第百八話 「ダンジョン踏破」
炎虎のギリーと風河馬のバッグスと戦っていたフィフィが悲鳴を聞いて振り返る。
「ベベベがやられた……くそっ、無敵札の効果が切れたのね」
「おいおい、余所見するなよ」
ギリーが突っ込んでいくとフィフィがスッと姿を消した。
次の瞬間、ギリーの足が空を切る。
「きゃあぁ~~ 」
悲鳴を上げながらフィフィが吹っ飛んでいく、
「幾ら速くとも消えるわけじゃねぇ、進む先にケリを入れりゃ仕留められるって寸法よ」
床に転がったフィフィを見てギリーがニヤッと牙を見せて笑った。
栄二の治療を終えた恒夫が思わず声に出す。
「凄い、ギリーさん見えているのか? やっぱギリーさんとバッグスさんは凄いぜ」
感心している恒夫の薄い頭をラグがモシャモシャする。
「カバは見えてるけどトラは見えてにゃいぞ」
恒夫がバッと振り返る。
「見えてないって姿を消したフィフィさんに蹴りを当てたじゃないか」
「野生の勘だぞ、あのトラに不用意に近付いたらやられるぞ、気配を感じるだけじゃなくて勘が鋭いぞ、彼奴ら相手に格闘戦にゃんてするのはバカだぞ」
「そうなのか……格闘戦どころか二人とは戦うなんてしないよ、決闘イベントで当たったら棄権するからな、ポイント競うイベントなら勝ちを譲るぜ、俺なんか瞬殺されるだけだ」
モシャモシャしていた頭をラグがペンペン叩く、
「それが一番だぞ、あたいだって彼奴らと当たったら棄権するぞ、だってだって、彼奴ら本気出してにゃいからにゃ、今も遊んでるだけだぞ」
普段なら鬱陶しそうに手を払うのにそれも忘れて恒夫が訊く、
「本気出したらもっと凄いのかよ……敵じゃなくて良かったぜ」
「そういう事だぞ、んじゃ行ってくるぞ」
飛び出そうとするラグの腕を恒夫が掴む、
「何処へ行く気だ? 」
「トラとカバに代わってあたいが戦うぞ、だって彼奴はツネの仇だからにゃ、あたいが倒さにゃいと気が収まらにゃいぞ」
恒夫の手を振り解くとラグが駆けていった。
慌てて追おうとしたが気絶して倒れている栄二を置いていけずに恒夫が大声を出す。
「ギリーさん、バッグスさん、頼みがあります」
戦いの手を止めてギリーとバッグスが振り返った。
「なんだ恒夫? 」
「ラグが戦うって言ってます。任せてやってくれませんか、助けて貰ってなんですが俺たちの戦いなんです。俺たちがやらなきゃダメなんです。お願いしますギリーさんバッグスさん」
深々と頭を下げる恒夫を見てギリーが頭を掻きながらバッグスを見つめた。
「ガハハハハッ、いいぜ、この女エルフは無敵じゃなくなったんだろ? なら俺たちの相手にもなりゃしねぇ、そんなものと戦っても仕方ないからな」
「仕方ない、バッグスがいいなら俺もいいぜ、でも戦いに横槍を入れるのは感心しないな」
大笑いするバッグスの向かいでギリーがやれやれというようにわかってくれた。
「済みません、俺の我儘です」
頭を下げたまま話す恒夫を見てギリーがフッと微笑んだ。
「次の休みの間全て食い放題飲み放題で勘弁してやる。これでどうだ? 」
恒夫がバッと顔を上げた。
「はい、それくらいお安い御用です。ホテル代も買い物も全て奢りますよ、俺の仲間も紹介したいですし、町でたっぷり遊びましょう」
「ガハハハッ、そりゃいいや、中津たちも誘ってどんちゃん騒ぎだぜ」
大笑いしながらバッグスが恒夫の元へと歩いてくる。
ギリーがやって来たラグに向き直る。
「猫女、お手並み拝見とさせて貰うぜ」
「にゃははははっ、トラほどじゃにゃいがあたいの強いところ見せてやんぞ」
元気よくこたえるとラグがフィフィの前に立った。
「くそっ、ジジジ! 無敵札を使いなさい」
フィフィが大声で命じるが返事がない、
「ジジジ! 最後の無敵札を使いなさい、聞いているのジジジ」
叫ぶような大声を出すフィフィにジジジではなくスギナの声が聞こえてきた。
「無駄じゃ、モグラは儂の術で幻覚を見て夢の中じゃ、三日は正気に戻らんぞ」
「なっ、ジジジまでが……なんて事………… 」
