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 一度撤退した頃は兵が慌ただしく溢れかえっていたが、彼らが外でいざこざを起こしている間に、混乱は終息していたようだ。

 この時間になると、誰もが宿舎へ引き上げて、基地内には宿直の守衛以外は誰もいなくなる。筈だった。

 ところが、車両の返却の為に手続きをしようと思ったのに、守衛さえも一人として残っていない。異様さを覚えつつ、半分は予想通りといった感もある。

 車庫前に到着すると、忍が一人きりで壁に背を預けて待機していた。傍に車を停め降り立った彼らに、身を起こして声をかける。

「お帰り」

「ただいま。総長直々のお出迎えか、ありがたくて涙が出そうだ」

「決着はついたようだな、高木」

「おかげさまで。情報の提供を感謝するよ」

 皮肉にも堪えた様子はなく、忍は表情を動かさない。感情が欠落しているのではないかと思わせる素振りが、薄気味悪い。

 すっと目線だけを動かし、怜の位置で止める。

「君の兄については残念だったな。悔やみを言う」

 やはり。彼ら以外知り得ない筈の事実を、忍はとうに掴んでいる。蛍は忍が敵だと認識した。ならば折角だ、ずっと腹に決めていたことを実行しても問題はあるまい。忍に歩み寄ると、全体重を乗せて拳を叩きつけた。

 が、顔面に届くより早く、彼は己の腕を添えて力の流れを逸らす。何度か試しても結果は同じく、ついに鞭を振るったが、柄の根元掴まれて傷をつけることすら適わなかった。

「各務、貴様はどこまで知っている?」

「それを訊いてどうする」

「訊いているのは俺たちです。答えないのなら、相応の報復措置を取ります。わかりませんか、貴方と交渉する気はありません。これは脅迫だ。知っていることを全て話してください」

 蛍の言葉を継いで、哲也が忍の前に立ち塞がった。暗黙の内に了解して、忍が逃れられないよう、囲い込むように残りの全員が半円を描く。

 脅迫に屈したのか、それとも投げやりか、相変わらず読めない表情のまま溜息をつく。

「いいだろう、教えてやる。まずはどこから話そうか」

 もしかしたら、初めから話すつもりでいたのかも知れない。そう思わせるほど、忍は饒舌に喋りだした。

「まずはグールについて話そう。お前達が知ったとおり、あれはただの人間だ。ならば何の為にグールが作られるのか。ここで一つ訊くが、お前達はテレビゲームをやったことはあるか。どんなものでもいい、プレイヤーが怪物を倒していくようなものは」

 全員が訝って眉間に皺を寄せる。どういった意図でされた質問かわからないので、迂闊に答えることが出来ない。そうと知って、忍は返答を待たずに先を続けた。

「もしくは怪物が登場するホラー映画などでもいい。人間対異形というのは、虚構だとわかった上でなら見ていて面白いと思わないか。そこである日、頭の弱いどこぞの誰かが『名案』を思いついた。よりリアルで迫力のある戦いが見たい。ならば、現実世界で戦わせればいいのだと。ところが現実には期待するような異形のものなどいる筈がない。さてどうする」

 出した答えは、『いなければ創ればいい』だった。ではどうやって創ろう。

 ここで別の話になる。

 新種の違法薬物を作ろうと研究していた者たちがいる。研究途中、偶然の産物でとある薬が出来た。しかし快楽を得られる薬物を研究していた彼らにとっては、それは『駄作』『失敗作』として見向きもされなかった。

 強い幻覚作用を持つのはいい。だが、肝心の快楽が得られなかったのだ。

 その薬物を服用すると、煽られるのは何よりも恐怖心だった。そこに幻覚作用が拍車をかける。服用者には、あらゆる物が自分を襲おうとする怪物にしか見えなくなるのだ。

 この薬物の真の恐ろしさに、依存症の発現の速さが上げられる。

 恐怖心、不安感ばかりが煽られるのに、効果が切れるとそれ以上の苦痛を味わうことになる。禁断症状となると、まず全身を蝕むような蟻走感が襲う。幻聴・幻覚などは序の口だ。次いで筋肉の痙攣と激痛。あまりの酷さに立っていることさえ出来なくなる。

 その為、永遠に続くかのような責め苦から逃れようと、また薬物を服用する。この辺りはどの薬物も共通だ。依存症に陥ると、精神的な苦痛と身体的な苦痛を交互に繰り返す羽目になる。

