第百二話
戦いを見ていたスギナがうんうんというように頷いた。
「気付いておったか流石ラグじゃ」
床に座っていた恒夫が立ち上がってスギナが作った蔓で出来たベンチに腰掛けた。
「成る程な、見えないくらいに速くても技を出す時に止まったらラグの反射神経なら避けられる。獣人ならともかくエルフのフィフィさんのパンチの速さなど俺たちと大差ないからな、耳と鼻と目のいいラグは見えなくてもどこから来るのか大体の見当は付くから待ち構えていて止まった瞬間に避けるなり攻撃するなりすることが出来るって事だな」
「その通りじゃ、それでギリギリ避ける事が出来る。体の柔らかな猫じゃからこそ出来る戦い方じゃな」
秀樹も立ち上がると恒夫の隣りに腰掛ける。
「ラグちゃんだから出来る戦法ってわけだな、俺じゃとても真似できんぜ」
「真似する必要はあるまい、己にあった戦い方がある。それを見つける事じゃな」
スギナが前に向き直る。
「じゃがフィフィは振動波だけではないぞ」
「他に何かあるってのか? 」
驚く秀樹の隣で恒夫が険しい顔で口を開く、
「魔法だな、フィフィさんはBクラスだ。能力とアイテムを一つずつ貰える。俊足の能力を貰ってアイテムに魔法の杖かペンダントを貰ったんだろうな」
スギナが振り向いて恒夫を見つめた。
「ようわかったのぅ、魔法のペンダントを貰っておる。俊足の魔法使いと嘯いておったわ」
「俺がフィフィさんだったらアイテムに何を貰うか考えたら魔法だと思っただけだ。あのスピードなら低級魔法だけでもそれなりに戦えるからな」
スギナが楽しそうな笑みをした。
「ふふっ、やはり恒夫は面白いのぅ」
中央に座るスギナを挟んで向こうに座っていた菜穂がくるっと顔を向けた。
「静かにして! フィフィが何か始めるわよ」
スギナと恒夫と秀樹が前に向き直った。
フィフィがサッと手を振った。
「振動波! 」
ラグが左右に飛んで避けた。
「飛ばすのも出来るんだにゃ、けど無駄だぞ、手の動きと空気の流れで読めるからにゃ、直接殴るのよりも分かり易くて避けやすいぞ」
余裕のラグを見てフィフィが溜息をつく、
「やっぱり無駄か……わかってたけどやってみただけ、本番はこれからよ」
フィフィがまた姿を消した。
「プラズマボール! 」
バチバチと雷光をあげる電気の塊が右から飛んできた。
「にゃん! 魔法も使えるのか」
ラグが慌てて飛び跳ねて避けた。
「ハラペーニョファイヤー 」
今度は右から炎が襲ってくる。
「うにゃにゃ、焼き猫は勘弁だぞ」
ラグがダッと四つん這いで走って逃げた。
フィフィが姿を現わす。
「形勢逆転ね、子猫ちゃんは匂いと空気の流れ、それと音、この三つで私の動きを読んでいるんでしょ? 近くならともかく離れていては大体の動きしか読めない、だから離れて攻撃する事にしたのよ」
「にゃははっ、バレたぞ、その通りだぞ、お前、普通のエルフにしては凄いにゃ、でもそれだけで勝ったと思うにゃよ」
余裕を取り戻した顔で微笑むフィフィの向かいでラグが悪戯がバレた子供のように照れ臭そうに笑い返した。
戦いを見ていた恒夫が独り言のように話し出す。
「狐と狸の化かし合いって感じだな、どちらも能力やアイテムを隠して戦ってる。フィフィさんは全部出したみたいだがラグは気功術しか出してない、まだ能力もアイテムも使ってないぜ、この勝負ラグの勝ちだな、でもフィフィさんクールなお姉様って感じでいいよなぁ」
聞こえたのかラグがバッと振り向いた。
「ツネ!! 浮気したら毛を毟り取るからにゃ」
「プラズマボール! 」
余所見をしているラグをフィフィが攻撃する。
「んにゃっと! 」
ラグがバッと跳ねるように電気の塊を避けた。
「しまった。また消えたぞ」
キョロキョロ辺りを見回すラグの背後からフィフィの声が聞こえた。
「ハラペーニョファイヤー 」
「うぉう! 」
咄嗟に炎をかわしたラグの直ぐ右にフィフィが現われた。