青い顔をしたフィフィが歩いて行くギリーを大声で止めた。
「待って、この猫に勝ったら私を見逃してくれる? 貴方たちにはとても敵わないわ、だからこの猫に勝ったら私を見逃してくれない? お願いよ」
「いいぜ、横槍を入れられた戦いなどに興味は無いからな」
「ありがとう、約束よ」
振り向きもしないでこたえたギリーを見つめて礼を言うフィフィの口元が嬉しそうに曲がっている。
「にゃははははっ、あたいに勝てるつもりか? もう無敵じゃにゃいんだぞ、勝てたら逃がすだけじゃにゃくて宝玉もくれてやるぞ」
大笑いするラグの向かいでフィフィがスッと姿を消した。
「約束よ、子猫ちゃんに勝って宝玉は貰うわよ」
半獣姿のラグが猫耳だけでなく頬から伸びる髭もピンッと張って気配を探る。
「にゃひひひっ、勝てたらやるぞ、その代わり負けたらお前の命を貰うからにゃ」
ラグが爪を伸ばして戦闘態勢をとる。
「振動波! 」
「ハラペーニョファイヤー 」
飛んできた振動波をばっとかわしたラグに炎が迫る。
「水の結界、ウォータードロップアーマー 」
ラグが防御魔法を使って炎を防ぐ、その後ろにフィフィが現われた。
「振動波! 」
「おおぅ!! 」
ラグが仰け反るようにしてフィフィのパンチを避ける。
交差して直ぐにフィフィが振り返る。
「振動波! 」
「にゃんの」
ラグが無理な体勢のままくるっとその場で回ってかわす。
「振動波! 」
着地した所へまた振動波が飛んできた。
「ひにゃ! 」
ラグが短い悲鳴を上げた。
右肩から血が流れている。
「くそっ、頭を狙ったはずなのに、なんで避けられるのよ」
愚痴りながらフィフィが体勢を整える。
「ラグ、大丈夫か」
「にゃははははっ、心配にゃいぞ、一寸掠っただけだぞ」
心配そうに大声を出す恒夫を見てラグが照れ臭そうに笑った。
「余裕じゃない、右腕はもう使えないはずよ」
上から目線のフィフィをラグが睨み付ける。
「連続攻撃であたいの隙を突いたんだにゃ、でも一度で倒せにゃかったら次はにゃいぞ」
「負け惜しみを…… 」
フィフィがスッと姿を消した。
「ウォーターニードル」
「振動波! 」
連続攻撃を避けたラグの左にフィフィが姿を現わした。
「振動波! 」
「にゃんっと」
体を反らせて避けたラグにフィフィが腕を向ける。
「ファイヤーニードル」
「にゃおっっと」
無理な姿勢のままラグが跳んで避ける。
宙に浮ぶラグに向かってフィフィがパンチを放つ、
「振動波! 」
「逆招き猫! 」
ほぼ同時にラグが手をくるっと回した。
招き猫は相手の気を掴んで引き寄せる技で逆招き猫は相手の気を押して引き離す技だ。
「なん!? 」
フィフィが体をふらつかせて足を踏ん張った。
直ぐ前にラグが着地する。
「グリグリパァ~ンチ! 」
ラグの猫パンチがフィフィの顔面に直撃だ。
「あぐぅ…… 」
短い呻きを上げるとフィフィがその場で膝をつく、そこへラグの踵落としが直撃する。
「カミナリキィ~~ック! 」
怪力を持つラグの本気のキックだ。
フィフィは悲鳴も上げずに床に押し潰されるようにして事切れた。
潰れたフィフィをラグが見下ろす。
「ツネを疑ったぞ、大好きなツネを裏切るところだったぞ、そんな事をさせたお前を許すはずにゃいぞ、ツネが許したってあたいは絶対に許さにゃいからにゃ、だから……だから…… 」
言いながらラグが泣いていた。
後ろから恒夫が抱き締めた。
「ラグ……わかってる。もういいから、ここでフィフィさんを見逃せばまた同じような目に遭うかも知れない、だからこれでいいんだ。仲間を疑うなんてもうごめんだからな」
「ツネぇ~~ 」
くるっと回るとラグがギュッと抱き付いて恒夫の胸の中で泣き出した。
二人を向こう側からスギナが見つめていた。
「終わったようじゃな、雨降って地固まるじゃ、結果オーライじゃな」
秀樹がスギナの隣りに立つ、
「今回はマジでヤバかったぜ、スギナちゃんがいなきゃどうなってた事か、ありがとうな」
