第百一話 「モグラ男」
スギナに言われて下がった栄二が目の前に建つ垣根を見て思わず声を出す。
「これは……スギナちゃんか、僕たちを助けてくれたんだね、でもこれじゃ攻撃もされないけど向こうも見えないよ」
壁のような垣根に隔てられて困ったように振り返る。
「ねぇ恒夫? 恒夫……その光は? 」
ぼうっと白く光を放つ恒夫を見て言葉を詰まらせる。
「話しは後だ。ダメージが大きい、完全治癒まで五分は掛かる。それまで敵を近付けるな」
ラグの頭に両手を当てたまま振り向きもしないで恒夫が言った。
体から出ている光はぼうっとして靄のようなのだが両手から出ている光は眩しく輝いていた。
その光がラグの頭に吸い込まれているように栄二には見えた。
「わかった。任してよ、恒夫の魔法銃も借りるよ」
マジ顔の恒夫の横顔を見てこたえると栄二は傍に落ちていた恒夫の魔法銃を拾って自分の銃と一緒に両手で構えた。
モグラ男のベベベと睨み合っていた秀樹が大声を出す。
「恒夫、ラグちゃんは大丈夫なのか? 」
秀樹や菜穗からは垣根に遮られて様子が見えない。
「秀樹、大丈夫だよ、恒夫が治療してるみたいだから」
恒夫の代わりに栄二の大声が聞こえてきた。
「治療? 恒夫くんが? どういう事なの? 」
「さぁ……俺にも分からん」
怪訝な顔の菜穂の前で秀樹が首を傾げた。
「案ずるな、恒夫に任せておれば大丈夫じゃ、彼奴はやる時はやる男じゃ」
フィフィとジジジと睨み合っていたスギナが声を掛ける。
「それよりもそっちのモグラは任せたぞ、秀樹、菜穂」
「任せてくれ、直ぐに倒して援護に行くぜ」
「了解、スギナちゃんは二人相手に無理しちゃダメよ」
秀樹と菜穗が大声でこたえた。
「直ぐに倒すだと、おらをか? モフフフフッ、出来るわけないでよ、人間におらが負けるわけないだど」
バカにするように笑うベベベの前で秀樹が右手を後ろに回すと親指だけを立てた拳で自分の背中をトントンと叩いた。
「了解、さっさと倒してスギナちゃんの援護に行かないとね」
言葉とは裏腹に菜穂は後ろへ下がっていった。
「プラズマボール! 」
秀樹が魔法の杖を振った。
「モフフフフッ、そんなものがおらに効くか」
バチバチと雷光をあげる電気の塊をベベベが簡単に叩き落とした。
「おらの番だで」
ベベベが出てきた壁の煉瓦を剥がして投げ付ける。
「うわっと! 危ねぇ、頭に当たったら死ぬぞ」
次々と投げてくる煉瓦を秀樹が必死に避けていく、
「そこだで、ハラペーニョファイヤー 」
ベベベが手を振ると炎が秀樹を包み込んだ。
「うわぁ~~ 」
悲鳴を上げる秀樹を見てベベベが勝ち誇るように笑う、
「モフフフフッ、石は囮だで、おらも魔法が使えるだど」
楽しそうに笑うベベベの首に魔法のペンダントが光っていた。
「あちっ、あちちちちっ、くそっ! 」
叫びながら秀樹が魔法の炎を手で叩いて消していく、シャツのような魔法の鎧を着ていた御陰で軽い火傷で済んだ。
それも不死身の能力であっと言う間に治っていく、
「なん!? おらの魔法が効かないのか? 」
「悪いな俺は中級魔法使いだぜ、低級魔法なんて効くわけないだろ」
驚くベベベの向かいで秀樹がニヤッと余裕の笑みだ。
「モフッ、モフフフフッ、魔法がダメなら直接殺すだけだで、おらの怪力でぺしゃんこにしてやるだで」
ベベベが大きな両手をパチンと叩き合わせた。
「炎の檻、フラッシュオーバーケージ! 」
菜穂の声が聞こえてベベベが振り返ると同時に周りを炎の壁が囲んだ。
「捕まえたわよ、上級魔法だからね、怪力と低級魔法しか使えないなら逃げられないわよ、それと…… 」
