六
六
笑い声を収めると、琢磨が一ヶ月間保留してきた問題を口にした。当然、拘束している慎太郎の処遇についてである。
竜司に説得されたばかりの蛍は、まだ若干不満気だが、怜に対してはこう言った。
「意見を変える気は毛頭無い。……だが、決定権は譲ってやる。好きにしろ」
未だ素直に会話することは出来ないが、今の今まで対立し合って口を利こうともしなかった二人だけに、蛍の譲歩は大きな進展といえよう。怜は小さく頭を下げた。
残るは悠人だ。しかし口をついて出た言葉は、これまでの主張とは真逆の内容だった。
「死なせては駄目です、絶対」
予想外の言葉に、怜は驚いた様子もなく淡々と耳を傾ける。
「俺、わかったんだ。死は救いなんかじゃないんです。殺したらその分、重みを背負っていかなきゃならない。好んで背負っていいものじゃない。グールだからとか関係なくて、守れる命は守らなきゃいけないんです、安直に死を選んじゃいけないんです」
篤が悠人に向けた言葉も交えて、頻りに説得する。あくまで理想論かもしれないが、何より、自分と同じ経験を他人に共有させたくなかった。
黙ったまま話を聞き終え、怜は頷いた。
「わかった。お前も、決定権は俺にくれるんだな」
「はい。俺も、怜先輩の答えに従います」
「そうか……有り難う、すまないな」
と言って、琢磨に顔を向ける。
「今からそちらにお邪魔していいですか。兄に会わせて下さい」
「ああ、いいぞ。どうやら話がまとまったらしいな」
承諾を受けて、周りを振り返る。装備も車両も借りっぱなしであるから、早く返しに戻った方がいいかも知れない。それに全員がついてくることもあるまい。そう思ったが、帰るという者は一人もいなかった。ここまで関わったのだから最後まで見届ける、というのが全員一致した意見である。
「いいだろう。じゃ、後からついて来な」
琢磨と梁雲が自分達のワゴン車に乗り、残る二台がワゴンの後を続いた。
ビル地下の一室が慎太郎に宛がわれていた。てっきり抵抗して暴れるものと思っていたが、拘束されて以来途端に大人しくなった。その為、今は拘束具を外されている。
慎太郎は何にも反応を示さず無気力でいるか、思い出したように脅えた様子を見せるか、その交互である。自分からは食物を何も口にしようとしないので、日に日に衰弱していた。
足繁く通っていた怜は至って冷静だが、一月ぶりに、もしくは初めて見る他の面々は酷く驚いた。自警団員は丁寧に世話をしていてくれたようだが、痩せ衰えた慎太郎の姿は、人間らしさの欠片もない。グールともまた違う。グールはまだ生物らしくあったが、今の慎太郎は屍同然である。
「兄さん、聞こえるか?」
一同が見守る中、慎太郎の下にしゃがみ込んで怜が声をかけた。返事はない。構わずに語り続ける。
「俺は兄さんに生きていてほしかったんだ。だって兄弟なんだから当然だろ。だけど俺、兄さんが嫌いだったよ。万能で信望を一身に集めて、比較対象の俺はいつも悔しい思いをしてさ、たった一歳差なのにどうしてこんなに違うんだろうな」
嫌いと口にはしながら、口元には微笑が浮かんでいる。
「ああ、違うな。兄さんが嫌いだったんじゃない、多分、嫉妬する自分が嫌いだったんだ。俺にとっては兄さんが壁だったから」
怜は思い出す。幼い頃、兄の背を追いかけて転んだときのことを。
膝を擦り剥いて、倒れたまま泣き喚いた。本当は自分で立てるのに、注意を引きたくて大声を上げる。それを知っていたから、慎太郎は無視しようと努める。しかし弟に甘い彼は見ぬふりが出来なくなって、
――もう、しょうがないなあ。ほーら――
怜を助け起こして、膝についた砂を払う。そのままずっと手を引いて歩き続けた。
