Eps.017 一歩
「チャーハン美味しい……」
湯気が立ちあつあつのチャーハンを口にかき込みながら、僕は素直に小夜に感動する。
まさに母の味というか、実家の味というか、心に染みる安心する味をしていた。
「良かった」
後で食べるの、と言って僕が食べるのをじっと見ている小夜は、嬉しそうに顔を綻ばせながら僕の頭を撫で始める。
「それにしてもよくおぼえてたね。チャーハン好きなことも、作り方も」
「……いつか、一緒に食べたいなって、思ってたから。大輝くんのこと、ちゃんと覚えてるよ」
蕩けるような瞳をして甘いことを言ったかと思えば、机に顔を伏せ少し恥ずかしそうにする小夜が子供っぽくて可愛らしい。
長くてきれいな髪の隙間から覗く耳の端が、心なしかほんのりと赤いのが見てとれた。
その様子がいじらしく僕はほぼ無意識に手を伸ばし頭を撫でる。
そのまま小夜は相変わらずしばらくの間撫でられていた。
しかし急に思い立ったように顔を上げ、「またつくるね」と呟き台所へ行ってしまう。
突然のことに一瞬どうしたのかなと思ったけれど、電子レンジの操作音のようなものが聞こえたのできっと自分の分を温めているのだろう。
冷めさせてしまって申し訳ないなと思いつつ、小夜の行動が読めないことが今は少しだけ気がかりだった。
普段はそもそも大して気にしていないのだ。
それが小夜だなと思っていたし、気にしたとしてもきっと気にしない方がいいのだろうと思ってずっと触れてこなかった。
いちいち細かいことを聞かれてもきっと嫌気が差すだろうし、特に意味もないかもしれない。
だからそっとしておくのが一番いいのだろうとずっと思っていた。
しかし今だけは、僕の頭の中に残る優真の言葉がそれを阻んだ。
ー「距離感を探るのも大事やけど、たまには踏み込んでみるのも大事やで。特に大事な人なら」
この感覚が「距離感」なのかはわからない。
けどここ数日ずっと考えていて思ったのは、僕にはどうも相手の気持ちを斟酌しすぎなところがある、気がするのだ。
小夜の気持ちを考えているようで結局それが当たっていなかったら、かえって嫌な思いをさせることになるだろう。
そう思うと、たまには踏み込んで小夜に話を聞いてみてもいい気がした。
暫くして、チャーハンの入った小皿を片手に小夜がリビングの机に戻ってくる。
小夜曰くだいぶ味見をしたから少なめにしたそうだ。
「時間たっちゃってごめんね」
おいしそうにチャーハンを頬張る小夜を眺めつつ僕は思っていたことを口にする。
「ん?全然、いいよ」
「ちなみに、どうして一緒に食べなかったの?」
聞いてみると小夜はすごくきょとんとした顔をして、一回うーんと考えてから「顔、見たかったの」と小さな声で答えた。
その後は俯いて黙々とチャーハンを食べていたが、顔に髪がかかって食べにくかったのだろうか髪を耳にかける。
そうして見えた耳はまたほんのりと赤みを帯びていて、ちょっと照れているのだろうかと思いあがったことを想像してしまう。
そうして結局沈黙が続いたまま、小夜は「ごちそうさまでした」と手を合わせて台所に戻る。
気まずいというよりぎこちない時間が続いた。
少し経って小夜が戻ってきたが、小夜は僕の方をぼーっと眺めて話そうとしなかった。
「あのさ、」
この長い沈黙を破ろうと、僕から話し出す。
しかし、残念ながらちょうど良い話題を持ち合わせていなかった。
思いついた話題はなくもないが選択肢として適切なのかは極めて微妙なところである。
それでも「なんでもない」と会話を打ち切ればまた静かな時間が続いてしまう。
たまにはちゃんと知りたいと腹を括って僕はその話題を話し出した。
「小夜ってさ、どうして男子のこと苦手なの?」
一瞬、小夜が目を見開き僕の目をちらっと見てまた視線を逸らす。
「話しにくかったら話さなくて大丈夫、だからね」
話題としてよくなかったかもしれないという重い不安を背負いつつ、できるだけ優しく語り掛けることに専念する。
それが功を奏したのかはわからないが、小夜はゆっくりと口を開き始めた。
「うーん。うーん……。うーーーーん……」
言葉にならない声をあげて唸っている。
本人にもわからないのか言いたくないのかはよくわからない。
「まあ、何だろう、嫌なことがあったというか」
声のトーンが大学で聞いた時の声に近いような、少し強張ったぴしゃりとした雰囲気になっているなと思う。何もできないのが、もどかしいが。
「私って昔から、言葉が変だけどモテたというか。だから周りの男子に絡まれることが多くて。あとは特に中学校と高校かな。好奇の目で見られることが多くて、苦手意識があったんだよね」
「……なるほどね」
そう冷たく話す彼女のセリフは非常に滑らかに続いていた。
いつも僕といるときの甘えた声でも、トーンでも、話し方でもない。
そのことと、そして知らない小夜の中学と高校時代の話を突き付けられ、僕はおなかがきゅーっと竦む。
ーこれをきっと端的に言うなら怖かった。
自分で聞いておいて「突き付けられ」というのもどうかと思うが、知らないことが目の前に現れてきて怖い。
これは完全に僕の見通しが甘かったのが悪いのだけど。
それに加え、思っていたよりも理由が深刻そうだ。
単に苦手意識がある程度ではこんなに雰囲気が変わることはない気がする。
しかし、この怖いという感覚が僕は自分でも微妙に掴めなかった。
寂しい、のだろうか。
いつも小夜は僕にすごく心を開いてくれてると思っている。
髪を撫でたり近づいてきたりと甘えてくれることも多い。
そして、少なくとも僕にとっては今一番大事な人のように思える。
一番身近で僕のことを思ってくれて、大切にしてくれて、側にいようとしてくれている。
そんな幼馴染の知らないことがまた一つ増えたことが、いや正確にはまだまだ知らないことがあると実感したことが、僕の心を蝕んでいるのだろう。
ー知らないことは、怖い。
ー側にいたい人ならより怖い。
気づいたら僕は泣いていた。
きっと泣くほどのことは何もないのだろう。
それでも僕は泣かずにはいられなかった。
傷つけたことが悲しいか、やはり怖くて泣いているのか、自分でもよくわからない。
どうしても謝りたくなって小夜の方を見ようとするが、目いっぱいにあふれた涙で視界がぼやけ、何も見えなかった。
ぽたぽたと腕に涙が落ちていく。
何も見えない中、小夜は僕の頭を優しく撫でた。
「大丈夫だよ」
いつもの声で優しく語り掛けてくれるが、それでも涙は止まらない。
ー側に、いたいのにな。
そんな言葉は当然言葉にならないまま、僕はずっと小夜に頭を撫でられていた。