「こんな炎くらいおらが突き破ってやるだで」
菜穂が続けようとした時、ベベベが炎で出来た壁に体当たりした。
次の瞬間、炎で出来た囲いの中を爆発したように業火が走った。
「ギャアァアァアァ~~ 」
炎に焼かれてベベベが絶叫する。
「だから言おうとしたのに……フラッシュオーバーが起きるから壁には触れるなって、せっかく注意してあげようと思ったのに……上級魔法をあんたが破れるわけないじゃない」
呆れる菜穂の横に秀樹がやってくる。
「やったな、流石菜穂だぜ」
「二人でやったんでしょ、秀樹くんが囮になってくれた御陰よ」
秀樹が囮になって隙を見て菜穂が攻撃する作戦だ。
秀樹が右の親指で背中を叩いたのは俺が囮になるという予め決めていたサインである。
不死身能力を持っている秀樹や栄二が囮になって戦う作戦は相手が単純なほど旨く嵌める事が出来る。
反対側ではスギナがフィフィとジジジの二人相手に戦っていた。
「笹刃! 」
スギナが右手を振ると笹の葉が7枚ほどフィフィ目掛けて飛んでいく、
「ふんっ、そんなものっ 」
フィフィの姿がサッと消えた。
それまでフィフィの居た壁に笹の葉で出来た刃が7枚突き刺さる。
スギナがくるっと後ろを向いた。
「繰蔓! 菖蒲刀」
「おっとっと…… 」
何処から現われたのかフィフィがバッと後ろに跳んだ。
背後からスギナに襲い掛かろうとしたのだが直前に床から尖った刀のような菖蒲が何本も生えてきて避けたのだ。
「くるくるとよく動くヤツじゃのぅ」
「お嬢ちゃんこそやるじゃない」
顔を顰めるスギナの前でフィフィがニヤッと愉しそうに笑った。
「行くわよ」
フィフィの姿がまた消えた。
スギナがサッと左を向くが直ぐに前に向き直った。
「振動波! 」
「繰蔓! 三重壁」
スギナが両腕を前に出すと手からざっと蔓が伸びて盾を作る。
「くぅ! 」
植物の蔓で出来た盾が四散してスギナが後ろに転がった。
「どう振動波の味は? 直接触れるよりも威力は落ちるけど飛ばす事も出来るのよ」
フィフィの前でスギナがヨロヨロと立ち上がる。
「陽動じゃな、左からと思わせて元に戻って攻撃じゃ、中々遣りおるわ」
腕から血を流すスギナを見てフィフィがニィ~っと愉しそうに笑う、
「気配を読んで私の攻撃を避けてるでしょ? だから攪乱しただけよ」
「成る程のぅ、ではこれでどう…… 」
スギナが言葉を止めてバッと横に跳んだ。
「くそぅ、もう少しだっただど」
後ろから襲い掛かろうとしたジジジが悔しげにスギナを睨んだ。
「おやめなさい、貴方に敵う相手じゃないでしょ」
フィフィが垣根を指差した。
「貴方は向こうの連中を任せます。宝玉を持っているのはお嬢ちゃんか恒夫とかいった人間のどちらかと見ました。お嬢ちゃんは私が倒しますからジジジは人間を調べなさい」
「フィフィ様わかりましただで」
一礼して恒夫たちの方へと行こうとしたジジジにスギナが左手を向けた。
「操蔓! 束縛樹」
スギナの手から伸びた植物の蔓がジジジの体に巻き付いてグルグル巻にしていく、
「おバカさん、自分から動きを止めるなんて」
フィフィがサッと消えた。
スギナが右手を上げる。
「操蔓! 六重壁」
スギナの前に植物の蔓で出来た盾が現われた。
先程のものより大きく太い盾だ。
フッと現われたフィフィが盾に手を当てる。
「振動波! 」
盾がバッと四散した。
スギナは蔓を離すとサッと横へ飛んだ。
「六重でもダメじゃと……何という力じゃ」
驚くスギナを見てフィフィが愉しそうに笑い出す。
「あははははっ、言ったでしょ直接触れた方が威力は大きいって、貴女に勝ち目は無いわよ、見なさい」