 そして使用を続けていくうちに、発狂して自我を失う。目の前に現れた『怪物』から逃れようと抵抗するだけの、思考能力を喪失した人形が出来上がる。

 この都合の良い薬物に、先述の「どこぞの誰か」が食いついた。これこそ捜し求めていた『怪物』である。早速薬物を大量生産し、人体実験を繰り返す。難点を一つ挙げるとしたら自滅が速いことだが、どうせ使い捨てだから構わない。

 こうして出来上がった怪物――グールを初めて世に送り出すと、恐慌を来たし逃げ惑う人々の中から、勇気ある人々が立ち上がった。これが新鋭軍の前身である。

 とにかく、結果は大満足だった。望むとおりに迫力のある、現実世界での戦い。自分は安全な場所から高みの見物に興じ、下界では命懸けの戦いをしている。なんとも言えない刺激的な面白さだった。

 こうして味を占めていき、やがて全国規模の『ゲーム』として発展していく。

「だが無秩序では華麗さに欠ける。ゲームである限りは、どんなに歪んでいようともルールが必要だ。そこで新鋭軍が編成される」

 構成員は体力旺盛で前途があり、子供ほど好奇心を持たず大人ほど熟慮しない、適当な年齢の少年少女。それ以外の者は除外された。

 除外された者たちが余計な手出しをしないよう、一般人の武器の所持は一切禁止。新鋭軍が使用する武器でさえ、兵器合戦にならないよう出来る限り原始的なものであること。白兵が主体である理由がそこにある。

 そして戦場は市街地に限る。何故なら、新鋭軍は英雄でなければならないからだ。街中ならば一般市民から必ず犠牲者が出るが、人里離れた場所を戦場にしてしまうと、そんな場所にわざわざ行きたがる者はいないし、人は危機感を感じなくなる。

 自分達が生きているその場所で、いつ訪れるかわからぬ恐怖。それがゲームを盛り上げる香辛料となる訳だ――

 抑揚のない声で淡々と語る忍と裏腹に、聞き手は絶句している。無理もないだろう、多少の予備知識はあったといってもあくまで推測が主であり、実際より甘く見ていたことは否めない。心構えをしたつもりでも、現実は常に予想を上回るものだ。戦うことを当たり前としてきた彼らには、今まで疑ってこなかった『常識』を覆す、それほどまでに衝撃的な内容だった。

「ふざけるな、私たちはゲームをしているんじゃない!」

「ゲームだよ。所詮は遊びでしかない。但し俺たちはプレイヤーではなく、ただのキャラクター。駒だよ」

 憤慨の声さえも軽く流す。全てを知った上で、この男は事実を否定も肯定もしないのだ。

「わかった、その話はもういいです。次の疑問に答えて下さい。何故俺たちだけでグールを倒しにいくよう仕向けたのか、何故あの場に大柴が来ることがわかったのか、何故木村慎太郎の死を知っているのか。それに限ったことじゃなく、あんたは俺たちの内情を知りすぎてる。一体何が目的だ?」

 薄ら寒さに耐えながら、哲也は徐々に語調を強めた。口を開く度に、尊敬の念が崩れ去るのを自覚する。

「先程の話には続きがある。対戦を長く楽しむには、勢力が均衡していなければならない。どちらかが優勢では面白みがないからな。その為に第三者が……この場合は怪物を創った者と思ってくれ、そいつらが手を加えて調整する。グールが増えすぎたら製造数を抑え、人間が増えすぎたら……間引きをする。場合によってはグール勢に回す。大柴は回された一人だよ」

「そして貴様が間引きをする担当か、あの晩大柴を逃がしたのは貴様だな。そして次は私たちを売り渡すのか」

「高木の回答は五〇点といったところだな。確かにあの夜、大柴の逃走を手助けしたのは俺だ。だが俺は依頼を受けただけ、仲介をしただけ。向こうはグールの素体を、大柴は力を望んだ。だから両者を引き合わせた。利害が一致しただけのこと」