「振動波! 」
「にゃん」
身を捩ったラグが吹っ飛んで転がる。
「ラグ! 」
思わず叫んだ恒夫の声が聞こえたのかラグが上半身を起こした。
「大丈夫だぞ、一寸掠っただけだぞ」
ラグの細い脇腹から滲むように出た血がシャツを染めていく、
「大丈夫なわけないでしょ、振動波は掠っただけでも肉を切り裂くのよ、降参なさい、貴方たちの持っている宝玉は諦めたからこれ以上戦うつもりは無いのよ」
勝利を確信したのかフィフィが優しい声で言った。
「にゃひひひっ、これくらいで勝ったと思うにゃよ、こんな傷直ぐ治せるぞ」
ニヤッと笑いながらラグが右手を傷口に当てた。
「緑の治癒、ヨモギグリーン」
右手が光って傷を治していく、低級魔法の治癒だ。
フィフィの顔が険しく変る。
「貴女も魔法を……そうなの、じゃあ手加減無しで行くわよ」
姿をフッと消すとラグの背後で魔法を使う、
「ウォーターニードル」
無数の水の針が飛んでくる。
ラグがサッと左に跳んで避けた。
「振動波! 」
正面に現われたフィフィが右手で殴りかかる。
「にゃっとにゃ」
ラグが身を捩って避けながらパンチを繰り出す。
「グリグリパァ~ンチ」
フィフィがバッと後ろに跳んで避けた。
「振動波! 」
跳んでいる最中にフィフィが左手を振る。
「にゃん」
身を捩ってパンチを繰り出している無理な体勢のラグに飛んでくる振動波は避けられない。
「にゃひぅ~ 」
悲鳴を上げてラグが吹っ飛んだ。
「ラグ! 」
「ラグちゃん」
「ヤバいよ」
恒夫と秀樹と栄二が同時に叫んだ。
菜穂は口に手を当てて驚いている。
「くそっ、ラグが! 」
「止めんか、ラグが望んだ一対一の勝負じゃぞ」
飛び出していこうとした恒夫をスギナが止めた。
「でもラグが…… 」
振り向いた恒夫にスギナが言い聞かせる。
「危なくなったら儂が止める。それよりお主は落ち着いて体力と気力の回復に努めろ、終わった後でラグを治癒してやれ、それがお主の役目じゃ」
「わかった。スギナちゃんに任せる」
座り直す恒夫を見てスギナが優しい顔で頷いた。
「旨い戦い方じゃ、魔法で気を引いて振動波で攻撃する。魔法は同時に使えんが振動波となら合わせて使える。戦闘経験は未熟じゃが作戦能力は高いのぅ、厄介な相手じゃぞ」
「ああ、振動波は左右の手で連続して使えるみたいだしな、ラグ…… 」
心配そうに見つめる先でラグが起き上がった。
「にゃへへっ、左手がダメになったぞ」
空元気に笑うラグを見てフィフィがフッと微笑んだ。
「腹を狙ったんだけどね、頭を狙って殺したら私が直物使いのお嬢ちゃんに殺されそうだから……でも腕を犠牲にして避けるなんて子猫ちゃんも凄いわね」
「にゃへへへへっ、お前も凄いぞ」
笑いながら右手を左手に当てた。
「緑の治癒、ヨモギグリーン」
ラグは低級魔法の治癒で左腕を治すとニヤッと意地悪顔で笑った。
「直撃させないと低級魔法で直ぐに治されちゃうわね」
フィフィがまた姿を消した。
「ハラペーニョファイヤー 」
左から迫ってくる炎をラグは避けない、
「ミストガード」
低級魔法の水の霧で出来た壁が炎を防いだ。
「振動波! 」
右に現われたフィフィが振動波を飛ばすと直ぐに姿を消した。
「にゃんんっと」
ラグがしゃがんで振動波を避ける。
その後ろにフィフィが現われた。
「振動波! 」
フィフィの気配を感じると同時にラグが床を殴りつけた。
ドガガッ! 怪力の力を貰ったラグがその力を使って連続で殴りつけると床の煉瓦が音を上げて崩れていく、
「なっ、なん…… 」
パンチを伸ばした姿のままフィフィが体勢を崩す。
「招き猫」
振り返ると同時にラグがくるっと手を回す。
「いや! 」
フィフィが叫ぶが体が引き寄せられる。
「グリグリパァ~ンチ」
ラグのパンチがフィフィの頬にクリーンヒットだ。
「がっ………… 」