フィフィが指差す先でグルグル巻にされていたジジジが蔓を切り裂いて出てきた。
「こんなもの効くわけないだど、おらたちはモグラだで、固い岩盤だけでなく鉄も掘り進む手が最大の武器だど」
ジジジの大きな手から鋭い爪が伸びていた。
「しもうた。手を離せば締め上げる事が出来ん」
悔しがるスギナを見てジジジが大笑いする。
「モググググッ、おらたちの勝ちだど」
ジジジがサッと走った。
速い、フィフィほどではないが普通の獣人を遙かに凌駕するスピードだ。
「なっ、彼奴も俊足の力を持っておるのか、くそっ! 」
バッと駆け出したスギナの前にフィフィが現われた。
「うふふっ、そうよ、言ったでしょ貴方たちに勝ち目は無いって」
「ちぃぃ…… 」
スギナがパッと止まる。
「お主を先に倒すしかないと言う事じゃな」
「あらっ、お嬢ちゃんに出来るかしら」
険しい顔のスギナの前でフィフィが余裕の笑みを見せた。
ジジジが垣根の前に立つ、
「なんだ? 」
垣根から伸びた蔓がジジジに纏わり付いてきた。
「こんなもの効かないだで」
大きな手から爪を伸ばして纏わり付く蔓を叩き切って落としていく、
「面倒だで、垣根を全部掘り返してやるだど」
抉るように鋭い爪を垣根に突き立てた。
次の瞬間、何かが弾けるような音がしてジジジが吹っ飛んで転がった。
「ジジジ! 」
スギナからバッと離れるとフィフィが叫んだ。
叫びにこたえるようにジジジがムクッと起き上がる。
「フィフィ様大丈夫だで……なん……ぎへぇ~、おらの毛がぁ~~ 」
ジジジの灰褐色の毛が斑模様に抜け落ちていた。
スギナがニヤッと意地悪に笑う、
「鳳仙花じゃ、儂が作った特別製じゃぞ、ショックを与えると種を飛ばすように出来ておる。気を付けるんじゃぞ、種の汁はタンパク質を溶かすからのぅ、毛で済んで幸いじゃぞ、毛が無ければ肉を溶かしておったところじゃ」
「フフッ、流石植物使いね」
感心するフィフィをジジジが見つめる。
「これじゃあ、近付けないだで、どうしたらいいだど」
フィフィがキッと目を吊り上げた。
「何を言ってるの? 貴方はモグラでしょ、潜って行きなさい、さっさと人間と死にかけの猫女を倒してきなさい」
「そうだで、潜って下から行けばいいんだど」
大きな手で床を掘り始めるジジジを見てフィフィが溜息をつく、
「まったく、バカなんだから…… 」
「行かせん!! 」
スギナがジジジに右手を向ける。
「邪魔はしないで頂戴」
フィフィがスギナに向かって手を振った。
「プラズマボール! 」
バチバチと雷光をあげる電気の塊がスギナに向かって飛んでいく、
「低級魔法じゃと」
スギナがバッと横に跳んで避けた。
「うふふふっ、言わなかったかしら? 私は俊足の能力とアイテムに魔法のペンダントを貰ったのよ」
愉しそうに笑うとフィフィがすっと姿を消した。
「ハラペーニョファイヤー 」
スギナの後ろに現われると炎魔法で攻撃だ。
「うあっ、あぁ~ 」
スギナの体が低級魔法の炎に包まれた。
「あははははっ、これが私の力よ、俊足の魔法使い、それが私よ」
苦しむスギナを見てフィフィが高笑いだ。
「成る程のぅ、振動波だけでは決め手に欠けるじゃろうから他に何か持っておると思っておったが低級魔法じゃとはな、目にも留まらぬスピードで翻弄して魔法で攻撃じゃな、そこらの妖怪や獣人では敵わんじゃろうな」
フィフィがバッと振り返るとスギナが平然と立っていた。
「なっ……なにが………… 」
バッと跳んで距離を置くと燃えているスギナと平然としているスギナを見比べる。
