Eps.007 綺麗な瞳
「ただいま」
「ただいま、です」
なんだかぎこちなく、それでいて我が家のように家に入る小夜を見て、思わず少し笑ってしまう。
「なんか、綺麗になったね」
部屋を見渡しながら小夜が言う。
「あー、ダンボールとか無くなったからかな。もう完全に荷物片づけたし」
「うんうん。なんか、人の家って感じで、緊張する」
そんなことを言いつつも、テレビの前のソファに腰かけたかと思えば、一瞬で寝ころびくつろぎ始めたので、これは小夜なりのジョークだったのかもしれない。
正直一人暮らしにソファはいらないかと思っていたが、実家で使わなくて困っていたソファがあったのでもってきて正解だったのかもしれない、とふと思う。
まあ、そんな小夜は一旦置いといて、とりあえず焼きそばを作る準備である。
焼きそばソースなるものも買ったし、麺も肉も野菜も買ったし、適当に炒めておけば何とかなるだろう。レシピを見返すと油を使うと書いてあったが、油も実家から持ってきたものがある。多分、大丈夫。
キッチンで必要そうなものを並べ、フライパンをセットしてから小夜のもとに戻る。
完全にだらけきっている彼女は、ソファのクッションに顔の半分を埋めて、脱力していた。
背もたれの方を向いて寝転がっているせいで、顔はよく見えないけれど。
「ほら、そろそろ焼きそば作るよ」
もう用意ができたので声をかけるが、反応がない。
「ほら、小夜ー」
ちょっと体をゆすってみると、顔が少し見える。目を閉じ、心地よさそうに寝ているようだった。
焼きそばを作る準備をしていた時間は、長くても5分くらいだったはずだ。
包丁やまな板、フライパンを出しておき、レシピを確認したくらい。
せいぜい時間がかかったとすれば、油がどこにあるのかわからず、若干探すのに時間を要したくらいだろう。……油は引っ越してすぐに親が来て、棚に直してくれたから場所を知らなかったのだ。許してほしい。
そう考えると、彼女は相当一瞬で寝たことになる気がするが、かなり疲れていたのだろうか。
確かに思いだすと、今朝は髪も巻いていたし、雰囲気もいつもと違って、朝早くから頑張っていたのかもしれない。
そんなことを思いつつ、ちょっとだけそっとしてあげることにする。
まあ、まだ小夜は隣の家に住んでいないから、帰る時間を考えるとあんまり寝かせてはあげられないが。
小夜から聞いた話によれば、この土曜日には引っ越しできるらしいから、あとほんの数日である。
幼馴染が、しかも料理のできる頼れる幼馴染が、隣にいてくれるのはすごくありがたい。
それからしばらくソファの隣に座ってスマホを見ていると、うーんと少し唸るような声が聞こえてきたので、立ち上がって小夜のもとに近づく。
今、目が覚めたのだろうか。ほんの少しだけ目が開いている。
「おはよう、小夜」
声をかけると、まだ意識が曖昧なのか返事はない。
時計を見ると、そこそこいい時間である。今のうちに起こしてしまおうか。
「起きるよ、小夜」
ソファの高さまでしゃがみ、頭をポンポンと叩いてみると、彼女は「んー」と声を出してソファの上で軽く伸びをする。
「……寝ちゃってた。ごめん」
「大丈夫だよ。よく寝れた?」
「……うーん、いつもよりは、熟睡できた、気がする」
いつもよりは、という言葉が若干気にならないでもなかったが、まあ寝れたのならとりあえずよかった。
時間的にも30分くらいは寝ていたし、少しは休めただろう。
そんなことを考えていると、小夜はもう一度「んー」と伸びをして、こちらの方に寝返りを打つ。
その時だった。ちょうど僕がしゃがみ込み、顔を近づけていたせいで、寝返りを打った小夜の顔が目の前に来る。
急に至近距離で目が合って、若干心臓の弾みを感じながら、少しの間フリーズする。
それは小夜も同じだったみたいで、彼女も暫くの間硬直していた。
「びっくり、した……」
「ごめんね、僕も、びっくりした……」
「顔、近いと思ってなくて……」
「そうだよね、ごめん……」
僕もびっくりしたも何も、完全に僕が悪い。こうなることはわかっていたはずだ。
若干気まずい沈黙が流れたかと思えば、小夜は目をぱちぱちとさせて、こちらの方に手を伸ばす。
はじめはポンと頭に手を置き、続けて頬に触れてくる。
それから、気まずくて目を逸らそうとした僕の顔をくいっと元の向きに戻し、目をじっと見つめてくる。
「やっぱり、瞳が綺麗」
小夜は相変わらず僕の目をまじまじと見つめながら、安心しきったように優しく微笑む。
「大輝くんの、綺麗な瞳、好きだよ」
「ん」
急に好きだと言われ、また顔が近いというシチュエーションも相まって、思わず変な声が出る。
綺麗な瞳、という言葉はあの時にも聞いた言葉だ。
去年の夏休みの、あの僕が路頭に迷っていた、あの時。
花火のように消えそうな彼女を、もっと分かりたいと思った、あの時。
また会えて、こんなに手の届く距離にいるのだという、奇跡のような現状を思うと、なんだか言葉で言い尽くせない気がした。
それくらい大事な邂逅だ。
「綺麗だね」
頬を緩めきった彼女は、まだ僕の瞳を覗き込みながら呟いている。
恥ずかしさを紛らわすように僕も小夜の頭を撫でると、心地よさそうに目を閉じては顔を少し僕の腕に寄せ、頬を当ててくる。
「ちょっとだけね、不安だったの」
目を閉じながら、少しだけ声を震わせて小夜は言う。
「不安……?」
「嫌われないかなって」
「嫌われない……?」
全て聞き返してしまう僕に、小夜は少し目を開けて僕の腕をどかし、頭をポンと叩いてから、また僕の腕を自分の頭の上に乗せる。
「ほら、大学の、私」
また少し声が震えている。
「あー、そういう」
僕が口を開くと共に、彼女も目を開いた。
僕の顔をじっと見つめるように。
きっと言葉通り本当に不安なのだろう。
瞳が少し、潤んでいるように見えた。
「大丈夫。そんなんで嫌いになったりしないよ」
彼女を宥めるように、少しでも不安感が消えるように、僕はできる限りの優しい声色で話し始めた。
「あの時」は前日譚『花火大会に静寂を』のお話です……!
短編小説として別投稿になっていて申し訳ないですが、もし宜しければ併せてお読みください!
(未読の方も、そのままお読みいただけます!)