「礼は止せ、儂も少し恒夫を疑っておったからのぅ、これは内緒じゃぞ」
幼女のような可愛い顔で笑うスギナを見て秀樹も釣られて笑みになる。
何やら後ろが騒がしいのでスギナと秀樹が振り返る。
「何をやっとるんじゃ? 」
幻覚を見て倒れているジジジに菜穂が魔法の杖を向けている。
「ちょっ、菜穂、止めろ! 」
秀樹が慌てて走り出す。
「タバスコファイヤー 」
止めようとした秀樹も間に合わず、中級魔法の炎がジジジを包み込んだ。
「モギャギャギャァアァァ~~ 」
絶叫を上げてジジジが絶命した。
近くで見ていた中津と佐伯と東條の顔が引き攣っている。
「そこまでするかよ」
ドン引きで言う中津を菜穂がキッと睨み付ける。
「散々な目に遭ったのよ、今だって全滅する所だったのよ」
菜穂の怒りはもっともだと思ったのか、余所のチームの女相手にキツい事を言いたくないのか中津と佐伯が黙る中で東條が口を開いた。
「だからって殺す事無いでしょ、もう勝負はついたのよ」
菜穂がくるっと振り返る。
「何甘い事言ってんの? ここで見逃して今度仕返しされたらどうするのよ? 」
「その時はその時でしょ? それに余程のバカじゃない限りこんな目に遭わされて二度と戦おうなんて思わないわよ、リーダーの女エルフも死んだんだし」
「なんでそんな事がわかるのよ? こいつが襲ってきたら責任取れるの? 」
東條に食ってかかる菜穂を秀樹が止める。
「止めろよ! 俺たちを助けてくれた恩人だぜ、それに東條の意見に俺も賛成だ。フィフィを倒したからもういいだろうに…… 」
菜穂はキッと睨み付ける矛先を秀樹に替える。
「何言ってんのよ! こいつらの所為で死にそうになったのよ、秀樹くんの友達や獣人が来てくれなきゃ私たち全滅したかも知れないのよ」
「だからって…… 」
言い返そうとした秀樹の背をスギナがトンッと叩いた。
「済んだ事は仕方あるまい、菜穂を責めてもモグラが生き返るわけでもないからの」
「そうよ自業自得よ、自分で探さずに人の物を取ろうなんて最低よ」
味方を得たと思ったのかドヤ顔で言う菜穂をスギナが見上げる。
「自業自得じゃが、じゃからこそ情けも必要じゃぞ、此奴らモグラはフィフィに利用されておっただけじゃぞ」
「それは……そうかも知れないけど…… 」
スギナには敬意を持っているらしく菜穂が口籠もる。
そこへ普段の姿に戻ったラグと恒夫にギリーとバッグスと目を覚ました栄二がやって来る。
「その辺でいいだろ、全部俺が悪いんだ。誤解されるような事ばかりしてるからな」
済まないというようにペコッと下げた恒夫の頭をラグがモシャモシャ触る。
「迷ったのは動く壁のトリックだったんだぞ、だからツネは裏切ってにゃいんだぞ、だから許してやってほしいぞ」
「壁が動いて道を作り替えるんだよ、イカサマサイコロは道が変わる前の事しか教えてくれないから迷ったんだ。だから恒夫のせいじゃないんだよ」
話を聞いた栄二が簡潔に説明してくれた。
「そうだったのか……疑って悪かったな恒夫」
「 ……私も謝るわよ」
悪いというように軽く手を上げる秀樹の隣で菜穂も申し訳なさそうに謝った。
「俺の方こそ悪かった。こんな簡単なトリックに気が付かないなんてな、先頭を歩いていた俺がもっと気を付けるべきだった」
様子を伺っていた東條が感心した様子で口を開く、
「ヘンタイのくせに珍しくしおらしいじゃない」
「紳士を目指してるからな、悪い事は悪いと認める。その上で欲望に突き進むんだ」
恒夫がくるっと東條に向き直る。
「助けに来てくれるなんてやっぱり俺に惚れてんだな東條、じゃあ俺の女王様になってくれるって事でいいんだよな」
「誰がなるか! あんたに惚れるくらいならオークに惚れるわよ」
嬉しそうにクネクネ体を捩る恒夫を東條が怒鳴りつけた。
ラグが後ろから恒夫の頭をガシッと掴む、
「ツネぇ~~、浮気は毛を毟るって言ったよにゃぁ~~ 」
