
スギナが溜息をつく、
「いい加減にせんか、天使が出てきおったぞ、リーダーなんじゃから遊んでおらんで説明を聞くのじゃ」
二つある部屋らしきものの後ろからイベント担当天使がやって来た。
少し太り気味の天使が笑顔で参加者を見回す。
「はい、皆さんこんにちは、今回のイベントは我慢比べです」
「我慢比べかよ」
「やっぱり変なイベントじゃない」
顔を顰める秀樹と菜穂を見てラグが恒夫に振り返る。
「我慢クラゲってなんにゃ? クラゲって海に浮んでるヤツだぞ」
「クラゲじゃなくて比べ、比べるって事だ。我慢比べっていうのは暑さや寒さなど我慢して誰が一番最後まで耐えられるかって勝負することだ」
「長く我慢した方が勝ちって事だにゃ、あたい寒いのは平気だけど暑いのは苦手だぞ」
何をするのかわかってラグが厭そうに顔を顰めた。
スギナが奥の部屋らしき箱を指差す。
「それであの部屋を使うんじゃな、二つあるということは2種類の我慢を比べるという事じゃな、まったく碌でもないことを考えおるものじゃ」
「本当だぜ、マジで碌でもない事やらせやがる。暑いのや寒いのじゃなくて鞭で叩くとかなら最後まで残る自信はあるのにな」
「お主も大概碌でもないぞ」
同意する恒夫を呆れ顔のスギナが見上げた。
小太りのイベント担当天使が少し大きな声を出す。
「皆さん静かに、静かにしてください、説明を始めますよ」
他に騒いでいるのは山爺と烏天狗だけだ。機械人間たちは無表情のまま微動だにしない。
聞き逃すまいと秀樹たちも妖怪たちも騒ぐのを止めた。
ゲームも中盤に入って要領がわかってきたのだろう、一度しか話さない説明を聞き逃すのは不利なだけだ。
「では今回の我慢比べイベントの説明を始めます」
静まったのを見て天使が話し始める。
今回のイベントは四つの競技、つまり四つの我慢を比べるゲームだ。
スギナが予想した通り二つの部屋を使って暑さ比べと寒さ比べの2種類で各二つずつの我慢をする。
合計四つの競技をこなすイベントだ。
順位を争うものではなく一定時間もしくは一定量の我慢を凌げばクリアである。
チーム戦ではなく個人戦だ。
四つ全ての競技をクリアしたものに300ポイント、半分の二つクリアで100ポイント、それ以外は0である。
競技を行う部屋には結界が張ってあって妖術や魔法などの能力は使えない、但し獣人が本来の獣姿に戻る獣化モードや化けている妖怪が本性を現わすなどは可能である。
説明が終わると直ぐにイベントが始まる。
「では最初の競技は暑さ比べです。皆さん右の部屋に入ってください」
にこやかな天使を一瞥して秀樹たちが歩き出す。
「我慢比べか……個人戦でよかったよ、僕なんかラグさんやスギナちゃんの足手纏いにしかならないからね」
苦笑いする栄二の背を秀樹がドンッと叩く、
「俺も同じだ。全クリは諦めて二つクリアの100ポイントを目指そうぜ」
ラグと並んで後ろを歩く恒夫が口を挟む、
「それがいい、出来そうなのを選んで他は棄権するなりして二つクリアを狙った方がいい、我慢比べで他の奴らと競うなんてバカのすることだ。年中エアコン利かせてる人間が妖怪や獣人に敵うわけないだろ」
ニヤッと笑いながら秀樹が振り返る。
「恒夫は暑いのは平気だな、ハゲてる分暑さには強いだろ」
「でも逆に寒さに弱いよね、恒夫は暑さ比べの二つをクリアすればいいよ」
栄二も意地悪顔だ。
隣を歩くラグが恒夫の薄い頭をペシペシ叩く、
「ツネのハゲはそんにゃに強いにょか? モシャモシャ遊ぶだけだと思ってたぞ」
「誰がハゲだ! 強いハゲなどいない、地肌剥き出しでデリケートなんだからな」
怒鳴る恒夫の後ろ、最後尾をスギナと並んで歩いていた菜穂がその背を突く、
「自分でハゲって認めてるじゃない」
恒夫がバッと振り返る。
「いや、これはだな、言葉の綾ってヤツだ」
