Eps.002 幼馴染が、今でも、ミステリアス。
「久しぶりに食べたけど、クリームソーダって、美味しいね」
先程までスーツを着ていたとは思えない、かなりラフな格好をした少女は、呑気にクリームソーダを嗜んでいる。
彼女の名前は、七瀬小夜。簡単に言えば、僕の幼馴染である。
幼稚園の頃、家の近くの公園でよく一緒に遊んでいたことから関係が始まり、中学生の頃までずっと親しくしていた。
けれど中学2年生のとき、親の事情で彼女は京都の方に引っ越してしまった。
それから連絡を取る手段もなくしばらく疎遠になっていたが、去年の夏休みーつまり浪人期の夏に、奇跡的に地元で再会した。
その時はすぐ別れてしまったが、僕も大学生になった今、また運命の再会を果たした、というわけである。
「一口、食べる?」
昔のことを思い出してぼーっとしていると、小夜が僕にスプーンを差し出す。
これも彼女の昔からの癖だ。
本人曰く、美味しかったものはシェアしたいタイプらしい。
「いいの?ありがとう」
素直にスプーンを受け取って食べるとたしかに美味しい。
季節的にはまだアイスが食べたくなる季節、というほどでもないが、バニラの甘い香りと、イメージ通りのほのかな甘さのメロンソーダで、僕も非常に満足であった。
「京都はね、喫茶店も有名なんだよ」
小夜がへにゃりと柔らかな笑みを浮かべ、幸せそうに僕の方を見る。
「このお店もね、私が開拓したの」
確かに、入学式のあと何処かわからない喫茶店に呼び出されたと思ったら、そういうことだったのか。
小夜自慢のお店に連れてきたかった、ということらしい。
「いつもはね、ミルクティー飲むんだけど、たまにはクリームソーダとか、飲んでみようかなって」
嬉しそうに語る小夜を見て、僕もつられて口元が緩む。
「よかったね、小夜」
元から彼女はふわふわとした雰囲気で、いわゆる不思議ちゃんとか天然だとかいう感じだった。
だから、彼女が幸せそうにしていること自体は、決して珍しいことではないのだけれど、久しぶりに幼馴染が見せる笑顔は、こちらも温かい気持ちにさせる。
「それでね、入学式のあと、すぐ来てもらったわけですが」
小夜が早速、話を切り出す。
入学式のあとすぐ、とは言いつつ、流石に一度、小夜は家に帰る時間を与えてくれた。
入学式が終わってスマホを見ると、『スーツだと動きにくいだろうから、一旦着替えて、このお店に来てね』という連絡が、お店のリンクと共に届いていた。
気遣いのできる子である。
……いや、さすがに誰でもスーツはないか。
「私はね、家を探しています」
「ん、ん……??」
意味のわからない話の流れに、思わず変な声が出る。
考え事をしていたせいで、余計に話についていけない。
「えっと……、今は、あの会場の近くに住んでる、って言ってなかったっけ……?」
あの会場、というのは入学式の会場のことである。
「そうなんだけど、引っ越そうと思って」
うむ、なるほど。
「できれば、大輝くんの、お家の近くがよくて」
突拍子もないことを言い出す彼女に、不意に心臓が跳ねる。
再会した幼馴染は、お砂糖の量を間違えているようだった。
「なるほど、それで……?」
「一旦さ、大輝くんのお家まで、行っていい……?」
お願い、と訴えかける目で僕の方を見る。
なんとも急すぎる話だ。
この幼馴染のことだから、きっと他意はないのだろう。俗に言う、あざとい、を演出している感じではなく、あくまでこれも彼女の素の振る舞いだ。
それでも、長い艷やかな黒髪に、前もしていた太陽モチーフのイヤリング、オフっぽくも可愛いらしい軽装は、僕の思考をかなり鈍らせた。
「いいよ、まだ引っ越しの片付けできてないけど」
はぁ……、と心の中でため息をついて彼女の方を見ると、小夜は変わらず嬉しそうに笑っていた。
ーーーー
小夜はクリームソーダを、僕はアイスココアを飲み終えて、店を出る。
小夜は大学近くのお店を選んでくれたので、幸いここから家までさほど距離はなかった。
「そういえば、どうしてスーツなんて着てたのさ」
ずっと気になっていたことを尋ねる。
すると彼女は、ふふっ、と悪戯っぽく笑っては一言、「擬態だよ」と答えた。
「擬態……?」
「入学式に紛れるならスーツかなって」
あまり答えになっていない……。
そう思いながらも、彼女は笑ってそれ以上答えるつもりがなさそうなので、僕も聞くのをやめた。
「そういえば、イヤリング、まだ持ってくれてたりする……?」
「ああ、もちろん。今もお家にあるよ」
イヤリング、というのは彼女が受験期に再会した時にくれた、あの星型のイヤリングであろう。
本来であれば、今彼女がしている太陽のイヤリングと対を成すデザインのはずだ。
故に彼女は片耳にしかイヤリングをしていない。
「やった、ありがとね」
少し首を傾げて、口元を緩ませ笑いかける。
可愛い、と口に出してしまいそうになるのを我慢して、目をそらすように前を向いては歩き続けた。
そうして歩くこと数分。僕の住むアパートについた。
僕のアパートは5階建てで、僕は4階に住んでいる。
大学に近いものの、部屋がやや広く、それがネックとなって家賃が高いため、幸い部屋が売れ残っていた。
「ここだよ」
僕がそう言った途端、わぁ、と感嘆を声に出した小夜は、興味深そうに家の上から下まで、じろじろと眺め始めた。
しばらく経っても眺めていて、試しに彼女に声をかけてみるも、考え事でもしているのか、反応がない。
そんな彼女の肩を軽く叩き、現実に引き戻しつつ、僕はカバンの中から鍵を取り出す。
うちのアパートはオートロック付きで、鍵をタッチしないと正面玄関が開かない仕組みとなっていた。
ガチャリと解錠音がすると、小夜はまた子どものように喜んでいる。
「エレベーターまであるんだね」
ウキウキで進む彼女の視界には、今度はエレベーターが入ったようだった。
エレベータはロビーを入って少し歩いたところ所にあった。
目をキラキラさせながら後ろをついてくる彼女は、まるで小動物みたいに可愛いらしい。
そしてしまいには、「ほら、自販機なんかもあるよ」と袖を掴んでくるので、あまり攻撃力の高さに悶えそうになってしまった。
そんなこんなでエレベータを上がり、僕の部屋の前に着く。
「お隣さんには、挨拶したの……?」
再びカバンから鍵を取り出し、扉の鍵を開けようとしていると、唐突に彼女が尋ねてきた。
……お母さんみたいだ。
「あぁ、左は空き部屋だからしてないけど、右隣のお家の人にはしたよ。同じ大学生だった」
「ほほう、つまり左の部屋は、空いていると」
そう言いながら、彼女はじろりと左の部屋の扉を見つめる。
「じゃあ、ここに住む」
唐突な展開に、僕は言葉を失った。