 自分はただの『仲介役』、そう忍は言い張る。

 逃亡者には追跡者がつくものだと見越していたから、向こう側は退路を確保する為の足止め役として、一体のグールを放つ。ところがここで思わぬ事態が起きた。

 余計な邪魔立てをする闖入者の出現。まさかグールを生け捕るとは思っていなかった。

 追跡者の一人がグールと血縁である偶然。そこから生まれる新たな対立。

 次々と物語が紡ぎ出されていくのが、向こう側には新鮮な想いだった。このドラマがどんな方向へ進むのか見てみたい。いや、脚本を仕立て、思いのままに話を作ろうではないか。

 だから絶好の舞台を用意し、役者達を招き入れて演じさせた。つまり彼らが感じていたとおり、何から何まで手回しされていたのだ。

 本人達の意思などお構いなく、自分達の都合で駒にされる事実には、不快さを禁じ得ない。向こう側のあまりにも下種な性根に、唾棄したくなる。

 そこにじっと聞き入っていた怜が、かねてから抱えていた疑問を口にする。

「兄も、同じようにグールの側へと回されたのか」

「少なくとも当時は、標的にする予定はなかった筈だ。だが奴は聡すぎた。気付かなければ良かったものを、疑問を抱き、独自に調べを進めて深入りしすぎた。だから口を封じられた」

 事実を知って、怜は深く深く溜息をつく。兄らしいといえば兄らしい行為だ。馬鹿なことをと嘆くべきだろうか、それとも勇敢だったと誇りに思うべきか。

「もう一つ。総長が兄を向こうへ仲介した訳ではないんだな」

「ああ。奴の件に限っては、俺は関わっていない」

「そうですか……ならいい」

 一瞬、敵討ちをしたいと考えたことは否定出来ない。だが無駄な行為だと思い至って、力を抜いた。

 確かに事実を知って、憤りは覚えた。しかし忍から情報を聞き出したところで、彼らには現状を変える力など土台持ち合わせていないのだ。

 重要なのは、全てを知った上で、今をどう生きるかだ。生憎、これらの事情を知って「では悪の組織を倒しに行こう」などと正義感ぶるつもりは毛頭無い。

「知っていることは話した。あとは何を希望する」

「貴様の掌で踊らされる形になったのが気に入らない。せめて一発殴らせろ」

「断る」

 忍の回答は早かった。それでも隙あらば目的を果たそうと身構えていたが、一向に隙を晒さず、未練は残るがついに諦めて退いた。

「他にはないか。なければ、俺はもう行くぞ」

「あ……待って!」

 踵を返しかけた忍を、悠人が慌てて呼び止める。

「総長は敵なの、それとも味方なの?」

 最後にそれが知りたかった。悠人にはどうしても、忍を敵だと認識することが出来ないのだ。

 忍は明らかに向こう側と通じている。それなのに向こうからも一歩退いたところにいるようで、所在がおぼろげなのだ。無表情でありながら、どこか寂しげな気がするのは錯覚だろうか。

「言ったろう、俺はただの仲介役」

 詠うように、伸びやかな声が空に舞う。

「俺は誰の敵でもない。依頼を受ければ誰とでも繋いでやろう。但し、俺は誰の味方にもならない。俺は俺、誰も踏み込ませはしない」

 叫ぶでもなく、だが強く言い放った。

「最後に忠告してやる。気をつけろ。俺が事実を明かしたことによって、第二の木村慎太郎になり得るかもしれん。今、お前達と自警団が生かされているのは、向こう側に敵意を見せていないことと、弱小さ故だ。生きていたいのなら、妙な動きは見せないことだ」

 その言葉に、なんとなく、悠人は引っかかるものを感じた。

「忠告するぐらいなら何故、俺たちに真実を打ち明けたんですか」

「お前達が聞き出したんだろう」

 問われて、冗談めかして受け流そうとする忍だったが、悠人は首を振って否定する。

「それなら黙っている手だってあったのに。今の話は、総長が自分から喋ったんですよ」

 言及されて、一瞬だけ考え込むように目を伏せる。

「さあ、わからん。……もしかしたら、『常識』という奴に飽きたのかも知れない。変化が欲しかったのかも知れないな」

 相変わらず無表情のままだが、伏し目がちに目を薄めるのを見て、初めて彼の顔に感情らしいものが浮かんでいるように思った。

 寂しげだという悠人の感想は、恐らくそう大きく外れたものではなさそうだ。

 全てを知りながら、忍は誰にも関わらない。周りが駒でしかない中、彼だけは確固たる自分を持っているのだろう。何よりも強く、何者とも打ち解けられない孤高の存在。そういう男だ。