あたふたと言い訳する恒夫を見てみんな大笑いだ。
最後尾のスギナが声を張る。
「無理せんようにな、体調を崩したら元も子もないからの、次のイベントで頑張ればいいだけじゃからな」
わかったと言うようにみんなが頷いた。
暑さ比べが行われる右の部屋に参加者たちが入っていく、
「うにゃ! むわってしてるぞ、もう暑いぞ」
ラグが顔を顰めるのも無理はない、暑いだけでなく湿度も高く不快指数が一気に上がった感じだ。
部屋の奥がガラス張りの壁で仕切られている。
左右から湯気が上がり水滴がガラスを伝って落ちている。
湿度が高い原因がそこにあった。
「サウナかよ」
隣で恒夫も嫌悪丸出しだ。
「でもこれくらいならどうにか行けそうだよ」
二人を見て栄二が作り笑いだ。
「そうは旨くいかんようじゃぞ」
険しい顔をしたスギナが左右の壁を指差した。
「なっ、なんだ…… 」
秀樹が言葉を失った。
奥のサウナに気を取られて気付かなかったが部屋の左右にジャンパーのような防寒具がずらっと並んでいた。
「まさかあれを着るんじゃ…… 」
菜穂が信じられないという顔でイベント担当天使に向き直る。
「だろうな、見てるだけで汗が出てくるぜ」
気を取り直したのか秀樹が額の汗を拭いながら言った。
「厚着でサウナかよ、蒸し焼きにするつもりだな」
嫌悪感を浮かべた顔で恒夫がイベント担当天使の説明を待つ、山爺や烏天狗たちも険しい顔で天使を睨むように見ているが機械人間たちは無表情だ。
イベント担当天使が両手を広げて左右にある防寒着を紹介する。
「掛けてある服から3着選んで重ね着してください、今着ている服の上からですよ、汚れた服は後で洗濯致しますので安心してください、服を着たら奥のサウナに入って我慢比べスタートです。暑さを十五分間我慢できればクリアです」
説明が終わって各自荷物を預けると着れる服を探す。
子供用からLが数個並ぶ大柄なものまで多様に揃えてある。
重ね着して相撲取りのようになった秀樹がみんなを見回す。
「十五分だ。どうにか頑張ろうぜ」
「そうだね、十五分間頑張ろう」
発破を掛ける秀樹もこたえる栄二も二人とも顔が引き攣っている。
他のチームも全員着替えが終わりガラスのドアからサウナの中へと入る。
秀樹たちの顔が明るく変わった。
「おお、これくらいならどうにかなりそうだぜ」
「そうだね、もっと凄いのかと思ってたけど十五分なら我慢できそうだよ」
想像していたより暑さを感じないので栄二も一安心だ。
ラグも元気にニヤッと笑う、
「あたいもどうにかにゃりそうだぞ、あっついけどにゃ」
「そうね、これならクリアできそうだわ」
拍子抜けしたように菜穂が軽口を叩いた。
「ふむ、儂はこの倍でも大丈夫じゃぞ」
スギナが恒夫を見上げる。
「どうしたのじゃ? 」
只一人恒夫だけは不機厭な顔のままだ。
「ダメだ。俺は無理だ」
「なんじゃ、これしきで音を上げるとはいたぶられるのが好きなお主らしくないのぅ」
心配するスギナを押し退けてニヤッと悪い顔をしたラグが恒夫の頭をポンポン叩く、
「帽子を被ってハゲが隠れたから苦しいんだぞ、頭が塞がると死ぬんだぞ、そんで毛も生えてこないんだにゃ、ハゲを隠すとハゲパワーが使えないんだぞ」
「ハゲパワーなんてあるか! お前ら元気なのも今のうちだけだぞ」
「今のうちとはどういう事じゃ? 」
スギナが訊こうとした時、イベント担当天使がサッと手を振った。
「では第一競技の暑さ比べをスタートします」
サウナ室に設置してある大きな電光掲示板が時を刻み始めた。
「ハイ! 」
手を上げた恒夫に天使が怪訝な顔を向ける。
「質問ですか? もうスタートしていますよ」
「いえ、棄権します。ギブします。さっさとここから出してください」
「何言ってんだよ恒夫! 」
思わず怒鳴った秀樹を天使が手で制した。