そうだ、兄はそうやって、自分のところまで来てくれていた。嬉しかったのに、天邪鬼な性格が素直にさせず、来るのが遅いと不貞腐れる。あの時、一言でもお礼がいえていたら、少しは兄に近づけていただろうか。
懐かしさにずっと浸っていたいが、いつまでも夢を見てはいられない。ゆっくりと立ち上がり、同じ高さにしていた目線を見下ろす位置に変える。
「でもそろそろ、乗り越えないといけないよな。未だに適わない部分の方が多いけど、もう依存するのはやめる。だから――」
いち早く怜の行動を悟ったのはリコだった。しかし彼でさえ反応が間に合わぬほど、怜の動きは速かった。周りが気付いた時には、慎太郎は既に絶命していた。
前触れなしに腰の剣を鞘走らせて、僅か一閃で兄の息の根を止めたのだ。
「――だから、安らかに眠ってください」
皆一様に愕然として息を飲んだ。特に悠人は信じられないといった様子で目を丸くする。
ただ未だ兄弟の『会話』は続いており、誰も声をかけられなかった。
「本当に兄さんは足が速いなあ、こっちがどんなに走っても適わないんだ。やっぱりあれかな、人生経験の違いかな。だとしたらずるいよ、俺に勝ち目がないじゃないか。なんでだよ、どうしていつも」
急に声の調子が変わった。淡々と語りかけていた口調が揺らぐ。
「どうしていつも、俺を置いていくの……!」
囁くようにも叫んでいるようにも聞こえる掠れ声で、ただただひたすらに泣き崩れた。
延々と泣き続ける怜に、かけるべき言葉はない。今は一人に、いや、二人きりにしておいてやるべきだろうと琢磨が気を利かせ、残る子供達に退出を促した。皆が無言で従う。
悠人は驚愕の面持ちのまま退室して、最後に一度だけ振り返る。不意に鼻の奥が辛くなって、目から一粒の涙が零れた。
「あれでよかったのかな」
「怜先輩の決めた事だ、口出しは出来ねえだろ」
ビルの屋上で風を受けながら悠人がぽつりと呟いた科白に、真浩が返答する。
悠人には全くの予想外だった。確かに決定権は譲ると言った。それはあくまで怜が慎太郎を生かすという結論を出すであろうという憶測が前提条件だったのだが。
「つい最近まで死なせたくないと言ってたのに、どうして考えを変えたのかな」
「それを言うならお前もだ。どうして突然心変わりしたのか知りたいね」
「ああ、そっか、そうだったな。ほら、車内での篤の言葉があったじゃん。あれで思い出したんだ、爺ちゃんのこと」
約束どおり、思い出した内容を真浩に喋って聞かせる。
「言ってることは、篤とほとんど同じだったんだけど」
どうか覚えておいて欲しい、と最後の力を振り絞って祖父は言った。
――いいか、命というものは脆く儚く、簡単に散ってしまう。
――人を殺めるのは容易い。そういった意味では、常に説かれるより命は案外に軽いものかも知れんな。
――だが、これだけはわかってくれ。どんなに軽かろうが、負担である事実は変わらない。人はその負担を無視できるほど頑丈じゃない。軽くても心には充分すぎるほど重いのだよ。
――お前はこれから新鋭軍に所属して、グールと戦うことになる。
――相手がグールだろうと何だろうと、命の重さに大差はない。
――殺してはならない、とは言わない。但し、覚悟だけは決めておけ。奪った命は常に背負っていかなければならない。背負う覚悟がなければ潰されてしまう。
――覚悟が出来ないなら初めから手を出すな。安直に死を選んではいけないと覚えておくんだ。
――いまここで、お前に私の命を背負わせることを許してくれ。だから、どうか――
「――どうか、強くなれ」
強い風が吹き抜けた。雨は上がったが曇り空、まだまだ湿り気を含んだ風だ。
暴れる髪を押さえるとともに額に手を宛がって、真浩は嘆息した。グールを斬ることにさほど疑問を覚えてこなかった彼には、頬を叩かれる想いだ。