吐くように呻くとフィフィが仰け反るようにして吹っ飛んだ。
「やったぜ、ラグちゃんの勝ちだ」
床に転がるフィフィを見て秀樹がぐっと拳を握り締めた。
「あのパンチじゃ気絶してるよね」
「痛そう…… 」
喜ぶ秀樹の隣で菜穂が顔を強張らせて倒れたフィフィを見つめている。
「何とか勝ったみたいだな」
安堵する恒夫の背をスギナが叩いた。
「じゃから言ったじゃろ、大丈夫じゃと、お主の思っておるよりずっと強いヤツじゃぞ」
「わかってる……でも女の子だ。ラグだけじゃないスギナちゃんもだよ、俺は男なのに何も出来ない、それが悔しくてさ」
気遣う恒夫を見上げて頬を赤く染めたスギナが続ける。
「何を言っておる。お主はラグを助けたじゃろ、儂も助けられた。戦いだけで勝てるほど単純なゲームではない、それがわかっておるからお主は治癒とイカサマサイコロと無敵札を貰ったんじゃろ、儂もラグもそれがわかっておるからお主らとチームを組んだんじゃ、じゃからこれでいいんじゃ、各自が出来る事をすればいいんじゃ」
「にゃははははっ、あたいの勝ちだぞ」
高笑いしながらラグが振り返る。
「にゃははははっ、勝ったぞツネ、女エルフなんて敵じゃないぞ」
大笑いしていたラグの体が宙に浮く、
「にぎゃ! 」
壁に叩き付けられて悲鳴を上げてその場に崩れた。
「モフフフフッ、油断しただで、おらが居るのを忘れてただど」
ラグが床に開けた大穴からモグラ男のベベベが出てきた。
「ラグ! 」
恒夫が慌てて駆けていく、
「なに! あのモグラか! 」
「死んだんじゃなかったの? 」
秀樹と菜穗が同時に大声だ。
菜穂の上級魔法の炎で確かに焼いて灰になったはずである。
バッと秀樹が後ろを向いた。
「穴を掘って逃げたのか…… 」
焼け焦げて黒くなっている床に穴が空いていた。
上級魔法の炎で焼いたのだ。
怪力と魔法のペンダントしか持たないベベベが逃れる術はないと判断して最後まで確認せずにスギナの元へと来ていた。
「炎の結界は地面まで囲まないわよ、少し潜ったくらいなら蒸し焼きになるから普通なら死んでるわよ」
言い訳するような菜穂を秀樹が見つめた。
「菜穂の所為じゃねぇ、俺にも責任がある。完全に油断してたぜ」
スギナが腰を上げた。
「反省会は後じゃ、それよりも一対一の戦いに水を差されては黙っているわけにはいかんな」
普段と変らぬ物静かな口調だがその目が怒りに据わっている。
「恒夫、ラグはどうじゃ? 」
壁際でラグを抱きかかえている恒夫に訊いた。
「大丈夫だ。体を打ち付けて気を失っているだけだ。俺が治療するから安心してくれ」
こたえた恒夫の体が白く光り出す。
「なん? 恒夫の体が…… 」
「何なの? 恒夫くん光ってるわよ」
驚く二人の後ろで栄二が話を始める。
「治癒能力だよ、恒夫は神様に治癒能力を貰ったんだ。不死身じゃなくて治癒能力を貰ったんだよ」
「治癒能力? 不死身じゃないのか? 」
驚いて聞き返す秀樹に栄二が続ける。
「不死身でもダメな時に使えるって恒夫は言ってたよ、毒でやられても気絶しても大丈夫だからって、上級魔法で灰にされても切り刻まれてミンチにされても治癒能力をフルで使えば復活させられるからって、フルで使ったら自分が疲れ果てて動けなくなるのにそれでも僕たちを治せるって、僕たちをネピアやクロエに絶対に合わせてやるって笑ってたよ」
「あいつ……バカが………… 」
何とも言えない表情で顔を顰める秀樹の背をスギナがポンッと叩いた。
「よい友を持ったのぅ、じゃが遠慮は無しじゃぞ、恒夫もお前たちの事を良い友じゃと言っておった。じゃから他人行儀は無しじゃ」
「ああ、あいつはヘンタイだけど信じられる友達だ」
「オタ友だけどね」
嬉しそうに笑う秀樹と栄二を見てスギナが優しい顔で頷いた。
「モグラは儂に任せろ、お前たちは恒夫を頼む、先の治癒と今で気力も体力もかなり消耗しておるはずじゃ」