「ここで棄権すると続けて行う第二競技にも出られませんよ、第一競技の後に続けて熱々の鍋を食べる競技ですから途中から入るなんて不公平になりますからね」
「わかりました。構いません、第二競技も棄権でいいです」
「なっ、何言ってんだよ、やりもせずに棄権するな」
即答する恒夫に掴み掛からんとする秀樹をスギナが止めた。
「何を考えとるんじゃ? 今のうちとはどういう事じゃ? 」
先程訊こうとして聞けなかったことを訊いた。
「スギナちゃんも無理はするなって言ってただろ、俺は汗っかきで暑いのダメなんだ。秀樹たちが今大丈夫なのは重ね着した服の空気がまだ熱くなっていないからだ。五分もすれば死ぬほど暑くなるぜ、俺はその前にギブするってだけだ」
「成る程のぅ、了解じゃ、自分の限度がわかっておるならよい、よいな秀樹」
「暑いのが苦手なら仕方ない、でも寒いのも苦手とか言って逃げるなよ」
不服そうだが秀樹も認めてくれて恒夫が真っ先に部屋を出て行った。
五分も経たずに秀樹たちを熱波が襲う、暑いだけではない、服の隙間から入ってくる蒸気と汗でぐっしょり濡れて不快指数満点だ。
「おおぅ、赤い顔で頑張る菜穂って結構色っぽいぞ、褐色のラグも赤く茹だってるぜ」
ガラス戸の向こう、ヘカロや他のチームの担当天使と並んで恒夫が涼しい顔で氷の入ったジュースを飲んでいる。
楽しそうな恒夫の顔を苦笑いのヘカロが覗き込む、
「恒夫くんは気楽だね、もう少し頑張ってもよかったんじゃないかい」
「昔から暑いのダメなんです。走るのが苦手なのも体が疲れたとかじゃなくて体温が上がって苦しくなるんですよ、無駄だとわかってるのに無理はしません、個人戦ですしね」
「そうなのか、しかし説明しないと後が怖いよ」
苦笑いのままヘカロが前に向き直る。
ガラス戸の向こうで秀樹と菜穂とラグが怖い顔をして睨んでいた。
「次の寒さ比べは出来るところまでやりますよ」
ニコッと笑顔で手を振る恒夫を見て秀樹がゴクッと唾を飲み込んだ。
「くそっ、楽しやがって…… 」
「あははっ、あと五分だよ、もう少しでクリアだから頑張ろうよ」
力の無い声で笑いながら栄二が自身にも言い聞かせるように言った。
電光掲示板が十分二十秒と表示している。
十五分間なので後五分ほどだ。
暑さに弱いラグがスギナにもたれるように伸びている。
「うにゃ……終わったら頭毟り取ってやるからにゃ」
「私も手伝うわ、これ見よがしに冷たいジュース飲むなんて最低よ」
反対側で菜穂もスギナにもたれてどうにか耐えていた。
二人の間でスギナが平然とした顔で口を開く、
「まったくしょうがないヤツじゃ、これで寒さ比べも棄権しおったら儂も止めんぞ」
「 ……ちびっ子は元気だにゃ………… 」
普段元気の塊のようなラグがか細い声を上げた。
「無駄に話すな、この状況では一言話すだけでも体力を消耗するぞ、儂は植物じゃからな、暑さも寒さも動物より耐えることが出来る。湿度が高いのも平気じゃ、水と光があれば大概大丈夫じゃ、じゃから遠慮なく儂にもたれるとよい、お主らが倒れんように支えてやろう」
「ありがとうスギナちゃん…… 」
礼を言うと菜穂はスギナに寄り掛かって目を閉じた。
反対側でラグも焦点の合わない目をしてスギナに全体重を寄せる。
「うにゃ、ちびっ子のほっぺ冷たいぞ」
ラグのとろんとした目に光が戻る。
「おお、そうじゃ、これだけの温度なら儂の体の方が冷たいはずじゃ」
スギナがラグと菜穂の首に手を回して自分の頬に二人の額を当てるように抱き締めた。
「冷たくて気持ちいい…… 」
「うにゅぅ、ちびっ子のほっぺ気持ちいいにゃ…… 」
心地好さそうに目を閉じる二人を見てスギナが目を細める。
「もう少しじゃから頑張るのじゃぞ、これなら反則にはならんからのぅ」
外で見ていた恒夫が厭らしい笑みを浮かべて口を開く、