「確かに燃えている……では貴女は? 」
「燃えておるのは抜け殻じゃ、儂の術の一つ、妖蔓の筍じゃ、見た事があるじゃろ筍じゃ、剥いても剥いても皮があるじゃろ、それと同じじゃ、燃えておるのは儂の皮じゃ」
「筍の皮……Aクラス! 」
フィフィの顔から余裕が消えた。
スギナの鎖骨の下辺りに付いているバッジ、名前の横にAと書いてあるのが見えた。
「貴女、Aクラスだったの? なんて事………… 」
「なんじゃ、今頃気付きおったのか? 」
スギナがニヤ~っと悪い顔で笑った。
「気付くも何もプレートが見えなかったじゃない」
「そうじゃの、隠しておったからのぅ」
驚き顔で言うフィフィの向かいでスギナがとぼけ顔だ。
「なんで……何でAクラスが人間なんかとチームを組んでいるのよ、格下にも程があるわよ、Aクラスから見たら人間なんて荷物にしかならないじゃない」
フィフィが叫ぶように言った。
軽いパニックを起こしている。
「荷物じゃと? 確かにそこらの人間なら組んでおらん、じゃが恒夫は別じゃ、頭の回転が速いだけでなく儂とはまったく違う思考回路を持っておる。恒夫と組む事は儂にとって利になると判断した。何より一緒におると楽しいからのぅ」
スギナのとぼけ顔がマジ顔に変る。
「恒夫を荷物扱いした事を後悔させてやらんとな」
話が終わると同時にフィフィの足に植物の蔓が巻き付いた。
「なっ、なん!? 」
慌ててもがくが複雑に絡んだ蔓は取れるはずもない。
「儂の話しに夢中で止まっておったぞ、俊足も止まっておれば役に立たん」
「くっ! 話してる間に罠を張ったのね」
悔しげに睨むフィフィの前でスギナがまたとぼけ顔だ。
「儂は植物じゃからな、罠ではなく根を張っただけじゃぞ」
「くっ、腹の立つ……見掛けで騙された私がバカという事ね」
諦めたのかフィフィがもがくのを止めた。
「ほぅ、冷静じゃな、では提案しよう」
「提案? 」
フィフィが険しい表情のままスギナを見つめた。
「儂らの持っておる宝玉は諦めて立ち去れ、今なら命は助けてやろう、お主ほどならわかっておるじゃろうが言っておくぞ、今の儂は力の3分の1も出しておらん、本気を出せばお主ら三人など瞬殺じゃぞ、ラグを殺そうとしたお主らをやるのに儂は躊躇せんぞ、これが最後のチャンスと思え」
無表情で淡々と話すスギナの前でフィフィの顔が引き攣っていく、
「わっ、わかった……諦める……見逃してくれ………… 」
震える声でこたえたフィフィの目にスギナの後ろからジジジが襲い掛かるのが見えた。
「ジジジ止めろ! 」
慌てて叫ぶが間に合わない、ジジジの大きな手がスギナに振り下ろされようとしたその時、逆にジジジが吹き飛んで転がった。
「肉団子にしてやんぞ、バカ鼠」
スギナの隣りにラグがポンッと降り立った。
「元気そうじゃな」
スギナが振り向いた。
ラグが来るのがわかっていたのでジジジの攻撃を避けなかったのだ。
「ツネに聞いたぞ、あたいを助けてくれたんだな、ありがとなスギナ」
ラグがちびっ子ではなく初めてスギナと名を呼んだ。
「仲間じゃからな」
スギナがニッコリと可愛い笑みを見せた。
転がっていたジジジがムクッと起き上がる。
「バカ鼠だと! ぶっ殺してやるだで」
怒鳴るとジジジがラグに向かって行く、
「バカ鼠は任せたぞ、あたいはあの女エルフをぶっ飛ばすからにゃ」
「ラグ待つんじゃ…… 」
バッと飛び出すラグを止めようとしたがスギナは言葉を引っ込めた。
「死にかけたんじゃから仕方あるまい、怒りが収まるのを待つしかあるまいて」
殴りかかるジジジの大きな手をしなやかに体を捻って避けるとラグがパンチを繰り出す。