「結構、耳に痛い話だな」
「うん。一字一句この通りって訳じゃないけど、確かにこういう内容だった。俺さあ、篤の話を聞いて、蛍先輩を見て、さっきの怜先輩を見て、どれだけ『可哀想な自分』に甘えてたか思い知らされたよ。それで自分だけ可哀想なのは辛いから、他人にも同じ目に遭わせようとしてたんだ。勝手な話だよな」
「それが当初の、先輩の兄貴を救う為に殺せっていう理由か。じゃあ、変えたのは?」
「だからさ、愚かな自分に気がついて、嫌になったんだ。それでもう他の人が同じ目に遭うのを見たくなくなった。これも結局、自分勝手な理由だけど。そもそも、他人を救うなんて考えること自体がおこがましかったんだ」
思い切り伸びをした。背筋を反らして数秒間、ばねを利用して今度は前屈。気晴らしをするように身体を動かしてみる。
気が済んだのか、一息ついて手摺りに寄りかかった。
「あーあ、何か混乱してきたな。俺は何をしたかったのか、何を正しいと思ってたのかわからなくなってきた」
「さあ、そんなことは――どわっ!」
「二人でなぁにしてんだよっ」
真浩が急に悲鳴を上げたかと思えば、いきなり悠人の背中に伸し掛かってくる男が一人。振り向くまでもなくリコだとわかる。
「俺も会話に混ぜてこねこねー」
「邪魔をするものじゃないよ、リコ」
哲也がリコの首根っこを掴み、引き剥がした。猫のように放り投げられる。だがすぐさま戻ってきて、悠人の隣を陣取った。哲也は呆れたように笑う。
「御免ね、こういう奴で。全くお子様なんだから」
つられたように悠人も笑った。思えば、初めて会ったときも、リコと真浩が手合わせしたときもこうして哲也が謝っていた。まるで手のかかる弟を窘める三兄弟の長男である。何となく微笑ましかった。
次第にぞろぞろ仲間達が集まってきて、輪になって喋りだす。日常の当たり前な光景である筈だが、酷く懐かしい気がした。思えば、こうして顔を向き合わせて語り合うのは一月ぶりだ。いつもの顔触れに、今回は蛍と竜司が加わっている。あと一人来れば完璧なのだが――
「よう、坊主ども。ご機嫌は如何よ」
琢磨と梁雲までもが輪に加わった。二人は両手にビニール袋をぶら下げている。袋がやけに膨らんでいるので何かと思えば、大量の缶ビールとつまみだった。竜司がぽかんとして、我に帰ると抗議した。
「ご好意はありがたいですが、俺たち車で来てるので酒は困ります」
「固いことをいうな。ばれなければいいんだ、要は」
「ほ、蛍まで……」
眉を顰める竜司の脇を、腕が通り抜けて一缶掴んだ。
「今日ぐらいは見逃してくださいよ」
腕の主が言う。良くない、と反論しようとして、竜司は硬直した。彼だけでなく、全員が微妙な表情でその男を見詰める。
「揃って変な顔して、どうしたんだ?」
無造作に缶の蓋を起こして、一口飲んだ。悠人とリコの間に身体を割り込ませて、驚く彼らをお構いなしに飄々とつまみを食い始める。初めから知っていた琢磨と梁雲だけがにやりとほくそ笑んだ。
悠人は隣に座った怜の横顔をまじまじと眺めた。泣きはらした目は赤く腫れているが、憑き物を落としたようにさっぱりとした顔付きをしていた。
「ほら飲めよ。俺の酒が飲めないのか」
一缶手渡されたので、素直に受け取って蓋を開け、乾杯をする。
「有り難うございます。ああ、酒を飲むのも久しぶり……あ、おかわり下さい」
「速っ!」
悠人はあっという間に飲み干して、次の缶を取る。他の者達も次第に手を出し始めた。
何口か飲んで、怜が唐突に話し出す。
「俺はヒーローに憧れてたんだ」
「あ、サンドイッチマンですか?」
思わず口をついて出る。するとむすくれた顔をして、両手を伸ばしてくる。
「そういうことを言うかお前はそういうことを言う口はこれかこれかこれか、茶化すならもう話さないぞこの野郎」