「ラグも菜穂も限界だな、スギナちゃんに感謝だぜ……でも美人が三人並んで抱き合うって何かエロいな、間に挟まれるなら俺も頑張るんだけどな」
「いい作戦だね、スギナさんの体温でラグさんと菜穂さんの頭が冷える。熱に一番弱いのは脳だからね、術を使うわけじゃないので反則にもならないし、流石だよ」
ヘカロに厭らしい顔を見られたと思ったのか恒夫が慌てて視線を移す。
「秀樹も栄二もよくやるぜ、学校じゃ暑いって動物園のカンガルーみたいに伸びてるくせによ」
「そうだね、余り無理はして貰いたくはないな、体を壊したら元も子もない」
前を見つめながら恒夫が頷く、
「大丈夫ですよ、俺と違ってあいつら体力あるから……あと二分半だ。頑張れよラグ、それにしても…… 」
他のチームを見回して続ける。
「山爺と烏天狗は苦しそうだが機械人間たちは平然としてるな、機械だから平気なのかな、これじゃ、スギナちゃんと機械人間の勝ちだな」
「機械人間たちは生物とは限界レベルが全く違うからね、運動能力も人間より上だからBクラスに分類している」
恒夫がヘカロに振り向く、
「Bクラスか、頭も良さそうだし戦いたくない相手だな」
「確かに知能レベルは人間より高い、しかし想像力や発想力は遙かに人間の方が上だよ、彼らはここ千年ほど技術も社会も停滞している。高度に発展して不自由がなくなり進歩が止まったんだ。争いも多くなり神様はこれ以上の進化は望めないとしてゲームの対象に選んだのさ」
「行き詰まったって事か……他人事じゃないな」
顔を顰める恒夫を見てヘカロがフッと微笑む、
「戦い様はあるさ、彼らには魔力や気力といったものが無い、生が無いんだから当然だ。故に魔法の力やアイテムが使えない、怪力や俊足などしか使えないんだよ」
話を聞いて恒夫が口元をニヤッと不敵に歪めた。
「逆に言えば魔法や妖術を使った戦いに弱いって事ですね、発想力も劣るならトリッキーな攻撃も通用するってわけか」
「さぁどうかな、それは戦ったときにわかるだろう」
具体的なアドバイスは禁止されているのかヘカロが愉しそうに笑って誤魔化した。
ブザーが鳴って第一競技が終わった。恒夫以外全員クリアだ。
「皆さん合格です。よく頑張りましたね」
イベント担当天使がサウナ室の中に入ってきた。
スギナにもたれて目を閉じていた菜穂がパッと顔を上げる。
「やったね」
「にゅははっ、これくらい当たり前だぞ」
反対側でラグが自慢気に笑った。
スギナに頭を冷やして貰っていたので二人ともそれなりに元気がいい。
「はぁ~~、やっと終わった」
大きな溜息をつく秀樹の横で栄二が言葉も無く頷いた。
二人ともギリギリと言った表情だ。
少し離れて座っている妖怪山爺が天使に手を伸ばす。
「水をくれ、次のゲームの前に水をくれ」
「我らにも頼む、反則でないなら水を飲ませてくれ」
烏天狗たちも頼むと天使が少し考えてから口を開いた。
「構いませんが冷たい水はダメです。人肌に温かい白湯なら可能です。暑さ比べですからね」
「人肌でも構わん、ここに比べたら冷たい水のようなものだ」
催促する山爺と烏天狗を見てスギナがひょいっと首を伸ばす。
「我慢できるレベルなら飲まん方がいいぞ、飲み食いにも体力を使う、それに逆に汗を掻いて水分を失うことになる。運動をしているのでもないし、長時間耐えるわけでもない、短時間じっと動かずにおるなら飲まん方がいい、もっとも喉が渇いて我慢できんくらいに苦しいのなら別じゃがの」
スギナが忠告したのは親切心からでは無い、秀樹やラグが物欲しそうに様子を伺っていたからだ。
妖怪たちが水を飲むのを見たら秀樹やラグも我慢できずに頼むだろう、それを危惧したのだ。
スギナを一瞥してから山爺が天使の腕を掴む、
「我慢できん、俺は飲む、水をくれ」
烏天狗が顔を見合わせて頷いた。
「我らはいらん、あと少しじゃ我慢する」
「わかりました。ではお持ちします」