「わかった」
秀樹と栄二が恒夫の元へと走っていった。
菜穂がスギナの隣りに立つ、
「モグラは私に任せて、秀樹くんは私の所為じゃないって言ってくれたけど私の責任よ、私が油断しなかったら、確実に倒したのを確認していればラグがあんな目に遭わなかった」
「儂は構わんが……一人で大丈夫か? 」
スギナが見上げると菜穂がニコッと可愛い笑みを見せた。
「任せてよ、ラグがあんなに戦っているのに私もいい所見せないとね」
「了解じゃ、フィフィは近付けんから思う存分モグラと戦うといい」
スギナと菜穂がフィフィとベベベに向き直る。
秀樹たちが話している間にモグラ男のベベベはフィフィを起こしていた。
「緑の治癒、ヨモギグリーン」
頬を腫らしたフィフィにベベベが治癒魔法を掛ける。
「うっ、ううぅ………… 」
直ぐにフィフィが目を覚ました。
魔法など使わずに力だけで殴られただけなので脳震盪と頬を腫らすだけで済んでいた。
「ここは……ベベベ! 」
フィフィがバッと上半身を起こした。
「フィフィ様、ご無事で何よりだで」
「戦いは? 勝負はどうなりましたか? 」
心配そうに顔を覗き込むベベベに縋り付くようにしてフィフィが立ち上がる。
「猫女はおらがぶっ飛ばしてやっただで、他の奴らは…… 」
「余計な事をするな! 」
ベベベの話しをフィフィが怒鳴って遮った。
「なんて事を……一対一の勝負を………… 」
「だどもフィフィ様が危ないって…… 」
フィフィの顔が青くなっていくのを見て言い訳していたベベベが言葉を止めた。
「どうしただフィフィ様? 」
ベベベが振り返る。
「何じゃ、話しはもう済んだのか? 」
「ゆっくり話していいわよ、これが最後だからね」
マジ顔のスギナと菜穂が立っていた。
支えるようにしがみついていたベベベからフィフィがバッと離れる。
「違うのよ、これはベベベが勝手にやった事、ベベベは一対一の勝負なんて知らなかったのよ、だから許して……お願いよ」
泣き出しそうな顔でフィフィが懇願する。
「儂は許しても構わんがラグと恒夫が許さんぞ」
「私は許さないわよ、そのモグラはここで消えて貰うわ、ゲームだから実際には死なないから安心してよね、私も安心して殺せるから」
とぼけるスギナの隣で菜穂はマジ顔を崩さない、自分のミスでラグを危険な目に遭わせて責任を感じているのだろう。
フィフィの顔がすっと変った。
「これ以上無駄のようね」
表情の消えたフィフィを見てスギナが構える。
「次は手加減無しじゃぞ」
「フフフフッ、怖い怖い、じゃあ私も本気で行くわよ」
フィフィがすっと姿を消した。
「ベベベ、二人と戦って隙を作りなさい、私が振動波で殺してやるわ」
どこからともなく聞こえてくるフィフィの声にベベベが一礼する。
「わかりましたフィフィ様」
ベベベがスギナと菜穂に向き直る。
「おらが相手だ。二人とも叩き潰してやるだで」
大きな手をブンブン振って威嚇する。
「繰蔓! 笹林」
スギナが床に手を付けると周りを囲むように笹が生えてきた。
「この笹から出んようにして戦え、この中にいれば姿を消したフィフィがやって来ても直ぐにわかる」
「結界と言うよりセンサーってわけね、了解した。モグラは私に任せてよ」
笹といっても菜穂の腰の辺りまでの高さしかない、密集しているわけでもなく30センチ間隔で生えているので邪魔にならずに戦える。
菜穂の向かいでベベベが笑い出す。
「モフフフフッ、おらを倒す? 人間の女が、モフフフフッ」
「笑ってるのも今のうちよ、今度は確実に焼き殺してやるわよ」
菜穂が魔法の杖を取りだした。
魔法の杖は普段は小さくなっている。術者が使うと念じながら持つと大きくなるのだ。
「そんなもの使う前にぺしゃんこにしてやるだで」
大きな手を振りながらベベベが突進してくる。
「ふん、捕まえてやるわよ」
菜穂が魔法の杖を向ける。
