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騎士団長の誰かが、魔王軍  作者: 自ら


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手続きの、破れ目

第二日――総攻撃まで、あと十五日。

 「橋は、我々が着く前から、燃えていた」――今朝の詳報の最後の一行が、日のあるうちずっと、耳の奥で燻っていた。待ち伏せというのは、正確な言い方ではない。  敵は迎えに出ていたのだ。誰かが、行き先を教えたから。

 監査の初日にやることは決まっている。紙の住所調べだ。

 文書がどこで生まれ、誰の手で写され、どの順に回り、どこで眠るのか。作戦文書は参謀本部で起案され、原本は金庫に納まり、写しが各騎士団へ下りる。写しには権限標が捺され、封蝋つきの文書袋で運ばれる。触れられるのは、団長級の権限を持つ者だけ――書式の上では、そうなっている。

 書式の上では。

 私は文書課に始まり、保管庫を検め、午後には中継所まで足を運んだ。前線司令部と各団の駐屯地を結ぶ、集配の結節点だ。伝令と荷馬車がひっきりなしに出入りし、文書袋も、矢の束も、塩の樽も、同じ台の上で仕分けられていた。

 そこで、破れ目を見つけた。

 文書袋は封蝋されている。だが袋に入る前と、袋を出た後の紙は、裸だ。回覧は団から団へ順に渡るが、回覧順の記載と受領の印の間には、記録されない半日がある。そして共用の文書箱には、積載目録に載らない紙が紛れ込む。荷崩れで袋から滑り落ちた一枚が、隣の団の書類に混ざって届く。中継所の兵は、苦笑して言った。


「よくあるんですよ、監察官殿。迷子の紙ってやつです。持ち主が分かれば返しますし、分からなきゃ焼きます。戦地の紙は、よく迷う」


 迷う紙。私は手帳にそう書いた。

 急いで付け加えておくが、これは犯人の発見ではない。管理の不備の発見だ。この破れ目から情報が漏れたという証明は、まだ何ひとつない。ただ、ひとつだけ言える。この破れ目に手を入れられるのは、中継所に出入りし、文書袋の中身に触れる権限を持つ者――つまり、外の人間ではない。

 念のため、外の線も潰しておいた。中継所は司令部圏の検問の内側にあり、出入りは全て記帳される。八年戦っている軍の哨戒線を、魔王軍の工作員が毎度すり抜けて紙を写し、また戻っていく――あり得なくはないが、それなら記帳か歩哨のどこかに綻びが出るはずで、出ていない。何より、漏れた情報には、写しが各団に配られるより前の段階のものが含まれている。

 外ではない。中だ。団長級の権限がなければ触れない紙が、漏れている。

 台帳の数字を突き合わせながら、写しの通し番号をそのまま信じかけて、手が止まった。古い声が蘇る。

 ――文書の数字を、正しいと思い込むな。紙は、嘘も運ぶ。

 その声の主が、この前線にいる。

 第九騎士団の詰所は、司令部の北棟にあった。扉を開けると、紙の匂いがした。インクと、埃と、古い革。十二年前の監察局の資料室と、同じ匂いだ。

 ガーヴィン・モローは、書見台の前に立っていた。十二年ぶりに見る師は、記憶より小さく、記憶より白く、そして記憶とまったく同じ目をしていた。紙を読む目だ。


「監査か」


 それが、十二年ぶりの第一声だった。


「監査です」

「なら、請求書を置いていけ。第九の文書はどれでも出す。台帳も、回覧記録も、私の私信でもだ」


 言葉に甘えて、用意していた請求の一覧を書見台に置いた。師はそれを一瞥もしなかった。代わりに、私の腰の物入れを見た。正確には、そこから覗く、ペンの軸を。


「まだ使っているのか、それを」

「書きやすいので」


 入りたての私は、この人に文書の読み方を骨まで叩き込まれた。誤字の癖で書き手を当てる方法。綴じ穴の位置で写しの世代を数える方法。そして、書き上げた報告書を、一枚残らず突き返される日々。突き返すたび、師は同じことを言った。

 ――いいか、小僧。報告書には、事実だけを書け。祈りも、憶測も、お前の望みも書くな。事実だけだ。

 最後の日、師は使い込んだこのペンを寄越して、餞別だ、とだけ言った。それきり十二年、便りの一つもない。書かない人なのだ。誰よりも紙を読み、誰よりも紙を残さない。


「ガーヴィン殿」


 私は監査官の声で訊いた。訊けることだけを。


「第九は文書統括の任にあります。回覧の記録に、目立った乱れは」

「監査の答えは紙で出す。口で出した答えは、監査には残らんだろう」


 もっともだった。この人から口頭で何かを引き出せた者を、私は知らない。


「長居するな」


師は書見台に向き直った。


「監査官が情報団に入り浸れば、妙な噂が立つ。……行け」


 追い出されるように詰所を出て、廊下で一度だけ振り返った。磨り硝子の向こうで、老いた影はもう、紙に戻っていた。

 夜。執務室で、十人の名を書き出す。生きている九人と、死んだ一人。監査の請求は明朝、全ての団に届く。紙が集まれば、嘘も集まる。あとは、読むだけだ。

 名簿の九番目で、ペンが一度だけ止まった。ガーヴィン・モロー。私に読み方を教えた人。私をここへ推した人。そして――文書統括として、誰よりも深く紙に触れられる人。

 私は師の名を、容疑者の九番目に書いた。

 あの人なら、そうしろと言う。

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