天使に命じられて助手が人肌に温かい白湯を持ってきた。
ゴクゴクと喉を鳴らしながら山爺が飲むのを秀樹やラグが耐えるように見つめていた。
「では引き続き次の競技に入ります。体の外は温まりましたね、次は中も温めましょう、熱々で激辛で美味しい鍋です。二十分以内に完食してください、汁まで完食すれば時間内でもクリアですので外に出て構いません」
助手たちがぐつぐつ煮える鍋を持ってきて各自の前に並べる。
「マジかよ…… 」
ぐつぐつ煮立つ鍋を見て秀樹が言葉を失う、
「一人用じゃなくて三人前くらいあるね…… 」
直径30センチはある鍋を見て栄二は既に戦意喪失だ。
「うわぁ……真っ赤だよ………… 」
如何にも辛そうな赤いスープを見て菜穂が顔を引き攣らせる。
「肉に魚はいいけど……イモと大根も我慢するけど暑すぎるぞ」
流石のラグもこの暑さでは食欲が無い様子だ。
「おおぅ、旨そうじゃのぅ、儂は辛いのも好物じゃからな」
一人スギナだけが喜んでいる。
肉や魚に大根やイモやネギが入ったボリュームたっぷりの鍋だ。
イベント担当天使がサッと手を上げた。
「では第二競技スタートです。時間内に完食した人は手を上げてください、確認したあとでサウナから出てもらって結構です」
電光掲示板に時間表示が現われてゲームスタートだ。
二十分以内に完食すればクリアである。
熱々鍋から秀樹が肉を摘まみ上げる。
「冷房の効いた部屋で食うと旨いんだろうな」
確認するように箸で鍋の中を探りながら栄二が口を開く、
「先に固形物を食べてスープを最後に飲み干すんだよ、激辛でも一気に飲み干せば感じないからね、喉や内臓が火傷しても心配無いよ、スギナちゃんや恒夫の治癒で治して貰えばいいんだからね」
モシャモシャと食べていたスギナが熱々スープで口の中のものを流し込む、
「そうじゃ、儂が治してやるから死ぬ気で掻っ込め、これを食えば100ポイントじゃぞ」
「うん、やってやるわよ、100ポイントだもんね」
やる気を出した菜穂がイモを口の中に放り込んだ。
「あつっ、熱い、辛い、あつっつつっ…… 」
覚悟を決めたのか秀樹と栄二も食べ始める。
「肉肉お肉ぅ~焼き肉だぁ~~♪ ピチピチ魚ぁ~お刺身だぁ~~♪ 熱々鍋は懲り懲りだぁ~~♪ 熱々ネギは歯に残るぅ~~♪ 」
ラグは既に肉と魚は食べ終わっていた。
「ここを頑張れば次は棄権してもポイントが貰えるからの、みんな頑張るのじゃ」
みんなを見回して励ますとスギナもまた食べ始める。
外で見ていた恒夫が厭そうな顔で口を開く、
「よくやるぜ、あんなの食ったら死ぬぞ」
「フフフッ、死ぬ気で頑張っているんじゃないかな、勝つためにさ」
楽しげに笑うヘカロをちらっと見た後で恒夫が続ける。
「あいつらバッドイベントがあって点数低いからな、中津たちにも負けてたし、100ポイントでも無理したい気持ちはわかるけどさ」
「心配かい? それよりももっと早くチームに戻ってやればと後悔しているのかな? 」
「心配なんてしてませんからね」
顔を覗き込むヘカロから誤魔化すように恒夫が話を変える。
「機械人間も食えるんだな、あいつら味とか分かるのか? 」
「消化はしないよ、体内に格納しているだけだ。当然限界はある。あの鍋くらいなら大丈夫だろうけどね」
フッと微笑むとヘカロが前に向き直ってこたえてくれた。
「限界か……あの体型から見てもデカい鍋二つくらいは入りそうだぜ」
恒夫が視線を妖怪たちに向ける。
「烏天狗もてこずってるし中々いい勝負だぜ……なんだ? 」
恒夫が見つめる先で山爺が食べる手を止めた。
真っ赤な顔をした山爺が助手の天使を呼んだ。
「審判、ギブアップする。熱いのはいいが辛いのは苦手だ。こんなもの食えるか」
隣で黙々と食べていた烏天狗がジロリと睨む、
「我慢して食えんのか」
「苦手なものが出来るか! お前らにも苦手はあるだろうが」