「炎の檻、フラッシュオーバーケージ」
ベベベの周りを炎の壁が取り囲む、上級魔法の炎の檻だ。
炎の壁に触れると爆発して内部を焼き尽くす。
捕らえるというより殺すための檻である。
「なん? どこに…… 」
炎の檻の中にベベベの姿が無い、
「潜りおったぞ、床下じゃ、モグラは任せたから気を付けるんじゃぞ」
キョロキョロする菜穂に他人事のようにスギナが言った。
「任せてよ、モグラ叩きは得意だから、そっちこそフィフィは任せたわよ」
「了解じゃが仕掛けてこん、姿を消して隙を狙っておるようじゃが儂には利かんぞ」
笑顔で胸を張る菜穂の隣でスギナがとぼけ顔だ。
ラグを治癒している恒夫の元へ秀樹と栄二がやって来る。
体をぼうっと白く光らせて手から眩しいくらいの光を出している恒夫を見て秀樹が驚いて声を掛けた。
「まさかお前が治癒能力を貰ってたなんてな」
「ほんとだよ、何で黙ってたのさ」
初めにラグがやられた時に垣根の向こうで恒夫の力を見ていた栄二は驚いていない、優しい笑顔だ。
抱きかかえてラグの額に手を当てていた恒夫が顔を上げた。
「別に、訊かれなかったから言わなかっただけだ」
とぼける恒夫を秀樹と栄二が優しい目でじっと見つめる。
「なんだよ、キモいぞお前ら……強いて言えば魔族だな、あんなのが居るんじゃ不死身だけじゃ不安だろ、だから治癒能力を貰った。正解だと思ってるよ、こうしてラグを助ける事が出来るんだからな」
二人の眼差しに照れを隠すように恒夫が言った。
「うぅ……うにゃ? 」
「ラグ、気が付いたか……よかった」
恒夫の膝の上でラグが目を覚ました。
「 ……ツネ……あたい……そうだぞ、ぶっ飛ばされたんだぞ」
バッとラグが起き上がる。
「大丈夫か? 頭ふらふらしてないか? 2回目だからな」
心配そうな恒夫をラグがじっと見つめる。
「また助けてくれたんだにゃ、ツネオ…… 」
ラグがギュッと恒夫に抱き付いた。
「よかった……本当に良かったよ」
二人を見て栄二が自分の事のように喜んだ。
秀樹が向こうで戦っているスギナと菜穂に大声で教える。
「スギナちゃん、菜穂、安心してくれラグちゃんは無事だぜ」
「了解じゃ、此方は儂らに任せておけ、儂も少し怒っておる。此奴らにはきつい仕置きをしてやるからのぅ」
スギナの返事を聞いて秀樹が栄二の背を叩く、
「俺は菜穂の援護に行って来る。モグラを逃がしたのは俺の責任だからな」
「わかった。こっちは任せてよ、疲れた恒夫は僕とラグさんで守るからさ」
元気にこたえる栄二の背中をまた叩くと秀樹は菜穂のところへと歩き出す。
その後ろ、栄二と秀樹の間から声が聞こえた。
「本当によかったわ、死んでいたら私たちAクラスのお嬢ちゃんに殺されていたわよ」
秀樹がバッと振り返る。
「にゃん! 」
抱き付いていたラグが無理矢理恒夫から引き離された。
「恒夫とか言ったわね、人質になって貰うわよ」
フィフィが姿を現わした。
「ぐぅ…… 」
呻きを上げる恒夫の首に白い手が食い込んでいる。
「こいつ!! 」
「てめぇ!! 」
今にも飛び掛からんとするラグと秀樹にフィフィが向き直る。
「動かないで、この人間がどうなってもいいの? 私の振動波で頭を吹っ飛ばすわよ」
羽交い締めするように押さえるフィフィの左手が恒夫の首を掴んでいた。
振動波を使えば首が千切れて頭が吹っ飛ぶだろう。
「ツネぉ~~ 」
「くそっ」
ラグと秀樹がピタッと動きを止めた。
フィフィの斜め右後ろで栄二がそっと魔法銃に手を掛ける。
「貴方も動かないで、私に変な事をすればその場で恒夫の首が千切れるわよ」
栄二が何も言わずに魔法銃から手を離す。
「貴方も前に来なさい、後ろに居るから変な事を考えるのよ」
「わかった。恒夫を殺したら僕がお前を殺してやるからな」
振り向かずに言うフィフィを睨み付けながら栄二が前に出て秀樹の隣に並んだ。
