Eps.006 一緒に
「大学生らしいこと、してみいひん?」
怪しげな顔に怪しげな言葉。
今日出会ったばかりの目の前にいる青年は、先ほどまでの優しい雰囲気とは違って、悪い顔をしていた。
目は笑っていないがニヤニヤしている。
この男を信じていいのだろうか。
そんな邪念が頭をよぎりつつ、目の前の男を見つめていると、萎縮する僕を見ては可笑しそうに笑い、「冗談やんか」と僕の頭をわしゃわしゃと触る。
「ごめんな。ついボケてみたくなって」
「もう……、びっくりしたよ……」
会った初日にこんなノリをしてくるのは、さすが関西人なのだろうか。
「安心してくれ。別に変な話じゃなくてな、サークルに入らへんかという話で」
「サークル……?」
「そうそう。サークルっていうよりは、団体……?なんかもやけど」
結局怪しそうな話に聞こえてしまう。
僕の心が汚れているのかもしれない。
「学祭実行委員って言ってな、秋にある大学の文化祭的な催しの運営をする団体なんよ。なんか大学生らしくてええなって思って」
「あ~なるほどね。確かに、それは面白そう」
何を隠そう、僕も高校生の頃は生徒会に所属していた身なので、文化祭の運営は経験済みである。メンバーに恵まれたこともあったが、すごくいい経験だったので、またやってみるのはありだなと思う。しかし……
「なんか、サークルじゃないならそんなに心配しなくていいのかもしれないけどさ、なんか大学の団体って怖くて」
「あー、飲みサーとかあるもんな。確かに」
そう、大学生のサークルと聞くと、どうしてもお酒を飲んだり、異性と遊んだりする怖い雰囲気のサークルを想像してしまう。実際どこまでそうなのかはわからないし、学祭実行委員と名の付く団体が、そこまで変な雰囲気ではないとは思うけど。
「じゃあ、一回一緒に見学行ってみようぜ。入らないってなったら俺がちゃんと責任もって断るし。しつこくされたとしても大丈夫や」
「いいの?ありがとう」
「俺が誘ったんやし、気にせんでええんよ」
爽やかな笑顔で微笑む優真を見て、すごくほっとする。ほんとに頼りになるし、いい人なんだなと思う。さっき疑ったことが悔やまれるくらいだ。
……いや、やっぱり急に冗談を言ってくるところはやめてほしいが……。
「日取り決めないとやな。また連絡するわ」
そう言って僕らは本格的に昼食を食べ始めた。
3限は心理学部の必修だった。
昼食を食べ終わって共に教室に移動すると、当然ながら先ほどドイツ語の講義で見た顔が一定数おり、その時は話しかけられなかったのもあって話しかけてみる。
話してみると、気さくな人が多くていい雰囲気だ。とりあえず、優真以外にも友達ができて安心する。
講義自体は心理学ガイダンスという授業で、とりあえず心理学部ではどのようなことを学ぶか、というざっくりしたことを説明され、あとは親睦を深めるために若干のグループワークがあった。
そんなこんなで3限の授業を終えると、今日の僕の授業は終了だ。大学自体は5限まであるのだが、僕の選択した授業が4、5限にはなかったのだ。
大学生ってなんか自由だなぁと思いながら帰路につく。
家に帰って荷物を置き、今日の夕飯を考える。
引っ越してきてから約一週間、まだ本格的に自炊はできていなかった。
コンビニのご飯だったり外食だったり、健康とお金のことを考えると、これを続けてはいられない。
うーん、初心者でも簡単にできる料理ってなんだろうか。
せいぜい僕がこれまで自炊したのは、スクランブルエッグぐらいだ。正確には、だし巻き卵を作ろうとして失敗し、誤魔化すためにかき混ぜただけだけど。
どうしようかなぁ……。
ネットでレシピを調べてみると、なんとか焼きそばくらいなら作れそうな気がした。野菜を切って炒めるだけだ。
野菜も取れるし、いい案だろう。
とりあえず今日は焼きそばにしようと、家を出て近くのスーパーに行く。
このスーパー自体には何度か来たことがある。主に日用品と惣菜のためだから、どの野菜がどこにあるか、まではわからないが……。
野菜売り場を5分くらい彷徨ってなんとか目当ての野菜をゲットする。
そして、問題は麺である。
麺ってどこに売ってるんだろうと、再び売り場を彷徨っていると、後ろからトントンと肩を叩かれる。
振り向くと、真っ直ぐな髪に、月と太陽をモチーフにした綺麗なイヤリングをした、今朝も見た見知った少女ー小夜がいた。
「ねー、ねー、どしたの?」
「誰かと思ったら……。焼きそば作ろうと思ってさ、麺を買いに来た」
「あー、なるほどね。一人で、作れるの?」
僕の持つかごを覗きながら、小夜はふわふわとした雰囲気で尋ねる。
なんだかぼんやりしていて、消えてしまいそうだ。
今朝大学であった、ピシャリとした少女はどこに消えたのか……。
まあいつもの小夜らしくていいやと、頭をなでる。
「ふぁっ!?」
急に撫でられてびっくりしたのか、唐突に変な声をあげるので、僕までびっくりする。
「撫でるのは、いいけど、一人で作れるのー?って、聞いてるんだけど」
返事がもらえなかったことに拗ねているのか、ちょっと頬を膨らませて、肩をペシペシ叩く。
猫の甘噛みみたいに、力加減がわかっているから、痛いというより可愛らしい。
「一人で作れる、かはわかんないけど、頑張ってみるよ」
「ふーん、じゃあ、私と一緒につくる?」
首をこてんと傾けて、僕の目を見つめながら尋ねてくる。
「いいの?家まで来てくれるってこと?」
「うん、いいよ。ってか、たぶんそんなに野菜、いらないし……」
かごを見ながら小夜は少し呆れたように言う。
ん、そんなはずは……と思ってレシピをちゃんと見ると、確かにどれも四分の一だの、50グラムだの、野菜をまるまる一つ使うレシピにはなっていなかった。
とりあえず野菜だけメモをし、分量をよく見ずに手に取ったのが仇となった。
袋ごと買ったにんじんなど、絶対に余るだろう。
「ほら、麺は向こうだから、あと豚肉も買って、家行くよ」
そういって小夜は僕の右手を引いて歩き出す。
あんなに儚い少女が、なんだかすごく頼もしくて、かなり不思議な感覚に陥る。
幼馴染も、大人になったんだな。
そう感傷に浸りながら、小夜の言うとおりに買い物を済ませるのだった。
次回以降の話で、また前日譚『花火大会に静寂を』と繋がるエピソードが出てきます……!
もし時間許せば是非併せてお読みください!




