Eps.003 秘密
タイトルのみ初投稿時から変更しております!(2026/08/27)
内容の変更はありませんのでご安心くださいませ。
「わーい!広い、広い!」
まだ段ボールの積み上がった僕の家で、すべての部屋を見て回った小夜は、まるで我が家のように部屋の広さを喜んだ。
終始楽しそうな彼女は、ついにはベランダに飛び出し、「景色もいい……!」とキラキラした目を僕に向けている。
「よかったね、小夜」
あまりに無邪気に喜ぶ彼女に、僕も思わず笑ってしまう。
一方で小夜も、くすくす笑う僕を見て、なぜか満足そうに笑っていた。
「家がなくならないうちに、契約しないと」
景色を堪能し、ベランダから中に戻ってきた小夜は、さっそく隣の家を借りられないか、不動産会社のサイトを調べ始めた。
そんなに衝動的でいいのか……と思いつつも、この家を随分と気に入ったようであるし、それなりの理由があるのだろうから、とそっと見守る。
「ほら、このサイトの……ここから、内見予約できるよ」
小夜がどこを見ればと困っていたので、一緒にサイトを見ていく。
幸い、隣の部屋はまだ契約されていないようだった。
「明日にでも内見行って、今週中には、買おうかなぁ……」
右頬を少し膨らませつつ、左手に人差し指をあてるという、謎の可愛いポーズをしながら、しばらく小夜はうんうんと唸っている。
そして、そういえば、と僕の方を見る。
「大輝くんは、なんでこっちの家にしたの?」
ーなぜ隣の部屋にしなかったのか、ということだろう。
「ああ、エレベーターから近かったのと、若干こっちの方が部屋が広いみたいで」
それを聞いた小夜は、なるほど、と納得したように呟いたものの、未だ少し上の空のようだった。
左頬にあてていた人差し指はいつの間にか他の指に混じり、今度は顎に軽く閉じられた左手があてられている。
そっと彼女を眺めていると、小夜は、むうぅと唸って難しい顔をし始めた。
そんな幼馴染が愛らしくて、思わず軽く頭を撫でる。
さらさらとした髪はとても撫で心地が良い。
ひゃあ、っと声を出した小夜は、じーっと目を細めて僕を見上げつつ、僕をやんわりとにらみつけた。けれど、冗談だよと言わんばかりにすぐに表情を緩めては、はにかむように笑う。
「君は、すぐ、そういうことをする」
「だって、なんか困ってそうだったから」
困ってそう、という言葉に反応して小夜の瞳が揺れる。
「ありがとね、大丈夫だよ。……ただ、大輝くんに、甘えすぎかなって」
小夜が少し申し訳なさそうに言うので、僕も大丈夫だよと言いながら、もう一度頭を撫でた。
「……まあ、大輝くんがいいなら、いっか。じゃあ、隣に住むよ」
その言葉に僕が頷いたのを確認し、ついに決心したらしい彼女は、早速内見の予約を入れ始めた。
もっと甘えてくれたっていいのになぁ、と心の中で呟く。
中学生からしばらく見ない間に、昔以上に可愛らしくなった彼女は、時折確かに女の子なのだなとは思うものの、それ以上に大切な幼馴染であった。
目を離せば危なっかしい、儚げで華奢な少女。
ミステリアスだけれど、温かみがある、優しい少女。
それが僕にとっての幼馴染、小夜であった。
……まあ、時折可愛らしい仕草をするのだけはやめてほしい。幼馴染なのにドキッとする。
そんな愚痴を考えていると、その間にもう手続きを済ませたらしく、小夜は「できた」と呟いた。
「明日、内見はできそうだから、今週末には、隣に住むね」
嬉しそうに目をとろんとさせて、甘えたように言う。
「うん。明後日から大学だもんね」
「そーなの、もう、始まっちゃう……」
さっきまで折角いい笑顔をしていたのに、少し顔をしかめては嫌そうに言う彼女の様子が可笑しくて、僕はまた彼女の頭を撫でた。
「小夜は大学好きじゃないの?」
「ううん。勉強は好き、なんだけどね。ゆっくりできるなら、ゆっくりしたいし」
マイペースな小夜らしい意見だな、と思う。
「そういえば、大輝くんは、どこの学部に入ったの?」
「心理学部、かな」
ほほう、と興味深そうに、小夜は僕を眺める。
そして、僕の瞳をじっと見つめては、「さすが、綺麗な瞳をしているだけあるね」と嬉しそうに笑った。
なんで彼女が嬉しそうなんだ……とは思いつつ、なぜ心理学部にしたのか、と聞かれそうで、内心ヒヤヒヤした。
というのも、僕が心理学部にしたのは、そのほとんどが彼女の影響であるからだ。
ずっと(……と言っても、中学生までではあるが)彼女の傍にいたけれど、未だに彼女のことは理解できている気がしない。
心理学部に行けば、少しは彼女のことがわかる。そんな気がした。
特にあの、浪人期の再会は、多分に僕の背中を押してくれたと思う。
だから、心理学部にした理由を彼女に正直に話してしまうのは、少し気恥しい。
そうやって一人で考え込んでいると、小夜は、おい無視するな、と言いたげな目で僕を見つめ、袖をぎゅーぎゅー引っ張ってきた。
「どしたの」
「どしたの、じゃない。私は何学部なのー?の、流れだった」
とんだ無茶ぶりを言う彼女に、一瞬僕は反応に困ったものの、素直に彼女の言うことに従う。
「小夜は何学部なの?」
よくぞ聞いてくれました、と目を輝かせ、小夜は誇らしげに「文学部です」と答える。
それに対し、僕がふーん、と薄い反応をしてしまったので、彼女は再び拗ねて不満げな表情をしてみせた。
「文学部ってなにしてるの?」
少しでも機嫌を直してもらおうと、話を続けてみる。
「うーん、いろいろしてる。でも、私がやりたいのは、地理学とか、歴史とか、文学、とか……?かな」
表情を元に戻して、指でひとつふたつと数えながら彼女は教えてくれた。
「京都好きだもんねぇ」
よくご存じで、と感心した目で眺める小夜に、僕も、幼馴染ですから、と応戦する。
彼女は祖父母の家が京都にあり、その影響で京都に触れる機会が多かったためか、昔から自身の京都愛を熱弁していた。それ故に、彼女が文学部、というのは、僕的にはかなり腑に落ちるものだった。
「……でもね、」
言いづらそうに彼女は口を開く。
「大学で会っても、冷たくしちゃうと、思う」
「え、どうして……?」
僕の問いかけに彼女は一瞬口を開きかけたが結局は答えず、「ごめんね」と言って誤魔化すように笑った。
続けて間髪入れずに、彼女は時計を眺める。
「そろそろ、帰るかぁ……」
小さな肩掛けの可愛らしい鞄を手に持って、彼女は玄関の方に足を進め始めた。
玄関に着くと、彼女は足を止め、僕の方を振り返っては「仕返しだ」と言って僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「じゃ、また、大学で会ったらね。今日は、ありがとう」
「うん。また大学でね」
ドアに手をかけて、振り返りながら優しく左手を振る彼女の表情は、僕には少しだけ曇って見えた。
4話目にして初登校……!(次話はツンツンした小夜が見れます……)