首を締め付けられながら恒夫がじっと栄二を見つめた。
おとなしくて優しい栄二がお前を殺すなどと暴言を吐くほど怒るなんて滅多にないことだ。
離れた所でフィフィを警戒していたスギナが気付く、
「しもうた! 」
スギナが菜穂に振り返る。
「モグラは任すぞ」
一言言うとスギナが駆けていった。
「えっ? 」
ベベベと戦っていた菜穂の目に捕まっている恒夫が映る。
「何やってんのよ恒夫くん…… 」
「モフフフフッ、フィフィ様が旨くやっただで、形勢逆転だど」
モグラ叩きのように床から頭を出してベベベが愉しげに笑った。
「何が形勢逆転よ、スギナちゃんが何とかしてくれるわよ、それに私は負けてないからね」
キッと睨み付けると菜穂が魔法の杖をギュッと握った。
「モフフッ、お前の攻撃など当たらないだで」
ニヤッと笑うとベベベが床下に潜っていく、
「当たらないんじゃなくて当ててないのよ、みんなに被害が及ぶからね、でもそうは言ってられないみたいだから本気で行くわよ」
ベベベが逃げた穴に菜穂が魔法の杖を向ける。
「フラッシュオーバーファイヤー 」
魔法の杖から炎が吹き出し穴を埋めていく、一呼吸置いて他の穴からも炎が吹き出す。
「モゲゲェ~~ 」
右の穴から炎と一緒にベベベが飛び出してきた。
モグラ男ベベベが掘った全ての穴に炎が回ったらしく彼方此方の穴や割れ目から炎が吹き上がる。
「モゲェ~、もゲゲェ~~ 」
炎に包まれたベベベが苦しんで床を転げ回る。
「無茶をしおる。もっとも恒夫があんな目に遭っておるのじゃ、早くケリを付ける気持ちはわからんでもないのぅ」
振り返りもしないでスギナが呟いた。
「スギナちゃん、恒夫が、どうしたら…… 」
やって来たスギナに栄二が不安気に訊いた。
隣で秀樹も苦渋に顔を歪めている。
フィフィがニヤッと企むように微笑んだ。
「やっと来たわね、お嬢ちゃん」
「何が目的じゃ、手を出してこんと思っておったら恒夫を狙っておったのじゃな」
じろっと睨むスギナを見てフィフィが愉しそうに話し出す。
「先程から戦っていて一つわかった事があるわ」
「わかった事じゃと? 」
「そう、貴方たちの弱点よ」
スギナの顔が険しく変る。
「弱点じゃと? 」
フィフィが呆れるように溜息をついた。
「気付いてないの? 仲間よ、貴方たちは必要以上に仲間を大事にしすぎるの、今もそう、たかだか一人の人間を人質に取られて手も足も出ないじゃない、一人のために全滅するつもりなの? 」
嘲るように言うフィフィに捕まっていた恒夫が苦しそうに口を動かす。
「うひひひっ……心配無い……おっぱい気持ちいいぜ……うへへへっ 」
「なっ、何だこいつは? 」
「うへへっ、気持ちいい……フィフィさん……おっぱいデカいんだな…… 」
「おっぱい……なっ、何言ってる! 捕まってるんだぞ」
厭らしくニヤリと笑う恒夫を見てフィフィが真っ赤な顔でピタッと付けていた体を少し浮かすようにして離す。
「あっ、あぁ……おっぱいがぁ~~、もっとギュ~っておっぱい押し付けてくれよ」
首を掴む手が少し緩んだので恒夫の顔から苦痛が消えている。
「なっ、何なのよ! この人間は! 」
フィフィが敵である秀樹やラグに思わず訊いていた。
泣き出しそうだったラグがニヤッと口元を歪めた。
「ツネはヘンタイだからにゃ、苛められると喜ぶんだぞ、だから放せ、今ならあたいも許してやるぞ」
「人質にされて喜ぶなんて……マジだ。マジのヘンタイだぜ」
「うん、死にそうになってもヘンタイなんだね」
顔を顰める秀樹の横で栄二が苦笑いだ。
恒夫が必死で首を動かしてフィフィを見つめる。
「フィフィさんは好みなんだ。だからもっと俺を苛めてくれ……俺の女王様になってくれ、醜いハゲブタと俺を罵ってくれぇ~~、女王様ぁ~~ 」
「誰が女王様だ! マジのヘンタイか!! 」
怒鳴ると恒夫の首を絞める手に力を入れる。