「ひゃあぁぁぁあん」
頬を抓られて上下左右に揺さぶられ、悠人が情けない声を上げると、満足したように笑って手を離した。お馴染みの光景だが、これも酷く懐かしい。
「俺はヒーローに憧れてたんだ。でも俺がヒーローになるということじゃなくて、いつでも助けてくれる存在を待ってたんだ。女の子ならさしずめ白馬の王子様といった具合か」
そんな彼にとって、慎太郎はうってつけのヒーローだった。ところが、いざ身辺にヒーローがいると鬱陶しくなった。人は無いものねだりは得意だが、実際に手に入れると飽きてしまうのだ。或いは理想と違うことに幻滅する。
怜はいつでも優秀な兄を見る度に、凡人の自分を自覚して嫌になった。それでも楽をしたいから、妬みつつもヒーローに甘えていた。ヒーローに憧れながら対等の立場にもいてほしかった。
矛盾した我侭、しかし疑問を覚えたことはなかった。何故、たった一歳しか離れていない兄がヒーローたり得たのかを。
今になってようやく知る。怜が助けられる立場に甘んじていたが為に、慎太郎は年齢以上に大人にならざるを得なかったのだ。
「置いて行かれることに腹を立ててたけど、一度も本気で追いかけたことはなかったんだな。追いかけてる振りして、背中を見ることで安心してたんだ。兄がどれだけ苦労してるか知らずに」
「そうだろうなぁ。先を行く人ってのは結構大変だぜ。必要以上に距離を離すと恨みを買うし、かといって足踏みをすれば、調子付きやがって嘗めんじゃねえって、また恨みを買うんだよな」
リコも剣術について妬まれた経験があるので、しみじみと相槌を打つ。悠人は怜の横顔を無言で眺めたまま三本目の缶を開けた。更に篤が賛同する。
「俺には怜先輩の気持ちがわからんでもない。実は姉がいるんだが、現役当時は兵長やってたような女で信頼もあってよ。やっぱ兄弟は比べられるんだよなそれがもう嫌で嫌で」
「……待て、お前は山野辺先輩の弟か?」
「良くご存知で。つっても二年前の話だから、今の終期生は知ってておかしくないか」
「まあとにかく! ……昔の話なんだけども」
と怜は脱線しかけた話の軌道を戻す。
理不尽な不満は、次第に周囲にも向けられるようになった。例えば、仲の良い兄弟の姿を見ていると疎ましくなってくる。悠人と真浩もそれだ。特に村瀬兄弟の場合、同い年だから目線の高さも変わらない。互いに助け合うのは、傍から見ていて羨ましいと思う反面、見せ付けられて腹が立つ。
「やっぱり双子って意思疎通も簡単だったりするんだろう」
と言われて、悠人と真浩が顔を見合わせてきょとんとした。そして異口同音に、
「俺たち、血ぃ繋がってないですよ」
「……なんだって?」
「双子違うですよ、誕生日だって違いますよ。顔だって全然似てないじゃないですか」
明かされる新事実。当人以外は誰も知らなかったので、次々に苦情が出てくる。
「嘘だ、二卵性と言われれば納得する程度には似てるぞ!」
「いーや絶対似てねえ、有り得ねえ!」
「何でそれを言わないんだよ!」
「訊かなかったじゃないか。こっちから特に言う必要もないだろ」
訊けば養子縁組による義兄弟なのだという。死亡者や行方不明者が多数に上る昨今、養子やリコたちのような施設出身の子供も珍しくない。とはいえ、今までずっと双子だと周りは信じていたから、驚愕の念を隠しきれない。怜は特に複雑な心境だった。
血の繋がりというものがなくてもそこまで信頼し合えるものなのか。悠人と真浩の関係は、まさに怜の理想そのものだったのだから。
「まあ、俺たちの場合ずっと兄弟同然に育ってきたってのもあるだろうけど。でも血縁も大事だけど、固執するものでもないでしょう。義兄弟だけど俺たちはかけがえのない家族で、上手くやってる。それだけですよ」
