亡き人に、罪は運べない
第四日――総攻撃まで、あと十三日。
朝の鹵獲文書を、私は日のあるうちに三度読んだ。檄文の威勢はどうでもいい。読むべきは、敵が「知っていること」の目録だ。
穀の集積、九千二百六十石。補充兵、一巡でおよそ四百。渡河の舟、三十六艘。
数字には、出所がある。出所があるなら、照合できる。私は監査の名目で、司令部の綴りを三つ引いた。
まず、補充兵。南方からの受け入れ記録は参謀本部の綴りにあり、その日のうちに検められた。過去三月の補充は三度。最初が二百、次が千二百。そして三度目――四百十七名。受け入れの日付は、第六騎士団の壊滅から、五日後だった。
敵の言う「およそ四百」に当たる数字は、これしかない。二百でも千二百でもなく、四百。つまり敵が檄文に書いた数字は、壊滅の五日後に生まれている。
次に、渡河の舟。工兵団の河川記録では、稼働三十六艘。点呼の綴りには先月の数も残っていて、そちらは四十二艘だった。六艘を修理に下げたのは、壊滅の後だ。敵が知っているのは、新しい方の数だった。
最後の穀は、その日のうちには引けなかった。集積の台帳は輜重の帳簿域で、回覧記録との全量突合は監査の手順でも後段に当たる。私は手帳に書いた。三つのうち二つを検めて、正確。三つ目は帳簿域、後段に回す。
二つで足りる。
死んだ男は、五日後の数字を運べない。
ロタール・ヘムが内通者だったのなら、漏洩は彼の死とともに止まっていなければならない。止まっていない。壊滅の後に生まれた数字が、敵の檄文に載っている。死人犯人説は、今日、私の中で死んだ。
問題は、この説が私の外では生きていることだ。
夕刻、食堂で例の参謀に捕まった。彼は盆を持ったまま私の向かいに座り、声を潜めもせずに言った。
「読まれましたかな、今朝の鹵獲文書。いや、剣呑なものです。我が方の大攻勢の企図まで、あちらに伝わっておる。――ああ、ご心配なさらず。計画の骨子が固まったのは壊滅より前ですから、これもヘム団長で説明がつく。むしろ好都合とも言えますな。敵は『窮した王国の悪あがき』と侮ってくれている。侮った敵は、脇が甘くなる。それより監察官殿、監査の首尾はいかがです。滞りなく進んで、滞りなく終わることを、皆が願っておりますよ」
滞りなく終わる。つまり、何も見つけずに終わる。
「順調です」
私はそう答えて、匙を動かした。
四百十七の受け入れ記録のことは、言わなかった。言えば軍は動く。動けば、漏らしている誰かも動く。証拠は隠され、経路は畳まれ、そして総攻撃の日程だけが動かずに残る。私の証明を持っていくべき相手は、この人ではない。十二日後の、報告書だ。
それまで、この発見は私ひとりの荷物になる。
夜、もうひとつの検分を片づけた。詳報にあった、第一騎士団長の進路変更の件だ。
壊滅の前日、バルテル・クロームは前哨部隊の宿営地を丘陵北縁に変更させている。壊滅直前の、指揮系統を跨いだ介入。文字面だけなら、これほど疑わしい行動もない。
だが、地図と要請文が別のことを言った。
変更されたのは宿営地――行程後半の泊地だけだ。伏撃を受けた隘路は、変更の前でも後でも通る、唯一の道だった。つまり、あの変更は伏撃の成立に何も寄与していない。敵が知る必要があったのは「前哨があの隘路を通る」ことだけで、それは変更のずっと前から決まっていた。
では、なぜ変更したのか。要請文の文面が答えていた。丘陵北縁は、第一騎士団の攻勢準備区域に近い。前哨をそこに置けば、自団の展開が半日早まる。決戦の先陣を切る位置に、自分の団を寄せたかったのだ。
功名心。指揮系統を跨いで、他団の兵を自分の都合で動かす程度には強い功名心。それは軍人としての傷ではあるが、内通の証拠ではない。むしろ逆だ。決戦で一番槍を望む男が、その決戦の計画を敵に売る理由がない。
私は名簿のバルテル・クロームの欄に、線を一本引いた。消す線ではない。動機の欄に「該当なし」と書くための線だ。容疑は消えても、独断で五十人を危険域に置いた事実は、紙の上に残る。それを裁くのは監査ではなく、彼の戦歴だろう。
手帳を閉じる前に、今日の収穫を並べた。
死人は白。正確には、死人だけでは説明がつかない。第一は動機の欄が空白。そして敵は、五日前の我々を知っている。
漏洩は、過去の事件ではない。現在進行形の出血だ。この瞬間も、どこかの机で、誰かの手が動いているかもしれない。
死者は反論しない。だが、死者は漏洩もしない。
――では、いま漏らしているのは、生きている誰だ。