「黙っていろヘンタイ、大事な話の邪魔をするな」
「ぐぅ……うぅ…… 」
恒夫の顔がまた苦しげに青く変っていく、
「ツネぉ~~、止めろ、ツネを離せ! 」
ラグがまた泣き出しそうな顔で叫んだ。
「その辺で止さんか? それ以上するなら儂が相手になるぞ」
スギナがじろっと怖い目でフィフィを睨み付ける。
秀樹と栄二もマジ顔に変っている。
「へっ、へへ……そんな顔するな…… 」
三人を見て恒夫が苦しそうな青い顔で笑った。
「まだ余裕があるの? タフなヘンタイね」
フィフィが首を掴む手をくるっと捻る。
「ぐぅぅ…… 」
「ツネぉ! 」
泣き出しそうなラグから恒夫は目を離すと秀樹を見つめた。
「ぐぐぅ……秀樹……俺に構うな……俺ごと倒せ………… 」
「黙りなさい、交渉の邪魔をするな」
目を吊り上げたフィフィが恒夫の首を更に締め付けた。
「ひぅ…… 」
「にゃっ、止めろ……ツネが死んじゃう……お願いだぞ、止めてくれ」
苦しそうに喉を鳴らす恒夫を見てラグが泣き出しそうな顔で頼んだ。
フィフィがニヤッと口元を歪めて話を続ける。
「フフフッ、そんなに大事? もしかして子猫ちゃんの彼氏なの? 」
「ツネはあたいの大事な友達だぞ、一緒に旅するって約束してくれたんだぞ」
苦しさに気を失いそうになる恒夫の目に涙を流すラグが映った。
「ぐっ、ぐぅうぅ…… 」
「大したものね、普通の人間なら気絶でもしてるわよ」
どうにか抜け出そうとする恒夫の首をフィフィが更に締め付けた。
「がっがが…… 」
白目を剥いて恒夫がガクッと首を落とした。
「あらっ、気絶しちゃったわ」
「ツネぉ~~、お前、お前ぇえぇ~~ 」
飛び出しそうなラグをスギナが押さえる。
「よさんか、気絶しただけじゃ」
スギナがフィフィに向き直る。
「お主も仲間がおるじゃろう」
スギナが床を転げ回るベベベを指差して続ける。
「恒夫と交換じゃ、今ならモグラは死なずにすむぞ、菜穂に言って炎を消して治癒魔法を掛けてやる」
バッと涙を拭うとラグも大声を出す。
「そだ! 早くツネを離せ、今ならあたいも許してやんぞ」
「ラグの言う通りじゃ、今ならお主ら全員見逃してやる。じゃが恒夫に何かしたらお主ら全員生きてられると思うなよ」
じろっと睨むスギナの向かいでフィフィがちらっとベベベを見る。
「ああ、あれは仲間じゃないわ、家来よ、私が勝つために連れてきた道具よ、だから壊れても構わない、代わりを調達すればいいだけ、バカな獣人や妖怪は幾らでもいるでしょ」
真っ赤に燃えて床を転げ回るベベベを見てフィフィが愉しそうに笑った。
「道具じゃと…… 」
「にゃんてヤツだ」
険しい顔を更に歪めるスギナの隣でラグが唇を噛み締める。
「何が望みじゃ、恒夫を解放する条件は何じゃ? 」
フィフィがニヤ~っと嬉しそうに笑う、
「宝玉よ、宝玉を頂戴な、それと私の身の安全の保証、もっとも信用なんてしないから私が大丈夫と判断する場所まで恒夫は連れて行くけどね」
「にゃっ、にゃに言ってんだ! 宝玉なんて渡せるわけにゃいだろ」
牙を剥くラグを秀樹と栄二が止める。
「渡せば本当に恒夫を助けるんだな」
「恒夫が助かるなら仕方ないね」
フィフィが直ぐ前にいるスギナに用心しながら秀樹と栄二に視線を送る。
「約束は守るわよ、宝玉さえ手に入ったら後は逃げるだけでしょ、恒夫を殺してお嬢ちゃんと子猫ちゃんの恨みを買うような事しないわよ」
秀樹がスギナに振り向く、
「スギナちゃん、宝玉を渡そう、恒夫には代えられないぜ」
秀樹に頷いてからスギナが口を開く、
「いいじゃろ、じゃが恒夫と交換じゃ、この場で恒夫を放さんなら応じられんな」
フィフィの顔から笑みが消えた。
「条件を出せる立場なの? カードは此方が握ってるのよ、ここで恒夫を離したら私の身の安全は誰が保証してくれるの? そんな取引に応じるほど私はバカじゃ無いわよ」
スギナの顔から表情が消えた。