 変化を望むのは、世俗から隔離されたことに対する反発かも知れない。彼を無表情にさせるのは、相反する感情に挟まれて身動きが取れないからだろうか。

 そう思うと、ずっと彼の存在が近くに感じられた。やはり忍は敵ではない。それが少しだけ嬉しかった。

「お前達も、もう寝ろ。俺は先に帰る」

「はい、お休みなさい。また明日会いましょう」

 そう返事をすると、忍は微妙な顔で振り向いた。何かを言いたげにも見える。

 数拍ほど躊躇った挙句に、彼は語る。

「言い忘れていた。お前の祖父についてだ。彼も深入りしすぎて身を滅ぼした。同じ道を歩まないよう、せいぜい心に留めておけ」

 ぎょっとして真浩が目を瞠るが、意外に悠人は動じなかった。祖父が何をしていたのかは全く知らなかったが、捜査が中途半端に打ち切られたことと、今までの話を聞いていて薄々勘付いてはいたのだ。

「教えて下さって有り難うございます」

 長年の疑問を解消してもらって、心の底から謝辞を述べた。すると忍が首を傾げる。

「意外に冷静だな。恨み言の一つや二つは聞かされるかと思った」

「いいえ、赤の他人に言ったって意味がないじゃないですか。そんなことしたって何も変わらないですよ」

 祖父が帰ってくるわけでもない。それにもう悠人は過去を乗り切った。恨みなど今更だ。

「でもこれだけは覚えて置いてください。俺はもう、流される生き方は御免です。もしもまた勝手な都合で俺たちを振り回そうとしたら、その時は精一杯の抵抗をさせてもらいます。容赦はしませんから、覚悟はしていて下さい」