怒鳴る山爺を見てもう一人の烏天狗が食べる箸を止めた。
「まあよかろう、チームでは無く個人にポイントが入るイベントだからな」
「ふんっ!! 勝手にしろ」
怒鳴った烏天狗がそっぽを向いてまた鍋を食べ始める。
山爺がちらっとスギナを見た。
「水など飲むんじゃなかった……我慢していれば辛さも我慢できたかも知れん、体が暑さに耐えていたのに水を飲んだから堪えられんようになった。楽をしたいと音を上げた」
山爺が改まって審判を呼ぶ、
「審判、ギブアップだ。これ以上は無理だ」
審判役の天使がサッと手を上げた。
「山爺、第二競技ギブアップ」
やれやれという顔で山爺がサウナ室を出ていった。
イモと大根を食べていたラグが箸を止める。
「あたいもギブだぞ」
不思議そうな顔をしてスギナが振り向く、
「なんじゃ、お主なら食えると思ったんじゃが」
スギナの向こうから菜穂が首を伸ばしてラグの鍋を見る。
「もう少しじゃない、頑張りなさいよ」
鍋の中にはイモと大根が少しにネギとスープがほぼ全て残っている。
ラグなら簡単に平らげられる量なのでスギナや菜穂が訝しむのも当然だ。
ラグがプクッと拗ねるように頬を膨らませて口を開いた。
「猫舌じゃにゃいけど、辛いのも好きだけど、暑すぎてダメだからにゃ、ネギも嫌いだしにゃ、次の寒さ比べで勝つからにゃ、嫌いな物は食べないぞ」
スギナが優しい顔で頷いた。
「それでいいのじゃ、無理をせんでも次の寒さ比べで勝てばいいんじゃ」
ラグの膨れた頬が萎んでいく、
「次は絶対勝つからにゃ、100ポイント貰うからにゃ、秀樹と栄二と菜穂は頑張るんだぞ」
「言われなくとも頑張るわよ、これさえ食べればポイント貰えるんだからね」
納得したのか菜穂も座り直してまた食べ始める。
ラグが審判を呼ぶ、
「ギブするぞ、さっさとこの暑い部屋から出すにゃ」
審判役の天使がサッと手を上げた。
「ラグ、第二競技ギブアップ」
暑さでふらつきながらラグが立ち上がる。
「戦いの方がよっぽどマシだぞ、んじゃ先に出てるぞ、秀樹たちも無理すんにゃよ」
ふらつきながら秀樹と栄二の前を通って出ていった。
余程こたえたのだろうラグが他人に気を使って無理するなと言うのは珍しい。
服をバッと脱いだラグが恒夫に飛び掛かる。
「ツネぇ~~、さっさと一抜けするような根性無しはお仕置きだぞ」
「うわっ、止めろ、抱き付くな、汗でベタベタだ」
嫌がる恒夫に構わず頬を擦り付けるように抱き付いて喉をゴロゴロ鳴らす。
「ツネの体は冷たくて気持ちいいぞ、中は地獄だったからにゃ」
「ラグ……頑張ったな、次は俺も頑張るからさ」
ぐったりとしているラグの頭を恒夫が優しく撫でた。
ラグの甘い汗の臭いが恒夫の鼻を擽る。
自分と同じで暑いのが苦手なのに頑張ったのだ。
今はゆっくり休めと体を支えるように抱き締めた。
「フフッ、ラグさんお疲れ様、冷たい飲み物でも飲んで休むといい」
ヘカロがタオルを差し出しながらニッコリと微笑んだ。
恒夫がタオルを受け取るとラグを抱きながら首回りや背中を拭いてやる。
「ジュースも飲みたいぞ、ストロー使って飲ませるにゃ」
甘えるラグの言うままに恒夫がジュースの入ったコップをラグの口元に持ってきてやる。
「今日のツネは優しいにゃ、暑いの我慢してよかったぞ」
美味しそうにジュースを飲むラグの背中を恒夫が優しくポンポン叩いてやった。
サウナの中では競技がまだ続いている。
機械人間の男女が揃って手を上げる。
「審判、我々は終了した。確認してくれ」
審判役の天使が鍋を確認すると綺麗に空っぽだ。
「完食確認! 機械人間のナットとペンチ、第二競技クリア」
機械人間の男女は無表情で立ち上がるとサウナから出て行った。
「機械じゃから簡単じゃな」
言いながらスギナが手を上げる。
「審判、儂も終わりじゃ」
鍋を確認した審判が頷いた。