「キツツキパァ~ンチ! 」
「モガッ、モグハァ~~ 」
呻いたジジジがスギナの足下に転がっていった。
ラグはそのままフィフィに向かう、
「ちょっ、違うのよ…… 」
スギナの蔓に足を絡め取られて動けないフィフィが顔を引き攣らせる。
「フクロウ切り! 」
ラグがサッと手を振るとフィフィの足から蔓がバサッと落ちた。
「なに? 助けたの……わかったわ、降参するから………… 」
スギナとは話がついているのでそれで助けてくれたのだとフィフィの顔に安堵が浮んだ。
「降参? にゃに言ってんだ! あたいと戦え」
ラグがじろっとフィフィを睨み付けた。
「貴女こそ何言ってるの? 助けてくれたんでしょ? そっちのお嬢ちゃんとは話がついているのよ」
「助けるわけにゃいだろ、あたいはチャトラン族の戦士だぞ、正々堂々と勝負する為に蔓を切っただけだぞ、あたいと戦え」
「戦えったって…… 」
フィフィが困惑顔でスギナを見つめる。
スギナが大きな溜息をついてから口を開いた。
「戦ってやれ、先程の条件を変更じゃ、ラグに勝ったら見逃してやる」
フィフィの目がギラッと光った。
「殺すわよ、この猫強いでしょ、私も手加減なんて出来ないから」
「了解じゃ、ラグから勝負を挑んだんじゃ、殺されても文句ないじゃろ、儂も仕返しなどせんから安心しろ」
「わかったわ」
フィフィが振り返ってラグを見る。
「相手してあげるわ子猫ちゃん」
ニヤッと余裕の笑みをしてフィフィが言った。
「笑ってられるのも今のうちだぞ、さっきは不意を衝かれただけだぞ」
ラグも自信ありげにニヤッと笑い返した。
スギナの足下に転がっていたジジジがバッと起き上がる。
「死ねぇ! 」
「まったく…… 」
背後から襲い掛かるジジジにスギナが振り返りもしないで左手を向けた。
「操蔓! 打根」
スギナの手から太い根っこが伸びてジジジにぶち当たる。
「モゲェ~~ 」
悲鳴を上げてジジジが床を転がっていく、
「おとなしく見ておれ、リーダーのエルフが降参したのにモグラが儂に敵うわけあるまい」
スギナが倒れたジジジをジロッと睨み付けるとサッと手を振る。
「モググ………… 」
ジジジの体を植物の蔓が覆ってグルグル巻にして見えなくなった。
「儂の妖力を込めた特別製じゃ、お主らの力では切れんぞ」
言い捨てるとスギナが前に向き直る。
垣根の向こうから恒夫と栄二の心配する大声が聞こえてきた。
「スギナちゃん! この垣根をどけてくれ、みんな無事なのか? 」
「僕たちも戦うよ、役に立たないかも知れないけど仲間だからね」
ラグと違って飛び越える事など出来ない、ましてや普通の垣根ではない、近付くだけで攻撃してくるのだ。
その攻撃を避けて飛び越える事が出来たラグはモグラのジジジなどより優れているという事である。
「おぅ、お主らを忘れておったわ」
スギナがサッと手を振ると部屋を分けていた垣根がズズッと床に沈んで消えていった。
直ぐに栄二と恒夫が駆けてくる。
「よかった。みんな無事だったんだね」
「ふぅ、みんなより俺の方が疲れたぜ」
息をつく恒夫の背をスギナがポンッと叩いた。
「ご苦労じゃったな、力を使こうて疲れたじゃろ、そこでゆっくり見物しておれ、秀樹たちも終わったようじゃからな」
近くで戦っていた秀樹と菜穗がベベベを倒してやって来るのが見えた。
フィフィとラグが戦っているのを見て秀樹と菜穗が安心顔だ。
「元気そうじゃない、死んだかと思ったわよ」
「マジでヤバい倒れ方したからな」
二人の向かいで栄二が何とも言えない顔で口を開く、