 そうか、と忍は納得したように背を向けた。肩越しに軽く手を振る。

「いいだろう。……この世界は死に慣れすぎた。その中で、近しい人間の死を悼む事の出来る感情は貴重だ。その気持ちを無くさずにおくがいい。それじゃあお休み、また明日」

 明日がある今を大事にしろ。

 そう言い残して、今度こそ立ち去った。


 忍が去っても、しばらくは空間を静寂が支配している。だがやがてぽつりぽつりと喋りだし、次第に騒がしくなってくる。

「俺は今日ほどお前を大物だと思ったことはないね」

 真浩が肩を叩いてきた。意味がわからず目を丸くする悠人を他所に、賛同するように篤がうんうんと頷く。

「だって見たかよ最後の顔。あの総長が変な顔しちまってさあ。珍しいもん見たぜ」

「へ、そんな変な顔してた?」

 助け舟を求めて傍にいた怜を見る。が、怜も頭上に疑問符を浮かべている。

「いやぁー……あんまり注視してなかったから」

「ですよね、特に気になる顔してなかったですよねー」

「他人の顔なんか気にしないし」

「うん、俺も俺も」

 鏡合わせに頷き合う二人に、リコがある感想を抱いた。

「お前達って似てるよな」

「誰と誰が?」

 リコに言われて怜と悠人が首を傾げると、お前達のことだと突っ込まれてしまった。

「雰囲気がなんか兄弟みたい。あ、でも駄目か、二人とも泣き虫の甘ったれだから、どっちが兄貴かわからなくなっちまうか」

「それ、君にいう権利はないと思うよ」

 哲也に窘められ、リコは参ったと言うように自分の頭を叩いた。そんな彼に悠人は言い返す。

「リコ先輩だって、哲也先輩と怜先輩で三兄弟が出来ますよ。哲也先輩がしっかり者の長男で、リコ先輩はどうしようもなく手のつけられない暴れん坊の三男」

「ああわかるわかる、そんな感じ。やっぱり俺ってしっかり者だよね、リコと違って」

 絶やさぬ笑顔で、哲也はさらりと言ってのける。

「ぬあっ、酷えぇ! ちょっとどうなの真浩っち、君のお兄ちゃんこんなこと言うよ?」

「えー、俺こんな間抜けな兄貴を持った覚えはないッスよ」

「うわぁん、真浩の馬鹿ぁん」

「ちなみにこれ以上兄貴なんていらねえし」

「お、お前実は俺のこと嫌いだろう!」

 冷たくあしらわれて悠人と怜が抱き合って泣く。反対に真浩とリコが親指をぐっと立て、手を叩いて喜び合った。

「どうやら仲直り出来たみたいだ。いやあ良かった良かった」

「螺子の外れっぷりは前以上だけどな」

 無造作に篤がポケットから煙草を取り出して、口に咥えた。望が横から一本取り、

「ははは、まあ険悪な空気よりはましでしょう」

 慣れた手付きで瞬が火を差し出した。

 煙を燻らせる三人を見て、蛍がズボンのポケットを探ってみる。制服のスラックスにはいつも煙草を入れてあるのだが、残念ながら現在身に付けた戦闘服には入っていない。かといって一本くれと言うのは自尊心が傷つくし、何より竜司には隠しているので、彼の目がある今、たとえ煙草を持っていたとしても吸う訳にはいかない。

 手持ち無沙汰を隠すように後頭部を掻いていると、そっと竜司が小さな箱を差し出した。目を細めて箱を見る。どこからどう見ても煙草以外に有り得ない。しかもよりによって、蛍の好きな銘柄だった。

「隠さなくていい」

 考えることは全てお見通しだと言わんばかりの微笑みが癪に障って、竜司の手から煙草を引っ手繰ると、握りつぶして投げ捨てた。

「せ、折角の人の好意を……」

「やかましい、早く着替えて帰るぞ。おいお前たち――」

 呼びかける前に、いつの間にやら駄弁っていた筈の後輩達が彼女の周りに群がって、

「着替え? 着替え? よっしゃ! 兵長の生着替えを拝見する大チャンス!」

「ひゃほー」「うわぁい」「やたー」好き勝手騒いでいる。

「寝ぼけるな! とっとと車を片付けてこい」

 苛立ち紛れに手を打ち鳴らし、脅しかけるように鞭を振って蹴散らす。気がつけばとっくに日付が変わっていた。

 それにしても、かなり目まぐるしい半日だった。喧嘩して泣いて出動して寄り道して泣いて笑って問い詰めて怒って笑って、振り返ればよくこんな短時間で色々と出来たものだと思う。

 短時間の中で幾つも大事なものを失って、新たに得たものもある。しがらみから解き放たれて、少しは成長できただろうか。それとも何も変わっていないだろうか。

「なんか、一気に酔いが覚めちゃった。帰って飲みなおそうっかな」

「……ちょっと待ちくされ。お前、さっきからぐいぐい飲んでなかったか。何杯飲んだ」

「え、やだなあ、あんまり飲んでないよ。そうだな、えーと一二三……七杯」

「却下! それだけ飲んでりゃ充分だ」

「ええ、そんなぁ」

 ぷうと頬を膨らませると、真浩に突付かれて空気が抜ける。リズムを取るように膨らませて、萎んで、膨らませて、萎んで、萎んで。

「畜生、手前から引っ込ませるんじゃねえ」

 代わりに鼻を抓まれた。その状態のままで、真浩は悠人に言う。

「あのさ、さっき言いかけたことなんだけど。……何が正しいとか、そんなことは考えなくていいんじゃないか。どんな行動にも必ず責任が伴うけど、その代わり自由も許されてる。何がしたいか、何をするべきかなんて、その時々に考えればいいんだろうよ」

 ただ言えることは、幾つもの命を背負いながら、今を生きている。

 ――爺ちゃん、俺、強くなれるかな。

「俺は強くなって見せるよ」

 心の呟きを聞いたかのように、怜が隣に来て言った。

「過去に縋るのはやめる。だって俺は前に向かって歩いてるんだ。……なんて、ちょっとくさすぎるかな、あはは」

 一陣の風が吹いて、服が髪がはためく。髪に手櫛を通して、何気なく天を仰ぐ。

「わあ、晴れてるねえ」

 雲が吹き流されて、月が姿を現していた。まだ梅雨明け宣言は出ていないので雨は続くだろうが、夏特有の青い空が見られるのは、そう遠くはない筈だ。

 何となく嬉しくなって、仰け反ったまま大声で叫んだ。

「さようなら、ヒロインの俺! こんにちは、ヒーローの俺! 俺は青空が似合う男になるの!」

 実際には何が変わる訳でもない。グールを倒さなければならない事実はそのままで、明日からまた平常どおりの生活に戻るだけだが、それでも一つ違うことといえば、悲劇のヒロインが一人いなくなった。それだけのこと。

 それだけで、未来は開けている気がした。

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