「完食確認! スギナ、第二競技クリア」
終わったのにスギナは出ていかない、そのまま菜穂を支えるように座っている。
「あとは汁だけじゃ、火傷しても儂が直ぐに治してやるから覚悟を決めてぐっと飲み干せ」
もう少しで終わりそうな菜穂の為に残っているのだ。
スギナの優しさに菜穂が嬉しそうに笑顔を見せた。
「うん頑張るよ、これで100ポイントだもんね」
菜穂が鍋を持ち上げた。
「やるわよ、後は任せたからねスギナちゃん」
息を整えると鍋に顔を埋めるようにして一気に飲み干した。
「ぐっ、ぐうぅ…… 」
途中何度か口を離すが菜穂は見事に飲み干した。
「審判、菜穂も完食じゃ」
喉が焼けたのか話せそうもない菜穂に代わってスギナが大声で審判を呼んだ。
「完食確認! 緒方菜穂、第二競技クリア」
「やったわ……よ…… 」
引き攣った顔で微笑むと菜穂が気を失った。
「直ぐに治療してやるからの」
スギナが植物の蔓を出そうとするが結界が張ってあるので妖術が使えずに出せない。
「ヤバい!! 」
抱いていたラグを隣の椅子に座らせると恒夫がバッと飛び込んでいった。
「菜穂は俺が治す。スギナちゃんは秀樹と栄二を頼む」
「了解じゃ、儂はこの程度の暑さなど平気じゃからな」
恒夫が菜穂を背負うようにして出ていった。
外ではラグが椅子を並べてベッドを作って待っている。
「ツネこっちにゃ、ここに菜穂を寝かすといいぞ」
流石に獣人は体力がある。
冷たいジュースを飲んでラグはすっかり回復していた。
「その前に服を脱がさないとな、ラグ手伝ってくれ」
気絶しているとはいえ女の服を脱がすのは抵抗があるのか恒夫は支えるだけで服はラグが全部脱がしていく、元の私服まで脱がすとベッドに横たえる。
「ヘカロさん、治癒力を使ってもいいんですよね? 俺は反則でもいいけど菜穂が反則になったりしませんよね」
確認を取る恒夫にヘカロが頷く、
「競技はクリアしたんだ誰も反則にはならないよ」
自身より他人を優先する。
それが恒夫くんの強さか……、
ヘカロが優しい目で見つめる先で白く体を光らせた恒夫が菜穂の喉と腹に手を当てて治療を始めた。
秀樹と栄二が顔を見合わせる。
「俺たちもやるか」
「菜穂さんに負けてられないもんね」
二人の前にスギナが立つ、
「儂と恒夫がついておる。気絶してぶっ倒れても安心じゃ」
秀樹と栄二が鍋を両手で持ち上げた。
「行くぜ栄二」
「うん、やるよ」
二人が鍋に残ったスープを飲み始める。
「ぶっ、ぶはっ、熱っ、辛いっ」
「熱いのか辛いのか分からなくなってるよ」
途中で口を離しながら何回かに分けて飲んでいく、
「ぐっ、ぐぅうぅ……うがっ…… 」
秀樹が鍋を置いて仰向けに倒れ込んだ。
「秀樹! 」
「秀樹は儂に任せろ、お主は自分のことだけを考えろ」
慌てて鍋を置く栄二にスギナが叱りつけるような大声だ。
わかったと言うように頷くと栄二はまた鍋を抱えて飲み始めた。
秀樹に駆け寄ったスギナが審判を呼ぶ、
「気絶しておる。審判、リタイヤじゃ」
「確認した。江藤秀樹、第二競技リタイヤ」
審判がサッと手を上げた。
横目で秀樹を見ながら栄二が鍋を飲み干した。
「ぐっ、うぷっ……なんとか………… 」
真っ赤な顔を引き攣らせて話すのもやっとという状態だ。
ラグがバッとサウナに入ってきた。
「秀樹はあたいに任せろ、栄二は大丈夫か? 」
苦しそうに頷く栄二を見てラグが秀樹を背負うと出ていった。
審判が栄二の鍋を見て手を上げる。
「完食確認! 野方栄二、第二競技クリア」
「やった…… 」
張り詰めた気が抜けたのか栄二がその場に倒れ込んだ。
直ぐにラグがやって来て栄二を抱える。
「秀樹はツネが治してるぞ、ちびっ子は栄二を頼むぞ」
「了解じゃ、三人ともよう頑張った」
栄二を抱えたラグのあとについてスギナがサウナを出て行った。




