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騎士団長の誰かが、魔王軍  作者: 自ら


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焚かれた土地の、番人

 第五日――総攻撃まで、あと十二日。

 二枚。同じ手。提出のあった九通の、誰のものでもない手。

 今朝の保全記録の三行を手帳に書き写して、私はそれを懐に仕舞った。数字の羅列は、鍵がなければただの羅列だ。鍵のない扉を叩き続けるより、開いている扉を先に検める。今日の予定は、第四騎士団の鹵獲庫だった。

 ヴェラ・ロンドの庫は、二度目に入ると、一度目より雄弁だった。

 魔王軍の彎弓が型ごとに架けられ、矢は束で棚に、刃物は長さの順に。どの棚にも受入の刻印票が下がっている。几帳面、という言葉では足りない。これは管理ではなく、執着に近い。


「敵の得物を数えるのは、私の趣味でね」


 台帳を運ばせながら、ヴェラは言った。冗談の声ではなかった。

 突合の作業は昼を跨いだ。台帳の写しと、棚の現物。受入年と通番の刻印を、一つずつ。彼女の台帳は正確で、正確であるがゆえに、合わないものが合わないまま浮かんだ。

 三点。彎弓一張、八二-三一七。矢束一つ、八二-三二〇。短剣一振、八三-〇五五。いずれも修繕搬出の名目で仮出しされ、返納の記録がない。


「棚卸は秋だ」


私が票を示すと、ヴェラは一瞥して舌打ちした。


「修繕の戻りが遅いのは、いつものことでね。鍛冶場は前線の得物で手一杯だ。敵の骨董の直しは後回しになる」

「所見に書きます。それだけです」

「好きに書け」


 それだけのことだった。八百を超える鹵獲品の中の、三点。監査で埃を払えば、この程度の綻びはどこの庫からも出る。私は手帳の所見欄に品目と番号を写し、次の棚に移った。

 日が傾く頃、突合が終わった。ヴェラは庫の入口の段に腰を下ろし、水筒の水を飲んでから、こちらに寄越した。座れ、という意味らしかった。


「王都の紙の人。あんた、灰の谷を見たことは」

「地誌でなら」

「私は毎朝見ている。あそこの丘からだと、谷の入口の焼け跡が見える」


 ヴェラ・ロンドの家は、父の代からの国境守だった。灰の谷の入口に館を構え、鉱脈の道を守って三代。開戦の秋、魔王軍の先鋒がその道を通った。


「私は従軍中でね。館には父と、弟がふたり。……焼けた館というのは、妙なものだよ。石の壁だけ残る。屋根も床も梁も燃えるのに、壁だけが立って、窓の穴から向こうの山が見える」


 彼女は水筒の蓋を閉めた。


「開戦の年、軍は守勢を選んだ。国境で受けて、消耗を待つ。戦としては正しいのだろうな。魔王軍は押し切れないと見ると、谷沿いの村を焼きながら下がった。守るというのは、そういうことだ。守った線の外側は、燃える。それから八年、線は一度も前に出ていない」


 だから、と彼女は言わなかった。だから総攻撃なのだ、とも、だから復讐なのだ、とも。ただ、指を折った。


「あと十二日。……数えているよ、王都の人。八年、毎朝な。今朝はいくつ、と指を折って、折るたびに『あの時攻めていれば』と思う。あの時攻めていれば、次の朝は来なかったかもしれん。それでも、折らない朝より折る朝のほうがましだ」


 私は何も言わなかった。言える立場の言葉を、一つも持っていなかった。私の家は王都の三番街にあって、焼けたことがない。私が八年数えてきたのは、書類の枚数だ。

 彼女は立ち上がり、庫の錠を検めてから、思い出したように振り返った。


「監査、続けるといい。紙で戦に勝てるとは思わんが――紙で負けるのは、御免だからな」


 帰り道、丘の際で一度だけ足を止めた。西日の中に、谷の入口が見えた。言われなければ分からない距離に、確かに、色の違う一角があった。八年前の秋から、ずっとあの色なのだろう。

 執務室に戻って、所見欄を清書した。彎弓一、矢束一、短剣一、返納記録なし。八百分の三。数字にすれば、それだけのことだ。

 手帳を閉じて、灯りを落とす前に、指を折ってみた。

 あと十二日。

 「あの時攻めていれば」を、彼女は八年、毎朝言い続けている。

 私はそれを、笑えない。

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