怜の疑問に答え、四本目の缶を開けた。
「……そうだな」
頷いて、遠い目になった。再び強い風が吹き抜けて、髪を弄ぶ。風の行く方向を見詰め、兄の魂はこの風に乗って旅立つのだろうかと、夢見がちなことを考えた。
「ああ、本当はずっと前からわかってたんだ。俺は兄が、ただ一人の兄が本当は好きだったよ」
ぽたりと、一滴の涙が落ちた。
「あのまま放っておいても衰弱して死んでいただろう。けど俺が壁を乗り越える為には、兄を解放する為には、どうしても必要だったんだ。楽になって欲しかったんだ。――ただ、我侭を言うならやはり生きていて欲しかったな……」
折角泣き止んだのに、また頬を涙が濡らした。感情に呑まれて悠人も貰い泣き、つられて一人、二人と鼻を啜りだす。静かに涙を零す子供達の頭を、今まで黙って見守っていた琢磨が撫でた。
「その分をお前達が生きてる。時が経てば、いつか乗り越えられるくらい強くなれるさ」
琢磨の言葉に、祖父が言いたいことはこういう事だったのだと、悠人は漠然と悟る。
「……うん、うん……俺たちは今生きてる。それでいいんだよね……」
泣きながら笑って空を見上げた。雲の切れ間から僅かに月の光が漏れていた。
道路の人通りもいい加減少なくなってきた頃、少年達は帰ると切り出した。
今日の午後を潰して出動したから、明朝から半日の休暇が与えられるだろうが、彼らは未だに出動時の装備そのままだ。返しに行く都合上そうそう長居は出来ない。
琢磨は送っていこうと申し出たが、蛍が一同を代表して辞退した。
「本当に、色々とお世話になりました」
助けてもらった礼と今までの非礼を謝して、いざ車に乗り込んで帰ろうとする彼らを、琢磨と梁雲の両名が呼び止めた。
「もう一度確認だが、俺たち自警団のことは内密にな」
「ええ。こちらも色々都合がありますからね」
「ならいい。あとついでなんだが、どうせだったら俺たちの仲間にならないか」
「……なんですって?」
軽い口調で勧誘されたので、意図を察するのに一瞬苦労した。
「今すぐじゃなくて良い。任期を終えたらでも、自警団に入る気はないか。人手不足の観は否めないんでな、自警団の理念を理解してくれる仲間が欲しい」
うって変わって真剣に語りかけるので、迷うように視線を交し合う。だが誰一人として異論はなかった。
「考えておきましょう」
明言を避けてはいるものの、ほぼ認めたも同然である。互いに口の端を上げて、代表として蛍が手を出す。意を受けて琢磨が握り返した。
「それでは、どうもお世話になりました」
「ああ、気を付けて」
「本当に気をつけたほうが良いぞ」
梁雲が口を添えた。
「成り行きとはいえ、違法集団と関わりをもったんだ。それだけでなく、お前達は余計なことまで知りすぎた。せいぜい存在を消されないように注意しろ」
蛍は眉を顰めて梁雲を見詰める。突拍子もない内容にも思えるが、冗談を言っている様子はない。そうだ、自警団に関わるということは、そういった危険を孕むのも覚悟しなければならない。不穏な空気を察して、周りが不安げな表情を覗かせる。だが、それでも気持ちは揺らがなかった。彼らはもう、覚悟は出来ているのだ。
「肝に銘じておきましょう。お互いに」
別れを告げて、車に乗り込んだ。
――気をつけろ、か。
彼らには心当たりがあった。一連の出来事の裏に、常に潜んでいた影がいる。
初めは医務室を出た後に。
大柴の脱走劇の時。
休憩室で。
そして、決着をつけろと促した。
全てを知る者。帰ったら真っ先に問わねばならない相手がいる。知っていることを洗い浚い吐かせなければ。
一月前の晩と同様に、以前より少しだけ人数が増えた顔触れで、一同の乗った車両が夜の闇を切り裂いて宿舎に向かって行く。




