Eps.004 初めて
投稿時からタイトルのみ変更しました……!(2026/08/26)
「うーん、どこだ……?」
ついに初授業日になった。
遅刻しないように、と早めに家を出て大学についた僕は、大学のアプリを開き、授業の教室を確認する。
しかし、大学の構内というのは思った以上に複雑で、講義のある棟がどこにあるのかわからなかった。
「うーん、小夜に連絡してみるか」
そういえばちゃんと確認していなかったものの、同じ大学らしい小夜に連絡してみる。彼女は現役で合格しているから、一年先輩だ。
なんたる偶然、と今更しみじみ感動しつつ、頼もしい先輩からの連絡を待つ。
すると、比較的にすぐに既読がついて、案内するから今いる場所を教えて、と連絡が来た。
今いる場所……と言われても、そもそも馴染みがないせいで中々どこにいるのかわからなかったが、近くにあった校舎の中に入ると「理学部棟」と書いてあったので、その旨と、ついでに行きたい教室も送信する。
送るとまたすぐに既読がついたので、しばらくこの場所で待機することにした。
5分くらい待っていると、背後から、知っている声が知らないトーンで聞こえてきた。
「天道くん、おまたせしました」
ん……?と一瞬フリーズしつつも、この声は小夜だなと思い、振り返る。
すると小夜は普段とは違ってメガネをかけており、また髪も巻いている。
だいぶ雰囲気が違うなぁと思ったが、とても似合っていたし、おしゃれしているのに水を差すのも野暮だろうと黙っておく。
少しだけ首を傾げつつ、小夜はどうしたのとでも言いたげに僕を見ていたが、ふと思い出したように時計を見て僕を急かしだした。
「共用A号館ですね。そろそろいきますよ、急ぎましょう」
「う、うん」
謎の敬語と「天道くん」呼びに戸惑いつつも、せかせかと歩く彼女の後ろを歩いていく。
「大学では冷たい」と言っていたのは、こういうことなのだろうか。
歩きながら僕も時計を見ると、あと15分ほどで授業が始まるようだった。
そんな時間帯なこともあってか、大学に着いた時より随分と構内には人が増え、混雑していて歩きづらい。小夜に置いていかれないよう着いていくので必死だ。
ところで、どうやらこの大学は、専門科目の講義が行われる棟が集まっている区域と、道路を挟んで一般教養という1・2年生が学部を問わず受ける講義が行われる棟が集まっている区域の2つに分かれていて、それぞれ専門ブロックと教養ブロックという名前がついているらしい。通行人の会話を聞いているとそんな話が聞こえてきた。
よって、僕が今から受ける「言語科学」の授業は一般教養の科目であるため、教養ブロックに講義棟があるようだ。その道路を渡って、理学部棟から5分ほど歩いたところで、やっとA号館の前に着いた。
「ここです。『共用』と付いている校舎はすべてこの『教養ブロック』にありますから。またわからなかったら言ってください」
妙にハキハキと、相変わらずの敬語でそっけなく話す彼女は、やはりいつもの小夜とは別人に見えた。
「ありがとう、七瀬さん」
僕も畏まった方がいいのかなと思い、「七瀬さん」と小夜の苗字を呼んでみたが、小夜はそれにピクリと反応して一瞬目を細め、睨みつけるような仕草をする。しかし、すぐに元の表情に戻り、はぁ……と小さくため息をついた。
「私も授業があるので。また」
それ以上は何も言わず、いつものように手も振らず、踵を返した彼女は専門ブロックの方に走っていった。
怒らせたのかなと申し訳ない気持ちや、寂しい気持ちもあったが、やはりこの前言っていた通り「大学では冷たい」ということなのだろう。なぜ冷たいのかは一向に謎だけど。
とりあえずそれ以上は考えるのをやめ、A号館の中に入る。
講義があるのは301教室とのことだった。入ってすぐのフロアマップを見ると、301はどうやら順当に3階にあるようなので、近くにあった階段を上り、教室に入る。
教室では既に半分以上の席が埋まっていて、隣が空いている席は残っていないようだった。
知らない人の隣はやや気まずいが、それなら仕方ないと、近場にあった空いている席に座る。
ほかの人達も、きっと互いに初めましてなのだろう。
教室では一切話し声が聞こえず、みんなスマホやパソコンの画面に夢中になっていた。
僕も講義が始まる前にパソコンを立ち上げておこうと、カバンからノートパソコンを取り出す。
そのときだった。出席のために胸ポケットに入れていた学生証が床に落ち、前の席に座る人の足元に落ちる。
うー、きまずい。
別に話しかけるのは嫌ではないのだけれど、なにせこれほど静かな教室なのだ。少し声を出すだけで目立ちそうで気が引ける。
しかし、声をかけないとどうしようもない。というのも微妙に落ちた場所が悪く、ちょうど前の席の人の足の真下にあるため、彼に頼んだほうが適切なような気がするのだ。
「すみません、学生証が足元に落ちてしまって……。拾っていただけたりしませんか……?」
「ん、学生証……?あー、ちょっとまって。今拾うわ」
自分の足元を見た彼はすぐに僕の学生証を見つけ拾ってくれる。
「ほい」
そうやって彼は学生証を一瞥して僕に渡した。
「心理学部なんや。俺も心理学部なんよ」
少し関西弁の入った口調で彼は言う。
コテコテ、という訳ではなく、随分聞きやすい関西弁のように感じた。
「あ、そうなんですね。よろしくお願いします」
「そんな畏まらんでも。俺も一回生やから普通にタメ語でいいんやで」
学生証には入学年度も書いてあるからそれでわかったのだろう。
同じ学部の同級生と知り合えたのはありがたい。
そう思いながら彼を見ると、こちらを見て優しく笑っていた。
優しいといいつつも、同じく優しく笑う小夜とは全然違う笑い方だ。どちらも優しい笑い方ではあるが、彼はカッコよく力強い。どちらかというと小夜は儚いし。
「ありがとう。僕は天道大輝、よろしくね」
「おう。俺は御門優真だ。よろしく」
『こんにちは。それでは時間ですので言語科学の授業を始めます』
ちょうど互いに名乗ったところで先生の声が聞こえてきた。
もう授業が始まる時間になったようだ。
「じゃあ、またあとでな」
彼は前を向き、僕もパソコンを開く。
いい友達に出会えた気がする。そんな予感を抱えながら90分の初講義に臨むのであった。