「その事なんだけど…… 」
「後でいいだろ」
栄二の肩を恒夫がガシッと掴んで止めた。
スギナが栄二の腕をポンッと叩く、
「そうじゃな、終わってからでいいじゃろ、今はラグと女エルフの戦いを見守るのじゃ」
「うん……わかった」
力無くこたえる栄二の向かいで菜穂が不思議そうに訊く、
「見守るって手を貸さないの? 」
「そうじゃ、一対一の決闘じゃ、ラグが勝てばエルフはおとなしく引き下がるとの約束じゃ」
恒夫がスギナの顔を見つめる。
「フィフィさんが勝ったらどうするんだ? 宝玉を渡すのか? 」
「ダメよ! 」
大声の菜穂をスギナが手で制する。
「渡さんから安心せい、エルフが勝ったらおとなしく帰るだけじゃ」
「なんで? どっちが勝っても一緒じゃない」
菜穂だけでなく恒夫と栄二と秀樹も怪訝な顔でスギナを見つめた。
「違うぞ、女エルフが勝てば儂が見逃してやる。秀樹たちにも手は出させん、じゃがラグが勝てば儂は手を出さん、儂は見逃してやるがラグや秀樹たちが手を出して残りのモグラどもを倒す事も可能じゃ」
「結局一緒じゃない、何言ってるのかわかんないわよ」
呆れる菜穂を見て恒夫がフッと笑う、
「ラグのプライドの問題って事だ。不意打ちで気絶させられたら誰でも怒るだろうさ、フィフィさんはスギナちゃんに負けたんだろ? それで引き下がるつもりだった。そこへラグがやって来て戦いになった。こんなところだろ? 」
「そんなところじゃ」
恒夫を見てスギナが頷いた。
話を聞いていた秀樹がその場にドカッと座った。
「成る程な、じゃあ俺たちは見てるしかないな」
「そうだ。下手に手を出したらラグに殴られるぜ」
恒夫も隣に座り込む、埃の積もった床に直接座る二人を見て菜穂と栄二が顔を顰める。
スギナがサッと手を振った。
「お主らもここで座って見物しておれ」
床から太い蔓が生えてきてベンチのようになる。
「確かに手を出したらラグは怒るわね」
「でも危なくなったら助けるからね」
菜穂と栄二が座るとスギナもちょこんと腰掛けた。
ラグとフィフィの戦いは始まっている。
「ヒュンヒュンキィ~ック! 」
ラグの回し蹴りが空を舞う、
「振動波! 」
フィフィの拳がラグの右頬を掠めた。
両者バッと後ろに跳んだ。
「フフッ、私の方が速いわよ」
「でも避けれたぞ、当たらなかったら同じだぞ」
余裕に微笑むフィフィの向かいでラグがニヤッと意地悪に笑う、
「フフフッ、じゃあ当ててあげるわよ」
フィフィの姿が消えた。
ラグがサッと右に体を捻る。
フィフィが左に現われた。
「振動波! 」
ラグの脇腹すれすれをフィフィの腕が通って行く、
「グリグリパァ~ンチ」
体を捻ったままの体勢でラグがパンチを出した。
普通の人間には出来ないバランス感覚だ。
「ちぃっ! 」
フィフィがバッと後ろに跳んだ。
「にゃははははっ、また当たらなかったぞ、当てるんじゃにゃかったのか? 」
大笑いするラグの向かいでフィフィが悔しげに唇を噛む、
「猫だけあって体が柔らかいわね、でもいつまで避けていられるかしら」
フィフィの姿がまた消えた。
ラグがポンッと上に跳ねる。
しゃがむような体勢でフィフィが姿を現わす。
「なん!? 私の動きが見えているの? 」
驚くフィフィの真上からラグが振ってくる。
「カミナリキィ~~ック! 」
上空から全体重を掛けた踵落としだ。
「振動波! 」
落ちてくるラグに向けてフィフィがアッパーカットを放った。
「ラグ! 」
恒夫が思わず叫ぶ、宙に浮んでいては柔軟なラグでも避けられない。
「逆招き猫! 」
ラグが手をくるっと回した。