八重歯のような牙を見せて怒るラグを見て恒夫が秀樹たちに手を伸ばす。
「ひっ! 止めてくれ、浮気じゃないから、誰か助けてくれぇ~~ 」
「もう全部毟っちゃっていいぞ」
呆れながら言う秀樹に続いて東條が意地悪顔で口を開く、
「ちゃんと女王様居るじゃない、女王様に頭の毛を毟られるなら本望でしょ」
「俺はお姉様が好きなの! 鞭はいいけど毟るのは勘弁してくれぇ~~ 」
逃げ出した恒夫をラグが追いかける。
それを見て全員が声に出して笑った。
栄二が中津とトラ男ギリーを見比べるように見る。
「中津はイカサマサイコロがあるから出口を目指して僕たちと同じルートになるのはわかるけどギリーさんとバッグスさんが来てくれるなんて凄い偶然だね」
「ガハハハッ、一緒に来たから当たり前だ」
「イカサマサイコロを使って俺たちの宝玉も探してくれるというから代わりに護衛役を引き受けた。出口まで迷う事もないし俺たちにとってもいい契約だ」
大笑いするバッグスの隣でギリーが顎を掻きながら話してくれた。
「成る程のぅ、ここに居るという事はお主らはもう宝玉を持っておるんじゃな」
「ガハハハハッ、おう、持ってるぜ、後は出口に行くだけだ」
スギナが訊くとバッグスが笑いながら懐から宝玉を出して見せた。
「よかったぜ、これで争う事無くゴールできるな」
ほっと安堵する秀樹を見て中津がニヤッと笑う、
「お前らとモグラが戦ってるの見たときはイカサマサイコロのハズレだと思ったけどな」
「でもよく迷わなかったね、動く壁のトリックに」
栄二が訊くと中津が妖狐のモミジに振り返る。
「モミジさんとカエデさんが直ぐに気付いたよ、それで一度も迷ってないぜ」
「流石じゃな、お主らやギリー殿とバッグス殿は敵に回したくないのぅ」
「ご謙遜を、スギナ様に掛かれば我らなど手も足も出ませんわ」
スギナの含みのある言い方にモミジがニッコリと笑みでこたえる。
「ガハハッ、安心しろ俺たちは友達に手を出すほどバカじゃない」
「フフッ、そうだな、Aクラスは出来るだけ相手にしたくはないからな」
笑っているがバッグスもギリーもスギナを見る目はマジだ。
恒夫を捕まえたラグが戻ってきた。
「バカじゃなくてカバだぞ、間違えたらダメだからにゃ」
バッグスの大声が聞こえたのかラグが笑顔で言うと首根っこを掴まれた恒夫がもがきながら口を開く、
「間違えたのはラグだろ、ラグ以外に間違うかよ」
「んじゃ間違えずに毛を毟るとするかにゃ」
ラグがガシッと恒夫の薄い頭を掴んだ。
「わあぁ~、ごめん、間違えてもいいから、俺が悪かったから…… 」
泣き出しそうな恒夫を放すとラグが秀樹たちを見回す。
「んじゃ出発するぞ、今日中にゴールして町で食い放題するぞ」
「おぅ、いいねぇ、飲み放題も頼むぜ」
ニヤッと牙を見せて笑うギリーはトラそのもので迫力満点だ。
バッグスがカバの大きな口を開けて笑う、
「ガハハハッ、全部恒夫の奢りだぞ、町ごと全部食いまくってやるぜ」
「そうね、私よりカジノで稼ぐの旨そうだからね」
「遠慮無く奢って貰うぜ」
とぼけ顔の東條の隣で中津がニヤッと口を歪めて言った。
秀樹がリュックを担ぐ、
「そうだな、助けられた礼に好きな物なんでも食ってくれ」
ラグが猫耳と尻尾をピンッと立てた。
「好きな物って肉だぞ、肉に決まってんぞ、肉食いに行くぞ」
ラグがその場の全員を見回した。
「んじゃ出発進行~~ 」
恒夫の腕を引っ張ってラグが歩き出す。
「肉肉お肉ぅ~焼き肉だぁ~~♪ ピチピチ魚ぁ~お刺身だぁ~~♪ ぼそぼそサラダは食べないぞぉ~~♪ ジュウジュウお肉ぅ~焼き肉だぁ~~♪ モクモク煙ぃ~~焼き魚ぁ~~♪ ベチョベチョトマトは大嫌いぃ~~♪ 」
「なんだあの歌は? 」
「ラグちゃんのお気に入りの肉の歌だ」
複雑な表情で訊く中津に秀樹が苦笑いでこたえた。
「まったく仕方の無いヤツじゃ、では行くとするかの」
溜息をつくスギナに続いて秀樹や中津にギリーたちがダンジョンを歩いて行った。