先程までの怒りもなく無表情だ。
幼女のような姿に能面のような顔が考えを読めずに不安を与える。
「儂が保証してやる。信じれんのなら致し方あるまい、恒夫は好きにするがよい、じゃがお主ら全員ここで死ぬ事になるぞ、本気の儂に勝てると思うならやってみるといい」
「 ……わかったわ」
スギナの無言の圧力に恐怖したのかフィフィが恒夫の首に掛けた手を緩めた。
「宝玉と交換よ、それとベベベを助けて、バカだけどまだ使い道はあるわ、ジジジも解放して貰うわよ」
「よかろう」
スギナが菜穂の方を向く、
「菜穂、そのモグラを助けてやれ」
首を傾げながら菜穂が大声で返事を返す。
「モグラを助けるの? 何かあったの? 恒夫くんと交換なの? 」
「そうじゃ、恒夫と交換じゃ、じゃから火を消して治癒魔法を掛けてやれ」
「わかったわよ、助ければいいんでしょ」
納得しない様子だが菜穂が倒れているベベベの炎を消して治癒魔法をかけ始める。
「もう1匹のモグラも無事じゃぞ」
スギナが手を振るとグルグル巻になっていた蔓が解けてジジジが姿を現わした。
「気絶しておるだけじゃ」
倒れているジジジを見つめるフィフィにスギナが言った。
「うう………… 」
フィフィが締め付ける手が緩んだからか気を失っていた恒夫が目を覚ます。
「それじゃあ宝玉を頂戴な」
笑顔のフィフィの前でスギナが懐から宝玉を取りだした。
恒夫の目に宝玉が映る。
次の瞬間、恒夫はフィフィの足を踏みつけ頭を振って頭突きを入れた。
「ひぎっ! 」
悲鳴を上げてフィフィが手を離した。
恒夫がフィフィに肘を入れながら前に逃げる。
「ぐふっ! 」
鳩尾に入ったのかフィフィは苦しげに呻くと胸を押さえて前屈みになる。
「ツネぉ! 」
ラグが逃げてきた恒夫の腕を引っ張って自分の後ろにやる。
スギナが宝玉を懐にしまうとフィフィにサッと手を向けた。
「ぐぅうぅ…… 」
苦しげに呻きながらフィフィが姿を消す。
「ちぃ、逃げ足の速いヤツじゃ」
宝玉をしまう一瞬の隙を付いてフィフィは逃げる事に成功した。
「ごめん、俺のせいで…… 」
ラグの後ろで謝る恒夫をスギナが見つめた。
「何を言っておる。謝るのは儂の方じゃ、お主にラグの治療を任せて敵を引き受けたのにこの様じゃ、済まん、秀樹と栄二とラグにも謝らんといかん、本当に済まんかった」
深く頭を下げるスギナを恒夫が慌てて止めた。
「止めてくれ、スギナちゃんが謝る必要は無い」
「そうだぞ、ちびっ子は悪くないぞ、悪いのは卑怯な事したあの女エルフだけだぞ」
嬉しそうに恒夫に抱き付きながらラグが言った。
二人を見て安心した様子でスポーツ刈りの頭を掻きながら秀樹が口を開く、
「そうだな、けど俺たちも油断してた」
「そうだよ、スギナちゃんが戦ってるから大丈夫だって警戒してなかった。戦いの最中なのに呑気に恒夫と話をしてた。だから今回は誰の責任でもないよ」
反省するように言う栄二を見て秀樹と恒夫が頷く、
「だな、責任があるとすれば俺たち全員だ」
「ああ、次から気を付けようぜ」
スギナが四人を見回す。
「そうか……お主らと仲間になれて本当に良かった」
スギナが幼女のように嬉しそうにニッコリと笑った。
秀樹がパチンと手を叩く、
「後は彼奴らを倒すだけだぜ」
「僕も怒ったよ、卑怯な事するヤツは容赦しないからね」
おとなしくて優しい栄二が本気で怒っている。
「そうじゃな、少しキツい仕置きをしてやらんとな」
「エルフはあたいに任せろ、本気でやってやんぞ」
スギナとラグを先頭に秀樹と栄二が歩き出す。
「ちょっ、殺すなよ、フィフィさん美人なんだからさ、俺は気にしてないからさ、寧ろ首絞められて気持ちよかったからな、だからさ、フィフィさんは助けてやってくれよ」
最後に恒夫が慌てて追っていく、殺されそうになっても好みのフィフィを気に掛ける所は流石ヘンタイである。




