Eps.028 届け物
(お断り)
一部医学めいたお話が出てきますが、こちらのお話はフィクションですのでご理解ください。
実際のシチュエーションにおきましては、安全のため必ず専門機関にご相談ください。
『結局今日になった コーンスープ届けてくる』
次の日。
咲良からそんな連絡が来た。
昨日連絡が来ていたのに今日になったとは何かあったのだろうか。
聞こうか迷ったが、なんだか野暮な気がしてやめた。
変に詮索するのも気が引けるし。
それにしても気づけばもうあれから一週間だ。7日が経ってしまった。
少しずつ状況は前に進んできてはいる。
小夜が咲良と連絡が取れて、さらに会えるようになったというだけでも随分と喜ばしい。
僕が連絡していいのか、変に刺激してしまわないか、という問題は依然また別であるのだけれど。
とりあえず咲良からの続報を待つことにした。
『帰宅!届けてきたよ』
そうして待ちわびた連絡は30分ほど経って届いた。
『小夜の様子はどうだった?』
『うーん、まあなんとも』
『なんとも……?』
思ったよりも状況が良くないのかもしれないと、この時気づく。
『会えてないから、顔色とかはわからないけど。会えてないという時点でね…』
ん、会えていない……?
『届けてきたんじゃないの?』
『家のドアの前に置いてきた』
なるほど、そういうことか。
いや、話の辻褄が合ったからと言ってあまり安心できる話ではない。
事態はやはり思ったより深刻なようだった。
『昨日はまだ心の準備がって言ってたから今日にしたの。コーンスープだけじゃなくてもろもろ置いてきた』
『なるほど、ありがとう』
……人に会うのが難しい状況なのか。
だから、外に出れない。
それゆえ日用品が必要だったのだろう。それを察した咲良が届け物をした、といったところか。
状況を飲み込むたび、ますます小夜が心配になる。
それと共に何もできない己の無力感が僕を苛んだ。
『連絡ってしていいのかな』
とりあえず咲良に聞いてみる。
この質問に意味があるのかはわからないけれど、僕に今思いつくことがこれしかない。
少し間があって、既読がついて。
そしてさらに少し間があってから返信があった。
『もう少し待ってて。また連絡する』
はぁ〜、と気づけば大きなため息が出る。
ただただ虚しい。
近くにいる人に、居た人に、何もできないことが。
あんなにそばにいたのに何も知らないことが。
考えすぎ、と言われたらそれまでだが、小さい頃ずっとそばにいた幼馴染が、きっとどこかで心の支えだった彼女が、傷ついていて何もできないのはさすがに胸が痛むものだ。
助けたい。
助けてあげたい、ではなく助けたい。
これは僕にとってある意味自分ごとだった。
かと言って、やはり下手に何もできない。
唯一連絡が取れている咲良に待つよく言われているのだから待つしかない。
だからもう少し待とう。
少しでも彼女のためになるならそれがいい。
ーーーーーーーーーーーーー
『お話したい、だってさ』
3日後、ついに咲良から連絡が来た。
『会うのはまだ時間がいるらしいけど、LINEくらいならきっと大丈夫』
そっか。
なんだがずっと不安で、いい知らせのはずなのに完全に心が晴れることはなかった。
だってまだやっぱり、不安だ。
さて、文面はどうしようか。
どうしようかもなにも、もうこの3日ずっと考えてきたから、このままでいいのかという話だけなのだけど。
少しだけ考えて結局はそのまま彼女に考えた文面を送る。
『お疲れ様。欲しいものはあるかい』
既読がつくまでに結局1時間くらいかかったが、それでも返信が来たのが僕にとっては救いだった。
『菓子パンが欲しいな、何日か食べれるやつ』
微妙に栄養面が心配なオーダーだ。
メンタルの方も心配だけど、これでは体調も心配である。
まあ、ヨーグルトでも追加で買っていくか。
そう思って僕はスーパーに買い出しに出かけた。
手早く買い出しを済ませ家に戻る。
あとはこの袋を彼女の家の前に置くだけなのだが……。
僕は一つ、一緒に彼女に渡したいものがあった。
それが、ペンギンの縫いぐるみ。
意味があるのかはわからない。
でもただ、僕にできることをしたい。
以前大学の授業で『段階的暴露法』というものを学んだ。
なんとも厳つい名前だが、理論としては感覚的にはわかりやすい。
例えばヘビが無理な人がいたとして、ただどうしてもヘビとともに暮らすことが避けられないケースを考える。
そのとき、当然その人はヘビへの恐怖症を克服する必要が出てくるわけだが、それに役立つとされるのが段階的暴露法だ。
もちろん人によってケースバイケースだし、向き不向きはあるけれど。
具体的な方法としては、ヘビに近い物体、例えば長い円筒状のヘビに近いおもちゃなどに触れていくことで、ヘビに対する恐怖心を和らげる。
この際、段階的にヘビに近い物体に接していくのがポイントだ。
始めは全然ヘビだとは思わないものに触れていき、最終的にはヘビを模したものに触れていくことになる。
素人がこれを真似るなんて決して褒められたことではないが、僕にできる気がしたのはこれが精一杯だった。
この前思ったことだが、縫いぐるみを抱きしめているとすごく落ち着く。
心の棘を流しては不思議な安心感が僕を満たしてくれる。
だからこれを彼女に渡したい。
それすら怖いかもしれないけれど、それなら良くないのだけれど。
渡したい理由はそれだけではない。
段階的暴露法から思いついたこと、それが匂いだ。
小夜は昔から、というか今でも、やたら僕に鼻を近づけたがる。
前に本人に聞いたことがあるが、どうも匂いが落ち着くらしい。
ずっとそばにいるから、とか恥ずかしいことを言っていたが、それが本当にそうならこの縫いぐるみが僕の代わりになってくれないかな、と思った。
ずっと僕の部屋にいて、僕もしばしば抱きかかえているこの子なら、多少なりとも僕の代わりになれる気がする。
そして縫いぐるみの感触と匂いで慣れてくれたら、僕にも会えるようにならないだろうか。
これはただの願望だ。
叶うかなんてわからない。
ただそれでも、やっぱり僕は僕にできることがしたい。
そうしてお届け物に添えて置かれたペンギンの縫いぐるみは、まもなく彼女の手に届いた。
お待たせしました、第28話です!
次の第29話は10/18の夜頃(22:00-25:00頃)更新を予定しておりますので、こちらもぜひお願いします〜!
(更新が不定期で申し訳ないです、予定が落ち着き次第なるべく統一いたします……)
また次のお話は珍しく小夜視点です。
良ければ短編『花火大会に静寂を』も併せてご確認くださいませ✨️




