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騎士団長の誰かが、魔王軍  作者: 自ら


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相手の顔より、紙の顔

第三日――総攻撃まで、あと十四日。

 今日は一日かけて、九つの陣を回った。監査の実地――提出文書の保管状況の確認、というのが表向きの用件で、それは嘘ではない。ただ、私にはもうひとつの照合があった。

 今朝、九通の添え書きが届いている。紙の上の九人だ。今日はそれを、本人と突き合わせる。

 人は会うより先に、紙で嘘をつく。だから紙の顔を先に覚えておくと、本人の顔との差分だけが見える。差分こそが、読みどころだ。


 第一騎士団。バルテル・クロームは、天幕に入った私を上から下まで眺めて、鼻を鳴らした。


「監査だと。決戦を前に、紙の虫が兵の士気でも数えに来たか」


 言いながら、帳簿の山は既に卓に積んであった。求めに応じ提出する――添え書きの通りの男だ。高圧的で、しかし手続きからは逃げない。侯爵家の当主というのは、書類との戦い方も知っている。


 第二騎士団のロズリーヌ・ヴァレは、綴りを自分の手で差し出した。捕虜交換の交渉記録まで、頁の角を揃えて。


「読まれて困る紙は、最初から作らない主義です」


 紙の顔と本人の顔が、寸分ずれない人だった。こういう人が一番調べやすく、そして一番、調べる意味がない。


 第三騎士団の工房は、紙と木屑と図面の海だった。ドミニク・サールは書類の山を三度崩してから、目当ての綴りを引き当てた。


「あるんです。どこかには、必ず」


 どこかには。目録外の綴りが混ざる理由を、部屋そのものが説明していた。


 第四騎士団。ヴェラ・ロンドは鹵獲庫の前で腕を組んで、私を待っていた。


「紙で戦に勝てるなら、いくらでも――と書いたが。本当に紙だけ見に来るとはな。好きに検めろ」


 鼻で笑う顔に、敵意はなかった。ただ、値踏みがあった。八年戦っている人間が、戦わない人間を見る目だ。


 第五騎士団の倉は、今日回った中で唯一、探すという行為が要らない場所だった。樽は樽の列に、矢は矢の棚に、帳簿は年と旬で背を揃えて。アルノー・ギースは私の請求一覧を一瞥すると、該当の綴りを棚から抜いて、順に卓へ並べた。過不足、なし。


「不明な点はその場で。私で答えられることなら、すぐに答えます」


 実際、答えは全て速く、正確だった。受領記録の欠けを一つ指摘すると、彼は素直に頭を下げて、その場で写しを起こした。帰り際、倉の入口まで送りに出て、彼は言った。


「どうか、遠慮なくやってください、監察官殿。監査は、軍を強くする。私は歓迎していますよ」


 九人の中で、監査を歓迎すると言ったのは彼だけだった。社交辞令にしても、輜重を預かる者の実感なのだろう。物流は、検められるほど締まる。


 第六騎士団の天幕には、主の机がそのまま残っていた。若い副官が直立して私を迎え、決裁印のない書類の束を、両手で差し出した。


「団長の、決裁を得られないままの分です」


 机の上の印章は、二十日前から動いていない。私は書類だけ受け取って、机には触れなかった。


 第七騎士団は、陣の位置からして違った。最前——哨戒線に食い込む位置に天幕を張り、団長自身が地図の前に立っていた。ヨルグ・ヴェルナは提出済みの文書の控えを示し、問われたことにだけ、短く答えた。哨戒経路の保管記録を確認していたとき、彼は地図の一点を指して言った。


「増水の季節は、灰輪川(ハルヴェ)沿いを使いません。経路記録に欠けがあるのは、その月です」


 説明はそれで全部だった。過不足のなさが、第五とは別の形をしていた。あちらは差し出す完璧さで、こちらは削ぎ落とす完璧さだ。


 第八騎士団の医務天幕では、薬草の匂いの中で老軍医が笑った。ユスト・ブランは私の請求一覧を遠目に眺めて、若い衛生兵に顎をしゃくった。


「儂の字は薬包にしか向かんでな。――監察官殿。紙を数えるのも結構だが、儂が数えておるのは薬と死者だけだ。どちらも、早く終わらせるに越したことはない」


 終わらせる。その言葉を、この老人は隠さない。九人の中で終戦を口にしたのも、彼だけだった。


 第九には、寄らなかった。昨日、行けと言われている。


 第十騎士団。ペレン・コシュは、私が天幕に入るなり立ち上がって、椅子を倒した。


「も、申し訳ありません、提出が――差し替えを、その」

「急ぎません。差し替えは、いつ頃に」

「す、数日の内には、必ず」


 最年少の団長は、監査という言葉に対して、年相応の顔をした。誰でも役所は怖い。それだけのことかもしれないし、それだけのことではないのかもしれない。今日の私に言えるのは、彼の机の上の書類が、慌てて伏せられた角度で積まれていたことだけだ。


 夜。執務室で、九つの陣の見取りを手帳に起こしながら、私は今日の照合の結果を眺めた。

 紙の通りの者。紙より雄弁な者。紙より寡黙な者。紙を怖がる者。紙だけの人がひとりと、紙のない人がひとり。

 差分は取れた。だが、それだけだ。態度は動機を語らないし、性格は証拠にならない。愛想の良さも、愛想の悪さも、潔白の証明ではない――そんなものを証明に数え始めたら、監察官は要らない。

 九人の団長は、九通りの顔で紙を差し出した。

 いちばん綺麗な紙が、いちばん読めない。

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