フィフィのパンチがラグの伸ばした足に触れようとした瞬間、フィフィが横に吹き飛んだ。
「よかった…… 」
無事に着地するラグを見て恒夫がほっと胸を撫で下ろす。
吹き飛ばされたフィフィが足を踏ん張って体勢を整える。
「貴方たち何かしたの? 一対一じゃなかったの? 」
フィフィがキッと怖い顔でスギナを睨んだ。
貴方たちと言いながらスギナが邪魔したと決めつけるような目付きだ。
「儂らは何もしとらんぞ、わからんようではラグには勝てんぞ」
ニヤニヤ笑いながらこたえるスギナを秀樹たちも興味津々で見ている。
「にゃに言ってんだ? あたいの術だぞ」
ケロッとした顔で言うラグにフィフィだけでなく秀樹たちも一斉に振り向く、
「貴女の技? 魔法じゃなかったわよ」
怪訝な顔のフィフィの前でラグが得意気に鼻を鳴らす。
「にゃふふん、魔法じゃないぞ、チャトラン族に伝わる気功術だぞ」
「気功術か……そんなものも使えるのか、凄いなラグは」
恒夫の呟きが聞こえたのかラグが耳をピクッと動かして振り向く、
「にゃははははっ、ツネも驚いたのか? 凄いだろ、惚れ直しただろ、にゃんたってチャトラン族の戦士だからにゃ」
「気功術、只の獣人じゃないって事ね」
フィフィの顔が険しく曇る。
ラグがくるっと向き直ると話を始める。
「招き猫だぞ、相手の気を掴んで引き寄せるんだぞ、そんで逆もできるにゃ、逆猫招きは相手を押し出すんだぞ、他にも色々あるぞ、あたいをそこらの獣人と一緒にするにゃよ」
手をクルクル回しながら説明するラグの向かいでフィフィがフッと笑った。
「腕力だけでなく特殊能力を持った獣人がいるっていうのは知っているわ、ジジジとベベベがそうだからね、二人は鉱物ならどんな物でも破壊できるの、鉱物から作られたものも全てね、つまり鉄だろうとチタンだろうとダイヤだって破壊できる。その能力を使って地中を自由に進める。歩くように容易くね、幾つもの鉱物を組み合わせた特殊鋼や化学繊維などはダメだけどね、それと生き物もダメ、お嬢ちゃんに蔓でグルグル巻にされてジジジが手出しできないでしょ、だからチームを組んだのよ、まさか子猫ちゃんも特殊能力を持ってるなんてね」
フィフィの姿がフッと消えた。
「気を操れるといっても近距離だけでしょ? なら戦い様はあるわ」
素早く動き回っているのか声が色々な方向から聞こえてきた。
「無駄だぞ、振動波は二度と受けないぞ、だって避けられるからにゃ」
先程からラグの耳がピンと立っている。
「なに! 私の振動波を避けられる? 言ってくれるわね」
怒ったフィフィが突っ込んでいく、ラグの直前で姿を現わした。
「振動波! 」
「にゃっと」
ラグが仰け反るようにしてパンチを避けた。
「なん!? なんで……何で避けられるの………… 」
バッと離れたフィフィが悔しげにラグを見つめた。
ラグがピンッと立てた猫耳を手でゴシゴシとブラッシングしながら口を開く、
「気付いてにゃいのか? お前は今のあたいより確かに速いぞ、でも振動波を使う時に止まるんだぞ、たぶんにゃぁ、止まらないと振動波は使えないんじゃにゃいのか? 」
フィフィの顔にハッと驚きが浮ぶ、
「まさか、振動波を使う一瞬の隙に避けたっていうの? 」
「所詮はエルフだぞ、いくら速くても他の運動能力は獣人とは比べものにならないにゃ、それに戦い方も素人だぞ、チャトラン族の戦士であるあたいの敵じゃないにゃ」
耳をブラッシングしながら余裕に話すラグの前でフィフィの顔に怒りが浮ぶ、
「猫のくせに私をバカにして…… 」
フィフィがバッと後ろに跳んで距離を置いた。




